磊落マンの歩み!

「年弥々(としいよいよ)高くして徳弥々たかし」(前漢末の思想家・揚雄)の教えを心情とし「いま」を生きるようにしています!

歴史が物語る観望は美麗なり…!

2025-01-31 18:55:58 | 日記

広島駅北口から徒歩圏内の二葉の里に鎮座する「広島東照宮(広島市南区二葉の里2丁目)」へ参拝しました。徳川家康公を御祭神にお祀りした神社です。

徳川家康公薨去(こうきょ)後三十三年忌に当たる1648年(慶安元年)、広島東照宮は、時の広島藩主浅野光晟(みつあきら)公(浅野家第四代)により、広島城の鬼門(北東)の方向に当たる二葉山の山麓に造営されました。

1945年(昭和20年)8月6日の原子爆弾の熱風により、檜皮葺(ひわだぶき)本殿、中門、瑞垣、拝殿は焼失しました。現在の社殿は、1965年(昭和40年)、徳川家康公薨去後三百五十年祭を記念して再建されたものです。

徳川家康公は、1542年(天文11年)12月26日、三河国(愛知県)岡崎城で誕生。当時は戦国時代で、幼少から大変苦労をしましたが、よく困難に耐え、時節の到来を待ち、関ヶ原の戦いに勝利。混乱の世に新たな秩序をつくり、学問をすすめ、産業を興し、生活の安定を図り、江戸時代二百六十余年にわたる平和と文化の礎を確立し、近世日本の発展に偉大な寄与をしました。1616年(元和2年)4月17日、75才をもって駿府城で薨去。

「東照公御遺訓」(慶長九年一月十五日)は、徳川家康公の体験による処世の秘訣を示しており、今日においても一段と深い意義を有しています。

東照公御遺訓…

    人の一生は重荷を負て遠き道をゆくが如し、急ぐべからず。

 不自由を常と思えば不足なし。

 心に望おこらば、困窮したる時を思ひ出すべし。

 堪忍は無事長久の基、いかりは敵とおもへ。

 勝事ばかり知てまくる事をしらざれば害其身にいたる。

 己を責て人をせむるな。

 及ばざるは過ぎたるよりまされり。

唐門・翼廊・手水舎・本地堂・御供所・脇門・神輿および麒麟獅子頭は、広島市の重要文化財に指定。いずれも創建の頃より存在するもので、広島の歴史・文化上価値が高いものです。

唐門・翼廊…

本地堂…

神輿(収納庫)…

金光稲荷神社(境内社)…三百年以上前、元禄の頃よりこの二葉山山頂に祀られる。商売繁盛、家内平安等、所願成就の大神として、金光稲荷大神と称えられてきました。山頂の奥宮までの階段約五百段、朱塗鳥居百二十数基。


海がみえた 海がみえる…!

2025-01-26 15:41:50 | 日記

「港町・寺の町・文学の町は 心のふるさと」のつづき……

「海が見えた。海が見える。五年ぶりに見る尾道の海はなつかしい、汽車が尾道の海へさしかかかると、煤けた小さい町の屋根が提火のように、拡がって来る。赤い千光寺の塔が見える。山は爽やかな若葉だ、緑色の海向こうにドックの赤い船が、帆柱を空に突きさしている。私は涙があふれていた。…」(小説家、林芙美子『放浪記』の有名な一節)

おのみち林芙美子記念館(一番街商店街、藤原茶舗)…作家、林芙美子が少女期に暮らしていた旧居を保存している施設。直筆原稿や書簡、関連書籍・着物など、貴重な作品も展示してあります。

尾道商業会議所記念館(尾道本通り商店街)…1923(大正12)年10月に建設。外観は洋風建築様式の大正ロマンただようこの建物は、商業会議所として建築された鉄筋コンクリート造り(地上3階、塔屋、高さ17.76m、延床面積445.39㎡)の建築物として、現存する日本最古のものです。2004(平成16)年に尾道市重要文化財に指定されています。

林芙美子と尾道商業会議所……林芙美子は、1930(昭和5)7月、改造社から発行された「放浪記」が、約10万部のベストセラーとなり、一躍、文壇に名をだした。翌1931(昭和6)年4月28日に当時文壇で名がではじめた「新興文学の雄」井伏鱒二(福山出身)を林芙美子がおがみたおして、二人の講演会がこの場所で開催された。井伏鱒二は、「チェホフを語る」と題して約10分余り話しをした。その後を受けたあらたまった話しの得意でない林芙美子は、自作の詩5篇を朗読したが、余りにも時間が余ってしまった。そこへ、天の助けか、当時人気の作家横山美智子が、尾道商業会議所を訪れた。横山美智子は尾道出身である。当時、朝日新聞社が、1万円の懸賞付きで募集した連載小説に入選して一躍有名になっていた。その日、偶然にも尾道駅に降り立った横山美智子は、雨に濡れる電信柱の講演会チラシを見て会場にはせつけてきたのだった。横山美智子は、「人生と芸術」と題して1時間半も話しをしてくれ、彼女の突然の訪問で講演会が甦り無事終了したのだった。当初、林芙美子が恩師の今井篤三郎先生に母校(尾道女学校)の講堂を借りるよう依頼していたが、許可が得られず、先生や同級生の骨折りで当時新築間のない尾道商業会議所が会場となった。(同館内の資料より)

尾道商業会議所で使用されていた金庫(当館蔵)…大正~昭和時代初期に製造(かって尾道市の中浜通りにあった度量衡金庫製造販売の株式会社美濃貞本店)されたもので、ダイヤルが数字でなくイロハとなっているのが珍しい。(当館内の展示資料より)

尾道本通り商店街から南北に、うず潮小路、石畳小路、浮御堂小路、築出小路、浜の小路などの魅力的な路地が伸びています。

自家焙煎「尾道浪漫珈琲 本店」(尾道本通り)では、美味しいコーヒーを飲みながら、楽しい旅のひとときを過ごすことができました。


港町・寺の町・文学の町は 心のふるさと…!

2025-01-22 23:16:28 | 日記

尾道水道は対岸の向島をはさんで、その幅わずか200m。古くから瀬戸内の島々を結ぶ船の寄港で栄え、貨物船やフェリーなどの無数の船が終日、忙しそうに行き交っています。水道の左手には、尾道大橋がスマートな姿を見せています。

千光寺山などから見下ろす尾道水道は、箱庭に似た美しさが特色です。晴れた日には、四国連山も望むことができます。

千光寺山などの山腹には、市街地を見下ろすように本瓦葺き、朱塗りの堂塔が点在し、数多くの古寺が立ち並び、尾道水道と調和して独特の情景をつくり出しています。浄土寺・西国寺・西郷寺・天寧寺・千光寺をはじめ各宗派のさまざまな建築様式の建造物は、落ち着いた町並みとあいまって、中世以来の港町のたたずまいをとどめています。その寺を連ねるのは、生活道にもなっている昔からの狭い坂道と小路です。

千光寺は、806年(大同元年)の開基。境内から尾道の絶景を見下ろすことができ、尾道屈指の大パノラマを見ることができます。朱塗りの本堂である「赤堂」や日本の音風景100選に選定された「鐘楼」は尾道のシンボル的存在になっています。

「音に名高い千光寺の鐘は 一里聞こえて二里ひびく」(俚謡)…いつの頃、誰が作ったともわからないが、みなと尾道でうたわれつづけてきた俚謡(りよう)の一つである。千光寺の時の鐘は尾道に生れ尾道に育ったものにとってはどこにいても忘れられないものといわれる。沖合遥に働いていた船人もこの鐘の音を聞いて港に急いでいたことであろう。(千光寺境内の案内資料より)…

千光寺の境内の「夫婦岩」…この岩の前で二人が愛を誓うと願いが叶うといわれています。

御朱印「千光寺」…

千光寺ロープウェイ…長江口から千光寺山山頂の間を運行(片道約3分間)。ロープウェイ車窓から望む日本遺産の景色は絶景です。春には、千光寺公園の桜がみごとに咲き誇ります。山頂駅からは、エレベーターで頂上展望台PEAKへのぼることができます。

港町、寺の町、文学の町……尾道のどの顔にも水道の風情が大きくかかわっている「心のふるさと」の趣があります。


なき別れのみくまりは ふる里の峠にあり…!

2025-01-19 23:02:04 | 日記

広島北IC(広島市安佐北区安佐町飯室)から国道261号線を北上し、鈴張(広島市安佐北区安佐町)と北広島町(広島県山県郡)との境にある明神峠へと……鈴張から明神峠付近までの2kmで見られる純白の凛とした棚田の雪景色です。

ペルーの遺跡になぞられる「鈴張のマチュピチュ」の棚田の冬景色が広がっています。

 

明神峠(標高431m)の陰陽分水嶺(表示板)……海見山(標高869.9m)の麓にあるこの地点から、太田川水系(瀬戸内海)と江の川水系(日本海)へと分かれます。

 

明神峠近くにある「明神社」…石段を上がり、木の鳥居をくぐると小さな祠がひっそりとたたずんでいます。

 

ふる里の山末神社(広島県山県郡北広島町本地)へと……今年の神楽殿には、八岐大蛇の姿がなくて残念でした。各地へと年始挨拶(お正月神楽公演)に出掛けたようです。

北広島町役場本庁(広島県山県郡北広島町有田)…2001年(平成13年)4月竣工(「平成13年度グッドデザイン賞」受賞、免震構造、RC造、地上4階、延面積4,735.79㎡)…北広島町では、カーボンニュートラルの実現を目指すなかで、CO₂の排出を抑え、低コストの冷暖房が可能なシステムを20年前から採用しています。


いよいよ「じゃが太郎」の出番です…!

2025-01-17 17:43:00 | 日記

食感ほくほく系の品種「キタアカリ」の植え付け準備に入りました。

種ジャガイモ「キタアカリ」をホームセンターで買い求め、2~3週間しっかり日光欲をさせます。

植え付け場所に畝を作りましたが、少し窮屈かも…

苦土石灰を入れました…

 

早生・中生玉ねぎの発育状況は順調です…適時、ワクチン接種(ダニコール1000)を実施予定…

 

価格高騰中のキャベツ……我が家の食卓への出荷は、まだまだ先になりそうです。

 

ワケギ収穫済み……春菊は、収穫後も新芽が少しづつ育っています。

 

おでんダイコンは、厳しい寒さに耐えるようにビニールハウスを設置してみました……温室効果の過保護対策により成長を促しています。

野菜の高騰がつづいており、原因として気候変動の影響や肥料や飼料、資材価格の上昇、生産者の担い手不足など課題も多いようです。食の安全安心が維持できるような具体的施策を実行すべく、農林水産省の力量に期待するものです。