まちかど逍遥

私ぷにょがまちなかで遭遇したモノや考えたコトなどを綴ります。

新タイル名所!原鶴温泉泰泉閣

2020-06-28 22:57:44 | ディテール
2020年2月の原鶴温泉の続き。


朝の散歩から戻ったあと、せっかくなのでのんびり朝風呂に入って、大型ホテルのサービスを享受しよう(笑)
原鶴温泉はツルツルのお湯、湧出量も多い素晴らしい温泉だ。泰泉閣の自慢は、いくつもの貸切風呂と、ジャングル風呂!


ジャングル風呂は男性用に使われている時間が長いが、入替え制で朝イチからチェックアウト前までが女性用の時間帯になる。
行ってみると、まるで屋内レジャープールのように高い天井の大空間に木がわさわさ生えていて、本当にジャングルみたいだ!!
いろんな形の浅い浴槽が配置され、中には滑り台のある浴槽も(笑)。これは子供連れにはいいだろうな!
浴槽や床はかわいいモザイクタイル貼りだ。


しかし私が目を奪われたのは、、、目立たない端の方の壁。
えっ、これは何!?民芸調の風合いのいろんな形のタイルが、みっしりと乱貼りされていたのだ!!


うわ~~~、なんじゃこりゃ~~~!!


これはお皿のかけらか!?と一瞬思ったが、フラットなので元からタイルとして作られたものだろう。
しかしこんなに大量に・・・大きなもので10センチ程度、形は丸、三角、四角、六角、中にはひょうたん型なども。




飴釉や織部釉など伝統的な釉薬が使われ、フリーハンドで模様が描かれたスリップウェアっぽいものや、小鹿田焼のような
白化粧に刷毛目の模様も。模様は文字のように見えるものもあるがほとんどは直線曲線や水玉や色分けなど、シンプル。


決して上手でなくむしろ稚拙なものもある。この量なので市民を集めたワークショップか何かで
作ったのか・・・?




これだけの量がランダムに貼られていて圧巻!!ひとつひとつがかわいくて飽きることなく眺めていられる。


しかしこのタイルが貼られているのは、階段下、業務用通路あたりから内湯の入口までと端の方で、しかも繁茂したポトスに
覆われているので本当に目立たない。いったいどれだけの人が気づいているだろうか。。。ネット検索しても全くヒットしない。









もう一箇所、こちらも端の方で、業務用通路を隠すためのものと思われる低い腰壁にも、またタイルが貼られている。


こちらはだいたい角丸の四角形で揃っていて刷毛目の模様。しかしところどころに少し大判の陶板がはまっているな。


よくみると線彫りで絵が・・・ちょっと 棟方志功風とも見える裸婦の絵。


わさわさとした木の前に座る女性の絵は、このジャングル風呂のために描かれたものと思われる。


こちらは魚、もう一枚は花。


釘か何かでささっと、おそらく1分程度で仕上げたと思われるが、勢いよく描かれた線は素人とは思えない。

よく見ると、銘が彫られているな。「1962 一夫」と読める。一夫って誰だろう・・・

ここも前にプラスチックの青いベンチが置かれていたりしてほとんどの人は気づいていないだろう。もったいないなぁ!


お風呂を出てからフロントで尋ねたら、ジャングル風呂のある2号館は1961(昭和36)年に建てられたという。
陶板の銘と1年のずれがあるが、、1961年というのは着工した年だったのか、それとも客室が先に完成して
お風呂の内装は翌年になったのか、、、そんな加減だろうか。
ジャングル風呂は9時半で終了し清掃時間となるので、終了後に写真を撮る許可を頂いた。ブログ掲載も承諾頂いた。


階段上の壁にはレリーフもあった。4面あったが、うち1面は衝立の向こう側になっていたので写真が撮れず。。






帰ってからいろいろ調べたところ、銘の「一夫」とは、木版画家の高田一夫氏(1906~1982)ではないかと思う。
山口県徳山市生まれながら八幡製鉄所に勤めるなど九州に縁があり、棟方志功とも交流があったらしく、
民藝運動の普及に貢献したという。陶板の女性像と似た作品もあったのでほぼ間違いないだろう。

いやはや、全く何のチェックもしていなかったところで思いもよらぬ素晴らしいタイル壁を見つけて、
朝っぱらからテンション上がりまくった~~~
泰泉閣はリーズナブルな上に、温泉は掛け流し、朝食も充実。昭和のホテルをなめたらあかん!!
ジャングル風呂のタイル壁は「新タイル名所」としてもっと宣伝してもいいと思うし、今後改修するときも絶対残してほしい!
ただ、タイルについた湯あかだけ落としてきれいにしたいなぁ。・・・私やりましょうか(笑)


6/28現在、泰泉閣は 新型コロナウイルス感染拡大防止に伴い休館中。7/1より再開するとのこと。是非行ってみて!

続く
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原鶴温泉の玉石垣

2020-06-27 23:01:35 | ディテール
2020年2月の筑後吉井からの続き。



今宵の宿は、原鶴温泉の泰泉閣。原鶴温泉は筑後吉井から車で15分ほどの場所にある温泉地だ。こんな近い距離で宿を変える
というのも変な話だが、1泊目がセルフの民泊だったので2泊目は温泉ホテルでラクしようと(笑)。

来てみるととても大きなホテルで、広い駐車場は端の方まで車でいっぱい!
昭和の温泉地の例に漏れず昔はずいぶん賑わっていたのだろうが廃旅館や空き地が目立ちちょっと寂しい感じ。。。
ただここを含め数軒ある大型ホテルはいずれも盛況のようで、温泉の泉質は間違いなさそうだ。
ここで泊まって翌日もうきは市近辺でうろうろする予定。


朝食のみ付いたプランで予約していたので、外で晩ごはんを食べようとフロントで聞いてみるが、うどん屋ぐらいしかなく・・・
皆、宿で食べるのだろう。まぁそこのうどんはおいしかったのでよしとするか。

出たついでに温泉街を散策しようと歩き出すとすぐ、このカワイイ石垣を見つけた!!
実は宿を泰泉閣に決めたのは、WEBの写真にこの石垣が写っていたからである(笑)。


見事に丸く揃った石。高知の吉良川や奈半利で見た「いしぐろ」にも似た石垣だ。


こちらは向かいに建つホテル、延命館の建物。円形校舎ならぬ「円形ホテル」である。
円筒形の部分は階段ホールかな?


こちらはインパクトある円筒形の塔屋を載せた酒屋、富田商店。


このショーケース?出店コーナー?の下がモザイクタイル貼りだ。


で、翌朝ビュッフェでおなかいっぱい食べたあとの運動のため、もう一度温泉街を散策しに出かける。
円形ホテルの延命館もよく見えるな。時間があれば内部を確認しに入りたかったのだが、ちょっと時間がない。


そして・・・玉石垣!!




普通よりもかなり小さい石を使っている。ずらりと並んだ卵のような石垣のかわいいこと!!




富田商店の看板部分は渋いタイル使い!!


外壁にあめ色の小口タイル、入口脇には玉石タイルも使われていた。


昨日は色がよく分からなかったこの出店のタイルもよく見える。こんなかわいい色だったんだな~~




円筒形の塔屋は、筑後川を渡る原鶴大橋の上からでもよく見える。斬新な広告塔として作られたのだろう。


ところで玉石垣はもう一箇所あった。古い旅館が建っていた跡地と思われる広大な更地がガランと広がっていた。。。


以前敦賀で見つけたものとも似ているなぁ。筑後出身の人の家だったりして(笑)


角の部分は少し平たく細長い石をちゃんと算木積みのようにしてあるな。


この石垣がまちなかに複数あるということは、このあたりの独特の形式なんだろうか。


温泉街のど真ん中に広がる空地。早く買い手がついておしゃれな旅館が建つなど、賑わいが戻ればいいんだけどなぁ・・・
ただ、この石垣だけは保っておいてほしい(笑)


続く
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筑後吉井 蒼のタイル

2020-06-26 23:19:57 | ディテール
2020年2月の筑後吉井の続き。


筑後吉井のまちの道はだいたい歩いたし、5時前になって薄暗く雨もパラパラ降ってきたので、もう
打ち止めにして宿へ向かおうか。。。しかし今日はお昼を食べ損ねたし、ちょっとお茶でも飲んで休憩したい。
駐車場の近くにあって目をつけていた、いい感じの雑貨屋兼カフェ、蒼へ行ってみる。


古民家をリノベーションした店で、靴を脱いで上がると店内にはアンティークの器や天然素材のテキスタイル
などがセンス良く並べられている。う〜ん、素敵。


まだお茶できますか?と厨房にいたお姉さんに声をかけると、「すみません、5時までなんで・・・」
えぇーっ(涙)


雑貨を見ながらちょっとお話ししていると、哀れに思われたのか、「30分くらいだけでしたら・・・」と。
ありがとうございます!


紅茶とガトーショコラを頼んで、待っている間に裏庭を何気なく眺めると、、、あわわわ、あれは!?
本業タイルじゃないの!!草むらに打ち捨てられたように大量のタイルが置かれていた。


あ、あのーっ、あれはどこにあったんですか!?たまらず厨房に声をかけると、お姉さん、
「あぁ、あれはトイレの壁に貼られていたんです。リノベーションしようと剥がしたんですけど、
裏にモルタルがついていて使えなくて・・・」


ひゃ~~っ。庭に降りて見に行ってみると、確かに裏のモルタルごと大きなかたまりになっている。
剥がそうとグラインダーで削ったりもしてみたが割れたりしてうまくいかなかったとか。。


きれいに取れた2枚だけ、トイレに貼ったんです、と、わざわざトイレまで案内してくれた。


おぉ~、素晴らしいセンス!!シンクや水栓もレトロな雰囲気のものを使ってあり、タイルが生きているね!


そして使えなかった本業タイルの代わりに、外国製のタイルを壁に貼ったのだとか。これもまたグッド!!

この建物はもと料亭で、廊下の床板などに赤い色が残っているのがその名残だと言う。へぇ~~!
今はガランと空いている横の庭の方まで棟が続いていたらしい。
自分たちで少しずつリノベーションしているのだとか。楽しそうだな!

美味しい紅茶とガトーショコラを味わいながらおしゃべりしていると、「タイル持って帰ります?」と。
えええ~~っ?「きれいにバラけているのがあればいいんですけど・・・」
靴を履いて一緒に庭に出ると、うわぁ、こっちにもまた山積み~~~

そしてお言葉に甘えて1枚頂いたのだった(笑)
あぁ、30分だけのつもりがすっかり長居してしまった。。。お姉さんも結構タイル好きみたいで(笑)
閉店時間なのにすみません、ありがとうございました。
いや~、最後まで楽しい筑後吉井のまちだったなぁ!

今宵の宿は、原鶴温泉であるが、車で筑後吉井駅の木造駅舎を見に立ち寄る。


夕暮れの筑後吉井駅。


駅の向こう側にはサイロみたいなのがあるな・・・気になるが、今日はもう日が暮れる。


駅の近くには古い建物もあった。


古い病院のカッコイイ建物。


続く
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居蔵の館のめくるめくタイル

2020-06-24 22:54:47 | ディテール
2020年2月の筑後吉井の続き。


伝建地区に建つ居蔵の館は、「居蔵家」と呼ばれる筑後吉井の重厚な白壁の土蔵造りのまちなみを代表する建物。
何と言ってもここの見どころは奥のトイレである。渡り廊下を通って離れの方へ進んで行くと、、、うわぁ~~~っ!!
いきなり目に飛び込んできた男性用小便所のタイル!!


なんと、このトイレは現役のようだ。えっ、もしやつい今すれ違った男性は・・・嬉しいような、困ったような・・・(汗)
便器はレトロな筒型だが確かに古いものではない。


壁の腰張りには北海道の栗山町の小林家三朝温泉の木屋旅館北海道開拓の村の近藤医院などでも使われている、
幾何学模様のマジョリカタイル。緑色が鮮やか!


そして床のタイルは、、、あぁこのタイルが私は大好きなのだ!!以前関西蚤の市にふらっと行った時に見つけて買った
タイルと同じもので、「日本の洋館 明治篇」に載っている宇和島の岩松にある旧小西荘三郎邸のトイレのタイルとも同じ。
浅い陰刻を施した上に手描きで着色した、明治中期以降の瀬戸製半乾式本業タイルである。

尚、旧小西邸は長らく無人で放置されていたが、トイレのタイルは今も無事に残っており、この度ようやく修復工事の
メドがついたそうだ。もともとお風呂場にも同じタイルが貼られていたが、現役住居のときに改修されてしまったらしく、
そのとき剥がされたタイルが私のところに流れ着いたのでは・・・真偽のほどはわからないが、私はそう思っている。
→「蚤の市のタイル」、「タイルから始まる旅」、「岩松のまちをうろつく

並べると古代の宝相華のような大柄な花模様が現れ、オリエンタルな雰囲気と藍色の高貴さが際立つこのタイルを
私は本当に気に入っている。あまり見ない模様のこのタイルが九州にまで流通していたとは、、、あぁ感慨深い。
そういえば、手持ちのタイルをここに持ってきて並べて写真を撮ろうと思っていたのにすっかり忘れていたな(爆)


面白いことに、ここの廊下に面してドアのない半間の男性用小便所と、ドア付きの和式便所が2セット並んでいる。
トイレが複数個所あるのは広い邸宅なら普通だが、旅館でもないのに2セット並んでいるというのは珍しいな。
そしてもう1ヶ所の方にもタイルが貼られている。こちらはタイルは床だけで、壁は人研ぎである。


床のタイルはもう一方と同じもの。便器の裏側にはパイプが通っておりその部分のタイルを切り欠いてある。
私の持っているタイルも同じように丸い切り欠きがある。

あぁ、素晴らしい・・・床に這いつくばって愛おしく眺め回す(笑)
ちなみに、個室の方は板張りでタイルはなかった。

トイレの天井を見上げると、通気口付きの折上げ格天井になっている。


あぁなんと美しいトイレだろう。。。
現地に「天井をご覧下さい」の張り紙があり、リーフレットにも天井の解説は載っているが、タイルについての言及は全くない。
もっとアピールしてもいいものなのに、タイルというのは工業製品だからか、木製の造作などと比べても
あまり注目されないのである。。。(哀)


トイレの奥にはお風呂場がある。広くて明るいので現代のお風呂かと一瞬思ってしまうが、五右衛門風呂である。
居蔵の館の紹介ではたいがい写真が載っている唐傘天井が見どころではあるが、タイルにも注目。
洗い場は滑らないよう無釉の八角形タイルが貼られている。壁の腰張りにはストレートエッジの白無地タイル、
役物のマジョリカボーダータイルで端部を縁取っているという、なかなかに見どころのあるタイル風呂だ。


洗面台も一見新しいものかと見過ごしてしまいそうになるが、フルタイル貼りの造作である。白タイルがまぶしい!


マジョリカボーダー。


中央から放射状に押縁が広がる傘天井は、天井板が少しずつずらして重ねられ、通気口の役割を果たす。


庭に張り出すように作られたこの小さな部屋は、出窓に細かい格子がはまっていて、瞑想するにはぴったりな感じ。
茶室のような趣きで床の間もあるが、浴室に隣接しているということは脱衣所なのだろうか?尋ねるのを忘れた(汗)
この部屋にこもってあのトイレをちょいちょい眺めて暮らす・・・いいねぇ(笑)


2階に上がってみよう。


吹き抜けの周りをぐるりと4つの部屋が取り囲んでいる。


風通しがよく気持ちいい2階の部屋。


床柱は赤松かな。


1階の通り土間を奥へ抜けたところにある半屋内の台所。


その奥にもう一つ五右衛門風呂があった。埃だらけだがよく見ると床にモザイクタイルが部分的に貼られていた。
(割ときれいに見えているのは、私が埃を払ったからである。笑)


床全体に隙間なく敷き詰めるのではなく、ユニット貼りされたモザイクタイルを1枚のタイルのように間を空けて
貼っているのは面白いなぁ。タイルの枚数は少なくても、むしろ模様として目立って装飾的には効果が大きい。
現在物置のようにいろいろモノが置いてあり、見せているつもりはなさそうだが(苦笑)、特に立入禁止でもないので、
タイル好きならこちらもちゃんと見てあげたい(笑)


続く
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舞子ホテル 洋館2階

2020-06-02 23:15:38 | ディテール
2019年の舞子ホテルの続き。

さて、皆でランチをした8月には、洋館の2階はブライダルの準備中とかで見学できなかったのだったが、
休業前の12月に一人で駆け込みランチに行ったときには、2階も見せていただけた。

玄関ホールと応接室の間に階段がある。親柱の足元には、大きな木彫のふくろうが立っている。
これは親柱の前に彫刻が置かれているのではなく、親柱と一体の一刀彫だという。へぇ!


親柱の上にはステンドグラスのはまった美しい行灯照明が。


そしてこれは、木象嵌だな。円と直線のみからなるポップな模様。


2階へ上ったら、そこからさらに上る階段が続いていた。あっ、そういえばこの建物は3階建てか!3階は残念ながら立入禁止。


さて洋館の2階には「鈴蘭」と「薔薇」の2部屋がある。まずは鈴蘭の部屋へ・・・


このドアの欄間にも、メロンソーダを思わせる黄緑色のステンドグラスがはまっている。




おぉ!部屋の中に踏み込むとまず目を奪うのは、ゴンドラのように天井から吊り下げられた3つの直方体。
これもまた黄緑色のステンドグラスでできた、照明器具である。


直方体の4隅につけられた吊り下げコードにはキューブ状のガラスビーズが3つずつ通されていて、コードも含めたデザインの
シャンデリアである。このコードのデザインは、1階応接室のガラス棒のシャンデリアともお揃い。素敵だなぁ~~~
鈴蘭の部屋の壁や天井は1階と違って平板なものなので、このしゃれた照明器具が主役とも言えるな!


もうひとつ目を引くのが、マントルピースの上に置かれたこちらの六角形のガラス扉のキャビネット。
こちらも渦巻きと幾何学花文のステンドグラス。


そして半円筒形に張り出した部分もポイントに。窓辺にソファーは造りつけられていないが、すっぽりおさまったテーブルセットは
VIP待遇用に違いない!




縦長窓にも一部シンプルなステンドグラスが。これも緑色。ここまで徹底して緑色を使ってあるのは、施主の要望によるのだろう。
日下部氏は緑色が大好きだったのに違いない。


そして次に薔薇の部屋へ。この部屋は鈴蘭よりも小さいが、何といっても素晴らしいのは、フランス窓の上のステンドグラス。
外から見えていた気になっていたやつだな!


いずれも枝にとまったフクロウ。他とは違い絵画的なデザインだ。左側は月が出ているので夜、右側は夕暮れだろうか。
もの思いしているようなフクロウの表情。ガラスの色合いも絶妙で素晴らしいな!!


これらのステンドグラスは宇野澤作品である。
ただし、玄関ポーチの左右を飾る大きなステンドグラスはあとから追加したものらしい。確かに感覚が違う感じがするな。


鈴蘭と薔薇の間のホールにはもうひとつドアがある。


階段の正面にあるこちらは、トイレのドアだ。


色合いもデザインも2つの居室のドアとは異なっていて、ブルー&オレンジが爽やか!
しかし中央の大きなガラスは大づくりな印象。割れたか何かで入替えられたものだろうか。
中にあるというすりガラスの丸窓は見なかったな(汗)


1年間の休業という舞子ホテル。このまま営業をやめてしまうのでは・・・との不安から係の方に尋ねてみたが
再開する予定とのこと。そして古い部分はできるだけ活かす意向であると。あぁよかった。。。
改修工事が完了して再開したらまたランチに来たいなぁ!それともまたホテルの営業を復活してくれないかな!?
今年の年末で1年。楽しみに待っておこう。

※現在舞子ホテルは改装工事のため休業中です。

続く
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北海道開拓の村 近藤医院のタイル

2020-05-27 23:46:54 | ディテール
2019年10月の北海道開拓の村の続き。

北海道開拓の村にやってきたのは実はこの近藤医院がめあてだった。トイレにタイルがあるのだ。


木造下見板張りの総二階建て。ペイントはされていないが、バルコニー付きの玄関ポーチが洋館らしさを引き立てているな!


1920(大正9)年築。1958(昭和33)年まで使用されたとか。


玄関を入ると奥までストンと見通せる広い廊下があり、その両側に部屋がある。和室もあるが完全に洋風な構成だ。


玄関にあるかわいらしい受付窓口。この向こう側は事務室兼調剤室かな。左側の和室は待合室だろう。


右側の手前が診察室。デスクやベッド、サイドテーブルなどの調度品があって当時の雰囲気がリアルに伝わってくる。


手術室。床はタイルでなくコンクリート平板のようだ。でも元はタイルだったのではないかな。血などが沁み込むもんね(汗)
まわりの壁は人研ぎ。


おぉ、階段の壁にタイルが貼られているのか!


階段の両脇の壁いちめんに白無地タイル。しかしこれはどうも復刻品のようだ。


そして隅にポイント的にマジョリカタイルが使われている。こんなところにこんな使われ方をしているのは初めて見るかも。
この建物ももちろん移築だが、タイル使いは再現されているはず。面白いなぁ!


ご丁寧にこんな三角形の隅にも。階段の勾配が45度ということだ。


床の通気口のグリル。


裏側へ出っ張った部分にトイレがある。


おお~っ!大便所と男性用小便所の2ヶ所の床に、柄違いでマジョリカタイルが敷き詰められていた!


ポピュラーな柄のタイル。青色が鮮やか!少しきれい過ぎる感じもするが・・・


近寄ってみると、チューブライニングの凸部が擦れて磨耗していたり、使用による擦り傷など、自然に見える。


こちらもよく見る柄。ややムラがあったりして自然な感じ。
目地がなく突き合わせなのは、移築時にそうしたのだろう。階段の壁には目地が入っているし、ましてやトイレのタイルは
単に装飾でなく実用。汚れが下へ落ちてしまうと不衛生で手入れが余計に大変なので、必ず目地は入れるはずだと思う。


・・・しかしそうすると、現状目地無しでぴったり納まっているのは、どういうわけか。。。
トイレを元のサイズよりひと回り狭く作ったか(そんなことはしないだろう)、目地を詰めた分余分のタイルをはめて調整したか
(余分がたくさんあったとは思えない)、すべて復刻タイルで一から割り付けたか(う~ん)。。。
それとも元から突き合わせで隙間をコーキングしてあったか(大正時代に?)、視点を変えて、あえて目地を入れず
定期的にタイルを全部外して洗っていたとか(爆)・・・真実は不明のままである。


廊下の幅木にも白無地タイルやマジョリカタイルが使われていた。


白無地タイルも見るからに復刻品とオリジナル品と思われるものが混在している。またマジョリカタイルもそうなのか!?
一部剥がれていてモルタルに裏型が転写されている部分があり、タイルの断面も見えたが、どうもここのは
復刻品のように思うなぁ。色も少し違っている。


型さえあれば形は全く同じに作れるが、釉薬は100年前と同じものを使えないので、どうしてもニュアンスは異なってくる。
それでも欠損分をレプリカで補充して、医院建築の中でのタイルの使われ方を再現してくれているのはありがたいな!


廣瀬写真館。こちらは再現の建物。近藤医院と同じような無塗装の下見板張り洋館ではあるが、間取りはほぼ和館である。


こちらの武岡商店は1898(明治31)年築。米穀・荒物・雑貨を扱う商店であった。
これぞ、和風とも洋風ともつかない、和洋の要素が入り混じった不思議な外観。さらっと外観のみ・・・


島歌郵便局は1902(明治35)年築。中はガラス張りのカウンターで仕切られていて狭い。


大正後期築の山本理髪店。こちらは小さな建物だが窓の桟や持ち送り、煙突など装飾邸要素も多く、すっきりしていながら賑やか。
1階の連続したひさしが入口部分だけペロッとめくれ上がっているのがカワイイね~

中には壁の鏡やキャビネット、時計や壁のポスターなどもあり、また床屋のおっちゃんとひげをそられているお客の
リアルな人形があって、今でも本当に営業しているような錯覚にとらわれる。
こういう庶民の親しんだ建物が残されているのはうれしいな!

続く。
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湯之島館 卓球室のタイル

2020-04-29 23:12:57 | ディテール
湯之島館の続き。



洋館3階のいちばん奥には卓球室がある。そこもまたタイルパラダイスなのだ!
夕方偵察に行ったときは若者のグループが遊んでいたので遠慮しておき、夜中に一人で徘徊(笑)したときに行ってみた。




誰もいない。よかった!
ガラスドアを開けて入ると・・・
うぉぉぉ~~~っ!床いちめんに敷き詰められた工芸タイル。やっぱりいいなぁ!!


いきなり床に張りつく(笑)。
すべてが布目タイルなのは一応滑り止めを考えてのことだろうか。たまにレリーフ入りのが混じっている。これはとうもろこし?


布目が埋まるほどに釉薬がたっぷりかかっているものもある。
前回はここで友人たちと3人で卓球して遊んだのだが、下に落ちた球が変な方向へ弾むので拾うのに苦労したのだった(苦笑)




いったい何種類の釉薬が使われているんだろうか。同じ釉薬でもかかり具合や流れ具合が違ってひとつとして同じものはない。
結晶釉のかかった薄緑色のタイルはお気に入りのひとつ。


並べ方も同系色が隣り合わないようにだいぶ苦心したんだろうなぁ。




この紫色もいいなぁ。
これらのタイル、泰山タイルと同じような色合いのものもあるが、、、どうも泰山っぽくないような気がする。
東窯工業(杉江製陶所?)や粘土工業所などでも布目やレリーフのタイルは作られていたのであり、
実際のところメーカーは不明。。。




あぁ、すべてのタイルを一枚一枚撮りたくなる~~~






数えてみたところ、30x90=2700枚!?あぁ壮観~~~


この卓球室を一人占めで写真撮りまくりの至福の湯之島館の夜であった(笑)


う~~ん、満喫した!翌朝は大浴場へ朝風呂に入りに行った母と妹を尻目にダラダラ朝寝(爆)
大浴場もよかったらしい。夕食も朝食もおいしかったしサービスもいいし、カメムシも出なかったし(笑)素晴らしい宿!
ここはほんとに、チェックインタイムからチェックアウトタイムまでゆっくりして各施設を楽しむのがいいね!


前回の記事を見ると、面白いほどに、同じアングルで撮ってる(笑)。特別室やサンルームの写真もあり。
 →湯之島館のタイル湯之島館のタイル2

続く
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湯之島館 クラブムーンライト

2020-04-28 23:52:50 | ディテール
湯之島館の続き。



2階のクラブムーンライトは、夕方館内散策したときも、夜にもう一度見に行ったときも、中に誰もいなかった。
お客が少ない日は営業していないのだろうか。。。


廊下の窓から覗くのみ・・・


3階へ上ろう。


洋館の3階にはビリヤード室があり、宿泊客は無料で自由に楽しむことができる。


窓からは七重八重の間の瓦屋根ごしに下呂のまちが遠望できる。


モルタルを塗りつけてから手で擦り取って模様をつけたような壁。味があるなぁ!


こんなオシャレな旅館ある?やっぱりここはクラシックホテルなのだ!



そしてその隣には、クラブムーンライトの開放的な吹き抜け空間を見下ろす、ロフトのようなスペースがある。


船底天井から下がる枝垂桜のようなシャンデリアがかわいな!


アールデコなデザインの柵は鉄製で重厚感がある。天井からも垂れ壁状に下がる格子もお揃い。


色ガラスのはまった丸窓に格子のシルエットがかかって素敵!


そしてこの部屋には彫刻の施されたキャビネットやソファがあり、プライベートルームのような雰囲気。親密な空間だね~~




赤・青・緑の3色の光を妖しく放つ照明。


両脇の袖壁の格子。


こちらの部屋の壁は、モルタルかしっくいを塗って表面を毛羽立たせたあとに青海波の模様を押しつけてある。
何とも手の込んだことをしているなぁ!


ここに電球の光が当たると陰影がとっても際立ち、なんともロマンチックな雰囲気を演出している。


この湯之島館の玄関、本館、渡り廊下、の3つが登録有形文化財となっているが、洋館は対象外のようだ。
日本建築の粋を感じられる本館と共に、この洋館も創業当時に丹羽英二の設計により造られたものである。
旧来の旅館というよりもリゾートホテルを目指した、そのコンセプトを如実に現しているのがこの洋館であり、
湯之島館を「国際観光旅館」たらしめた主要な設備だったのではないだろうか。文化財の価値は十分あると思うなぁ。

続く
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湯之島館 山の足湯など

2020-04-27 23:50:28 | ディテール
湯之島館の続き。

洋館2階(湯之島館全体で見ると4階に当たるらしい)の2階にはクラブムーンライト、食事処、リラクゼーションサロンなどがある。
家族湯の端の階段はムーンライト前に上がってくる。


丸窓のある廊下。


リラクゼーションサロンは入ったことがないが、アーチ型のドアにはステンドグラスがはまっている。


中に明かりが灯る夕方以降に見るのがいい。しかし内側から見るほうが絶対きれいに見えると思う。




高級ホテルのエステサロンとは違って割とお手頃な料金でリフレクソロジーなどを受けられるようなので
一度試してみたいが、ついつい館内散策に走ってしまい時間がない(苦笑)


廊下の照明はそれぞれデザインが違っていてオリジナルっぽい。素敵だね!


そしてリラクゼーションサロンの前にはオープンエアのテラスが張り出していて、「山の足湯」がある。
温泉は足だけじゃ物足りないと思ってしまう私も、ここの足湯はとても好きだ。ロケーションが最高!


それにテラスはタイル敷き!



ちょっと汚れているので、デッキブラシ貸してくれたら掃除します~~~(笑)

テラスの端から乗り出して見ると、廊下の下の部分が石貼りになっている。ここが家族風呂だな。
石の貼り方もタテヨコを組み合わせてモザイクのようで美しい。


黄色い明かりが漏れる夕暮れのテラスで足湯に浸かりながら、いつまでも感傷的な気分に浸っていたいが・・・
2月の下呂は寒すぎる(爆)


建物の中へ入り、目の前にある階段を上ろう。
階段の手すりと一体になった行灯照明がまた素敵なのだ!型板ガラスとすりガラスを組み合わせたステンドグラス風。


きらめく


階段を折れながら上るとそこは会議室。明かりがついている。あっ、中で何か会議しているのか。。。入れなくて残念。


覗き込むのも顰蹙なので、窓のステンドグラスだけ撮って大人しく戻る(苦笑)。


サンルームも会議室の中にあるのだが、見られなかったなぁ。。。まぁ前回見たし、今回は家族と一緒だから無理せず。。


※写真はいろんな時間帯に撮ったものが混在しています。

続く
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湯之島館 渡り廊下のタイル

2020-04-26 22:29:48 | ディテール
湯之島館の続き。



洋館の階段室はゆったりした広さがあり、勾配が緩やか。ステンドグラスもはまっていて落ち着いた大人の雰囲気は
クラシックホテルと言ってもおかしくない。




洋館の2階から、離れの方へ向かう渡り廊下がある。ドアを開けると・・・・


そこがまたタイルパラダイスなのだ!!
床にタイルが乱貼り~~!もう一度見たいと思っていた渡り廊下に再会できて感激~~


家族湯の前の廊下で使われていた布目タイルや、七宝泉の赤紫色のタイル、その他どこかで見たタイルがいろいろ。
ここに貼るために用意された感じではなく、余ったタイルや割れたタイルをふと思いついて貼ったのかもしれないな!




ひとつひとつが工芸品のように美しいタイルたち。捨てられることなくこんな風に使われてよかったなぁ~~


タイルはこの階段まで。この先は和風の板張りの廊下になっている。


ターコイズブルーのタイルはどこに使われていたものだろう??前回も今回も、館内のどこにも見当たらなかったなぁ。
まだ見ていない場所があるのか・・・




ドーム型の天井は半分に割ったチューブのよう。照明もぴったりハマっていていいなぁ~
クラシックな内装の洋館とはまた違ったモダ~ンなRC造の渡り廊下、あぁ素敵!!




階段室のステンドグラスがよく見える。
内側から見ると2階と3階の踊り場に矩形の窓があるが、外から見るとステンドグラスは上から下まで一体。


ところでこのタイルの渡り廊下からさらに先へ続く木造の廊下は途中で枝分かれしており、上って行くと「民芸館」があった。


しかし・・・閉まっている。
細い隙間から覗くと何やらいろいろ置いてあるのが見えたが、どうも長いことほったらかしになっているようだ。。。


離れのようなこの建物は、外壁を丸太を削いだ皮つきの材で斜めに貼ってあり、山小屋のような雰囲気。


赤い壁との組み合せが独特だが、、、ここも元は客室だったのだろうか?


民芸館の手前の渡り廊下からは洋館がよく見えた。


続く
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湯之島館 家族湯のタイル

2020-04-25 22:17:18 | ディテール
湯之島館の続き。

今回楽しみにしていたのはやっぱり家族湯。温泉好きな私だが、今回は実際に入浴することよりも、その空間!!
湯之島館は表から見ると堂々たる三階建ての和館が立ちふさがっているが、裏手の斜面に三層の洋館がある。
その洋館の半地下に4つの家族湯があり、宿泊者なら自由に入れるのだ。階段の踊り場からこの暖簾をくぐると・・・


あぁ、変わっていない!トイレがありちょっとしたロビーのようなスペース。そこからまっすぐ続く廊下に面して
家族湯の4つのドアが並んでいる。床も壁もタイルに埋めつくされたタイルパラダイス!!


この床!!無釉の色土モザイクタイルが敷き詰められているのだが、7色使いの連続模様がリッチで華やか!!


トイレ前の造りつけベンチがもうとびきりの素敵さ。お花を飾る心遣いがうれしいね!!


壁のタイルは二丁掛の布目タイル。縦目地を取らず横目地を広めに取ったストライプ模様がクール!
窓枠やドアの周りには緑釉の布目タイルの役物をあしらって。色むらがいい味~~




トイレ前のガラス棒のスクリーンがまた素敵なのよ~~


お風呂上りに休憩したり、家族湯の空き待ちするためのコーナー。タイルで縁取られたニッチの棚が絵になるなぁ~~


家族湯の前の長い廊下。銀嶺泉、不老泉、七宝泉、玉之井泉、という4つの家族湯があり、それぞれ2~3人サイズの
小さな浴室に6畳くらいの広さの脱衣室が附属する。




夕方館内散策したときには誰も入っておらず、各泉さらっと偵察した。浴室はそれぞれに趣向が凝らされ、脱衣室もまた
洋室だったり畳敷きだったり。脱衣所と浴室の間にはまっていたアールデコ風のステンドグラスは、銀嶺泉だったかな!?
色数は少ないが、宝石のようにカットされたガラスが入っていたりしておしゃれ!




廊下のもう一方の端には上へ上がる階段が。


丸窓を囲むネオンが妖しい光を放つ。これだけちょっと雰囲気が違ってちょっと意味不明(苦笑)


いちばんお気に入りの七宝泉に入ろうと夜遅くに一人で行ってみたら何と、4つの家族湯はすべて使用中。
えーっ、しまったな。。。
予約システムなどはなく、席を外していると後から来た人に入られてしまうので(汗)、廊下のラタンチェアで待つ。
15分か20分ぐらい待ってようやく空いた。。。


浴室の腰張りに貼られた赤紫色の布目タイルにしびれる!そして腰から上は長方形の豆タイルがみっしりと!!
ちょんちょんと散らした青いタイルがリボンみたいでかわいい~~




辰砂の赤紫になまこ釉をのせたような色。それともこれは均窯なのか。どこかで見た覚えのあるタイルだ。。


細かい凹凸の柱形の部分は、役物は使っていないが丁寧にタイルをカットして貼ってある。


天井にも白い豆タイルがびっしりと!しかも矢形のデザインになっている。ほほぅ~~


一人で堪能~~

続く
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台南郊外へ本業タイルを見に行く。

2020-04-09 22:13:58 | ディテール
2019年夏の台南の続き。



台南は何度か来ており市街地の主要な建物はだいたい見て回っていたが、今回やってきた目的は主に2つ。
1つはすでに書いた旧台南庁長官邸の本業タイル。もう一つは、こちらも本業タイルが貼られているという台南郊外の
マイナーなまちの民家を見に行くこと。
交流のある台湾人のタイル研究家、康鍩錫さんから住所も教えてもらっていたが、Googleマップで検索しても出てこない。
台湾のまちなかに貼られたプレートの住居表示は古いのか、番地まで書いてあっても出てこないことが多い。
しかも康さんの写真は2013年に撮ったもので、今もあるかどうかは分からないと言う。7年も前か・・・う~ん。
それでも行って確かめてみたい!!
台南から20kmぐらい離れたその集落へ、どうやって行くか・・・と思案していたのだが、電動バイクなら行けるな!

8月、真夏の台南。帽子をかぶった上からヘルメットという、旅の恥はかき捨て的な格好で(苦笑)、北へ走る。
しかし・・・遠い。暑い。だだっ広い道を時速30kmで延々、約1時間走って田舎の集落にやって来た。
目的の場所の隣町だがついでにうろついてみよう、この辺なんかありそう・・・と路地を入ると、いきなりビンゴ!!
冴えてる~~~マジョリカタイルが屋根の上にずらりと並んだ小さな赤瓦の民居だ。


それほど立派な家ではなく、ごく普通の庶民の家に見える。正面に塀もない開放的な三合院民居だ。


正身と呼ばれる中央の平入りの棟は、大きな屋根の両側に一段下がった屋根が続く。そして手前方向に護龍と呼ばれる棟が伸びる。
そのいずれの屋根の上にも、鮮やかなマジョリカタイルがあしらわれているのだ!あぁ、なんと、美しい・・・


これまでに何度も書いているが、マジョリカタイルは日本統治時代に日本本土から持ち込まれたもので、
財力を示したり家族の幸福、繁栄を願うなど吉祥の意味合いで家の屋根や壁に貼ることが台湾全土で大流行したのだ。


外国人など誰も来ない、名の読み方もわからない地方の小集落の家にまで、こんなタイルが貼られているのを見れば
一時的な流行にとどまらず、台湾人の感覚にフィットし住環境の一部として深く入り込んだことが実感される。
こんな美しいタイルが100年近く経った今も屋根の上から静かに家族を見守っているのだ。。。
離れがたい思いをぐっと抑えて、次へ行こう。


近くにもう1軒あった。ここは畑越しで近寄れないが、棟のゆがみが大きくちょっと危険。崩れないかな・・・(汗)


また近くで面白い建物を見つけた。どう見ても戦後っぽい小さな小さな建物だが、軒まわりにマジョリカタイルが
ずらりと貼られているのだ。小口タイルやモザイクタイルが併用されているし、戦後でもかなり後、せいぜい3~40年前
ぐらいのように見える。


その後フェイスブックである人が教えてくれたところによると、やはり民國60年代、つまり1970年代ごろの建物で、
元あった古い家を壊してタイルを再利用したものという話であった。


勾配屋根を隠すように立ち上げられたパラペット状の部分にはフルサイズのタイル、軒下の陰になっている部分には
半分サイズのボーダー用タイルが使われている。




壁の腰張りタイルは小口タイルだが渋めの組み合わせ。


さて目的の集落に入る。片っ端から見て行くか・・・本業タイルが道路から見える場所にあるのかどうかまでは
聞いていないので、道路から見える家々の顔を写真と照らし合わせて目的の家を特定するしかない。
古い民居が残っている通りに目星をつけて見始めると、タイルの貼られた美形の三合院がいくつか並んでいた。


柄違いのタイルが左右対称に貼られている。


こちらはまた別のお宅。規模が同じなら構成はだいたい同じで、よく似た顔をしているので写真をぱっと見て
区別するのも結構難しい(汗)。台北などではもう全くと言うほど見かけないが、地方ではまだまだこのような
三合院民居は台湾人の一般的な住宅のスタイルなのだ。


透かしブロックを一部に組み込んだファサードは独自のアレンジ。
しかしやはり人が住んでいるからだろう、とてもきれいな状態でタイルが残っているな!


そして・・・目的の家は意外にもすぐに見つかった。ここか!!2013年の写真とほとんど変わっていない。


入口の床にタイルが敷かれているようだ。あぁ、あれだな!
玄関先まで入ってみると、うわぁ!!本当に、銅板転写の本業タイルが貼られている!!


見たことのある模様ばかり。うさぎ柄もあるな!大きさは8寸と5寸。
しかし・・・入口のアプローチの踏み石代わりに貼られているため、毎日踏まれているのだろう、かなり傷んでいる。
表面の釉薬が剥げて、さらに模様の部分も剥げて、下地の土があらわになっているものも。。。ちょっと痛々しい。


この家の人がいないかと戸を叩いて「ニイハオ」と何度か呼んでみたが、誰も出てこない。
康さんの写真によると家の中にも同じタイルが貼られているらしい。


あぁしかし、大流行したマジョリカタイルに紛れて、瀬戸の本業タイルもはるばるこんな地方の小さな集落にまで
たどり着いていたのだ!そして日本人の誰にも知られることなくひっそりと、100年の時を台湾人と共に過ごしてきた。
本業タイル好きの私はもう感激しかない。あぁ興奮しまくり~~~!!
この本業タイルを誰が持ってきたのか?どういう風に注文したのか?気に入っているか?
家の人にいろいろ尋ねてみたかったなぁ!・・・ま、そんな語学力ないんだけど(爆)

あぁ、真夏の日差しの下電動バイクで1時間走ってきた甲斐があった。康さん、ありがとう!

続く
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旧台南庁長官邸のタイル

2020-04-07 23:38:05 | ディテール
2019年夏の台南の続き。


翌朝、昨日チェックしておいた駅前のレンタルバイク屋さんで電動バイクを借りる。免許の要らない電動バイクは
時速30km制限だが、金門島で借りてすごく便利だったので本島でも借りたいと思っていた。
これでかなりフットワークがよくなる。予備バッテリーも積み込んでもらい、いざ!ゆるゆると出発。

台風のせいか、恐れていたほど気温は高くないのだが、湿度は高い。
まずは昨日定休日で見れなかった旧台南庁長官邸に、9時に再びやって来た。
ところが・・・また柵が閉まっているじゃないの。えっ、、、今日も休みなの?オタオタしていると、ガガーっという
音とともに自動でゲートが開いた。あぁよかった!


この旧台南庁長官邸は、日本統治時代の1898(明治31)年~1906(明治39)年に、建てられた和洋併設型の建物。
当時台南地区の最高行政長官であった台南庁長官の住まい(和館)兼執務スペース(洋館)であった。
ここに本業タイルがあることを1年前に聞いて知っていたが当時はまだ非公開で、その後一般公開され始めたことを
フェイスブックで知ったので、次に台南へ行く時には必ずと思っていたのだ。


明るい芝生のお庭の中央少し左寄りに、コロニアル風のベランダ付きの洋館がどんと建っている。
その洋館の右側にはぽっかり空いたスペースがあるが、ここは元々和館が建っていたところだ。
1998(平成10)年の火事により全焼、今はレンガの基礎と土間コンクリートだけが残っている。


そこに青い染付の銅版転写タイルが。あぁここにあったのか!昨日柵越しに覗いても見えなかった(苦笑)
5×7=35枚と4×8=32枚。うひょ〜〜!!これはまさに瀬戸の本業タイルだと思うが、見たことのない柄だな。


台湾には、日本統治時代に日本製のマジョリカタイルが大量に入ってきて、伝統民居の屋根や壁に貼られた。
近年その数は急激に減っているものの、南部や離島を中心にまだ結構な数残っており、これまでに私も各地で見てきた。→台湾の記事一覧
しかし同じ日本製のタイルでも瀬戸の本業タイルは台湾ではまず見かけない。印花文の敷瓦は時代的に少し早いが、
銅板転写の本業タイルなどはマジョリカタイルと時代がほぼ重なるにもかかわらず、である。
好みの問題もあるだろうが、本業タイルは若干大型で重いから運ぶのが大変だったためかも知れない。
そのあたりも含め、私は本業タイルの台湾での使用例にとても興味を持っており、情報収集する中で本業タイルの
使われている事例もちょいちょい見つかってきた。


新北市の三峡にある救生歯科医院は、明治後期と思われる古い印花文の本業敷瓦が大量に残っている物件であり、
はじめて見た時は度肝を抜かれた!その他の物件はまたおいおい紹介することにしよう。


この和館の間取りは不明で、タイル貼りの部分がどういう場所だったのかははっきりしないが、おそらく、
玄関とお風呂場ではないかと推測する。中央が擦れて剥げているのが玄関ではないか。


あっちから、こっちから、真上から、這いつくばって、何枚も写真を撮る(笑)
朝イチで他のお客さんが誰もいなかったので気兼ねなく撮ることが出来たのでよかった!


ところで、もう一種類敷瓦があるはず。和館跡には見当たらないがどこにあるんだろう、洋館のお風呂だろうか?
もしかしてそちらは改修時に剥がされてしまったか、上に床板を張られてしまった可能性もあるか・・・!?
・・・しかしそんな一抹の不安は洋館の入口に来た時吹っ飛んだ。あった!!


エントランスのポーチの床に古いタイプの本業敷瓦が四半貼りに!うぉ~~~っ!!すごい~~!


これは小石川後楽園の得仁堂に一枚だけあった敷瓦と同じ模様だ。沈文の部分に呉須で手彩色したもので、
本によればこのタイプの敷瓦は明治前期に作られている。模様は蘭の花だろうか。
洋館なのにこんな日本っぽい、禅寺の床みたいな重厚な敷瓦が四半貼りされているなんて・・・これぞ明治建築!


ん、しかしちょっと模様がくっきりしすぎているな?質感が瀬戸の本業敷瓦っぽくない感じだし全体的に反っている。
よく見ると全体のうち中央部の数枚は雰囲気が瀬戸っぽい。ははぁ、そうか。全部がきれいに残っているわけはない。
傷んだり欠損していた部分をレプリカで埋めたんだな。
お庭の手入れをしていたおじいさんに、これはレプリカでこれは本物ですね?と聞いてみたら、そうだそうだ、と。
無地の既製品でなく、ちゃんとそれらしいものを作ってはめ込んだ努力はあっぱれ!
そしておじいさんは、10時から中国語の解説の人が来るから、と教えてくれた。全く言葉が通じなくても分かるものだ(笑)


この建物は戦後、台南第一高級中学の教員宿舎として使用されたりしたが、長らく空き家となり老朽化していた。
台南市定古蹟となり2014年からの修復工事を経て美しい姿によみがえった後は、一時市長が迎賓館として
使用していたが、一般公開されるようになった。


建物の中はすっかりきれいになっているが、一部壁の内部構造が見えるようにむき出しにしてあり説明が
書かれている。木摺板と呼ばれる下地の上に漆喰を三層に塗り重ねているのが分かりとても興味深い。
台湾では建築の技術的なことまで分かりやすく紹介されているのが素晴らしいな!
オリジナルの雰囲気を最大限に再現したこの建物の修復工事は「国家卓越建設金質奨」を獲得したとか。




中国語の建物解説が始まったが内容が理解できないのは本当に悔しい。改修前の状況は?和館の間取りは?
敷瓦についての調べは?傷んでいて取り除いた敷瓦はどこかに保存されてるのか?・・・なとなどいろいろ
聞きたいことがあったが、解説のおっちゃんも英語はほとんどできず、込み入ったことは聞けなかった。。。(悔)
それでもおっちゃんはフレンドリーで、日本からこのタイルを見に来たと言って単語を並べて話をしていたら、
この近くの旧台南知事官邸も見て来たらいいよ、と教えてくれた。


あとから気づいたのだが、旧台南庁長官邸の門から建物までのアプローチのインターロッキングの模様は
あの洋館のエントランスに敷かれた印花文敷瓦と同じ、蘭の花のシルエットにしてあるんだな!
敷瓦の模様から採るなんて、粋!


続く
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旧舘家住宅のタイル

2020-03-02 22:32:44 | ディテール
これも去年の秋のことだが・・・
午前中あいちのたてもの博覧会で滝学園、瀧会館に行ったあと、午後から亀山へ移動し、友人がSNSに上げていた
旧舘家住宅を見に行ってきた。


台風の影響はどうかと少し心配していたが特に被害はなかったようで、通常通り開館していた。
東海道に面した、風格ある蔵付きの町家。目の細かい格子が洗練された印象。


同じ町内にある舘本家の6代目が分家した家で、屋号は本家と同じ枡屋。呉服商を営み、地主でもあった。
大正末期には舘家は津に本拠を移したが、明治学院大学の名誉教授にまでなられた3代目のご当主は
2005(平成17)年に亡くなるまでこの家の保存に腐心されていたという。
その後亀山市に寄贈され保存修理工事を経て、現在は亀山市有形文化財、亀山市歴史的風致形成建造物の指定も受け
土日に一般公開されている。


台風は去ったものの雨がそぼ降る中、それほどメジャーでもない亀山宿に観光に来ている人は誰もおらず、舘家も貸切状態。
私たちは案内の係の方にちょっと不審に(?)思われているかもしれないと、タイルを見に来たんです、とまず説明(笑)。


ちょっと会話した後、まずはタイルを。。。「ここです」と通り土間に面した小さな木のドアを開けて下さった、
その中を覗くと、、、うわぁ~っ!これだ!


モルタルで埋め込まれた五右衛門風呂のまわりに、青磁のレリーフタイルと、小さな丸や月や桜の花型の手描きの
染付タイルがたくさん貼られている!すごい!五右衛門風呂に浸かると、ぐるりとタイルに囲まれるわけだ。
視界はタイルだらけ、、、なんと贅沢なお風呂だろうか!


青磁のレリーフタイルは、瀬戸の磁器タイルだろう。
この鎖のような模様は見覚えがある。本業タイルのオリジナルデザインを募集した図案帖の中から唯一商品化された
デザインだったはず。図案帖と、銅版転写の本業タイルが、モザミューの敷瓦の世界展でも展示されていた。
同じデザインで磁器タイルも作られていたとは。


これは約18cm、6寸角だが、銅版転写バージョンは8寸角?もう少し大きかったような気がするが・・・
係の方の説明では、明治6年にこの家が建てられた当時からのものとのことだったが、このタイルは明治初期では
ないはず。せいぜい明治後期~大正初期ぐらいと思うが。。。


帰ってから確認すると、瀬戸陶磁工商同業組合による図案帖は1904(明治37)年に作られていた。
図案帖の中から製品化するものを選定し、銅版を製作し、そのデザインの銅版転写タイルが実際に商品として販売
されたのは、早くても翌年ぐらいではないか?そして同デザインの磁器タイルが作られたのはそれよりもさらに
後であることは間違いないだろうと思う。

後日瀬戸蔵ミュージアムの武藤さんに写真を見せて尋ねたところ、この図案集のデザインで磁器タイルが作られたと
いうのはこれまで記録がなく、とても貴重な事例だということだった。

そしてこの小さな染付タイルが面白い。直径8cm前後で、花や月などをかたどった形象タイル。型抜きしたように
きれいに揃った形。真っ白でつるっとした肌は磁器っぽいな。絵はだいたい同じようだが手描きなので皆違う。
これを、青磁の正方形タイルの隙間を埋めるように散らしてあるのだ。


実は、これに似たタイルを知っていたので、友人のSNSの写真を見た時に速攻で行くことを決めたのだった。
実物を見るとやはりよく似ている。


こちらも武藤さんに尋ねたところ、瀬戸の磁器製だと思われるとのこと。絵が少し粗いので大正かもしれないと。


いや~素晴らしすぎる!もうずっとこの五右衛門風呂に浸かっていたい(笑)


焚口が土間に面しているのもまたちょっと変わっているな。


そして、タイルだけでなく建物も素晴らしい。
元呉服商だったという舘家。通り土間の右側に居室が並ぶが、土間の左側の、現在事務室になっている部屋が
使用人の部屋であった。居室側は全て夜は戸を立てて閉めていたとか。通り土間は外扱いだったのだ。


土間には台所があったはずだがかまどはなくなっており、代わりにタイル張りの水場があった。こちらのタイルも
結構古そうだし網代に貼られているのも珍しいな!


そしてその奥には、茶室があった。


面白い場所に入口があるので、茶室はあとから増築された感じがする。


本格的な茶室で、暗い色の砂壁の下方に和紙が貼られている。和紙を貼るのは着物の裾が汚れないようにという
ことを、茶道の素養のない私は、初めて知った(汗)。なるほど。




皮つきの丸木や竹を多用している。


にじり口を開けると、飛び石が配され手水も見える。通りに面した木戸からここを通ってお客さんがアクセスする。
途中には待合も設けられている。


後で庭から見た茶室。


続く。
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イタリア軒のステンドグラス

2020-02-26 22:11:14 | ディテール
2019年夏の新潟の続き。

友人との充実した新潟の旅もそろそろエンディングが近づいてきたので、最後にホテルイタリア軒でお茶することに。
ちなみに私たちが泊まったのは別のビジネスホテルだけど(笑)


現在のイタリア軒の外観はこんな感じで特に惹かれるわけでもない。


タイル貼りの壁の中央にぽつりとひとつ配されたクアトロフォイル(四葉型)の窓。写真を拡大して見ると、グリルが
はまっているようで、その上にステンドグラスのような飾りがついているが、地上から見ても全く何か分からず(汗)。
こんなだから、「イタリア軒」という名前以外全く気にも留めていなかったのだが、、、友人の案内で中へ入ると
歴史あるホテルの忘れ形見がそこここに。


ロビーの一角に昔の建物に使われていた美しい照明器具が飾られていた。ちゃんと灯りが点っているのがいいね!
こちらは旧館(3代目建物)の宴会場のロビーの通路に吊り下げられていたもの。


旧館のメインロビーから2階へ続く階段の親柱の上に載っていたドーム型の照明。


こちらは旧館のロビーに吊り下げられていたステンドグラスのペンダント照明。




GHQに接収され指令本部としても使われた旧館3階大宴会場の、ロビーのシャンデリア。現在はスタンド型に
加工されテーブルの上に。


丁寧な作りに見入ってしまう。


イタリア軒は、イタリア人コック、ピエトロ・ミリオーレが開いた日本で最初期の本格的西洋レストランだった。
この初代イタリア軒は、ミリオーレが最初別の場所で開いていた牛鍋屋が大火で焼失したあと、1881(明治14)年に
現在地に建てられた。ハイカラな気風の港町新潟で店は大変繁盛し、瀟洒な洋館は「新潟の鹿鳴館」とうたわれたとか。


1920(大正9)年にイタリア軒は株式会社となり、1923(大正12)にコンクリートとレンガ造の2代目に
建て替えられた。


2度目の火事のあと1931(昭和6)年に再建された3代目の建物は、昭和48年まで使われた。
そして1976(昭和51)年にホテルとして生まれ変わり、4代目となる現在の建物で営業を続けているイタリア軒。

新潟港とともに積み重ねてきた歴史を大切にしながら、新しい「新潟の食と文化の発信基地」をテーマに
地の食材を使った、懐かしくも新しい料理を提供されている。 →ホテルイタリア軒公式サイト「イタリア軒の創設秘話

ウェディングのカウンターのあるフロアにはこんなステンドグラスの衝立が。


さっきの照明器具のところに展示されていた古い写真で、このステンドグラスが2階から続く階段の踊り場の壁に
写っていた。




ステンドグラスを見たあとにようやくカフェへ行ったら、カフェタイムが結構ギリギリ(汗)


店内にも移設したと思われるステンドグラスがあちこちに。


大きな鏡の中央にはめ込まれた、クアトロフォイルをモチーフにしたデザインのステンドグラス。


こちらの窓型の枠にはまったステンドグラスは、窓から眺める風景をそのまま表したデザイン。


ヤシの木が生える海辺の風景は南イタリアだろうか。行ったことないけど(笑)




レストランのお兄さんはとても親切で、写真撮影を快諾してくれ、冊子も頂いた。
今回は時間がないのでスイーツとお茶だけだったが(汗)、次回は是非ともビーフカレーを食べてみたいな!


ところでちょっと似つかわしくないこんな水槽がロビーに置かれていた(笑)。中にはちょっと小ぶりなニシキゴイが!!
新潟県は錦鯉の養殖の歴史が長く、江戸時代中期頃にマゴイの突然変異種を観賞用に養殖し始めたのが発祥とか。
2004年の新潟県中越地震では養殖池が壊れ大量の鯉が死んだというニュースを覚えている。
「泳ぐ宝石」錦鯉は、県内に散在する大邸宅の庭園の池を彩ってきただけでなく、日本中、海外にも輸出されてきた
新潟県の誇るべき産業なのである。

子供の頃、お祭りの金魚すくいで白い金魚ばかりすくって帰って水槽で飼っていたら、全部鯉だった!数年生きて
20cm以上にまで立派に育ったが病気が蔓延して死んでしまった。。。
今はもう飼えないが、池の鯉には必ず声をかけるし(笑)結構好きなので、一度養殖池を見学してみたいな。
そんなことを思い出させるこの水槽は十分PR効果があるな!(笑)

続く
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