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a green hand

アンジェラが枯れた

アンジェラの葉の色がおかしいと思っていると
数日のうちにアンジェラは枯れてしまった。

可愛い、丈夫、四季咲きということで我々のグループの名前に
までなったのに・・。

それも私がぎっくり腰になった頃である。

今年の春、今までにないほどたくさんの花を付けて、さすがアンジェラ
と満足していた矢先である。

だが、考えてみればそういう咲き方は危険信号だということを忘れていた。
植物は自分の命の限界を感じるのかもしれない。

霜が降りる前、鮮やかに咲き誇る1年草の姿に私は命の不思議を見てきた。
最後の美しさを、その花の精一杯の生き方と死にざまを見せるときである。

その生き様を長く見せてくれる花の代表が百日草、ジーニアスだと
ヘッセの著「庭仕事の愉しみ」という本から読み取った。

百日草をそういう視点から見たことはなかった。
あまりに身近であり、「あ~あの花、お墓参りの花か」と思っていた。

春に種を蒔き、6月頃から咲き出し、霜が降りるまで咲き続ける。

ヘッセはその生まれ育つ過程を存分に楽しんでいたと言える。

花の色の変化に、枯れる寸前の色さえ美しいという。
確かにヘッセの独特な審美眼に依ることも大きいと思う。

しかし、そのヘッセの言葉に、すっかり見る目が変わる
私はいつもどおりの単細胞だ。

笑われそうな単純さや素直さのおかげで、今まで、どれほどの
うれしさと喜び、満足できる癒しを受けていることか。

夫が育てた百日草に、麦わら帽子の美男子ヘッセと夫とを
重ねながら、庭仕事をしている夫の姿を見て楽しむ私は・・・
なんだろうなぁ・・である。
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