荻原 久雄   おぎわら ひさお

足利に元気を
  そして新しい未来へ

足利市議会議員

これからの国際交流

2011年01月17日 | コラム
 1990年代 日本各地に国際交流協会が設立されました。冷戦後、民族や宗教の違いを背景に持つ紛争を失くすために、また国際的な相互依存の中、お互いを理解する目的であったと思われます。そして その頃から足利にもたくさんの外国人が生活するようになりました。「文化の衝突」を回避するために相互理解をし、尊重し助け合いながら、学びながら、異文化交流ができればと思います。
最近の足利に住んでいる外国人とお話してびっくりすることは、日本の文化を理解し、地域の生活に溶け込んでいることです。特に2世の方も生まれ、上手に日本人とお付き合いしていると思います。更に驚かされることは、コンピューターを熟知し、出身国のご家族とメールやテレビ電話を利用し、情報交換しているようです。
現在、アメリカのコールセンターがフィリピンにたくさんあるようです。例えば、アメリカでテレビショッピングの電話をするとフィリピンにあるコールセンターにつながり、注文をするそうです。英語も話され、アメリカ人もまさかフィリピンと話されているとは思わないかもしれません。
インドには、たくさんの優秀なコンピューター技術者がいるそうです。時差の関係で、アメリカでちょうど仕事が終わった頃、インドでは仕事が始まるそうです。帰りにソフトの不具合をインドにメールで発注し、次の日の朝には、不具合が解決され、メールで届いているそうです。アメリカから、たくさんの仕事が発注され、その結果、たくさんの優秀な技術者が生まれたようです。日本にもインドのコンピューター技術者養成学校ができるそうです。二つの国に共通していることは、英語圏、そしてアメリカよりも賃金が安いことです。
これからの国際交流は、国と国から、人と人のつながりで広がっていくように思います。足利にもたくさんの外国人の友人、知人がいらっしゃる方がいると思います。そこから文化の理解、そしてビジネスの交流ができ、相互発展ができればすばらしいと思います。
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