管理会社から「ウォーターハンマー音です」と言われた瞬間に、ぎりぎりまで張りつめていたものがふっと緩むのを感じた。
音は自分だけの思い込みではなかったし、ましてや幻聴でもなかった。他の住人も煩いと思っているのだ。
この事実は自分を正気に返らせた。
そして思った。
あ、今の自分、完全に病んでるな。これはまずい、一旦逃げよう。幸いにも逃げ場所があった。同じ市内に実家があるのだ。
一度実家に戻ってゆっくりしよう。せめて1週間くらい、音から離れて生活しよう。
そう決意し、夜のうちに当座の荷物をまとめた。
PCさえあれば生活できるし、必要があれば都度マンションに戻ればいい。
今後について考えながら、次の日の仕事終わりに荷物を取りにマンションへ戻ってきた。
駐車場で声をかけられたのはそんな時だった。
見覚えのあるその人は、乾太くん事件で散々お世話になった管理会社の担当者だった。
相変わらずの優しい言葉遣いで、ウォーターハンマー音については今月行われる管理組合の理事会で議題にします、と丁寧に説明をしてくれた。
対策は既に始まっていたのだ。
わざわざすみません、と頭を下げた自分に、担当さんはさりげなく、そして労わるようにこう言ってくれた。
「大丈夫ですか?」
・・・ええ、大丈夫です。
昨日のあなたの電話で救われました。
そして今日、こうして自分に声をかけるために来てくれた、待っていてくれた。
解決までにはまだまだ時間もかかるだろう。
面倒なことも起こるだろうし、音もなくなりはしない。
でも、もうちょっと頑張れます。
「ありがとうございます」
その言葉にありったけの感謝を詰め込んだ。
※「マイホームヒーロー」山川直輝(原作)、朝基まさし(作画)
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