時計泥棒

一度の人生。ゆったりまったり生きるのだ。

努力=ハングリー精神

2011年01月18日 | 日記
「努力」が好きな人なんていないと思うんですよ。

テレビでフィギュアスケートの村上佳奈子選手の話をやっていて、ナレーターが「(幼い頃の村上選手は)練習も努力も嫌いだった」と言っていたことに違和感を覚えたのです。

私の友達にも、「努力が嫌い。したくない」と言っていた人がいたと思い出しました。そのときは、なんか変だなと思いながらもなぜ引っかかったのかが自分でもわからなかったのですが、最近そう気づきました。

誰も好きで努力する人なんていないのじゃないかしら。…て、そもそも「努力」なんて言葉は結果論にすぎないのではないですかね。

何か達成したいこと・好きなことに必死になって取り組んでいたら、最終的にそれが努力だったというだけのこと。

だから「努力が嫌い」という言葉の意味が、私にはよくわからなかったのでしょう。

村上選手の話で言えば、憧れの浅田選手と同じ舞台に立ちたい一心で必死に嫌いな練習をした。その行動こそが努力だったのではなくて?

友達は…今思い返すと、彼女はただ楽をして何でもできるようになりたいということだし。要するに他力本願…無理だろ、それ。

だから、努力が嫌いだと思っている自分を嘆く必要も、悩む必要も全くない。ただ、必死に生きれていればいい。負けず嫌い根性で食らいついていけばいい。

と、私は思うのでした。