6 祭りの準備
楕円形の城壁の所に来た。
そして、その土手の下に鉄の門があり、
関所のようなものがあって、旅行者は身分などを調べられる。
「この町に何しに来た」と男が大きな声で言った。
「あのう。わしは水車をつくることを得意としている。
ここの殿様は町づくりに水車の電気エネルギーを使うと聞いている」
白熊族の大男の唇が震えている。
「仕官だよ。おっさん。ここで何しているのよ」とハルは言った。
「わしのことをおっさんだと。
わしはこのあたりの治安と旅行者を監視するのが任務の役人じや。
ヒトが安全に商売して、国が豊かになるように仕事しているのじゃ。
この国は農業以外に、焼き物と絹織物が盛んでな。名品が多い。
それに、今、祭りの準備で忙しい。
邪魔にならないようにな。
分かったか」
「祭りがあるのですか」
「年に一度の素晴らしい祭りじゃ。
宮殿の近くの大広場を華麗な山車が練り歩く。
その周囲では踊りさ」
「それはいいな。見たいものだ」
「お前たちは旅行者になるから、ここに名前を書いておけ。
住所はないのか」
「我々はアンドロメダ鉄道の乗客だ」
ハルはそう言って、カードを見せた。
「おお、そうか、それは失礼した」
役人はやや驚いたような顔をして、急に親切になった。
それで、ともかく通してもらえた。
我々は、役人に礼を言った。
その場を離れると、ハルが早速
「ほお、踊りだとさ。
レストランで話していたことが実現しそうな不思議な話だな」と言った。
「そうだ」と大男が答えた。
「『共時性』というのは科学の事実だと聞いたことがありますよ。
つまり、部屋の中で蝶々の話をしていたら、
窓からその美しい蝶が入ってきたというのかな。
その不思議な一致が宇宙にはあると」と吟遊詩人、川霧が言った。
城は広い丘陵地帯の茶畑が広がっているその上のかなり高台になっている所に見える。
その高台がいわゆる町で、
無数の家とビルが立ち並び、
中心にある城の周囲には広場や貴族の館があるのだという。
小さな湖もある。
その町に行くまでの道のりも中々到達できない仕組みになっている。
これは敵が攻めてきた時に守りやすいという城の掟によって、
つくられた道だろうが、
それにしても奇妙に入り組んでいる。ハルは故郷のと大分違うと思った。
しかし、小高い所にある町に到達するのには、
行けどもいけども、くねくねとまがりくねっていて、
人家と小さい要塞がその道に立ち並び、
その裏に広大な平地は茶畑と野菜畑が広がっている
やがて、寺院が見えた。太鼓の音が聞こえる。
寺院の後ろには座禅道場があった
。ふと、見ると中に座っているのは三十名ほどの十才前後の少年ばかり。
それを大人の坊主が二人で見ている。
ハルと大男に気づいて、一人の小柄なウサギ族の坊主が出て来た。
「どうです。座禅でもやっていきませんか」と坊主は声をかけてきた。
「でも、少年ばかりじゃありませんか」
「確かにね。でも、大人が加わってはいけないという規則はないのです。
むしろ、旅人は色々な地方の話をしてくれるので、
しばらくここにおられると、
わしらもそういう話が聞けて勉強になる」
「異星人の話ですか。
鉱毒の話は地元のおぬしの方が知っておるじゃろ」とハルが言った。
「お坊さんでもそんなことに興味を持ちますか。
わしは帝都ローサに一泊してきてはいるが」と大男は言った。
「わあ、話を聞きたい。
実を言って、わしらは坊主ではない。
侍なのじゃ。
伯爵さまから、子供達を座禅で鍛えてくれと、頼まれているのじゃ。
向こうの方は本物の坊さんだけどな」
「世の中は動いているぞ。
で、伯爵さまはそういうことで、腕のある者をめしかかえようとなさっているのかな」と大男は言った。
「いや、分からん。純真無垢な人での。民族の友愛主義者だ。
人種偏見のような教養のない偏見を嫌う方だ。
国内の経済の発達と民の生活の安定を一番に考えておられる。
ここは神仏のいらっしゃる田舎じゃ。
しかし、わしは国王陛下のおいでになる帝都ローサ市の状況に興味がある」と坊主のように見えるウサギ族の侍が言った。
ハルと大男と吾輩と詩人、川霧は座禅をすることにした。
一時間ばかりという約束で、少年達の端っこに座った。
ハルも座禅をするのは久しぶりだった。
ハルは「座禅は死ぬ気でやらなければな」と笑った。
大男は初めてらしく、不安そうな怪訝な顔をしていた。
坊さんに足の組み方を教わってなんとか、座れたようだった。
三十分もしない内に、大男は寝ている。
頭がふらふらしている。
子供たちは一斉に終わって、立ち上がった。
その時の物音で大男は目をさまし、また足をくみなおしていた。
ハルはみだれずに、足を組んでいたが、
故郷のことが思い出されてならない。
故郷の川で泳いだり、
魚をとったり、女の子に声をかけられたり。
ああ、あの子はどうしているかなと思ったり、
ハルより三つ下の女の子で目が丸く、可愛らしかった。
いつもハルリラに竹刀でうちかかってくるのはまいった。
彼はたいてい、外してしまうのだが、たまに、ごつんとやられる。
「油断大敵では、強い武士にはなれぬぞえ」と笑う。
忘れようと思って、数を数えると、
今度はハルの頭に、別の妄想が湧いてくる。
我は自分でも座禅をした。
そして、吟遊詩人、「川霧」の座禅を何故か良寛のようだと思って見ていた。
そして、吾輩の耳に、良寛の和歌が響いた。
「良寛に辞世あるかと人問はば南無阿弥陀仏といふと答えよ」
良寛は禅僧で、道元を尊敬し、法華経、阿弥陀経、荘子、論語を読んだと言われている。
法華経を賛美する漢詩をいくつも書いている。
辞世はちょつと意外な気がしないでもなかった。
でも、これが素晴らしい良寛の教えなのかもしれないと我は思うのだった。
寺院では住職が歓迎してくれた。
子供達を指導していたもう一人の禅の坊主は副住職のようだった。
さきほどのウサギ族の侍も夕食の誘いを受けて、
ハルさんたちの話を聞きたいと言った。
「帝都ローサ市では、坂本良士というのが活躍していてな」とハルは言った。
「おお、わしの所まで、そやつの名前は轟いているぞ。
どんな奴じゃ。
改革派なのか、それとも保守派なのか、どちら側なのか」とウサギ族の侍が聞いた。
「坂本良士は両方を結び付けようとしているようじゃ」と大男は答えた。
ため息をついてから、またしゃべり始めた。
「国の中で争っていてはユーカリ国や異星人につけこまれるからな。
改革派の哲学はニヒリズムなんだ。
良士は理解できるが好きにはなれんと言っているようだ。
なにしろ、改革派は金銭至上主義で、
ルールのない株式会社とカジノを導入すべきと異星人と同じような主張をしていた。
良士は心情的には
保守派に共感しているのかもしれんな。
今までどおりの働く人のための会社で良いとしている。
異星人は改革派を応援しているが、中身が違う。
金もうけ大いに結構という特殊宗教も押し付けてくる。
そうだ。地球でもあったろう。
安土桃山時代にキリスト教が入ってきた。
信長・秀吉は歓迎した。
秀吉は途中から、キリスト教の目的は自分の国を占領することにあると思う。
家康は鎖国をした。
あれを思い出せば、異星人のビジネスとこの特殊宗教はセットになっていると誰でも思う。
この惑星は金と銅が豊富。
鉄は海の下。
宝石特にダイヤは豊富―異星人は商売でこの金とダイヤを手に入れたいらしい。
銅はビジネスだな。
大砲と戦車と車を銅でつくれと言っている。
一応、彼らのビジネス宗教からすれば、
戦争でものを奪うのはダメだから、
ビジネスでということになる。
そういう考えを広めようという魂胆なのだろう。
すでに銅山を占有して、
政府の許可が下りていないのに、株主を募集し、
銅山の株式会社とその関連会社を軌道に乗せている」
「新政府はそれで黙っているのか」とウサギ族の侍は聞いた。
「分からん。政府の役人、林文太郎が今は実権を握っているが
いつこの二つの勢力に追い落とされるかしれない。
日和見でなんとか、政権のトップにいるような男じゃ。
異星人とはうまくやっているが、
まあ、別の言い方をすれば、異星人の言いなりということではないか」
「改革派と保守派はことごとく意見が違い対立することが多いという噂も聞いているぞ」
とウサギ族の侍は言った。
我々はそんな話をしながらも、めしを食べていた。
玄米食だった。
玄米食と言うのは初めてだった。
よくかんだ方がいいという話は聞いていた。
ハルは大男が喋っている間、三十回ぐらい数を勘定してかんで食べていた。
大男は時世についてよく喋っていた。
ハルが思うに、玉石混交の情報のようで、
どれが正しい情報なのか、ちょつと考えてみたが、
ふと気がつくと、太鼓の音が聞こえる
ハルはそこの寺院の窓から見える城を見ながら、
ぼんやりと夢想に耽っていた。
白い壁に金色の筋が入った立派な城は大きな白鳥を連想させたが、
つやがあり、斜めから射すやわらかな日差しに
美しく青空に伸びて、今にも飛び起つようだった。
「時代が変わるのかな」と侍が独り言のように言った。
「時代は変わったばかりじゃないか、
革命からまだ三十五年しかたっていない。
帝都ローサ市が動揺しているようじゃ、
異星人につけこまれる」
と白熊族の大男が大きな口で言うのをハルリラは見た。
大男が初めてまともなことを言ったような気がした。
「それじゃ、改革派と保守派の綱引きは当分続くということか」とウサギ族の侍は言った。
「ハルさん。おぬしは、どう思う。
坂本良士が何かやらかすか。
彼はどちらにも属していないからな。
そしてどちらにも仲間が沢山いるという不思議な奴じゃ」と大男は聞いた。
「色々、噂はあるけどな。
どれが正しいのか分からん。
それより、わしはここの城に仕官に来たのじゃ。
お前さまは取次が出来んのかな」とハルは答え、侍に取次のことを聞いた。
「もう城は昔と違う。
ただの役所よ。
伯爵さまも知事と中央の議員をかねておられる」と侍は答えた。
「でも、お宅は仕官している。立派なものじゃ 」と大男は言った。
「わしか。わしはここの城という名の役所では、自慢じゃないが、一番の下級武士よ。
サムライはまだ廃止されていない。
そんな取次が出来るくらいなら、
自分の帝都ローサ市行きを交渉しているよ。
住職なら、少しは力があるから、彼に取り次ぎを頼んでみたら」
食事が終わって、ハルと大男は住職の部屋を訪ねた。
「仕官したいとおっしゃるか」
「ここで、座禅の本格的な修行をしてから、
行った方がいいのじゃございませんか」
「禅の修行、わしらはそんな悠長なことを行っておられんのじゃ。
第一、あんな風に座っていて、何年したって、同じじゃありませんか」と大男は言った。
「それじゃ、わしからは城に取り次ぐことは出来んな。
しばらく先に行くと、村長がいる。
祭りの支度に忙しいが彼が取り次ぐだろう」
庭に出て、座禅道場の近くを通ると、
先ほどよりも年齢の高い男の子たち、
十五才ぐらいかが二十人ほど集まっていた。
午後の部の座禅らしい。
さきほどの侍もいて、にやにや笑っている。
侍は男の子数人と話している。
どうやら、一人の背の高い少年に
我らを村長の所に案内するよう命じているらしい。
「君達は武士か」
「ぼくは百姓です。
でも、伯爵さまがこれからの男子は百姓も武士もない。
腕のある奴はめしかかえる。
座禅と剣をみがけとおっしゃるので。
でも、今は祭りの手伝いをしています」と彼は言った。
「村長さんとこにか」
「ええ、公民館の横に、
山車を組み立てる建物があるんです。
そこへ皆さんを案内しろといいつけられました」
「それはありがたい。村長さんがいらっしゃるのじゃろ」
「はい」
「案内してくれ」
我々は林の中を突き抜けて、
三十分ほど歩くと、
公民館らしい白壁のビルと横にそれよりも少し大きめの煉瓦づくりの建物があった。
少年の話によると、その建物が山車を納めて、
祭りが近づくと組み立ての作業をする場所なのだそうだ。
「村長に会う前に、祭りの準備を見たいな」と大男が言った。
少年はうなづき、中に入った。
体育館のような広い空間の中に、焦げ茶色の美しい材木が並べられていた。
既に、何度も使用したものらしく、壁側の置き場に、整然と並べられ、
それを数人の男たちが取り出し、組み立ての作業をしているらしかった。
「向こうに村長さんがいらっしゃいます」と少年が言った。
「おお、わしらのことを紹介してくれ」
少年は村長の所にひと走りした。
村長はこちらに軽く、頭を下げたので、礼儀正しい人だと思った。
彼が近づいてきて、「ようこそ。アンドロメダ銀河のお客さんとか」と言った。
「それに、わしは仕官が目的じゃ」とハルは言った。
「仕官ですか。わたしが伯爵さまにご紹介しましょう」と村長は微笑した。
「今は祭りの準備が忙しくてね。
もう夕方も近いですから、今晩は近くの宿も手配しますよ」と村長は言った
しばらく我々は 山車の組み立ての作業を眺めていた。
「素晴らしい祭りですよ。
もう広場では踊りの練習が始まっていますよ。
本番では、この山車が大きな広場をぐるぐる回り
その中を人々が踊りを熱狂的に踊るのです。
あなた方も踊ると良いです。」
吾輩は京都の祇園祭と阿波踊りを思い出した
祇園祭は友人の弁護士と一緒に行き、一度だけ見たことがある。
阿波踊りは銀行員の家のテレビで、見た。
なんでも、パリにまで行って踊ったという有名な踊りなんだそうだ。
テレビで見ていたら
阿波踊りなら、自分でも踊れると思い、
ひそかに、一人になった時
阿波踊りをやってみた記憶がある。
しかし、あれはやはり、沢山の人と一緒にやるのが楽しいのだろう。
そう思って、やめてしまったことを思い出した。
その後、我々は一杯のお茶をご馳走になった。
そのうまかったこと。
天にものぼる心地というのはこのことをいうのかという思いが吾輩の脳裏をかすめた。
7 大慈悲心
宿屋に着いた時は、すっかり夜になり、降るような星が輝いていた。
吾輩と吟遊詩人とハルは大男が風呂に入っている間、庭の蛍を見ていた。蛍の黄色い光がたくさんあちこち飛び交い、その淡い光に照らされた花や植物や灯篭がなんとなく、もうろうとした墨絵のようで、楽しめると思っていた。詩人が吾輩の耳にかすかに聞こえるように口ずさんだ。
「何の花か知れぬが、大きな黄色や赤の花弁の花が灯篭の明かりで浮かび上がる
満月よりも青みを帯びた白い月が庭の隅々にまで淡い光を投げかけ、
わたしは故郷を思って、ヴァイオリンをかきならす。
遠く向こうに低い山が遠巻きに黒い稜線を見せている
おお、その時、蛍であろう、この惑星のいのちの灯のように明滅している
庭は静寂の中に、わが故郷を思うヴァイオリンの音色に蛍が活性化したようだ
いま、このアンドロメダの旅は神秘な道に足を進めている
人生と同じように、
一瞬の中に永遠の浄土を垣間見る者は幸せだ。」
白熊族の大男が帰ってくると、
「ニュースを聞かされた。
この近くの林で、昨夜、自殺者がいたそうだ。
それが何と帝都の使者だそうだ。
伯爵が新政府に来て、色々提案するのを控えるように、交渉しに来たらしい。
特に、銅山の件で、伯爵の質問状に答えるということらしい。
なにしろ、伯爵はこの国では一番の勢力があった大貴族だ。
他の貴族は帝都に移り、帝都の役人になったり、
昔と違う場所に飛ばされて地方長官になったりしているのに、
伯爵は帝都には貴族院議会に出るだけで、
直ぐに元の古巣に戻り、知事として勢力を振るう。
そしてこちらから、色々質問状を出すものだから、
新政府は困っている。
それに異星人からも銅の商売を突き付けられている。
それに伯爵が鉱毒問題で、質問状を出したことにたいする使者だが、
彼は異星人から、大金を受け取り、鉱毒問題に言及しないことになってしまった。
そのことを号外で暴露された。
それを苦に自殺したらしい。」
【 8 大慈悲心】
翌朝は良い天気だった。
我々は伯爵の重臣ロス氏への紹介状を村長から受け取り、
かなりの坂をいくつものぼり、高台になっている町に入った。
町の道は馬車が通れるほどであったが、
けっこう入り組んで、あちらこちらで曲がっていて、
商店や背の高い家や低い家が立ち並んでいたが、
多くの家は黄色い感じで、二階のバルコニーには洗濯物以外に、
鮮やかな花が競うように咲いていた。
その時、例の魔ドリが我らの行く手をふさぐように、飛んできた。
ハルリラが気をつけた方がいいですよと詩人に声をかけた。
詩人はブアイオリンをさして、「大丈夫。これがあるから」と言った。
魔ドリは詩人の肩に例のものを落とした。
詩人の服が囚人服に変わった。
すると、詩人はツイゴイネルワイゼンをかなでた。
甘くとろけるようで、気品のある音色が響いた。
そうすると、元の青磁色のジャケットに戻った。
あまりにも早い変化に、ハルリラも驚いたらしく、「まるで魔法ではないか」と言った。
ふと、気がつくと知路が遠くにブルーの姿で立っていた。
彼女はちょっと微笑してから背中を向け、
自転車に飛び乗り、去った。
我々がしばらく歩いていると、
町の中央の方には、立派な城が見え、
そこからニ百メートルほど離れた所にロス氏の大きな邸宅があった。
我々は執事によって食堂のような広間に案内された。
外は祭りの太鼓の音がする。
透き通った大きな窓から祭りの準備の様子が見える。
窓の下の庭の向こうに、すぐそばから、斜面になり、
大きな広場になり、真ん中に屋根のついた休憩所があって、
そこに、祭りの道具が置いてあるらしい。
もう数名の人達が踊りの練習をしているらしい、そういう人の動きが見える。
邸宅の主人であるロス氏は丸い顔をした黄色い顔の中年の男である。
彼はブルーのカーディガンを着て、広いテーブルの上を見ている。
テーブルの上には、豪勢な食事が並べられ、
両端には、大きな花瓶に豪勢な花がいけられている。
男の横には、娘と思われるカルナがいる。
シックな灰色の毛織物を黒で引き締めたワンピースを着た若い女である。
猫族であるようだが、
何かすばしこい目の動きと全体の機敏性に富んだ表情の動きから、
我はチーター族と考えた。
珍しいのとその細身の身体とすばしっこい機敏な身のこなしに圧倒されて、
我は挨拶を忘れるところだった。
そんな吾輩の気持ちとは裏腹に、
左横に立つ吟遊詩人は鷹揚な会釈をし、
ハルは右横から度肝をぬくようにさらりと帽子をとって、挨拶をしている。
吾輩はいつのまにハルがその素敵な帽子を宿屋で仕入れたことを思い出した。
我々が食卓について、簡単な自己紹介をしている最中に、
帝都ローサ市の使者の自殺のニュースを執事が持ってきた。
しかしこの話は宿屋で白熊族の大男スタンタから聞かされているので、
驚きはしなかった。
使者は伯爵の行動をいさめるために、
派遣されたらしいが、
背後に異星人の方から多額のわいろを受け取ったという噂を号外によって暴露されたということが、中心の話題となった。
しばらくの間は、そこにいたカルナという娘とロス夫妻と執事が
我々というアンドロメダの客を忘れたかのように、その話に、夢中になっていた。
我々も内容は知っていたが、
この話がこの人たちに動揺を与えている様子に興味を持って見ていた。
「分かった。お前は戻れ、
今は大事なお客様が来ている」
とロスは秘書に言った。
秘書はうやうやしく頭を下げて、広間から出ていった。
「いや、失礼しました。
面倒な事件が起きて、ちょつと驚いたものですから」
「そのニュース、宿屋で聞いて知ってました」と白熊族の大男は言った。
彼は途中の洋品店で、服を新調していたので、まるで人が違ったように紳士に見えた。
「そうですか。問題は異星人からの圧力ですよ。
新政府のトップは首相の林文太郎という異星人に弱い男。
ガンと跳ね返せないのでしようね。
彼らの武力が怖いのですよ。」とロスは言った。
「それだけではありませんわ」
とカルナは若さをぶつけるように話した。
「林文太郎には ドル箱になるという思惑もあるのですよ。
金をとるか、鉱毒を流すのをやめさせるために、
鉱山を閉めるかという選択の場合、彼はドル箱をとるでしょう。」
ハルが吾輩にしか聞こえない特殊な魔法の小声で、
「カルナはスピノザ協会に所属し、それに、週刊誌に寄稿するこの国一流のエッセイストだそうだ」と言う。
「せっかく、革命をへて、三十五年」とカルナは言った。
「議会も始動し、
隣国との外交も軌道に乗り出したところ、
鉱毒事件で異星人とトラブルを起こしたくなくない気持ちも分からないわけではありませんが、
鉱毒は清流を汚し、農民の持つ田畑を汚しています。
放っておくなんてそんなことができますことでしょうか。」
「伯爵さまはどうするつもりなんですか。」とハルが聞いた。
ロスは長い口髭をなで、咳払いをしてから話した。
「伯爵さまは右目が見えないということもあって、
自分からは中々動けないというハンディを背負っておられるが、
純真無垢でおおらかで惑星の平和とこの国の問題解決に前向きの姿勢を持っておられる。
何よりも、市民の人気が高い方です。祭りがありますが、祭りを見れば、分かりますよ。」
「でも、サムライ復活論者というのは変わっていますでしょ」とロス夫人が言った。
「飛び道具は卑怯という考えの持ち主ですし」
ハルは夫人の解説を聞いて、伯爵の考えが気に入っていってしまった。
ロスは伯爵の側近で、政界にも大きな影響力をもつている。
そして、伯爵に色々入れ知恵をつける男として、
新政府の改革派と保守派の両方ににらまれているらしい。
そのためか、いのちをねらわれているという噂が飛ぶ人物でもある。
ロスは自分もいずれ貴族になろうと思っている男であるが、
娘は貴族廃止論者というのも、吾輩は話の流れの中で猫族の直感で推測した。
しばらくすると、執事が伯爵夫妻の到着を告げた。
伯爵と夫人が入口から入ってきた。
そして、主賓席になる、右横の豪勢な椅子に座った。
伯爵は席につくと、ロスは日常の挨拶の言葉を丁寧に繰り返した。
伯爵はただ、微笑してうなづいていた。
伯爵夫人は華麗な衣装に身を包んで、やはり微笑していた。
伯爵がワインに口をつけてから、みんなを見回すと、しゃべり始めた。
「異星人は和田川上流の銅山をいつの間に占有しましたね。
彼らの技術が大きな銅山を発見し、そばには錫もあるから、これで青銅器が出来る。
わが向日葵惑星のテラ国は銃も大砲も今つくり始めた車も青銅が主要な材料になっている。
国を富ますには、銅が必要というのが新政府のお偉方の考えです。
そういうわけなので、銅山から流れ出る鉱毒の問題をわしが抗議したら、使者に手紙を持たせて、わしを説得しようとしたのです。
首相の林文太郎の手紙を読みました。
私はただ 稲に被害が出ているということを抗議しただけなのです。
その結果が、村の農民は早い時期に立ち去れですって。
ひどいじゃありませんか。
農民は先祖伝来の土地をそんな風にされれば、怒りますよ。
でも、あのままですと、鉱毒が田畑に流れてきて、稲が育たなくなるのでね。
新政府もそんな愚かなことをやらないで、
鉱毒を流さないという方法を考えるのが先決ではないのですかね。
そうですよ。利潤追求ばかりで、そこに住んでいる人のことを考えないなんて。 」
伯爵はそこまで言うと、ワインに再び口をつけた。
伯爵はワインに陶然としたようなそぶりで、しばらく沈黙した。
邸宅の主人であるロスが「使者の手紙には何か特別なことが書かれていたのでしょうか」と言った。
伯爵は「今、話したし、皆さんが知っている他のことは何もありません。
新しい客人がおられるのでくどいと思いましたが、
号外も見ましたので、
わしの感想と主張を知ってもらいたいと思い、喋ったのです。
アンドロメダ銀河からのお客さんだそうだね。」
「はい、そうです」と吟遊詩人が丁寧に答えた。
「ま、私の講釈は気にせず、食事をしてくれたまえ」と伯爵は言った。
カルナは「伯爵。あたしにもしゃべらして下さい」と言った。
「どうぞ。私がカルナさんが喋るのが好きのは
ご存知でしょう」と
伯爵は口にワインを持っていきながら、言った。
カルナは言った。
「皆さん、ご存じのように、
銅を精錬する際に出てくるのは恐ろしい鉱毒です。
それが、我らが誇る清流に流れ込むわ。
異星人は金儲けのためにきたので、文化交流が目的ではありません」
「しかし、そこを話し合いで、良い方向に持って行くのが大切」と
伯爵は微笑した。
伯爵の殿様は痩せていて、
キリン族のせいか背の奇妙に高い人で、
顔も首も長く、目は瞳が見えないくらい細く、
こちらを優しく見つめている。
しゃべり方は優雅でゆったりとして、まるでショパンのピアノ曲のようだった。
カルナは伯爵に微笑を送り、喋った。
「異星人の銅山には、鹿族の労働者が集められ、
安い賃金でひどい労働がおこなわれています。
川の中流には銅の車の会社がつくられ、
彼らの惑星では地球型の高性能の水素自動車が走っているというのに、
我らの国を文明の低い惑星と見下し、
あのようなへんてこな車の製造をして売りつけている。
排気ガスは出るし、
車の騒音も相当だし、
あれなら、まだ馬車の方がはるかにいいですよ」
「まあ、買う連中がいるからね」と父親のロスが言った。
「それに、車の工場の中身は鉱山にまけず劣らず、
労働状態はひどい。
労働時間は長い。
残業代は出ない。
トイレに行くことすら、監視されている現場もひどいのです」とカルナは言った。
「異星人だけでなく、隣の国ユーカリ国の動きも気になりますな}と大金持ちのロスは言った。
「わしはな、」と伯爵は言った。
「銃も大砲もいらない。
剣だけで十分だ。
改革派と保守派が占拠している新政府のように、
軍拡を進めることばかり考えていると、
結局、新式の銃の開発、大砲と武器はどんどん発達していくばかり、科学は軍に奉仕することになってしまう。
金は軍に奉仕するだけで、庶民のための福祉にまわらない。
こちらの福祉を豊かにして、
文化を高めれば、ユーカリ国にも異星人にも尊敬されるようになる。
そうすれば、彼らと文化交流が出来て、彼らもむやみな要求をしなくなるのではないかな。
我らの文化の価値を彼らに認めさせるのだ。
向日葵惑星のテラ国にはこんな素晴らしい文化があると異星人が知り、
自分の国に報告する方がどれだけ素晴らしいかを教えてあげることの方が、お互いにうまくいく。
もしかしたら、彼ら異星人はみかけは経済・経済と言っているが、
もしかしたら、あの秘密の宝殿と中に収められている経典を知りたがっているのかもしれない。
そうではないか。」
「宝殿と経典とは何ですか」とハルが聞いた。
「いや、わしらも詳しいことは知らん。
彼女が知っているよ。
宝殿のモナカ夫人。会ってみるかね。
彼女の考えは中々、独特でね。
宝殿の主人でもある。」
「会いたいですね」と吟遊詩人が言った。
「明日、お連れしよう」と伯爵が言った。
「先程の話の続きだが」と伯爵は言った。
「隣のユーカリ国の動きも気になるというロスの話ももっともではあるが、
その結果は戦争だ。何十万という若者が死ぬ。
わしは剣だけで、国はおさまると思っている。
あの剣には、サムライの倫理がある
しかし、銃や大砲やミサイルにそんな高貴な倫理がないではないか。
外国勢との戦いをどうするかということだが、
ここに、わしが発明研究所をつくった意義がある。
とびきり優秀な気球を沢山つくるのじゃ。
真夜中、空から敵の背後にサムライ達を回し、
そこから銃を持つ彼らを奇襲し、銃や大砲を奪い、
彼ら兵士を傷つけないで、彼らの飛び道具を廃棄するのじゃ。
そのためには、優秀な剣士がたくさん必要だ、わしの考えは妙案と思わんか」
ハルは神妙に聞いていたが、こんなことを言う人は初めてだったので、
面食らっているようだつたが、
自分の剣の腕が役に立つ場が見つかった喜びがあるようだった。
カルナが厳しい表情をした。
「伯爵! ユーカリ国は、かなりの飛び道具を持っていますよ。
夜中でも気づかれれば、気球など、高性能の銃で撃ち落とされてしまいます。
そして、その次に来る反撃は今までの平和とビジネスから一転して、
怖ろしい武器の攻撃がわがテラ国に襲い掛かり、テラ国は亡びるでしょう」
「カルナさんの言う通りかもしれない。
ま、何事も話し合いだな。
先程も言ったように、文化交流が大切だ。
ユーカリ国とて、本音はわが国の文化を知りたがっている。
相互の誤解で戦争になる。
戦争は愚かな人間の行為だ」と伯爵が微笑した。
翌日、宝殿に行った。
それは金と銀と宝石で作られた正方形の巨大な建物で、入口が小さかった。
中から、現れたのは三十代半ばの女で、モナカ夫人だった。
モナカ夫人は語った。
「ここにある経典は天下の法典であります。私は毎日、読んでいるが、理解するのが大変」
「何でそんな素晴らしいものを外の人にも読んでもらうようにしないのですか」とハルが言った。
「理解できないと思うからです」
「それは出版して、多くの人に読んでもらえば、
理解できる人も増えるのではありませんか。」
「カンスクリットで書かれているので、
これを翻訳する作業はいまの向日葵惑星の文化と経済力では無理でしょう」
「それではあなたが死んだら、それを読める人がいなくなるではありませんか」
「そんなことはありません。
私の親族はたくさんいますが、その中でこれを読めるのは二十人います。
みな優秀な人材で、親族の中から選ばれ、代々、この宝殿を二十人で守ってきたのです。この人たちはこれをみんな習得して、
この宝殿を守るのに、長いこと尽力してきたのです」
「率直に言って、どんなことが書かれているのですか」と吟遊詩人が言った。
「アンドロメダ宇宙と人間の真理が書かれているのです」
「具体的に言って下さい」
「無理なことをおっしゃる。
あえて分かりやすく言うならば、
物と人がこの世界に存在している神秘を宇宙のいのちの働きと見て、
そのいのちの表現を知ったヒトがさらに自らの精神を進化させ、
神々の住むような美しい町を作っていくにはどうしたら良いかということだ。
我々の街には伯爵さま歴代の善政のおかげで、神々のいる町は守られてきた。
小川にはいくつもの水車がまわり、そこから家庭に電気が送られている。
そして、水。未来に目を向ければやはり、水から、水素エネルギーを作り出すことをめざす」
「水車!」
大男スタンタは伯爵の前では、不思議なくらいおとなしく沈黙を守っていたが、
水車の言葉に歓喜の声をあげた。
皆は一瞬、スタンタの赤い顔に輝く大きな目を見た。
モナカ夫人は一瞬、微笑して、さらに話し続けた。
「柳や緑の樹木や、ベンチにはいつも人に美しい優しい声がささやかれているような趣がある。
道端の花は微笑している。
困っている人がいた場合には、親切に教えてあげる言葉に、人の心は癒される。
つまり、そういう風に導いたのは、経典に愛が書かれているからです。
慈悲が書かれている。虚空が書かれている。
この宇宙を創造したのは大慈悲心であると。
「慈悲 」
「それから、あなた方の経典に法華経というのがあるでしょう。
あの中に人は如来の室に入り、
如来の衣を着、如来の座に座して、
しこうして広くこの経を説くべしと書かれていますよね。
如来の室とは一切衆生の中の大慈悲心、
これは悪口を言ってはいけない。人を傷つけることをしてはいけない。
人に嫌がらせをしてはいけない。
つまり、ハラスメントをしてはいけないということです。人に親切にするということです。
それから愛語です。守られているのでしょうかね。
「如来の室」の意味を地球の方は子供に、そう大人にも言い伝えているのでしょうか。
そういう基本のことを知らないようでは、法華経の神髄に入ることは難しいのではないでしょうか。
「あなた方の経典にはそういうことが書かれているのですか」
「はい、書かれています。
それが一番大切なことで、その基本を忘れてはまずいです。
宇宙の大真理は銀河系宇宙に行こうがアンドロメダ宇宙に行こうがみな同じです。」
「春のそよ風が吹く
そよ風にのって、慈悲の心も運ばれてくる
花に、樹木に、空の雲に、慈悲の種はまかれていく
愛語は惑星のいたる所に、音楽のように響いていく
いたる所にある深いいのちの真理が
われらにほほえんでいく」
そう、モナカ夫人は小声で詩句を朗読して
「これが、最近、私の翻訳した向日葵惑星の経典の一部ですわ。
いかがですか」と彼女は美しく微笑した。
9 不思議な長老
異星人サイ族の銅山に行く前に、ひと悶着があった。
伯爵の息子トミーが伯爵の交渉についていくと言い出したのだ。
これはロス家のおしゃべりの秘書夫人がもらしたことで、
我々は知ったのであるが。
夫人によると、
トミーの行動は父親の伯爵の価値観とあまりに違うことで悩みの種になっているらしい。
トミーは以前、伯爵から資金を借りて、
自転車をつくる会社を起こしたのだが、
失敗した。
新しい車に若者の人気が集中した結果のようだった。
今度は家庭用水耕栽培のキットだそうだ。
伯爵はこの地域は大きな農場が多いから、
そういうものははやらないとして、
資金を出すことは出来ないと突っぱねたらしい。
そこで仕方なく、異星人の言う株式会社をつくろうとして、
父親と意見が合わず、ロス氏から幾分か資金をかりて、
さらに欲しいと思っているところに、この異星人との交渉を耳にしたらしい。
トミーはキリン族で背か高く、
偉丈夫で、ハンサムで、
どこかモディリアニという画家の描く憂愁な人物像を思わすものがあるが、
父の伯爵のような理想主義を軽蔑し、
実利主義を尊ぶところがあり、もう貴族を廃止すべきだと思っているから、
カルナともその点では意見が合い、カルナに好意を持っている。
カルナに対しては、ハルもほれているらしいので、
この火花を吾輩、寅坊ははたから見て心配することになった。
いつの間に、ハルとトミーは話がはずむ仲となっていた。
「おやじはかなり変わっているだろう。
俺は今度家庭用水耕栽培のキットの株式会社をつくろうと思っているのだが、
おやじは株式会社そのものに反対しているのだから、まいるよ。
おやじは株主本位の株式会社に反対しているらしいが、
働く人のための株式会社もあると思うのだが、
俺が説明しても、前の会社で失敗しているものだから、話を聞こうともしない。
とても金は出してもらえんだろうな。
異星人のサイ族は金を出すんではないかな。
なにしろ、株式会社の価値観を広めたがっているのだから、
確かに親父の言う通り、異星人のサイ族の言う株式会社は株主本位だということは分かる。
しかし、そういうのはカルナさんの言う働く人のための会社という風に、
徐々に法律で変えられるんじゃないか。
異星人が金を出してくれるなら、
俺は彼らを株主として歓迎し、それで会社を立ち上げることができるかもしれん。
そういう期待を持つのだが、
親父はなにしろ最初から純粋主義で行かないと駄目らしい、融通がきかん。
だから、ことごとく俺と意見が対立するのよ。
おぬしはどう思う。ハル」
「わしか。
わしはそういうことに関しては何か言うほど、そういう方面の情報を集めておらん。
最近の新政府の借金、百兆ギラということから、
増税という話がどうもおかしいというのも、最近知ったばかりだ。
新政府は革命前の政府から引き継いだ隠し金、八十兆ギラを
地下に持っているというじゃないか。
それはともかく、トミー。
おぬしが異性人から金を借りるということには賛成できんよ。」とハルは言った。
我々は祭りの準備で、
広場にいる人たちと、向日葵踊りの練習をしたあと、
サイ族の銅山に行くことにした。
その練習の時に、
トミーもカルナも吟遊詩人もハルリラも吾輩もこうした若くて時間のある連中が集まったから、
練習とはいえ、愉快な経験だった。
笛と太鼓でリズムをとり、その二拍子のリズムにのって、
両手をあげ、右、左と、手と足を動かす。
その楽しいこと。阿波踊りによく似ている。
翌日、我々はついにサイ族の占拠する銅山の本局に向かった。
馬車で、森林地帯の道を通り過ぎると、
金色の禿げた土がむき出しになった銅山が巨大な山のようにあり、
その下の平地に小さな町があった。
異星人がつくった町だった。
色々な色の小さな家が沢山並び、広場もあり、広場には大きな彫刻と噴水があった。
カーキ色の軍服を着たサイ族の兵士がうろうろしていている。
案外だったのはサイ族は意外に小柄な感じがするのだった。
鹿族の方が背が高いような印象だった。
鹿族には吟遊詩人ほどの百八十センチぐらいのがけっこういる感じがしたが、
もっとも、低いのもかなり、いる。
ところが、サイ族はだいたい背が低いが太っていて、腕が太い。
本局は華麗なビルだった。
受付には兵士が三人いて、こちらに一人が銃を向け、一人が刀をぬいた。
何も持っていないベレー帽をかぶった男が我々の前に来て、「何者だ」と怒鳴った。
「知事だ」と伯爵が前に進み出た。
「テラ国の政府の役人ならば、身分証明書を出せ」
伯爵はそれを見せた。
「何の御用で」
「こちらの司令官に会いたい」
「ご用件の向きは」
「川に鉱毒が流れて、農民が困っている 」
「分かりました」
中に入ると、青銅で出来た車が三台とまっていた。
「ほお、青銅の車」
「青銅をつくるには錫がいるよな。すずはどこでどれるのだ」とハルが言った。
「銅山の向こうの地下に錫がたくさんありますよ」
広間を通り、司令官の執務室に入った。
我々は吾輩、寅坊と吟遊詩人とハルと あの大男と伯爵と秘書官だった。
「銅が和田川に流れ、その鉱毒が田畑をあらし、
農民が困っています。なんとかなりませんか」と伯爵が言った。
「わたしは貴公たちの向日葵惑星を強い富のある国にして
貿易をしたいと思ってきたのです。」
「しかし、銅山は勝手にそちらで占拠したと聞いています。
新政府の許可を得ていない」
「お宅はどういう身分なのか」
「伯爵です。貴族院議院の議員であり、そこの町の知事でもあるのです。
そういう責任ある立場から、申し上げているのです」
「資源は先に見つけた者が活用するのは当然というのが、
我らサイ族の長い間の慣習法でしてな」
「しかし、ここはあなたの国ではない。向日葵惑星のテラ国の
領土です」
「領土。そういう概念はわが惑星にはありませんな。
わが惑星はサイ族がみんな仲良く暮らしておる。
自分の領土に線を引き、国どおしが争ったのなんていうのは
千年も前にあった昔の歴史の話でしてな。
そんな慣習はアンドロメダ銀河では通用しませんぞ」
「どちらにしても、鉱毒が民衆に被害を与えているという事実をどう考えるのですか」
「銅の鉱毒を別のルートを使って
山の地下に埋める方法がないわけではない。
しかし、それにはそちらもそれなりの金貨を出してもらわなければなりませんな」
「いくらですか」
「百億サラ」
「それは直ぐには払えない。
政府の財務局に申請書を出して審査してもらわないと、それだけの大金は無理だ。
それにそんな大金を我が国が出さなければならない義務があるのか、
疑問があるし、新政府の中で議論して結論を出さねばならない」
「それでは、今のままでいくしかないでしょう」
「しかし、その問題とは別にあなた方がここを不法占拠しているという問題がある。
ここは向日葵惑星のテラ国の領土で、
ここで銅山を開発して仕事をするには、法務局の許可を受け、それなりの税金を払い、」
「ちょつと待って下さい。
そういう問題は政府と話し合うこと。
一議員と話し合うことではありません。
もう既に、そういう話し合いは、新政府の高官と話し合いが進んでいる」
「誰ですか。その高官と言うのは。」
「首相補佐官ヨコハシ殿です」
「なるほど」
「そちらの方はご家来か」
「いえ、アンドロメダ銀河鉄道の乗客とカルナさんです」
「そんなら、話が早い。
こうしたことはサイ族の言い分が通るというのがこのあたりの銀河では慣習法になっている。
それを知らないテラ国というのは随分と文明の遅れた国ですな。
一発、帝都の郊外にある軍事訓練所に我らの優秀なミサイルをぶっ放してみせましょうか。
私としては、そういうことはしたくないですし、
わが指導者の長老が文化の交流と言いますからな。
しかし伯爵のような無知な方にはこれが一番きくことは確かなことです」
「長老とは」
「我ら遠征隊の精神的指導者だ。
わしは軍人として司令官で軍を動かす最高責任者だが、
長老はサイ族の惑星の高貴な方の直属の使命を帯びている方での。
わしも、長老のご意見は尊重しなければならぬ。
だからこそ、長老の意向に沿うように、
平和裏に向日葵惑星とビジネスをしたいと思っているのじゃ」
「その長老の方にお会いしたいですな」と伯爵が言った。
「長老に。今は堂にこもっていますよ。」
「いつお出になるのです」
「いや、わしども俗人には分からん」
「何をされているのですか」
「軍人にそんなことを聞かれてもね。
何か高貴なことをされているのだと思いますよ」
その時、その長老が出てきた。
あごに長い髭が三角形の銀色の飾りのように伸びていた。
浅黒い肌の顔はしわだらけで、茶色の目の眼光は鋭かった。
「わしに会いたいとな」
「はあ、そう言っておりますが」と司令官は言った。
「おい、ハル。わしを知らんか」
「いいえ、存じておりません」
「お前の所の魔法はバラ色の魔法次元。
わしの所は黄金の魔法次元」
「ああ、それは聞いたことがあります。
魔法次元にもいくつかの種類があるというのを。
しかし、黄金の魔法次元については名前ぐらいしか、知りません」
「うん。わしはな。
このあたりの銀河は黄金の魔法次元の価値観で統一されるべきだと思っているのだ。
何か異存はあるか」
「と言われても、その価値観がかいもくわかりませんので」
「ふうむ。バラ色の魔法次元みたいな呑気でだらしのない所とちがうからな。
平和なビジネスとそれを守る武力。
これが我らの看板だ。
奥は深いから、こんなところで喋っても意味はないが、
つまり皆が豊かになる。これほど、良いことはあるまい」
「武力といっても、ミサイルがあるのでしょう。
魔界で開発されたという噂があるけど」とハルにしては珍しいほど小声で言った。
「魔界?メフィストは人の心をあやつるのだ。
魔界では、物はつくらん」
「なるほど」
「ところで吟遊詩人。お宅はどんな音楽をかなでるのかな」
「出来れば、宇宙の大真理を表現するような音楽を作曲して、演奏してみたいですね。
いつもはその時の気分で、あるいは好きな曲を演奏しますけど」
「宇宙の大真理。
それなら、わが黄金の魔法次元の価値観を作曲してみたら、どうだ。
そして、この向日葵惑星で演奏するんだ。
客は入るぞ。大金持ちになることは間違いなしだ。どうだね」
「ごめんこうむりますね。
ビジネスと宇宙の大真理は一致しません。
魔法次元の価値観がどういうものか知りませんが、
あなたの言葉とあなた方がこの向日葵惑星にやってきて、
やっている行動を見て、真理とは全く一致しないということが分かりますから、
そんなものは音楽にしたくありませんね」
「あんたが考えていることは幾分キャッチしておるわ。
地球の方だから、キリスト教とか仏教とか、
それから、わしらの科学から見たらチャチな科学を使って、何か追い求めている。
どうだ。当たっているだろう。
だいたい、アンドロメダ銀河鉄道で旅する奴にはそういうのが多い。」
「いけませんか」
「地球で、わしが興味を持つのは維摩経だな。
あの主人公は大商人で、文殊菩薩をいいまかしてしまったではないか。
しかし、黄金の魔法次元の価値観は最終的に黄金をもたらしてくれる。
そこが維摩の言うことと、わしらの次元の価値観と違うところだ」
「この向日葵惑星の宝殿にある経典には興味はないのですか」
「宝殿のモナカ夫人、うん、名前ぐらいは聞いている。
向日葵惑星はテラ国の文明が低いから、レベルは知れている」
「文明は低くても、文化は高いということはありますよ」と吟遊詩人は言って、
モナカ夫人で経験したことをかいつまんで話してみた。
「それが本当なら、少しは興味を持つな」と長老が言った。
吟遊詩人はヴァイオリンをかき鳴らし、声を張り上げた。
「わたしは野獣になりたくない。」
「野獣。
それは魔界の話ではないかな。
魔界はわしも嫌いだ。毒界といわれるメフィストの住むところ」
「そのメフィストにあなたがあやつられるということはないのですか」
「失礼なことを言うな。あんなのはわしに近づくことさえ出来ぬ。
ああいうのが近づくのは心の未熟なものだけよ」
「しかし人の心に忍び込む魔界の連中がいると聞きますよ」
「わが黄金の魔法次元の価値観は素晴らしいもので、我らを豊かにする」
吟遊詩人は再びヴァイオリンをかきならした。
ある種の情熱とこころをかきならす恋慕の情がヴァイオリンの音色の中に感じられる。
食欲、性欲、金銭への欲も欲張りすぎないことが大切
人の肉体のいのちははかない
しかし、不生不滅の形のない「いのち」もある
あの銀河が教えてくれる
あの花が教えてくれる
野獣になったら、その見えないいのちを見失う
満月をみたら、美しいと思うように、
我らはいのちの美しさをみたら、その衣服につつまれたいと思う。
いのちは虚空のように目に見えない
それでも森羅万象も我らのいのちも
その神秘な虚空のいのちから流れてくる