羚英的随想日記

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■節分会 金津流丹内鹿子躍■

2007-02-05 23:52:33 | 風の吹くまま


ネットで検索していて幸運にも見つけた 節分会の鹿踊り(ししおどり) を見るために、子どもたちを連れて、高校時代にエリック・カルメンのコンサートで来て以来ウン十ウン年ぶりの中野サンプラザに行きました。

昨年、中野にある 『新井薬師』 の節分会に 金津流の鹿踊り が来て踊りを奉納していると知り、娘の受験真っ最中ではあっても絶対に行くぞと、この日を待ちわびていたのです。
幸い、前日の2日に合格発表がありましたので、晴れて一緒に連れて行くことが出来ました。

ネットの情報では、昨年来られた団体は 金津流丹内鹿子躍(岩手県花巻市東和町谷内!)で、毎年持ち回りで踊られる…ということでしたので、もっと早くに知っていればととても残念な思いでいましたが、一方では今年はどちらの団体が来られるのかなと楽しみでもありました。

新井薬師に問い合わせて教えていただいた踊りの時間までまだ少しあったので、近くのコンビニで飲み物でも…と道路の向こうに渡って歩いていると、遠くから懐かしい太鼓の音が…!
反対側を太鼓をたたきながら、練り歩いているではありませんか~(泣)

うわっ!鹿踊りだ!と急いで後を追おうと横断歩道の前に走るも、赤信号でしばしの足止めをくらい、待っちくり~とあせる一行。
やっと追いついて、団体名が書かれている幟をいの一番に覗き込むと…

金津流丹内鹿子躍 の字がっ!

『うわっ、東和町だよっ!○○(←娘の名前)、東和町の鹿踊りだよっ

(子供の成長とともに育った)私の大きな声が関係者の方に聞こえないわけがなく、ええい、ままよ!聞こえてしまったんだからと思い切って、でも嬉しくて興奮しながら
『娘が東和町でお世話になったことがあるんですっ!』
と(また大きな声で)声を掛けさせていただきました。
その方が鹿踊りなどのパンフレットを下さって、私たちは踊り手さんたちの後を追いました。
 
 
 


【左】休憩を取るために、装束をはずして。鹿頭、白いササラ、太鼓をじっくりと見せて頂きました。
【右】全部で15キロほどもあるという装束を再びまとい、いよいよ踊りが始まります。

この休憩の間に、一人の獅子さんにお話をいろいろと伺わせて頂いたんですが、話の中で(またまたしつこいですが)娘が東和町で町の重鎮でいらっしゃる方のお宅にお世話になったことなどをお話しすると、同行している役場の方を呼んで下さいました。
何とその役場の方、お世話になったホストファミリーのすぐご近所にお住まいの、同じ苗字のご親戚だったのです!

いろいろとお話を伺い、改めて娘たちがお世話になったお礼を申し上げると、ホストファミリーのご主人にこのお話するためにと“証拠”に私たちの写真を撮っていかれました(笑)

お話ではもう10年ぐらい、この節分会の鹿踊りをしておられるそうなんです。
ここで踊るのは 金津流丹内鹿子躍 だったんですね。
昨年訪れた江刺で偶然見てから夢中になった鹿踊から始まって、目に見えない何かがこの日のこの場所に、私たちを連れてきてくれました。
不思議な「えにし」に、心から感謝します。

それにしても、ずうずうしい変なオバサンですみませんでした



今日の演目を尋ねると 『島霧・しまぎり』 と 『礼躍・れいおどり(礼庭)』 だということ。
『島霧』 は観たことがない踊りなので、楽しみ!




「中立」 と呼ばれる“群れのリーダー”を真ん中に
8人の獅子が隊形を保ちながら太鼓をたたき、歌い、踊ります





「ザイ」 と呼ばれる黒い髪、背中に一対の白い 「ササラ」
しっぽのような 「ながし」 などが
一糸乱れぬ躍動的な踊りにさらに動きを与え
その美しさに声を失います





隊形を広げ、向かって右の 「大脇」 左の 「小脇」 が
「狂い」 と呼ばれる踊りをしているところです





後から 「後狂」(後立という名?) が加わって3人の踊りになります ※


「大脇」 が 『シーッ』 という無声音の合図をおくり、3人が揃って中央に走り寄ります。
この 『シーッ』 が聞いてみたかったんです!
すぐ近くで踊りを観られると、この合図が聞こえるんですね。

このあとに、このうちの2匹の獅子が頭と頭をつき合わせて、ピョンピョンと跳ねながら押した引いたの争いの場面が展開し、とうとう一方が降参し頭を下げてお尻を勝った獅子に向ける…なんてストーリー性のある踊りが見られました。

本当の鹿の力比べの争いのようで、すごいです!

その“押した引いた”の時にお互いのササラが触れてしまい、ササラに巻いてある紙が少し千切れてしまいました。
踊りが終わると、自分の近くまで風にふかれてきたその紙を、息子が 『ご利益がありそう』 と拾ってきました…(汗)

日本人の遺伝子なんでしょうかねぇ。こういう考えって。
誰に教わったわけでもないのに。

とらねこさん、romiさんの遠野の しし踊り では、獅子はカンナガラと呼ばれるドロノキをカンナで削って作った大きな白いザイを背に付けて踊るそうで、そのカンナガラが踊っているうちに千切れて落ちたものを拾うと良いことがある、と云われているそうです。

息子の行動を見て、ふとそんなことを思い浮かべました。




『島霧』 が終わり、撮影時間です
『金津流丹内鹿子躍(かなつりゅうたんないししおどり)』 の幟が
ゆらめきます
鹿頭やワラジにはカラフルな飾りが付けられていました



次の演目は 『礼躍』。
『礼庭』 ともいう、一番よく知られる、私の大好きな踊りです。



ザイを振り乱し
上体が右に左にと、キビキビと切れ込みます
細胞にまで響き渡るような、太鼓の轟き!





『大脇』 『小脇』 がチョイとよけて
『中立』 が勢いよく上身を倒し
猛々しくササラを地面に打ちつけます


この一対のササラは、神主の持つ御幣(ごへい)を表しているそうで、地を清める意味合いを持つとどこかで読んだことがあります。

『中立』 と、そのすぐ後ろにいる 『牝鹿』 のササラの上部には黒い印があり、鹿頭から垂れる 「幕」 に付いている 九曜紋 の色が赤いんですよ。




こんな感じです
「中立」 の鹿頭の目が…金色!


※の画像の、向かって一番右にいる獅子は 「中立加勢」 で、(これでは全然分かりませんが…)垂の中央の小さい九曜紋の上から3つ目までが赤い紋になっていたりと、よく見ると違がいが分かります。




「中立」 が独唱しています
そのあいだ他の獅子たちはこのままの姿勢で…
辛そう…(汗)


この後はデジカメをしまって、一心不乱に踊りを観ました。
やっぱり 金津流獅子躍 は、すごい!


 この踊りは、野生の鹿の群れ遊ぶさまに人間の感情を移入し、五穀豊穣、悪魔退散を祈り、供養と慰霊の精神を盛り込んだ踊りで、各地の神社仏閣で踊られております。
 丹内鹿子躍(ししおどり・他の流派の鹿踊と同意語)は文政の頃(西暦1818年)江刺の梁川の地に伝承された金津流獅子躍が谷内に伝わったもので以来参度丹内山神社の神事芸能として躍り継がれてきた由緒あるものです。
 装束は荘重な鹿頭を頭にいただき、腰差を背負い、締太鼓を身につけ、中立、牝鹿大脇、小脇、前後左右脇鹿四頭の計八頭で、自ら囃し、自ら歌い、自ら踊って、夫々の機会と場所に応じて、陰陽、緩急を心得て、静から動へ、そして静へと踊りおさめるものであります。

【金津流丹内鹿子躍のしおり】より  




踊りが終わると、サンプラザのエントランスで集合していた新井薬師のご一行とともに、サンモールという中野の駅のすぐ前にある大きなアーケードの中を通って、お寺までの道のりをお練り歩きが始まりました。
お練り歩きを護衛するように、最後尾を進みます。

豆まき会場に行くのは乗り気でなかった子どもたちを、何となくその場の雰囲気でごまかして(笑)、我々「鹿踊り追っかけ隊」 も一行のあとをついていくことにしました。 



中野サンモール商店街
アーケード中に太鼓の音が響きます





通りを渡るために一時停止
鹿頭のうしろには 『金津次橋』 の文字


この鹿踊りは伝承によると、奥州松山の金津村次橋(現在の宮城県志田郡松山町)から寛政5(1793)年に江刺郡石関村に伝えられ、その後梁川村(やながわむら)に伝えられたと云われることから、金津流の団体にはほとんどこの 『金津次橋』 が書かれているそうです。  


思ったよりも歩いた感じがしましたが、やっと 新井薬師 に到着です。



到着するとそのまますぐに本堂前に設えた舞台へ





狭い場所での踊りで大変そうです
ササラが屋根に当たってしまう時もありました





抜けるような青い空に響き渡る
太鼓の音と歌
場を、空間を、魂を清める荘厳な踊り





本堂にはあちらこちらにこの幟が立てられていました



鹿踊りが終わると、本堂で読経が始まりました。
この場を離れようと思って振り返ると、後ろには幾重もの人垣が…!
もうすでに動くことも叶わず…。

長い長ーい読経ののち、サンプラザでもちらりとお見かけした松原千恵子さん、吉沢京子さんらの女優陣、俳優さんたち、琴ノ若関などが豆まきを始めると、その場は(お寺なのに)阿鼻叫喚の修羅場(?)と化し、悲鳴や子どもの泣き声がそこかしこであがります!
前にいる年配のオジサンたちなどは、下に落ちた豆の袋を拾おうと思い切りかがむので、こちらはオケツで押されて転びそうになるのを必死に耐える(泣)

隣のオジサンの腕で顔面パンチを受けるわ、豆とともにまくミカン(それってどうよ!)が何度も何度も頭を直撃するわ、足は思い切り踏まれるわ、もうめちゃくちゃでございます~

自分を守るのが精一杯、手を前で組んで防御していたら、そこにポンポンと降ってくるお福豆。
息子の肩にバウンドして手の上に落ちてきたミカン。
わーい
鹿神さま、ありがとうございます。

福をありがたく頂いて、みなさんの混乱に乗じてやっと脱出成功!
最後の最後に、サンプラザで2度も頂き損ねた白い袋のお福豆を、息子がナイスキャッチしていました(爆)
それを見ていた若いお母さんが、よかったねとニッコリ。

そうです。
おめでたい節分の豆まきの時は、めちゃくちゃにされても怒ったりしちゃいけません。
笑顔で、みんなで福を呼び込むんですからネ。

帰りの道すがら、頂いたお豆をつまみながら
『もう2度とやりたくない(笑)』(by子どもたち)。
でも一生に一度は経験してもいいんじゃないかな。
いい思い出になるよ。

サンモール商店街のお店で恵方巻きを買って、その日は家族で思い切りかぶりつきました。
もうすっかりこちらでも市民権を得ている恵方巻き。
お腹がいっぱいになったぁ

 


残りの福は自前のお豆とともに
食後にみんなでいただきました



来年2008年の節分は、日曜日にあたります。
きっとその時も、東和町からはるばる鹿踊りが来て、勇壮な踊りを披露して下さることでしょう。
娘は来年、高校で出来るだろう外国からの友人たちを是非連れてきて、この誇るべき伝統芸能を見せてあげたいと語っていました。
息子もすごかったぁと、感激至極の様子でした。
彼の机の引き出しには、あのササラの紙が大事にしまってあります。

みなさんも、是非足を運んで、ご覧になって下さい。
金津流丹内鹿子躍のみなさま、素晴らしい踊りをありがとうございました。


#鹿踊り #ししおどり

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14 コメント

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ようこそお出で下さいました! (羚英)
2009-02-22 20:54:30
金井麻衣子様

こんばんは(^^)

こちらこそ、はじめまして。
お返事が遅れてしまい失礼いたしました。

辛口コメントだったにも関わらず、こうして足跡を残していって下さってありがとうございます。

鹿踊り(ししおどり)の素晴らしさを知って頂いて、私もとても嬉しいです
関東をはじめ東日本に伝承されている三匹獅子舞の進化形…という説もある、旧仙台藩領に伝承されている伝統芸能なんですよ。

来年、またよいお天気だといいですね!
どうぞこれからも精進されて技を磨いていって下さい。

コメントありがとうございます
返信する
私もはじめまして! (金井麻衣子)
2009-02-20 02:02:21
はじめまして!
私は新井薬師で獅子舞の方の前に殺陣演舞で参加していた女武士のものです!
ネットで検索していたらこちらのブログにあたりまして、せっかくでしたのでコメントさせて頂きましたっ・・!

図々しくてすみませんっ

獅子舞すごかったですねっ・・!
さすが伝統!といった感じでした

来年も拝見出来るの楽しみです。
来年も演舞で出演いたしますので、よろしくお願いします
返信する
もっもちろん…!!! (羚英)
2007-02-19 00:09:31
えっえっえっ???
い…いいんですかっ
ホントにいいんですか?
ホントにホントにいいんですかっ

ぜっ是非、お願いします~
出来れば…2枚ほど…(←ずーずーしくてスミマセン!)
娘と拝見させていただきたいと…、おっお願いできますでしょうかっ?
なにとぞ宜しくお願いいたします

こちらのメールアドレスは
○@mail.goo.ne.jp 
(○のところは ryou-ei と差し替えてください)
です。
スパムが沢山来てしまったことがあるので、まんまで表示出来ず、ご面倒掛けてすみません。
返信する
夜分すみませんm(__)m (鹿踊マニア)
2007-02-18 23:51:35
25日のNHKホールの件ですが、見れるとしたら来れますか? 1・2枚なら招待券ありますが・・・内緒ですがね・・・
返信する
ありがとうございます(*^_^*) (羚英)
2007-02-18 21:44:56
鹿踊マニア様

わぁ~、ではお言葉に甘えて早速リンクを張らせて頂きますっ
どうもありがとうございます
返信する
構いませんよ(^^)v (鹿踊マニア)
2007-02-18 17:30:15
リンクしちゃってください\(^O^)/ もっともっと金津流石関獅子躍を広めたいので、逆にお願いしますm(__)m そちらのほうで踊る機会を探しておきますね!
返信する
残念です~(T_T) (羚英)
2007-02-17 23:55:17
鹿踊マニア様

こんばんは(^^)

きっとまたいつか、こちらの方面で踊られる機会が来るはずです!(と望みますーっ!)

鶴羽衣さんも同地区だったなんて、江刺には本当に沢山の鹿踊りの団体がありますね。
百鹿大群舞も流派・団体を枠を超えて一つになれる場だし、踊り組みさん同士の交流があるということも素晴らしいです
それにしてもお盆など暑い時期に踊る機会が集中して、さぞやと思います~。
あの暑さの中で重い装束をまとって踊られるのを拝見すると、暑い暑いとこぼしてヘバッてした自分が恥ずかしくなりました(汗)

まだまだみなさんお若いのですから、「いぶし銀の輝き」の粋まで頑張って下さい

鹿踊りという伝統芸能の素晴らしさを、個人レベルながら、少しづつ発信できたらと思います。
石関鹿踊さんと幸運にもこうしてお声掛け頂いて交流が持てましたことで、今度是非このお話を記事にしたいと思っています。
金津流石関鹿踊さんのHPを記事内とブログのブックマークにリンクさせて頂きたいのですが、宜しいでしょうか?
ご検討のほどお願いします
返信する
そうでしたか(泣) (鹿踊マニア)
2007-02-17 11:53:33
NHKのほうは何故か人気があったようで・・・関東方面で踊る機会があればいいのですが・・・

鶴羽衣さんには2、3年前に2、3人新しく入ったみたいです。同じ地区なんですよね! 百鹿群舞を教えてほしいと石関の練習の時に来たこともありました。

相伝時期は早めにしないと・・・我々もいつまでも踊れるわけではないですからね(苦笑) 

返信する
礼に始まり礼に終わる…(^^)v (羚英)
2007-02-16 21:43:00
鹿踊マニア様

こんばんは(^^)

金津流は礼を重んじて厳しく…なんですね。
素晴らしいことです!
「三光の礼(儀)」を少し動画で拝見したことがありますが、その儀式は実にシンプルで、かつ荘厳で、神仏に仕える「もの」の化身のようなその姿に感動を覚えました。
鶴羽衣さんは頭の後ろの文字も「金津流」とあるようですし、装束も少し違った雰囲気ですね。
幕にある文様も独特で。
特に幕の後ろの結び目がながしの上に掛かっていないので、視覚的にながしがとても長く見えます。
確かこちらは中立さんがまだ20代の方だそうですね。

相伝式を近く迎えられるんですか!
通常入門から10年ほどかかるものだとどこかで拝見しましたが、うわ~すごい
いよいよ皆伝を許されるんですね!
その晴れの日のお話を、いつか伺わせて下さいネ

NHKの公演の「整理券」は、もうすでに1月下旬で申し込みを締め切っていたんですね…(泣)
なかなか江刺まで出向くことは出来ませんが(行きたいんですけど…)、またこちらの方面にお出ましになることがありましたら、是非石関さんの生の踊りを拝見したいです。
その時まで、しばしの我慢
返信する
こんにちはm(..)m (鹿踊マニア)
2007-02-16 13:14:45
金津流は礼儀作法が厳しく踊りに関しても厳しいんです。岩手県奧州市江刺区の鶴羽衣(つるはぎ)の鹿踊以外の金津流獅子躍の演目はすべて同じです。なので、すべての演目について群舞ができます。多少は団体によりことなりますが(口伝のため)・・・。

石関は平均年齢が32になってしまいました・・・そろそろ相伝式もせまってきています。

相伝式が終わらないと弟子をつくれないんです・・・金津流以外は入れ替わりがあったりするんですがね・・・

早いうちに石関の生の踊りを見ていただきたいものです。踊りの日程はおって連絡入れたいと思います。 近くはありませんので、無理のない範囲内で宜しくお願いしますね(^^)v 

石関のモットーは「魅せる踊り」・「感動させる踊り」ですから!
返信する
再びコメントをありがとうございます(^・^) (羚英)
2007-02-15 21:07:23
鹿踊マニア様

こんばんは(^^)

復活し活動を始められたその年に、花巻の鳥谷ヶ崎神社奉納の踊り組みに選ばれて踊られるなんて…それほど踊りの質が高くていらっしゃる証拠なんですね!
実際、他のサイトさんの動画でいつくかの踊り組みの動画(少しばかりですか)を拝見していますが、金津流、特に石関さんの踊りや作法は群を抜いておられるのが分かります。
どれほどの努力がそこにあったのでしょうね。
本当に頭が下がる思いです。

8代中立平野重男氏は金津流梁川獅子躍の庭元・平野幸男氏のお父様でらしたんですね。
梁川さんのHPで、丹内さんに指導相伝している、と書いてあったのはそういうことだったんですね。
詳しく教えていただきましてありがとうございます(^^)v

丹内さんはベテランの方から若い方までおられました。
でも歌を歌ってらしたのは全員ではないように感じました。
獅子さんが、一つの演目をきちんと歌って踊れるようになるには3年以上かかる、と仰っていましたので、まだまだ修行中の方がおられるのかなと思います。

石関さんの踊りを動画で拝見していると、全員の方たちが大きな声で、音程もきちんと揃って歌っておられる、若くより躍動的な踊りで、“芸術”としての鹿踊りも堪能させていただいております。

若い人たちが伝統ある鹿踊りの団体を自分たちで復活させようと決起し、それを見事に成し遂げるなんて、なかなか出来ることじゃないよ…と今日娘と話しておりました。
娘も感ずるところがあったように思います。

NHKホールで踊られるそうですね!
行山流の団体さんたちとの共演なんですね。
本物の石関さんを、是非拝見できるといいなぁ…

これからも魂を揺さぶる踊りで、人々を感動させて下さいね。
ありがとうございます
返信する
ありがとうございますm(..)m (鹿踊マニア)
2007-02-15 10:46:25
今度は是非hpにも顔をだしてくださいね(^^)v 石関は岩手県内の本家としてその名実ともに四隣に響いていたのは昭和初期まで・・・なんとか復活して5年目になりやっと人様に見せれるようになりました。以後も完全復活に向け修行中です。これからも宜しくお願いしますね! 質問やら要望やらどんどんしてくださいね! まだ鹿踊りは知られていない状況ですので少しでも広めていただけたら幸いですm(..)m 


今ある梁川の金津流獅子躍はもとは一つだったんです・・・8代中立平野重男さんにより当時の梁川青年会でつくったのが「梁川金津流鹿踊」です一昨年まで「江刺市梁川金津流鹿踊」は昨年市町村合併にともない「金津流梁川獅子躍」と改名しました。


金津流梁川獅子躍の弟子は岩手県奧州市江刺区の「伊手」・岩手県大船渡の「浦浜」・宮城県大崎の「松山」・岩手県奧州市江刺区「軽石」です。丹内さんは昭和に復活したんですが、その前も梁川から伝承されたものだと思われます。実際復活のときに指導に携わったのは梁川金津流鹿踊の初代(現石関の師匠)です。

石関が復活できたのも分家の梁川が絶やさずこんにちまで踊り継がれていたおかげですね! 

本家・分家なんて私にとっては些細なことです。この素晴らしい芸能である「金津流獅子躍」を絶やさず踊り続けるためにお互い精進して伝承していきたいものです。
返信する
コメントを頂きましてありがとうございます!(^^)! (羚英)
2007-02-14 21:44:00
鹿踊マニア様

こちらこそ初めまして、ようこそお出で下さいました!
夕方コメントを拝見しましたが、まずは家事等全部済ませてからゆっくりお返事させて頂こうと思いまして、この時間になってしまいました。

実を言いますと、私にとりましては決して『初めまして』ではないんですヨ!
昨年のお盆に県南におじゃまして鹿踊りのとりこになってしまってから、すぐにそちらのサイトの存在を知り、人知れず(?)引きこもって、いつもいつも拝見させて頂いてたんです
身辺が一段落したので、遅ればせながらそっとご挨拶させて頂こうかなと思っていたところ、このような思いもかけない形で、あの憧れの石関鹿踊さんの中立さんからお声を掛けて頂いて、本当に吃驚して小躍りするほどの感動だったんですよっ!
子どもたちに『石関さんの中立さんからコメントが来た~』って、もうウルウルでしたぁ(笑)

鹿踊り関係の記事を書くにあたって、何かと参考にさせて頂いていたのはもちろんのこと、心落ち着けたい時もそうでない普通の時も、いつもいつも石関さんの動画を拝見して感動を頂いておりました。
ありがとうございます!

もう何からお話させて頂いたらよいのか、分かりませーん(泣)

過日、石関さんと夢のはしさんとのご交流があったことも拝見し、私も自分事のように嬉しかったんです。
何故って、夢のはしさんのところにもそっとお邪魔していたんですから!
あの方の記事の中で、鹿踊りの獅子さんによく似た「ほにょう(ほんにょ)」を初めて拝見したお陰で、そこからイロイロ調べているうちに、ほんにょで干したとても美味しいお米を食べる機会にも恵まれましたし、大好きになった鹿踊りのこともいっぱい知ることが出来ました。

今まで長く生きてきましたが(笑)、こんなにも感動した、魂が震える踊り(金津流鹿踊り)は見たことがありませんでした。
それまで不勉強ながら存在も知らなかった鹿踊りでしたが、何かのめぐり合わせでこうして知ることが出来て、本当に幸運です!

お盆に藤原の郷で初めて拝見した伊手さんの踊りの内容は、あまりのショックで(本当ですよ)ほとんど覚えていないんです。
うろ覚えですが、後半の方で横一列に並んで踊ってらしたように思うんですが、そのような演目はあるんでしょうか。
この時の旅行では不思議な感覚を覚えることが度々あり、この鹿踊りでも、ここに神(精霊)が降りてきている…そんな感覚に襲われました。
私だけではなく、家族がみんな口をそれえて言っていたことです。

先日丹内獅子躍さんの踊りを拝見したのち、石関さんのHPを拝見すると、前日初めてみたばかりの「島霧」の動画がUPされていてとても嬉しかったです。
同じ踊りでも、踊り組みさんによってそれぞれに特徴があることもとても勉強になります。
丹内さんは江刺金津流梁川さんからのご指導で、石関さんは確か梁川金津さんと庭元さんが一緒でしたね。
最近UPされたオリジナル編集版の「牝鹿隠し」も、とても分かりやすく編集しておられていて、情緒豊かな踊りで素晴らしいです!
雄鹿さんが何度も何度も諦めずにチャレンジするところや、オシリペンペンされるところ、お仲間にちょいと加勢をお願いするよと相談する様子(?)や、牝鹿と仲睦まじく踊る様子など、物語性が存分にあって、夢中になって見ているとあっという間に終わってました。

ああ、ごめんなさい。
支離滅裂なお話ばかりになってしまいました。

これからもいろいろと質問させていただいて宜しいでしょうか?
まだまだ知らないこと、知りたいことがいっぱいあります。

長くなりましたが、まずはご挨拶まで(*^_^*)
今後ともよろしくお願いいたします。

P.S.
昨年小6の息子が初めて石関さんのHPを見た時
『かなつ さすがぜき ししおどり?』
と読んでおりました…
失礼しました…(汗)
返信する
はじめましてm(..)m (鹿踊マニア)
2007-02-14 12:43:22
金津流丹内獅子躍さんが東京で公演を毎年していると聞いて、どんな感じだったのか知りたくて調べているうちにこちらのブログにたどりつきました。私は岩手県内にある金津流獅子躍の本家である「金津流石関獅子躍」の中立を務めているものです。 もし金津流獅子躍に興味がありましたら、私どものhpを御覧頂けたら幸いです。 http://ishizeki.fc2web.com 押し付けのようになってしまいすみません。 是非御覧くださいm(..)m
返信する

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