幸運仏に参拝してきました
いつからでしょうか、神石高原町の道の駅
を過ぎてからしばらく行くと、右手に
幸運仏と書いた看板が焼き付いて早10年。
おそらくそれ以上は見続けながら、そのまま
行くこともなく、月日が過ぎ去っていました
途中、道を間違えながらも、なんとかたどり
着いた「幸運仏」です。言われも何も
知らないままここまで来てしまった感じです
やっと駐車場が見つかった。どうも
やっと駐車場が見つかった。どうも
矢印の方向へ進んでいくことにしました
見るからに、青空と緑の素晴らしい景色で
見るからに、青空と緑の素晴らしい景色で
まぁこれを見に来たと思っても、
それはないですから。
もうすっかり枯れてしまった。あじさいの
その裏には少しその言われが書いてあります
ほどなく到着しました
ぱっと見見上げてんのようですが、閉店した
ぱっと見見上げてんのようですが、閉店した
ままです。どうもコロナの時に閉まった
ままで、そのまま管理にはいないようです
聞いてみたら、少し下の家に連絡をすると
来てくれると言われました。
このちょうちんの数、天井から下がっている
このちょうちんの数だけ幸運が訪れたと言う
ことらしいです。
道路拡張工事の際、地下約1.5メートル
のところから、2基の五輪塔が掘り出され
ました。昔の夫婦墓であろうと地域の人たちが供養したところ、とたんに地域内から
5組の結婚話が成立したのです。
たちまちこの話が広がり、2基の五輪塔は
いつからか「幸せを運んでくれる“幸運仏”」 と呼ばれるように。
以降、地域の人たちで幸運仏世話人会を
つくり、大切にまつっています。
さらには「恋人の聖地の中心地」としても
さらには「恋人の聖地の中心地」としても
知られるようになり、
四国・九州・近畿など遠方から、
たくさんの人たちが
こんな大きな提灯もありますよ
あの方向のあの建物、きっと紙飛行機タワー
み違いないと確信。幸運仏を後にして
紙ヒコーキタワーへ向かいます
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