ゼロ時間の謎ファインフィルムズこのアイテムの詳細を見る |
のち
DVDで観ました。監督パスカル・トマ、主演メルヴィル・プポーのフランス映画ですが、原作はアガサ・クリスティ中期の傑作『ゼロ時間へ』。
ミステリ作品なのでネタバレはなしですが、どちらかと言うと原作既読者向けの感想になります。
舞台がブルターニュの海岸で、登場人物がフランス人であるということ以外は、きわめて原作に忠実な映画化作品です。
プロローグの「彼」のくだりも、老弁護士が「ゼロ時間」について説明するシーンも(そこにバタイユ警視=原作のバトル警視が同席していること以外)、またバトル警視と娘さんのエピソードも、そのまま出て来ます。勿論それらの細かいエピドードが、後半の伏線となっている訳です。
原作では、バトル警視が「エルキュール・ポアロを思い出す」などと言うシーンがあって、ファンを喜ばせてくれますが、映画でそういう台詞はありません。その代わりにバタイユ警視が「ポアロ、マープル、メグレ、コロンボ……」などという戯れ歌を口ずさむシーンがあり、それはそれで楽しかったです。
メルヴィル・プポーのギヨームはハンサムで、原作のネヴィルより更に繊細な感じでした。オード(原作のオードリー)役キアラ・マストロヤンニは、本当にマルチェロ・マストロヤンニとカトリーヌ・ドヌーヴを足して割ったような顔立ちですね。御年九十歳のダニエル・ダリューがご健在なことにもびっくり!キャロリーヌ役ローラ・スメットもジョニー・アリディの娘さんだそうで、出演者の顔ぶれだけでもフランス映画の歴史を感じさせます。
それにしても、キャロリーヌは原作より更にムカつくキャラクターになっていたなあ。原作のケイは、美しいけれど子供っぽくて考えなしな女性として描かれていましたが、キャロリーヌは人格障害じゃないかと思ってしまうほどで、あれでは却っていろいろ逆効果だった気がします。
ラストと言うかエピローグの展開も、原作とは少し違いますが、納得できる改変でした。以下少しネタバレ→原作の終わり方がああなったのは、長年恐怖にさらされ続けた彼女にハッピーエンドを用意してあげたかったということなのでしょうが、映画でそうしては、彼女がとんだ尻軽女にしか見えず、寧ろ後味悪くなくなってしまうと思うから。←ここまで。
さて、ちょっとだけクリスティのコアな愛読者向けの感想を。
彼女の作品には、ハンサムで人当たりもお年寄りへのウケも良くて、そして冷酷な若い男性がよく登場しますが、あれはやはり彼女の最初の夫だったアーチボルト・クリスティ大尉がモデルなんでしょうか?それらのキャラクターの担う役割も考え合わせると、作品中でそうやって繰り返し彼に似た人物を描き、何回も何回も復讐せずにはいられないほど、アガサが彼から受けた傷は深かったのかも知れません。
ともあれ、この種の本格ミステリ映画に先鞭をつけた『オリエント急行殺人事件』や『ナイル殺人事件』ほどの豪華絢爛さはないものの、気軽に楽しめる作品として、クリスティ愛読者にも普通のミステリ映画好きのかたにもお奨めできる映画です。
DVD特典は、日本版予告編と、トマ監督及びプポー氏来日記念インタビュー。お二人ともたっぷり語ってくれています。
原作は下記【クリスティ文庫】版をご紹介しておきますが、私が持っているのは真鍋博さんの表紙画で統一された赤背表紙の文庫シリーズの一冊です。
ゼロ時間へ (クリスティ文庫)アガサ・クリスティー早川書房このアイテムの詳細を見る |