picopandaのブログ

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タクシン元首相の主張

2011年03月28日 03時45分57秒 | Weblog
   タイ通

今日(2010年5月25日)、タクシン元首相に対しテロリスト容疑で逮捕状が出た事を受け、タクシン元首相はツイッターで反論した。

元首相はツイッターで、「私は嘘の証拠でテロリスト容疑をかけられた。メディアを使い一方的に私を共産主義者呼ばわりし、王室転覆を目論んでいるとの濡れ衣を着せ、今度はテロリスト扱いした。これは過去の事件(政府が市民を虐殺した1976年10月6日事件)の時と同じだ。」とつぶやいた。

「今のタイは、口では和解したいと言うが、内心では極悪非道で、何の道徳もなく、独裁政権あるのみだ…。」と述べ、他にも、「現在の政府は大勢の市民を虐殺したが、民主主義を求める者をテロリストと呼び私を訴える事により原告になろうとしている。すばらしい政府だ。」「タイ国民は、軍事政府ではない政府にするため再選挙を要求しただけだが、逆に殺されテロリスト扱いされた。」などとも発言している。
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タイ通には、タクシン派の赤服がどうたら…という写真が何時も出ていますね。それで、タクシンとはどういう人でどういう主張をしているのかを知りたいと思っていました。

イラン革命を指導したホメイニ師について、1978年1月7日―革命前ですね―のイランの新聞は、ホメイニは外国人で、青年期にイギリスのスパイとして活動し、放蕩な生活を送り、エロティックなスーフィズムの詩を著していた、などとホメイニ師を罵倒したそうです。勿論、この記事は、当時のイラン政府によって捏造されたものであって、ホメイニ師が不当に中傷されたと人々は受け止めたそうです。これで、大規模デモが発生し、死傷者が発生し、その弔いの活動から更なるデモへ、そして、弾圧され、死者が出て、更に…という反復・高揚が果てしなく続き、約1年後には国王が国外退去し、代わって、ホメイニ師がイランに帰国し、熱狂的な歓迎を受ける、という流れを取ります。(宮田律「物語 イランの歴史」中公新書、2002年、216頁 参照)

タイ政府のやり口から見ると、タイ革命が勃発する日も近そうに見えます。そもそも、社会が乱れすぎてますからねぇ~。その一部は、このブログでも、時折、記載してきたとおりです。それに、ほぼ同時に大洪水と干ばつが並行しているのに、政府関係者は偏頗な対応にとどまり、視察さえも後回しにしていたでしょう。

しかし、タクシンの主張は、タイの国家体制(Verfassung)がその建前から著しく乖離している、と批判するにとどまり、体制そのものをこう改めなければならないという積極的・能動的な主張は、そこには、希薄ではないでしょうか?更に言えば、国家体制の正統性原理を根本から打破し、新しい正統性原理を打ち立てて見せなければならないでしょう。

タクシンの闘争は、長く険しい道のりになりそうです。

■タクシン派のパンフレットがあれば、タイ通にも載せてほしいですね。■

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