昨夜は満月だったようですが、気が付くのが遅くて、観るには見たけど写真はありません。
代わりの昨日の夕暮れ
昨日は珍しく体調がよくて、人と話したい気分にもなり、短大時代の親友に電話をしてみました。
今は仕事もやめて、昼間は一人の時間を楽しんでいるというMちゃん。
今にして言える話とか、今の体の状況とか家族のことなどで、話が盛り上がりました。
彼女も地方出身、同じ寮に住んでいて、同じクラスになったのが友達のきっかけ。
ふたりとも就職が決まったとき、当時住みたかった高円寺で一緒にアパートを探し、別々の不動産屋で決めたアパートは、偶然にも徒歩2分ほどの距離でした。
一緒に住むのはいやだけど近くに住みたい、そんな距離感のふたりでしたが、ふたを開ければ、しょっちゅう泊まりに行ったり来たりして、一組しかない布団で一緒に寝る、といった若いときしかできない女子友達の関係でした。
ずっと話してたのに、布団に入っても話は尽きず、もう寝ようもう寝ようと言いつつ、またどちらかが話し始めたり、誰かのおなかが鳴ったりするのを聞きながら、気づいたら朝。
お互い恋をしたり破れたり、色々な場面で泣いたり笑ったりして過ごした20代前半。
やがて三十路を控えた頃、彼女が遠い故郷に帰っていき、私は仕事を転々としていました。
二人とも結婚には程遠い‥‥と思っていた時、故郷の町で働いていた会社で知り合った人と結婚するという知らせ。
正直、本当に一人ぼっちになっちゃったって思った。
おめでとうって言ったけど、それまでの人生で一番淋しかった。
そんな彼女が、十数年後、ご主人の仕事の関係で東京に戻ってきたときには、案外ちゃっかり私も結婚して東京で暮らしていて、たまにランチしたりコンサートや歌舞伎を見に行ったりしていました。
でもそのうち私は病気になって、人と会うのも嫌になって今に至るって感じでした。
あの頃はよかった。
いつもは使わないそんな言葉を発しながら、彼女とは楽しく素直に語り合えました。
いま、身体の事や家族の悩みなど、お互い抱えるものはたくさんあり、あの頃こんな未来がある事なんて考えないで生きていたよねって。そんなこともどんなことも笑って語り合える不思議な時間。
学生の時の友達って、かけがえのない大切な宝物だなって、改めて思った。
辛いことのない人生なんてない、みんな何かしら抱えながらも、折り合いをつけて生きているんだなって。
トイレ休憩をはさみ’、気づけば一時間半ほども話していました。
お互いのほろ苦い思い出や、今のつらい出来事の話で涙が出たりすることもありましたが、人との約束もできづらい今の私には、青春のおもいでの中には欠かせない彼女とのおしゃべりは、とても素晴らしい時間となりました。
ちなみに彼女は料理が上手で、彼女がご飯を作っている間、ビールを飲みながら待っている、というオヤジギャルな私でした。
Mちゃんとのおしゃべりのおかげかどうかわかりませんが、いつもなら夕方から体調が悪くなるのに、昨日は普通に過ごせて、きっとおしゃべりでストレスが解消したんだな。
今は近くに友達はひとりもいませんが、ラインなどでつながっている友達もいます。
それだけでも今の時代のありがたいことですが、声を聞くもの大事ですね。
ただ、電話はお互いの都合もあるので遠慮しがちだったのですが、Mちゃんも私と同じように、用事は午前中に済ませ、午後は好きな事をしていると聞いたので、ちょいちょい電話で話すことを約束しました。
ということで、今朝も割と体調がいいです。
孤高のアーティストにも、たまには他愛もないおしゃべりが必要でした。
こと、高齢者目おばちゃん科虚弱属の私には。
爆
今日の言葉
友人とは、あなたについてすべてのことを知っていて、それにもかかわらずあなたを好んでいる人のことである。
エルバート・ハバード アメリカの思想家
すべてを知っているとは思いませんが、今とは違い、自分を取り繕うことなくぶつかり合った学生や青春時代の友達って素晴らしい宝物なんだなとつくづく感じます。
会社の同僚とかママ友とかとは、全く別のもの。
あの頃には戻れないけど、思い出が今の自分の教師になっていることに気づきます。
人生に無駄な時間などなかった。
それにしても、本当に久しぶりに、たくさんの単語を発した午後でした。
ご訪問頂きありがとうございます。
感謝をこめて
つる姫