Belfastはとても素晴らしい街ですが、そこには光だけでなく影もあります。
北アイルランド首府であるBelfastは、言わずと知れた、「The Troubles(北アイルランド紛争)」の中心地です。1998年の「Good Fryday Agreement(ベルファスト合意)」によって、紛争は一応の停止をみていますが、それでも街の西部には今もなお多くの壁画(Mural)や壁(Peace Wall)が残っています。終わりのない、まさに現在進行形の問題なのです。
私は、やはりBelfastに来た以上、その「影」にも目を向けるべきだろうと思いました。街の西部は治安も悪くて危険な場所と聞いてはいましたが、幸い、タクシーツアーが利用できるので安全に観光できます。ベテランのタクシードライバーが観るべきポイントを解説しながら案内して下さるので、政治的な背景なども含めて、とても勉強になると伺っていました。
渡英6日目、私は電話でタクシーツアーを申し込んで(なぜかインターネットからは申し込みできなかったので公衆電話から申し込むしかなかった)、問題の地域に向かったのでした。
迎えに来てくれたタクシードライバーはまさに「地元のおじいちゃん」だったのですが、発音が半端ない訛り方で、正直、ほとんど何を言っているか判らないレベルでした。IELTSの練習問題などでも聞いたことないレベルの訛りであり、「北アイルランド、ホント、恐るべし」といったところでした。おじいちゃんが早口で言っている文から幾つか聞き取れた単語を拾い合わせて、なんとなく漠然と言っていることを推測するという、私にとってまさに修行の旅になりました。
ウィリアム3世(King William Ⅲ)の壁画です。
「オレンジ公」で知られるウィリアム3世がイギリス軍を率いて1690年にアイルランド軍を打ち破りました。この故事にならうように、以降、戦勝派にして征服者であるプロテスタント系住民(ロイヤニスト)がカトリック系住民(ナショナリスト)を挑発して、対立を繰り返すという構図が出来たようです。
実は、以前は違う画が描かれていたそうですが、近年あちこちで過激な絵を描き直す動きがあるようでした。政治的な対立を煽るだけではなく、すこし観光を意識し始めているのかもしれません。
ナショナリストが多く住む地域にある「ボビー・サンズ(Bobby Sands)」の壁画です。
独立闘士というイメージがありますが、今でも根強い人気があるそうです。ハンガーストライキで獄中死したことで、一部には英雄視される向きさえもあるようです。タクシードライバーのおじいちゃんは「たしかに有名人だが……ゴニョゴニョ」と言ってました(←何を言っているのか、全くわからなかった)。
私は「Hunger」という映画を観たことはありませんが、北アイルランドで起きている紛争の一場面として、若くして死んだボビー・サンズの名前を知ってはいました。
写真は撮影しませんでしたが、ナショナリスト系の住宅地の中にひっそりと存在している「Clonard Martyrs Memorial Garden」という慰霊碑も見ました。実に様々な人たちがリパブリカンという過激派と一緒に命を落としたことが判りました。巻き込まれただけの人たちも大勢いました。その中には、子供さえも、いました……。
ロイヤニストが多く住むShankil Road(シャンキル通り)の光景です。タクシー車内から撮影しました。
一見すると平和ですが、ほとんど有色人種の住民がいないということに気付きます。Belfastは全体的に有色人種系の移民がとても少ないのですが、それは何故なのか、「推して知るべし」といったところでしょうか。タクシードライバーのおじいちゃんも私をプロテスタント地区ではタクシーから降ろしてはくれませんでした。
通りには英国旗Union Jack(ユニオンジャック)があちこちに誇らしげに掲げられていました。
街の中に溶け込むように色々な壁画があります。おそらくはそこに住む人々の心の中に染み込んでいる壁画でもあるのでしょう。
一見すると美しく感じるかもしれませんが、その意味するところを考えると、深い対立のメッセージに打ちのめされるような心地がしました。
ナショナリストとロイヤニストを分断する壁を「ピースライン(Peace Line)」と呼びます。写真は、いわゆるピースラインの中でもとくに国際色豊かな部分であるInternational Peace Lineです。かつて壁画に描かれている南アフリカのマンデラ氏も訪れたとか。南アフリカのものだけでなく、フィリピンなどアジアのものも含めて、各国の壁画が並んでいました。
このピースラインには夜間の通行を制限する関所もあり、ナショナリスト系とロイヤニスト系の住民の交流が隔絶されていました。
2016年現在、世界を動かす大国(Key player)の一つである英国の「現実」がそこにはありました。
The Troublesの対立の根は、とても深くて、底が見通せません。
民族対立であり、独立問題であり、宗教闘争であり、経済戦争でもあります。様々な要素が複雑に絡み合い、憎しみの連鎖が尽きません。停戦合意しているとはいえ、今回のBrexit(英国EU離脱)も複雑に絡まり(アイルランドはEUに留まるので)、国境の問題も含めて、再び北アイルランドで論争が過熱する可能性があります。今後も紛争は予断を許さないとタクシードライバーのおじいちゃんが熱弁をふるってくれました。
Belfastにはたしかに影もあります。しかし、だからこそ、光はより強く輝いているようにも見えます。
私は綺麗ごとだけしか言わない人間を信用しません。なぜならば、人間とは「光も影も内包する存在」だと思っているからです。臨床の現場でも、幾度となく、そのことを思い知らされました。善意も、悪意も、その全てをひっくるめてこそ「人間らしさ」があると考えています。
生きていれば、色々あるものです。人間は光だけでは生きていけません。時には、影と共にあって安らぎ、闇の中でこそ憩うこともあります。そういう悪というか、弱さというか、後ろめたさというか、目を背けたくなるような部分も怯まずに認めなければならないのではないかと、いつからか、私は思うようになりました。
街だって、そうです。整然と綺麗な街並みだけがあるとしたら、それはむしろどこかがおかしいのではないでしょうか。人間性が排除されているというか、あまりにも寂しいような気がします。
……だから、Belfastという街の光と影にはどうしようもなく「人間らしさ」があり、それでも前を向いて生きていく人々の姿を私は好ましく感じるのかもしれませんね。
北アイルランド首府であるBelfastは、言わずと知れた、「The Troubles(北アイルランド紛争)」の中心地です。1998年の「Good Fryday Agreement(ベルファスト合意)」によって、紛争は一応の停止をみていますが、それでも街の西部には今もなお多くの壁画(Mural)や壁(Peace Wall)が残っています。終わりのない、まさに現在進行形の問題なのです。
私は、やはりBelfastに来た以上、その「影」にも目を向けるべきだろうと思いました。街の西部は治安も悪くて危険な場所と聞いてはいましたが、幸い、タクシーツアーが利用できるので安全に観光できます。ベテランのタクシードライバーが観るべきポイントを解説しながら案内して下さるので、政治的な背景なども含めて、とても勉強になると伺っていました。
渡英6日目、私は電話でタクシーツアーを申し込んで(なぜかインターネットからは申し込みできなかったので公衆電話から申し込むしかなかった)、問題の地域に向かったのでした。
迎えに来てくれたタクシードライバーはまさに「地元のおじいちゃん」だったのですが、発音が半端ない訛り方で、正直、ほとんど何を言っているか判らないレベルでした。IELTSの練習問題などでも聞いたことないレベルの訛りであり、「北アイルランド、ホント、恐るべし」といったところでした。おじいちゃんが早口で言っている文から幾つか聞き取れた単語を拾い合わせて、なんとなく漠然と言っていることを推測するという、私にとってまさに修行の旅になりました。
ウィリアム3世(King William Ⅲ)の壁画です。
「オレンジ公」で知られるウィリアム3世がイギリス軍を率いて1690年にアイルランド軍を打ち破りました。この故事にならうように、以降、戦勝派にして征服者であるプロテスタント系住民(ロイヤニスト)がカトリック系住民(ナショナリスト)を挑発して、対立を繰り返すという構図が出来たようです。
実は、以前は違う画が描かれていたそうですが、近年あちこちで過激な絵を描き直す動きがあるようでした。政治的な対立を煽るだけではなく、すこし観光を意識し始めているのかもしれません。
ナショナリストが多く住む地域にある「ボビー・サンズ(Bobby Sands)」の壁画です。
独立闘士というイメージがありますが、今でも根強い人気があるそうです。ハンガーストライキで獄中死したことで、一部には英雄視される向きさえもあるようです。タクシードライバーのおじいちゃんは「たしかに有名人だが……ゴニョゴニョ」と言ってました(←何を言っているのか、全くわからなかった)。
私は「Hunger」という映画を観たことはありませんが、北アイルランドで起きている紛争の一場面として、若くして死んだボビー・サンズの名前を知ってはいました。
写真は撮影しませんでしたが、ナショナリスト系の住宅地の中にひっそりと存在している「Clonard Martyrs Memorial Garden」という慰霊碑も見ました。実に様々な人たちがリパブリカンという過激派と一緒に命を落としたことが判りました。巻き込まれただけの人たちも大勢いました。その中には、子供さえも、いました……。
ロイヤニストが多く住むShankil Road(シャンキル通り)の光景です。タクシー車内から撮影しました。
一見すると平和ですが、ほとんど有色人種の住民がいないということに気付きます。Belfastは全体的に有色人種系の移民がとても少ないのですが、それは何故なのか、「推して知るべし」といったところでしょうか。タクシードライバーのおじいちゃんも私をプロテスタント地区ではタクシーから降ろしてはくれませんでした。
通りには英国旗Union Jack(ユニオンジャック)があちこちに誇らしげに掲げられていました。
街の中に溶け込むように色々な壁画があります。おそらくはそこに住む人々の心の中に染み込んでいる壁画でもあるのでしょう。
一見すると美しく感じるかもしれませんが、その意味するところを考えると、深い対立のメッセージに打ちのめされるような心地がしました。
ナショナリストとロイヤニストを分断する壁を「ピースライン(Peace Line)」と呼びます。写真は、いわゆるピースラインの中でもとくに国際色豊かな部分であるInternational Peace Lineです。かつて壁画に描かれている南アフリカのマンデラ氏も訪れたとか。南アフリカのものだけでなく、フィリピンなどアジアのものも含めて、各国の壁画が並んでいました。
このピースラインには夜間の通行を制限する関所もあり、ナショナリスト系とロイヤニスト系の住民の交流が隔絶されていました。
2016年現在、世界を動かす大国(Key player)の一つである英国の「現実」がそこにはありました。
The Troublesの対立の根は、とても深くて、底が見通せません。
民族対立であり、独立問題であり、宗教闘争であり、経済戦争でもあります。様々な要素が複雑に絡み合い、憎しみの連鎖が尽きません。停戦合意しているとはいえ、今回のBrexit(英国EU離脱)も複雑に絡まり(アイルランドはEUに留まるので)、国境の問題も含めて、再び北アイルランドで論争が過熱する可能性があります。今後も紛争は予断を許さないとタクシードライバーのおじいちゃんが熱弁をふるってくれました。
Belfastにはたしかに影もあります。しかし、だからこそ、光はより強く輝いているようにも見えます。
私は綺麗ごとだけしか言わない人間を信用しません。なぜならば、人間とは「光も影も内包する存在」だと思っているからです。臨床の現場でも、幾度となく、そのことを思い知らされました。善意も、悪意も、その全てをひっくるめてこそ「人間らしさ」があると考えています。
生きていれば、色々あるものです。人間は光だけでは生きていけません。時には、影と共にあって安らぎ、闇の中でこそ憩うこともあります。そういう悪というか、弱さというか、後ろめたさというか、目を背けたくなるような部分も怯まずに認めなければならないのではないかと、いつからか、私は思うようになりました。
街だって、そうです。整然と綺麗な街並みだけがあるとしたら、それはむしろどこかがおかしいのではないでしょうか。人間性が排除されているというか、あまりにも寂しいような気がします。
……だから、Belfastという街の光と影にはどうしようもなく「人間らしさ」があり、それでも前を向いて生きていく人々の姿を私は好ましく感じるのかもしれませんね。