下記の記事はヨミドクター様のホームページからお借りして紹介します。(コピー)です。
17歳の女子高校生。母親から総合病院の相談窓口に、「娘が食べない。見た目もやせてしまって、どうしてよいかわからない。高校にも行けなくなっている」と電話があった。次の日に精神科外来の予約をとり、受診。
診察では体重測定や採血をして全身状態をチェックした。身長155センチ、体重34キロで、患者のBMI(body mass index:体重と身長から算出される肥満度を表す体格指数)は14であった。医師からは、患者と母親に「摂食障害(神経性無食欲症)」と伝えられた。患者は、「ご飯はちゃんと食べてるし、そんなに少ない量ではありません」「運動量は部活のみんなと同じくらいです」「学校にも行ってるし、変わったことはありません。病院に来る必要なんてないのに、母に無理やり連れてこられた」などと話す。
「次回までに1~2キロ増やす」と約束したが
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母親は、娘と一緒にいる時は娘の様子をうかがい、言葉を選びながら話していた。そのため、娘に一度退室してもらい、話を聞いた。医療者だけになると、母親は自宅での様子を話しはじめた。「娘は自分の部屋で食べることが増えた気もしますし、主食は食べません。妹と自分の食事量を比べて、少しでも多いと指摘してきます。家族全員分の食事を自分で必ず盛り付けます。最近は以前と違って、よくイライラしている感じがします。テレビも立ったまま見て、家の中でも動いている時間が多いです。毎日体重を量って、鏡を見て体形を確認することが増えました。食べるように言うと、『食べている』と怒ります。何を言っても、私の言うことは聞きません。このまま体重が減り続けたらと思うと心配で、どうしたらいいのかわかりません。今日ここに連れてくるのも本当に大変でした」と話した。
初回の診察では、医師から「今、34キロだから、次回の受診までに1~2キロ増やす。35~36キロを目指そう」と言われた。
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急性期病院の精神科で10年近く働く看護師が語ってくれた事例です。
初診では、医師と体重を増やす約束をした患者さんでしたが、2週間後の診察では、むしろ2キロ減り、BMIは13になっていました。医師は、このような状況では自分の力で体重を増やすことは難しく、このまま体重が減少し続ければ生命の危険があると判断し、母親の同意を得て患者さんには医療保護入院してもらいました。
薬にもカロリーがあるでしょ?
患者はベッド上で安静にしていたが、「水も太るから飲みたくない」「薬にもカロリーがあるでしょ?」と言う。ベッド上で足上げ運動をするなど、少しでも動こうとしていた。体重測定では下着のなかに本を入れ、「カロリーを減らさなくちゃならない」とデイルームを全力疾走したこともあった。医師からは「BMIが15になったら外泊し、16になったら退院することを目標にしよう」と言われ、自分のBMIの表をつくっていた。
なかなかうまく治療が進んでいかない中で、看護師がベッドサイドで「最近、顔が険しいことが多いけど大丈夫?」と話しかけると、患者さんはしばらく黙ったあと、「自分でも、このままじゃいけないと思うことはある。ご飯だって、他の人たちみたいにおいしいねって笑って食べられるようになりたい」と話しはじめました。そして、「最近は、友だちとお昼を一緒に食べることができなかった。『変な食べ方』をするのを見られたくなかった。頭ではわかっていても、食べ方を変えられない」「運動もしていないと不安になる。せっかくマラソンでいいタイムが出るようになったのに、体重が増えたら速く走れなくなるかも」「お母さんにも、『お母さんみたいな体形になりたくない』って言っちゃった。本当はお母さんが好きなのに、そういうふうに思う自分が嫌いになる」と明かしたそうです。
看護師は、「マラソンに打ち込めるっていいね。そのために努力できるってすごいことだね」と言い、患者の「自分自身でもわかっているけど、自分の状況にどう折り合いをつけていいかわからない」という気持ちをくみ取り、「何かやりたいことがある? 一緒に目標をたててみない?」と言いました。患者には、いつも自分のことを心配して声をかけてくれ、「一緒に遊びに行こう」と誘ってくれる同じ部活の幼なじみがいることがわかりました。そこで、来年の修学旅行をめざして、どんな目標をたてられるか、一緒に考えていくことになりました。
お母さんに「おいしかった。ありがとう」と言えた!
修学旅行で、みんなと一緒に楽しくご飯を食べるためには、どうしたらよいか。
看護師は長期目標をたて、実現するために今できることを考えました。そして、「外泊の時に妹さんと同じ食事を食べてみること」「盛り付けは妹さんにしてもらうこと」「おやつも好きなものを一つ食べてみること」という短期目標を一緒にたてました。また、食事をつくってくれたお母さんにも、「ありがとうを言ってみよう」と。このような患者さんの治療やケアには、医師や看護師だけではなく、心理士が週1回の面談をし、外泊や退院が近づくと、栄養士が本人に必要な体重、必要なカロリー、具体的な食事例を教えるなどのサポート体制があります。
患者さんは落ち着きを取り戻し、体重が少しずつ増加しはじめたので、試験外泊(自宅で過ごす)となりました。患者さんが病院に戻ってきた後、看護師は本人と外泊の振り返りをしました。「妹と同じ食事を食べてみたけど、全部は食べられなかった、でもお母さんには『おいしかった。ありがとう』と言えた」と患者は語りました。
看護師は、今までの経験から、目標をすべて達成できることは難しいと考えており、患者が自分でたてた目標のなかで、「できなかったこと」ではなく、「できたこと」に意識を向けて、次の外泊では「残さず食べてみよう、妹さんとどんなおやつを食べるかを考えて、一緒に食べてみよう」と提案しました。
患者の強みを言葉で伝え続ける
どのようなことを大切にして患者さんとかかわっているのか、この看護師に聞くと、「食行動異常や過活動は、本人ではなく、症状によるものであり、症状が本人にそうさせているものとして捉えることが重要」と話してくれました。「どうして食べないの?」「どうして歩き続けるの?」といったことは決して言わず、患者さんがつらい状況や治療に向き合っていることを肯定的に捉えていきます。この患者さんには、「中学の頃からコツコツとマラソンに取り組んできた」「心配している友だちを思いやることができるのは優しい心をもっているから」など、患者の強みを言葉で伝え続けることを通して、本来持っている力が発揮できるよう、かかわっているのが印象的です。
また看護師は、「やせていることが美しいといった社会の見方も患者を苦しめている一因ではないか」と指摘します。患者さんの「頭ではわかっているけど、とめられないんだ」という言葉と、デイルームを全力疾走する姿……。こうした苦境にある患者さんに対して何ができるのか。ベッドサイドで看護師に「ゆっくりと」ではありますが、しっかりと自分の苦しい気持ちを話すことができた、そのような時間こそが、まさにケアなのだと教えられました。(鶴若麻理 聖路加国際大教授)
鶴若麻理(つるわか・まり)
聖路加国際大学教授(生命倫理学・看護倫理学)、同公衆衛生大学院兼任教授。
早稲田大人間科学部卒業、同大学院博士課程修了後、同大人間総合研究センター助手、聖路加国際大助教を経て、現職。
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