「健康のためには動物性たんぱく質より植物性のほうを摂るべき」
といわれたりしても、少しばかり臍マーガリンな私は、
(本当にそうか? 一概にはそうでもないんじゃないか?)と思ってしまう。
「夜の9時以降に食べるのはよくない」
ということにも、(果たしてそうなのか? むしろ、そのようにして
空腹時間を長くすることが体に悪いことの引き金になってるのではないのか?)
などと勘ぐってしまう。それはともかく、朝食は
トウストしたパンにバターをこってりとつけて食べてる。
独身な私はいつも自分でお買い物だ。弱小スーパーでけっこうな買い物をしてる。
バターがス―パーなどの売り場から消えてもう二箇月ほど経つが、
そこの経営者の奥さんが「もうそろそろこの前のがなくなる時分でしょ」と
店のバックヤードにストックしてあるものをこっそりと出してきてくれる。
そのお蔭で私は「パン(pan,pain)」も食えて
お腹はいつも「パンパン」だし、
心おきなく「パン(pun)」も言える。ときに、
フランス語では「pain」は「パン」だが、英語では「ペイン=痛み」である。
昨日、叔父が直腸癌と診断された。もうひとりの叔父は
10年前に余命3箇月の直腸癌と宣告されたが、今は
元気に仕事をしてる。浸潤度やリンパ節転移とか他臓器転移の度合などの進行程度も、
人それぞれに予後は相当に違うことが多いように感じる。いずれにしても、
大事に思う人は、千代に八千代に、細石が巌となって、苔が生すまで、
ずっと長生きしてほしい、と思うのが人の情である。
この前の日曜朝にNHKで放送してた「小さな旅」は、かつての
キューポラの町「川口」だった。現在は高層マンションが目立つ町である。が、
今でも鋳物工場をやってる60代の男性が言った言葉は、
じつに感慨深いものだった。
「人を泣かしてまで儲けようとは思わない」
これこそが日本人である。将来を担う若者には肝にメイジてほしい。さて、
1889年(明治22年)はチャイコフスキーがバレエ
「(邦題)眠れる森の美女」を完成させた年である。
その年のパリ万博は、フランス革命100年アニヴァで
「エッフェル塔」が建設された。この万博では、ドビュッスィーが
マルク-アンドレ・ガムランが弾くピアノで
インドネシア音楽を聴いたということである。が、おそらく新作に
作り替えられて10年めの「君が代」も聴いたのだと思う。
1892年乃至1894年にかけて作曲したという
「牧神の午後への前奏曲」には、その「影」が色濃く出てる。
ドビュッスィーが「意図的」に「引用」したものなのか、それとも、
「脳内に蓄積されたものが、のちに自分の発案として出てしまう」という
「インスパイア現象」なのか、はわからない。が、
「牧神」から約10年後の「神奈川沖波裏」を表紙にした
フガク否ガクフの「ラ・メール」にもその「影」が出てくるので、
おそらくは「前者」だったのであろう、と思われる。さて、
「現行」の「君が代」の成立過程については、はっきりとしたことは
不明のままなのだそうである。が、宮内省(現在の宮内庁楽部)の
誰か(林広守とも)が選んだか作ったものに、
お雇い外人のプロイセン出身の帝国海軍軍楽隊教官フランツ・エッケルトが
和声づけ(編曲)した、ということだけは明らかなのだそうである。
*♪レー・>ドー・・<レー・<ミー│<ソー・>ミー・・>レー・ーー**♪
という最初の2小節は「和声なし」のユニゾンで「幽玄」に開始される。
つづく8小節は「厳か」かつ「感動的」な和声が進行される。そして、
終いから2小節めの後半からまた「モノ」な響きに戻る、という構成である。
この11小節から成る「君が代」の最後の小節は、
*♪【ラー・>ソ>ミ・・>レー・ーー】**♪
であり、西洋音楽の終止からは考えれない閉じかたである。が、
このように深く心を打つ音楽の閉めかたは、
効果的なカデンツを確立した西洋音楽にもそれほどはないのである。
左翼・反権力思想で凝り固まってるかわいそうなむきには、もとより
音楽に対する心眼も備わってないのはしかたないことではあるが、
「政治思想的」反感から「君が代」を蔑む姿勢はじつにおとなげない。
これほど「音楽として」すばらしいできばえの歌を、そんなことで
遠ざけるのは「モッタイナイ」ことである。それはどうでも、
「牧神の午後への前奏曲(1894年)」(オーボエ:3/4、ホ長調)
**♪【ラー>ソ>ミ・>レーーー・ー】<ソ<ラ<ミ│>レ>シ<ド>ラ**♪
「同」(木管群、次いで、弦群:3/4、変ニ長調)
*♪ソー・ーー・>ミー│>レー・ー>ドー・ー>ミ│
(この2小節、チャイコフスキーの「1番pf協奏曲冒頭の動機と同一な
動機である。拍子も調性も同期してるのである)
<【ラー・ー>ソー・ー>ミ│>レー・ー】>ド・ー>(♭)シ*♪
「海(1905年)」第1章:(フルートとクラリネット:6/8、変ニ長調
***♪【ラ>ソ>ミ・>レーー・ー】<ミ<ソ・・
<ラ>ソ>ミ・<ソーーッ・<ラーーッ***♪
エキスポとエスキスである。坂本九とレッツキスではない。ところで、
ガブリエル・フォーレが妻の友人として「懇意」にしてた銀行家の奥方
バルダック夫人が、のちのドビュッスィー夫人である。その前には
二重の「相方交代劇」があり、それぞれに「元カノ」がピストル自殺を図り
(そのうちのひとりは自分の子宮を撃ち抜いた)、やはりぞれぞれに死ななかった、
という胆汁が絞り出てきそうな事件が起こった。が、
「前妻は死なず、ただ消えゆくのみ」という言葉を残した、というのは
真赤ーサーなウソである。ただし、
「愛・捨ル・リターン」という怨念とは太いパイプで繋がってたようである。
そのバルダック夫人が前夫との間(もしかしたらフォーレのほうと)で
産み落とした女子が「ドリーちゃん」であり、
「ドビュッスィーとの間」に設けたのが「シュシュちゃん」である。
フォーレとドビュッシーは「兄弟」ということになるのかもしれない。
「そこフォレ、ワンワン」というハナサカリのごとくお盛んな
「多淫な女性」の周囲には「種々の領分」が形成されるものである。
**♪ミ<ソ<ド>ラ・<シーーー│ミ<ソ<ド>ラ・<シーーー**♪
ドビュッスィーが43歳のときの初子シュシュちゃんからは
「子どもの領分」というpf曲集が生まれた。いずれにせよ、
「裏切り者」には過酷な最後……自業自得、天罰……が待ってるものである。
ドビュッスィーは52歳のときに直腸癌を患うが、
予後不良な厳しいマツゴの3年間だったようである。さらには、
「エリク・サティ」との間にも「キキ(危機)」が生じる。
1918年、第一次世界大戦が終結する前に、
ドビュッスィーは苦しみぬいて死ぬ。13歳になる娘を残して。が、
「閻魔」さま自身が生前の罪を裁いた、のかもしれない。翌年、
その娘シュシュちゃんも死んでしまうのである。
ジフテリアに罹患したのだが、快方に向かってると思われた矢先、
幼い命の灯りは消えたのである。医療過誤。おそらくは、
合併した「心筋炎」を医者が見逃したのだろう。ジフテリアは
致死率が致命的に高い病気というわけではない。
フジの病でない病気で命を落としてしまうのは、
じつにつまらない悔やまれることである。
ときに、「牧神」とは何かと言えば、
古代ギリシアの神話の中の「パーン」という神である。この
「pan」は「汎」「全」を意味する接頭辞のモトであり、
「午後のお昼寝」をさまたげると、パーン様、ご機嫌斜めになって暴れるので
人々は右往左往するが、それが「パニック」の語源なんだそうである。ともあれ、
上半身が人・下半身がヤギ、などという奇抜ななりをしてるのである。
眠ることと色事が大好きなパーンはニンフをすぐに孕ませてニンプにしてしまう。
……あるとき、とある美しいニンフがパーンの餌食になろうとしてた。
ニンフは「牧神の妻」にも「牧童の妻たち」にもなることを潔しとせず逃げたが、
とうとう捕まってしまいそうになり、とっさに川辺の葦に変身した。が、
「人間は考える葦」と反省もパンセいもしない奢れるパーンは
葦をも掴むのである。そして、それがニンフだとも知ュランクスに、
折って束ねて笛にして悲しい節を奏でるのだった……
これが「パン・フルート」の伝説である。ちなみに、
それがキリスト教にも受け継がれ、
「わては善良な羊飼いや。羊のためならこの命、なんぼでもくれてやるさかい」
とイエスは宣った。つまり、
羊飼い(牧童)が羊の群を一頭もはぐれさせないように移動させるがごとく、
イエスは「迷える子羊」と上から目線で見下した信者らを正しく導く責務を負った、
と喩えたのである。新教の「pastor(牧師)」は
これに倣ったものである。ちなみに、
「パン」=「復活(パク)」したイエスの肉体=お肉=お魚=
それらの代用としての(ブレッドの)パン=パテ(ペイスト)=パスタ、
というのは「パスカルの定理」ではない(※)。それらはともかくも、
キリスト教の「復活祭」を意味するフランス語の「paques(パク)」は、
ヘブライ語の「pesach(ペサハ)」という
「ユダヤの過ぎ越し祭」を意味する語が由来なのだそうである。さて、
ドビュッスィーの「牧神の午後への前奏曲」は、後半、
オーボエが主要主題を吹く(4/4)が、
*♪esー・ーー|ーー・ーー・・ー>d・>des>c>ces|
>bー・ーー・・ー<c・<des<d|
<【【es<f<b・>gー・・ーー・>esー|<h-】】*♪
この【【】】内のフレイズは、ベルリオーズ一世一代の作品、
「サンフォニ・ファンタスティク」の3楽章で、
コール・アングレとオーボエの「牧童ら」が吹き合う(6/8)、
**♪【【●●・ドー・ーー・・<レッ●・<ソー・ーッ|
>ミッ●・>ソー・ーー・・<ラー・ーー・ーー(F)】】**♪
そのものである。そのおおもとは、
「サンフォニ・パストラル」である。始めの4つの音、
**♪●●ミー・<ファー、<ラッ|>ソー**♪
の振幅をダイナミックにしただけである。
さて、今週末はいよいよ「東京優駿」なことである。ゲストは
今年のイメージ・キャラクターのメイン佐藤浩市なことである。が、
「君が代」を歌うのは昨年の……一昨年のジャパンカップの
和田アキ子女史の役なら中鉢明子女史だが……中鉢聡に替わって、
中丸三千繪女史なことである。「中」を引き継いでることである。したがって、
昨年の出目「2枠」「8枠」「7枠」のいずれかが継承されることが
考えれることであるが、とくに、3頭枠なために「中」がある
「7枠」「8枠」には用心なことである。このどちらかもしくは両方が
「お色枠」になったら最要注意なことである。いっぽう、
「君が代」が同女史の喉になったならば、そうこうするうちにおそらく、
オリコン・ヒット・チャートで「中丸急上昇」することである。冗談はさておき、
♪アニョ(agneau)、すばーらしいっ、愛を、もーうーいーちーどーーー♪
かつて、「加藤和」宏現調教師が一悶着あったシリウスシンボリ号で
勝った6枠には「ゆかりちゃん、やったよ!」くらいな
気配りが必要かもしれないことである。いっぽう、
佐藤浩市のサイアーである三国連太郎の出身地も中丸女史の出身地も
「北」関東なことである。よって、
美浦の「北」の厩舎の馬が配される枠にも充分な配慮を忘れてはならないことである。
「苔の生すまで」ではあっても
「馬券がコケてしまうまで」にはならないようにしたいことである。
といわれたりしても、少しばかり臍マーガリンな私は、
(本当にそうか? 一概にはそうでもないんじゃないか?)と思ってしまう。
「夜の9時以降に食べるのはよくない」
ということにも、(果たしてそうなのか? むしろ、そのようにして
空腹時間を長くすることが体に悪いことの引き金になってるのではないのか?)
などと勘ぐってしまう。それはともかく、朝食は
トウストしたパンにバターをこってりとつけて食べてる。
独身な私はいつも自分でお買い物だ。弱小スーパーでけっこうな買い物をしてる。
バターがス―パーなどの売り場から消えてもう二箇月ほど経つが、
そこの経営者の奥さんが「もうそろそろこの前のがなくなる時分でしょ」と
店のバックヤードにストックしてあるものをこっそりと出してきてくれる。
そのお蔭で私は「パン(pan,pain)」も食えて
お腹はいつも「パンパン」だし、
心おきなく「パン(pun)」も言える。ときに、
フランス語では「pain」は「パン」だが、英語では「ペイン=痛み」である。
昨日、叔父が直腸癌と診断された。もうひとりの叔父は
10年前に余命3箇月の直腸癌と宣告されたが、今は
元気に仕事をしてる。浸潤度やリンパ節転移とか他臓器転移の度合などの進行程度も、
人それぞれに予後は相当に違うことが多いように感じる。いずれにしても、
大事に思う人は、千代に八千代に、細石が巌となって、苔が生すまで、
ずっと長生きしてほしい、と思うのが人の情である。
この前の日曜朝にNHKで放送してた「小さな旅」は、かつての
キューポラの町「川口」だった。現在は高層マンションが目立つ町である。が、
今でも鋳物工場をやってる60代の男性が言った言葉は、
じつに感慨深いものだった。
「人を泣かしてまで儲けようとは思わない」
これこそが日本人である。将来を担う若者には肝にメイジてほしい。さて、
1889年(明治22年)はチャイコフスキーがバレエ
「(邦題)眠れる森の美女」を完成させた年である。
その年のパリ万博は、フランス革命100年アニヴァで
「エッフェル塔」が建設された。この万博では、ドビュッスィーが
マルク-アンドレ・ガムランが弾くピアノで
インドネシア音楽を聴いたということである。が、おそらく新作に
作り替えられて10年めの「君が代」も聴いたのだと思う。
1892年乃至1894年にかけて作曲したという
「牧神の午後への前奏曲」には、その「影」が色濃く出てる。
ドビュッスィーが「意図的」に「引用」したものなのか、それとも、
「脳内に蓄積されたものが、のちに自分の発案として出てしまう」という
「インスパイア現象」なのか、はわからない。が、
「牧神」から約10年後の「神奈川沖波裏」を表紙にした
フガク否ガクフの「ラ・メール」にもその「影」が出てくるので、
おそらくは「前者」だったのであろう、と思われる。さて、
「現行」の「君が代」の成立過程については、はっきりとしたことは
不明のままなのだそうである。が、宮内省(現在の宮内庁楽部)の
誰か(林広守とも)が選んだか作ったものに、
お雇い外人のプロイセン出身の帝国海軍軍楽隊教官フランツ・エッケルトが
和声づけ(編曲)した、ということだけは明らかなのだそうである。
*♪レー・>ドー・・<レー・<ミー│<ソー・>ミー・・>レー・ーー**♪
という最初の2小節は「和声なし」のユニゾンで「幽玄」に開始される。
つづく8小節は「厳か」かつ「感動的」な和声が進行される。そして、
終いから2小節めの後半からまた「モノ」な響きに戻る、という構成である。
この11小節から成る「君が代」の最後の小節は、
*♪【ラー・>ソ>ミ・・>レー・ーー】**♪
であり、西洋音楽の終止からは考えれない閉じかたである。が、
このように深く心を打つ音楽の閉めかたは、
効果的なカデンツを確立した西洋音楽にもそれほどはないのである。
左翼・反権力思想で凝り固まってるかわいそうなむきには、もとより
音楽に対する心眼も備わってないのはしかたないことではあるが、
「政治思想的」反感から「君が代」を蔑む姿勢はじつにおとなげない。
これほど「音楽として」すばらしいできばえの歌を、そんなことで
遠ざけるのは「モッタイナイ」ことである。それはどうでも、
「牧神の午後への前奏曲(1894年)」(オーボエ:3/4、ホ長調)
**♪【ラー>ソ>ミ・>レーーー・ー】<ソ<ラ<ミ│>レ>シ<ド>ラ**♪
「同」(木管群、次いで、弦群:3/4、変ニ長調)
*♪ソー・ーー・>ミー│>レー・ー>ドー・ー>ミ│
(この2小節、チャイコフスキーの「1番pf協奏曲冒頭の動機と同一な
動機である。拍子も調性も同期してるのである)
<【ラー・ー>ソー・ー>ミ│>レー・ー】>ド・ー>(♭)シ*♪
「海(1905年)」第1章:(フルートとクラリネット:6/8、変ニ長調
***♪【ラ>ソ>ミ・>レーー・ー】<ミ<ソ・・
<ラ>ソ>ミ・<ソーーッ・<ラーーッ***♪
エキスポとエスキスである。坂本九とレッツキスではない。ところで、
ガブリエル・フォーレが妻の友人として「懇意」にしてた銀行家の奥方
バルダック夫人が、のちのドビュッスィー夫人である。その前には
二重の「相方交代劇」があり、それぞれに「元カノ」がピストル自殺を図り
(そのうちのひとりは自分の子宮を撃ち抜いた)、やはりぞれぞれに死ななかった、
という胆汁が絞り出てきそうな事件が起こった。が、
「前妻は死なず、ただ消えゆくのみ」という言葉を残した、というのは
真赤ーサーなウソである。ただし、
「愛・捨ル・リターン」という怨念とは太いパイプで繋がってたようである。
そのバルダック夫人が前夫との間(もしかしたらフォーレのほうと)で
産み落とした女子が「ドリーちゃん」であり、
「ドビュッスィーとの間」に設けたのが「シュシュちゃん」である。
フォーレとドビュッシーは「兄弟」ということになるのかもしれない。
「そこフォレ、ワンワン」というハナサカリのごとくお盛んな
「多淫な女性」の周囲には「種々の領分」が形成されるものである。
**♪ミ<ソ<ド>ラ・<シーーー│ミ<ソ<ド>ラ・<シーーー**♪
ドビュッスィーが43歳のときの初子シュシュちゃんからは
「子どもの領分」というpf曲集が生まれた。いずれにせよ、
「裏切り者」には過酷な最後……自業自得、天罰……が待ってるものである。
ドビュッスィーは52歳のときに直腸癌を患うが、
予後不良な厳しいマツゴの3年間だったようである。さらには、
「エリク・サティ」との間にも「キキ(危機)」が生じる。
1918年、第一次世界大戦が終結する前に、
ドビュッスィーは苦しみぬいて死ぬ。13歳になる娘を残して。が、
「閻魔」さま自身が生前の罪を裁いた、のかもしれない。翌年、
その娘シュシュちゃんも死んでしまうのである。
ジフテリアに罹患したのだが、快方に向かってると思われた矢先、
幼い命の灯りは消えたのである。医療過誤。おそらくは、
合併した「心筋炎」を医者が見逃したのだろう。ジフテリアは
致死率が致命的に高い病気というわけではない。
フジの病でない病気で命を落としてしまうのは、
じつにつまらない悔やまれることである。
ときに、「牧神」とは何かと言えば、
古代ギリシアの神話の中の「パーン」という神である。この
「pan」は「汎」「全」を意味する接頭辞のモトであり、
「午後のお昼寝」をさまたげると、パーン様、ご機嫌斜めになって暴れるので
人々は右往左往するが、それが「パニック」の語源なんだそうである。ともあれ、
上半身が人・下半身がヤギ、などという奇抜ななりをしてるのである。
眠ることと色事が大好きなパーンはニンフをすぐに孕ませてニンプにしてしまう。
……あるとき、とある美しいニンフがパーンの餌食になろうとしてた。
ニンフは「牧神の妻」にも「牧童の妻たち」にもなることを潔しとせず逃げたが、
とうとう捕まってしまいそうになり、とっさに川辺の葦に変身した。が、
「人間は考える葦」と反省もパンセいもしない奢れるパーンは
葦をも掴むのである。そして、それがニンフだとも知ュランクスに、
折って束ねて笛にして悲しい節を奏でるのだった……
これが「パン・フルート」の伝説である。ちなみに、
それがキリスト教にも受け継がれ、
「わては善良な羊飼いや。羊のためならこの命、なんぼでもくれてやるさかい」
とイエスは宣った。つまり、
羊飼い(牧童)が羊の群を一頭もはぐれさせないように移動させるがごとく、
イエスは「迷える子羊」と上から目線で見下した信者らを正しく導く責務を負った、
と喩えたのである。新教の「pastor(牧師)」は
これに倣ったものである。ちなみに、
「パン」=「復活(パク)」したイエスの肉体=お肉=お魚=
それらの代用としての(ブレッドの)パン=パテ(ペイスト)=パスタ、
というのは「パスカルの定理」ではない(※)。それらはともかくも、
キリスト教の「復活祭」を意味するフランス語の「paques(パク)」は、
ヘブライ語の「pesach(ペサハ)」という
「ユダヤの過ぎ越し祭」を意味する語が由来なのだそうである。さて、
ドビュッスィーの「牧神の午後への前奏曲」は、後半、
オーボエが主要主題を吹く(4/4)が、
*♪esー・ーー|ーー・ーー・・ー>d・>des>c>ces|
>bー・ーー・・ー<c・<des<d|
<【【es<f<b・>gー・・ーー・>esー|<h-】】*♪
この【【】】内のフレイズは、ベルリオーズ一世一代の作品、
「サンフォニ・ファンタスティク」の3楽章で、
コール・アングレとオーボエの「牧童ら」が吹き合う(6/8)、
**♪【【●●・ドー・ーー・・<レッ●・<ソー・ーッ|
>ミッ●・>ソー・ーー・・<ラー・ーー・ーー(F)】】**♪
そのものである。そのおおもとは、
「サンフォニ・パストラル」である。始めの4つの音、
**♪●●ミー・<ファー、<ラッ|>ソー**♪
の振幅をダイナミックにしただけである。
さて、今週末はいよいよ「東京優駿」なことである。ゲストは
今年のイメージ・キャラクターのメイン佐藤浩市なことである。が、
「君が代」を歌うのは昨年の……一昨年のジャパンカップの
和田アキ子女史の役なら中鉢明子女史だが……中鉢聡に替わって、
中丸三千繪女史なことである。「中」を引き継いでることである。したがって、
昨年の出目「2枠」「8枠」「7枠」のいずれかが継承されることが
考えれることであるが、とくに、3頭枠なために「中」がある
「7枠」「8枠」には用心なことである。このどちらかもしくは両方が
「お色枠」になったら最要注意なことである。いっぽう、
「君が代」が同女史の喉になったならば、そうこうするうちにおそらく、
オリコン・ヒット・チャートで「中丸急上昇」することである。冗談はさておき、
♪アニョ(agneau)、すばーらしいっ、愛を、もーうーいーちーどーーー♪
かつて、「加藤和」宏現調教師が一悶着あったシリウスシンボリ号で
勝った6枠には「ゆかりちゃん、やったよ!」くらいな
気配りが必要かもしれないことである。いっぽう、
佐藤浩市のサイアーである三国連太郎の出身地も中丸女史の出身地も
「北」関東なことである。よって、
美浦の「北」の厩舎の馬が配される枠にも充分な配慮を忘れてはならないことである。
「苔の生すまで」ではあっても
「馬券がコケてしまうまで」にはならないようにしたいことである。
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