緑の風

散文詩を書くのが好きなので、そこに物語性を入れて
おおげさに言えば叙事詩みたいなものを書く試み

緑の風  11

2022-04-30 13:42:20 | 日記



気がつくと、V迷宮街を過ぎて、林を通り抜けると、丘陵のような郊外の高台が見える。なだらかな緑の絨毯を敷き詰めたような高台に出ると美しい川が見える。その高台にある高級住宅地を訪ねる。
紹介状を持って、トラカーム一家を訪ねる。トラカームは豪邸に住んでいる。牧場とチーズ工場を持っている。大男のトラカームは彼の娘と二人の息子と住んでいる。
三人の子供の母レイトは死んだということになっているのだが、実は時の大統領の妻になっているのだ。

ヒットリーラ大統領はティラノサウルス教の信者である。山吹色の旗の真ん中に虎と恐竜の顔が左右対称に並んでデザインされている。これがここの事実上の国旗になっている。
夜の森の中で輝き燃える美しい目と筋骨隆々という美しい姿を誇りとする虎よりさらに強い恐竜ティラノサウルスは宇宙には強い意志があるという予言者スータ・ブレイの好みの動物であった。そして、この予言者はティラノサウルスこそ、トラ族の祖先であるというひどい妄想を抱き、それを華麗な詩文として書き残した。トラ族のヒトにこの詩文を愛する人が多くなり、恐竜は虎と関係がないという人を異端者として魔女扱いにした歴史がある。やがてこの妄想と偏見に満ちた詩文は後継者が出て、ティラノサウルス教として影響力を持つようになり、ヒットリーラがこれを信奉したというわけである。
もっとも、これを吹き込んだのは妻レイトで、これは魔界のメフィストがレイトにささやき、そういう指示を与え、政府の権力の実権はレイトが握っているという噂もある。彼女は凄腕である。
そういうわけで、ヒットリーラは、黄金色が好きである。黄金色は善であって、小判のような山吹色の顔つきの虎族の人達は善であるという考えを持つ。

レイトがトラカ―ムと一緒に暮らしていた頃から、二人の間にひどい亀裂が走り、レイトが飛び出し、後に大統領夫人になるまでのいきさつには、一巻の長い物語になるようなことがあったらしい。我らはただの旅人であるから、それを色々の人の言葉のハシハシをつなぎ合わせて、想像するしかない。ともかく、レイトは若い頃、トラカームと出会い、その中で、長男トカと弟のカチと娘ラーラが生まれた。三人目の誕生のあとに、トラカームは前から考えていた結婚式をあげることで話し合っていた時に、レイトはその気がなく、そればかりかティラノサウルス教に入ったことで、トラブルになった。そしてレイトは家出した。

トラカームはその頃、親鸞の生まれ変わりである親念がこの惑星に舞い降りてきて布教しているという噂があり、その伝え響いてくる教えに共感していたので、ティラノサウルス教の考えに不信を持っていたのだ。

レイトは小柄であるが、外見は天使のような美しさを持っている。ブロンドの髪にブルーの瞳。花の咲くような微笑に、たいていの男はまいってしまうという。しかし、中身は相当違う。善など信じていない。それに対して、トラカームは立派な体格をしているが、性格はナイーブで優しく、善良である。

伝え聞く親念の教えによると、真理【ダルマ、一如、法蔵菩薩、如来、真如】は阿弥陀仏である。現象は無常で移ろっていく、しかし、生まれ消えていくその中に、悩める人々を救おうとする永遠の宇宙生命とも大慈悲心ともいわれる仏がいらっしゃるというのである。親念の教えの特徴は魔界のささやきに気をつけろということだろうか。

トラカームが出てきた。大柄で、にこやかな表情をしている。
「レイトはね。外見は凄い美人でね。あれだけの美人はこの国にも滅多にいないというほどだ。わしは若い時には、一目ぼれでしたよ。しかし、中身に悪がある。一年ぐらい付き合っても、彼女の悪には気がつかない。
頭もいいからね。

あの悪はどこから来るのか、わしにもいまだ分からん所がある。あの奇妙な考え、ティラノサウルス教の教義の本質にある強者礼讃からくるのか、それとも生まれつきのものなのか。
二人の息子トカとカチそれに娘のラーラをいとも簡単に捨て、わしにピストルを突き付けて脅かし、ここを、飛び出して、今の大統領夫人におさまるまでは、長い物語ができるほど、波瀾万丈だった。それに、大統領の一目ぼれとそして、大統領がレイトが持っているティラノサウルス教の奇妙な考えにどうして毒されていくか、実に不思議なくらいだよ。
わしが思うには、こういう女の悪を知るには、まず言葉をよく観察することだ。
まず、人の悪口を巧みにやる。レイトの場合、大統領の前の恋人の悪口を巧みにやり、ヒットリーラはそれを信じ込んでしまった。彼は恋人と結婚する予定だったが、急速に心変わりして、別れ、美人のレイトと一緒になったというわけさ。

それに比べ、わが家の猫族のマカ夫人はここの広い家を切り盛りするために呼んだ家政婦さんだけれども、まるで観音菩薩のようだな。娘と息子達は彼女に育てられたようなものだ。
長男息子のトカは大学を出て、市役所に勤め、エリートへの道を歩んでいるが、ティラノサウルス教には、つかず離れずという所か。
それにしても、次の息子がね、同じレイトの息子カチなんだが、どうもこれがレイトに似ているようで、わしは怖いと思うことがよくあった。
なにしろ、勉強はやらない。高校を中退すると、町をうろうろするでね。仕事もしないで、奇妙な会合には、出席するらしい。最近はそうでもないのだが、一時は、ヒットリーラの信条にも染まりかけてね。ゲシュタポなんかに憧れているようだった。怖いね。
一人娘のラーラはまあ心配は全くない。将来の結婚ぐらいかな」とトラカームは笑った。

ラーラは十八才だつた。肩まで届くなめらかな金髪がよく似合う明るい娘だつた。目鼻立ちが整い、トラ族特有の黄色い肌に赤みがかった頬をして、意志の強そうな青い目と厚い唇を持っていた。
マカ夫人を助けてよく働く娘だった。自分の家の牧場に出たかと思うと、チーズ工場の手伝いに出る。トラカームもそういう娘を愛した。

レイトの夫ヒットリーラの親族に、V大佐がいた。彼の父親は銃を生産している工場を持っていた。V大佐は夫人を病気でなくし、次を探していた所、戦争の現場の食料の調達係の司令官として、チーズということを考えていた。それでチーズ工場を視察に来た時、ラーラが案内役になったのだ。
それで、大佐はラーラを気にいってしまった。
それ以来、大佐はトラカーム一家を訪ねてくる。
「わしらは、同族トラ族だ。わしの女房にラーラをくれんかの。わしはヒットリーラの親族だ。悪いようにはならんと思うがな」と大佐はトラカームに言った。この地方では結婚に親が口出す風習があったようだ。
「ちょつと待ってくれ。わしは純粋なトラ族ではない。ジャガー族の血も流れている。それでもいいのかね」
「わしは気にしない」
「猫族は」
「ま、冗談は言わないでくれ。猫族はヒットリーラ閣下があれほど嫌っているのだ。」

ここに猫族の青年コリラがいる。
中肉中背の青年だった。しかし中々魅力がある。吾輩もどこに魅力があるかと言われると困るが猫族の青年を沢山 見てきたが、この青年ほど調和のとれた人物は珍しいと思った。
全てが整っている。目鼻立ちに至るまで。
コリラがやってきた。
食卓を囲んで、みんなでわきあいあいのの雑談をしていると、コリラがラーラに寄り添って、キスのしぐさをしょうとした瞬間、大佐がストップをかけた。コリラは激しく反発した。そして喧嘩となった。

大佐はコリラに切りつけた。しかしすらりと身をかわした身のこなしはすごかった。
それでも、相手はプロの軍人。
ハルリラが間に入った。
「待て。剣を持たないものに切りつけるとは卑怯ではないか。わしが相手をする。」
「今のは遊びよ。貴公はわしと勝負をしようというのか。陸軍きっての剣の使い手のわしとやるとはいい度胸だ。」
七分くらいしばらくバシバシ部屋の中でやりあっていたが、大佐の剣は宙に飛び、天井に突き刺さった。
「やめ。」とトラカームが言った。
「やるな。おぬし。しかし、後悔するなよ」


夜は星空に浮かび上がる庭園の美しさを皆で話しながらも、心の中はみな大佐の復讐を心配しているようだった。その場にハルリラだけがいなかった。何か対策を考えているのだろうということが話題になった。

翌朝、百名の銃と剣を持った軍人を大佐が引き連れて門の前に現れた。
ハルリラは、このことを予期して前の晩に用意したことを始めた。
幻覚を利用した魔法のようだ。なんと門の前に進み出たのは恐竜ティラノサウルスだった。その巨体。グロテスクで逞しく強そうな恐竜だ。しかも、ヒットリーラが崇拝している宗教の神でもある。
ガオーという吠え声は獅子をも震え上がらせるに違いない。そして、前へ進むずしんずしんと響く足音と地響き。そして、口から煙幕を吐き出す、
軍人は驚き、大佐はあっけにとられ、門がハルリラによってあけられると、
「や、おはようございます。皆様、朝から、大勢の兵士が武装して人さまの邸宅に来るとは穏やかではありませんな。
ティラノサウルスに歯向かうと、そちらの方ではどうなるか皆様の方が、わし等よりよく知っている筈」
「いや、わしは話に来ただけだ」と大佐が言った。
軍人もヒットリーラの尊崇する恐竜とあって、足がすくんでしまったようだし、銃を向ける気持ちも薄れてしまったようだ。
「トラカームさんは今日はお忙しいのでお会いできないようですよ」
「そうか。分かった。今日は引き上げる」
大佐の指示で軍人達は引き上げた。

邸宅の部屋の中。鯨油でともるシャンデリアの下の真ん中に、低い大きなケヤキのテーブルがあり、それを取り囲むように、ゆったりしたソファーがあった。トラカームと吟遊詩人とハルリラと吾輩はコーヒーを飲んでいた。
コーヒーはコクのあるうまい味だった。
テーブルの上にはランに似た赤と黄色の花が大きな花瓶にいけてあった。

「あの恐竜は魔法ですか」と吾輩は聞いた。
「ハハハ」とハルリラが笑った。
「幻の術よ。魔法の次元の故郷には、広大な緑地があって、そこにまだ恐竜が住んでいる。しかし、この恐竜は今では我らのペットみたいなものよ。
長い魔法の陶冶の歴史の中で、恐竜をどうやって手なずけるのか、研究が進み、今では異次元の世界から、今回のように、呼び出し、吾輩の意のままにする術まで編み出したわけだ。」
「なるほど、今はあの恐竜は異次元の魔法の故郷に帰ったわけだ」と吾輩はぼやいた。

「ティラノサウルスという恐竜を持ち出すとはハルリラさんも面白いことをやる。あれでは、軍人たちは表面上ティラノサウルス教に信奉しているわけだから、手向かうことはできん」とトラカームは言った。
「ティラノサウルス教の組織は少しおかしいな。優れた宗教は、親鸞さまは弟子一人もたず候と言ったことで有名であるように人間の間に上下関係を置かない。神仏の前に、人は平等だからだ。
ところが、とかく大きくなると、官僚組織のような上下関係をつくるようになるのはある程度は許容されるにしても、ティラノサウルス教はこの度合いが常軌を逸している。
まるで、軍隊みたいに上の人の考えを下に強要する。
下の人の自由な考えが許されない。
それから、全ての人に対する大慈悲心あるいはアガペーとしての愛がないのは致命的である。特に猫族に対する偏見は常軌を逸している。

わしは息子のカチがティラノサウルス教に感化されることを心配していた。
ところが、幸いなことに、カチはわしの言うことに耳を傾ける。それで、最近、丘の一番の高台に出来た寺の住職を訪ねてみてはどうかとカチに勧めてみたのだ。
わしもこの住職については友人から話をちらちら聞いていて、非常に深い関心を持っていた。カチが持ってきた話はわしの希望に沿うものだった。この惑星のわが国も良い方向に行くチャンスをつかむかもしれないと思ったのだ。
今の希望はその住職さまだ。名前は親念さまとかいったな」
「親鸞」
「そう」
「親念と言えば、地球で浄土真宗を開いた親鸞の生まれ変わりとか聞きますが」
「そうです。もう地球では、千年前の人なんです。ところで、その方の思想に、『往相』回向
と「還相」回向があることをご存じかな」
「ええ、ちらとなら、聞いています」
「『往相』というのは、こちらから浄土に行く。阿弥陀仏の慈悲によって浄土に招かれるということだと思う。『還相』というのは浄土からこの娑婆世界におりてくる。これは不思議な思想だな。地球の日本人がつくった偉大な思想でもある」
「それでその親鸞さまが浄土から、この惑星に舞い降りてきて、親念さまとなっておられるというわけですか」
「そうです。その通りなんです。気がついた時には、親念さまが布教を始めていたのです。息子のカチがこの間、訪ねて、その教えに驚いたと言っていました。彼のように、母親のレイトに似て、何か心に強さと悪を持っているような子供には、むしろティラノサウルス教に心服しても良さそうなものなのに、何度もあの変な集会に参加しながらも、結局はティラノサウルス教にはなじめない。それが親念さまの教えに感動し驚いたというのですから、わしも大変興味を持ちました。」

「どうだね。マカ夫人。カチはいないかね。この地球から来られた方たちに親念さまの印象を話して欲しいと思っているのだが」とトラーカムは微笑して、聞いた。
マカ夫人は「あのう。カチさんはレイト大統領夫人の所に行ったそうですよ」と答えた。
「何のために」とトラカームは驚いたような表情をした。
「さあ」
「まさか。ティラノサウルス教の話を聞くためではなかろうかな」
「レイトさまがカチさんの母親であることを、どこかで知ったようですよ」
「なるほど。町の誰かが喋ることはありうるからな」

しばらくして、カチが帰ってきた。十七才ぐらいか。中肉中背で、お父さんほど大柄ではない。カチは勉強よりも剣道というところで、二段の腕前を持っている。
いつも棒切れを持ち歩いているので、 注意されたこともあるそうだ。

「どこへ行ってきたのだい。カチ」とトラーカム。
「好い所さ。」
「どこへ」
「親念さまの所へ」
「あら、レイト大統領夫人の所に行ってきたのではないですか」とマカ夫人。
「うん、彼女を親念さまの所に連れて行った」
「本当か。よくそんなことが出来たな」とトラカームは驚いたように言った。
「だって、彼女はぼくの母親だぜ」
「そりゃそうだ。確かにその通り。それで彼女の反応は」
「ひどく感動していたよ」

「そんなことがありうるのだろうか。ティラノサウルス教の熱心な信奉者が親念さまの教えに感激する」とトラカームは驚いたような目をした。
「殺し合い、邪見に支配され、煩悩に犯されるといった五濁に満ちた悪世に住む人々は
お釈迦さまの真実のお言葉を信じなければならない。その言葉を聞き、喜びに満ちて
阿弥陀さまを信じることができた瞬間から もはや煩悩をほろぼさなくてもそのまま悟りの境地に導いていただけるというお話に彼女は感動したみたいですよ」とカチは言った。
「なるほど」
「つまり、煩悩があるまま、浄土に導いて下さるという教えが心に沁みたのではありませんか」
「そりゃそうだ。お前たち、二人の息子と娘ラーラを捨てて、あんなヒットリーラの元に走ったレイトのことだ。ちょうど、山吹の花が一杯咲いていた頃だった。彼女の頭は煩悩で一杯だったのだろう」                     

( つづく )


(紹介)
久里山不識のペンネームでアマゾンより
  長編「霊魂のような星の街角」と「迷宮の光」