溜まり場

随筆や写真付きで日記や趣味を書く。タイトルは、居酒屋で気楽にしゃべるような雰囲気のものになれば、考えました。

随筆「平均的〝気にしい〟論」(その1)

2015年04月28日 | 日記

 病院での待ち時間というのは長くて退屈なものだ。本を持参したいのだが字が大きいのだと重たい。文庫だと、字が小さい。右眼を「加齢黄斑変性」と診断され、包丁の刃が欠けているように見える人間にとって文字の読み易さというのは重大問題だ。だから、このところは掌に乗るくらいの『小倉百人一首全訳』という菓子屋さんの作った私家本を保険証といっしょに手提げに入れて行く。京都・長岡京に本店を構える“おかき”を主体に作る『小倉山荘』という菓子屋さん。近年えらく繁盛していて、あちこちに店がある。だいぶ前になるので、今はどうか知らないが箱詰めを買うと付録としてついていた。

 第一番・天智天皇「秋の田のかりほの庵の・・・」と毛筆で歌が書かれ、その詠み方、次いで訳が、一ページに施されている。百人一首は、今のような歌かるた・カードとしてではなく色紙一枚に一首を4行書きにして障子や襖に貼って楽しんだ、と説明がある。なるほど書がいい。漢字、平仮名、そして筆で書きにくいところは片仮名にして全体のバランスを取ってある。

 行書の楚々とした姿にみとれる・・・。はっと、顔を上げると、看護婦、いや看護師さんが近づきながら大声で名前を叫んでいる。

 “縦書き文化”のなせる業なのだな、と思った。このところ、読むのも、書くのもパソコン発する“横書き文化”にどっぷりつかっているからだろう。縦書きに接していると落ち着くのだ。ホッとするのである。行書の美しさは横書きでは困難だ。筆字での横書は少数派で、老舗の看板や有名人の横長の額で見た憶えがあるが、それも漢字に限る。平仮名による横書きはまずあるまい。筆を持って書いてみると、よくわかる。字形がそうなってないからだ。「し」「ひ」「を」などその代表だ。そして書家が大切にするのがリズムだ。流れるように筆を動かす。ゆっくり動かしていると思いきや、すぅっと引く。張りつめた空気のなかで、それを見たのは昭和の三筆と言われた日比野五鳳さんを京都・北大路のお宅に訪ねたときである。(つづく)

 


随筆「ことばナショナリズム」(その3)

2015年04月20日 | 日記

 エレキギターの激しい音の塊と言葉の塊が激しくぶつかりながら進んでいくのが現代音楽の特徴とすれば、流れるようなリズムを大切にした日本語をそれに合わせようとするのは無理なのかもしれない.

 子供のころは音符と歌詞の文字が対応するのは当たり前と思っていたが、海の外ではなかなかそうはいかない。

 言葉の伝承で思ったのが、記憶力抜群の聡明な若き稗田阿礼の全面協力を得て編集された『古事記』。阿礼がどんなリズムで憶えていったのか。それを知る手がかりはないだろうか。またまた音数を数える“相良実験”をしてみたくなった。この日本最古の古典は、言葉の歴史というか、言語学的にも好奇心を駆り立ててくれる。簡単な方法はないか、上、中、下巻を広げてみる。やはり面白そうなのは固有名詞だ。神さまと天皇、豪族名がある。固有名詞は区切らずに一気に読むだろうから息づきをみるのにいいかもしれない。

 新潮日本古典集成の『古事記』から神さま321柱の読みを拾ってみた。こんなふうだ。天照大御神は「あまてらすおほみかみ」と仮名が振ってあるので、それを数える。天照大御神は十音である。出雲の地でオロチを退治した建速須佐之の命の音は「タケハヤスサノウノミコト」なので十二音。天津日高日子波限建鵜葺草葺不合の命(あまつひこひこなぎさたけうかやふきあへずのみこと)は二十四音もあり、リズムをつけて読む阿礼さんは大変だったろうな、なんて思いをはせながら音を測ってみた。ダントツに多いのは九音だった。全体の四分の一近くである。次は十九%の七音、やはり七音はここでも上位にある。神さま一覧を見たときの印象では、長そうだったが、測ってみるとそうでもなかった。

 古事記に出てくる神さまの呼び方は天照などは「照らす」だから、お日さんかな、太陽神かな?と、漢字からなんとなく推測がつくが、全く見当がつかないのがけっこうある。天照より先に登場する神、伊邪那岐(いざなぎ)、伊邪那美(いざなみ)などはちょっと推測が難しい。もともと大和の地で使われていたであろう言葉に大陸から入ってきた漢字が音に合わせて当てられている。この二神の場合は、「いざなう」からきているのでは、という。

とすると、井上さんのいう無文字時代は、漢字が伝わって来る前になるが、言葉は発していた。ネイティブな日本人は感性豊かに、いろんな言葉を発していたに違いない。それらが神の名を借りてどんどん『古事記』の中に出現しているのかもしれない。編纂されて、ちょうど一三〇〇年になる。この箱には、いっぱい宝物が隠されているような気がしてならないのである。(おわり)


随筆「ことばナショナリズム」(その2)

2015年04月13日 | 日記

 

では、もっと長い長い物語ではそのリズムがどうなっているのだろうか。目の不自由な語り部が琵琶を弾きながら聞かせた『平家物語』を覗いてみた。当然なのだが、漢字主体に書かれている。「ギオンショウジャ・・・」と仮名で書かれていると音が数えやすいのだがなあ、と思いながら探していると、パソコンの中にあった。研究者用にいろいろな「平家物語」が掲載されている。その中からほとんど平仮名で編集された「流布本・元和元年本、荒山慶一氏作成テキスト」というのがみつかり、利用させてもらった。漢字は書き出しの「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」の部分と清盛、忠盛、六波羅などの固有名詞、地名のみ。しかも、句読点が打ってあるではないか。区切り符号である句読点の間にある字数を数える。無意味文の時と同じやり方である。範囲は最初の巻一の一、「祇園精舎」の部分だけである。どの字数が多いか、六十字というのも一か所あった。三十字、二十三字も。全体に占める割合を測るのである。やはり七字が一番多いのである。ついで十二字、十三字、八字、二十字の順である。若干息長であるが、七音を中心にしたリズム傾向は鎌倉時代から昭和、平成ときてもそんなに変わらないのだと思った。

『響談』のなかで、井上さんはこんなことも言っている。

無文字時代までさかのぼってみると、話し言葉は盛んでもそれを書き表す文字がないなら、貴重な言葉もすぐに消えてしまう。広め、伝えるには記憶して世代から世代へ受け継いでいかねばならない。記憶するのに何か定型があれば便利。リズムに乗せて伝承させていける。そこで語り部が七音、五音、あるいは二音の心地よいリズムで暗誦していった、その暗誦行為に有用なのが極まり文句、すなわち“枕詞”であった。枕詞およそ八百五十のほとんどが五の音数。それに付く基本語彙は二音。「たらちねの」「母」のように。

なるほど「アシビキノ」+「ヤマ」、「チハヤブル」+「カミ」、「アオニヨシ」+「ナラ」、「クサマクラ」+「タビ」・・・見事に五+二である。基幹語彙の方はヤマト(三音)のように必ずしも二音とはかぎらないが、枕詞の方はしつこいくらい五音にしてある。

このように日本語を音というかリズムで見てみると、実に面白い。音楽の歌詞付の楽譜を広げるとよくわかる。古謡「さくらさくら」のオタマジャクシ「ラ」「ラ」「シ」「ラ」「ラ」「シ」の下に「さ」「く」「ら」「さ」「く」「ら」と文字が対応している。「きんらんどんすのおびしめて・・・」(蕗谷紅児作詞、杉山長谷夫作曲の「花嫁人形」)のオタマジャクシも「き」の真上に「ラ」の四分音符がちゃんと置かれている。「故郷」(高野辰之作詞、岡野貞一作曲)などは完全対応型だ。うさぎおーいしドドドレーミレ、かのやまーミミファソー、こぶなつーりしファソラミーファミ、かのかわーレレシドー。日本語のすばらしさが音楽で際立つ。

英語はこうはいかない。オタマジャクシへの対応が一音ずつという訳にいかないからだ。「シャル」 「ウィ」 「ダンス」、と音を束ねてそれぞれのオタマジャクシにぶつけていく。

 オタマジャクシと作詞の関係からすると、外国の曲に日本語の詞ををつけるのは大変な苦労がいるはずだ。訳詞家を尊敬する。イタリア・ナポリ民謡「サンタルチア」の出だし、「ソーソードドシシー」に堀内敬三さんは「ツーキーハタカクー」とちゃんと対応させている。ビートルズの曲はどうか。ジョン・レノンの曲はどうか。どの曲にも日本語の詞は付いている。しかし、「サンタルチア」のようにはいかない。曲に直訳日本語による詞をあてるのはとても無理なのだろう、“訳詞”ではなくて“歌詞対訳”と呼ばれている。たとえば「ヘイ・ジュード」。落流鳥氏の対訳、

   ジュード そんなに沈んでしまってどうしたんだ

   今のお前に似合わないの 歌でも歌って気分を紛らわしな

   あの娘を忘れようなんて思っちゃいけないよ

   ・・・・・・

まだまだ続く長い詞である。原曲の詞の雰囲気を上手に伝えるのを目的に書かれている。。「Heyヘイ judoジュード!」とジュード少年に呼びかけ、元気づける。これはこのままでいいのであって、音符に合わせるようにはなっていない。

ジョン・レノン「イマジン」(山本安見氏の対訳)も

  想像してごらん 天国なんてないと

  その気になれば簡単さ

  僕らの足元に地獄はなく

  頭上にはただ空があるだけ

  想像してごらん すべての人々が

  今日のために生きていると

  ・・・・・・

 曲は無視! 日本語によるすばらしい詩なのである。

                                                       (つづく)


(昨年、ある同人誌に書いた随筆を採録しました)

2015年04月07日 | 日記

 

 随筆「ことばナショナリズム」 (その1)                   

  今の若者は、昔の若者よりはるかに多くの文章を書いているし、そして読んでいる。要するに毎日文章に接しているのである。昼に電車に乗るとすぐわかる。そこらじゅうにスマホの類を開き、読んだり、器用に指を動かしている。電車は沿線に大きな大学があるので余計に感じるのかもしれないが、「今の若者」の姿をみる。近年では、“後期高齢”適用域の私と同じ「昔の若者」世代も寡黙に携帯に取り組んでいる。

 文章を書いたり、読んだりすることはいろんなことを考えなくてはならないから思考を深めることにつながる。そして思慮深い人間を作る。だから学生たちに「日記を書きなさい」「葉書を書くのもいいぞ」と言ったものだ。それは20年くらい前だが、そのころはもうパソコンも相当に普及し、私もその恩恵にあずかった一人だが、今はその当時より数倍便利になって、活字に接する時間も多くなっているように感じる。新聞や書籍の活字ではなく、PC活字なのだが。それでも書くという行為は非常に貴重で、文章に対する感覚は磨かれていると今の“スマホ現象”を肯定的にとらえている。

 最近、テレビが視聴者から番組に対して意見をよく求めている。先日など、NHKの朝の番組で「煮崩れしない肉じゃがの作り方」についてやっていたが、あっという間に数万という人が声を寄せていた。そのごく一部が瞬時に画面にテロップとして流れる。どれも的確な表現である。おそらく加工する暇はないから原文そのままだと思う。このように短い文章は、みんなうまいなと思う。リズムがあるのである。

 文字表現で、このリズムというのは意外に大事なのだが、説明しにくい。それぞれが持ち合わせている文の区切り方が大いに関係しているように思う。このことを教えられたのは、お元気だったころの井上ひさしさんが毎日新聞夕刊で語っていた企画記事「井上ひさし饗談(こうだん)」(聞き手 桐原良光学芸部記者)である。

平成5年9月27日付の回(『七五調のナゾ』)で、こんなふうに語っておられる。

 オーストラリアで日本語を教えていたとき、学生に日本語はどういうふうに聞こえますか、と質問したら、「ゆっくりした日本語はメトロノームの音」「早く話されている日本語は機関銃の音」と。彼らの聴覚は正しかった。日本語ではあらゆる音(正確には音節)、すなわち「母音」と「子音+母音」が、全く等しい間隔で配分されていますので、たしかにメトロノームや機関銃の音のように聞こえるのです。この等時性こそ日本語音韻の特質の一つ。さらにここから「日本語の音は数えやすい」という、もう一つの特徴が出てきます。つまり日本語は一つ一つの音が独立性を保ちながら等間隔に並んでいるということ、これが七音と五音の音数律(リズムといってもよい)による定型を生み出すもとになったのではないでしょうか。その発生から現代に至るまで、日本の詩歌は原則として、この七音と五音の音数律の定型をもとに営まれ、そこから詩的な響きが聞こえてくるという仕掛けになっているのです。 

 そこでこんなデータを紹介されている。

旧制の成城高校の相良守次教授が次のような全く意味のない、「無意味文」を学生たちに朗読させ、一呼吸の間に何音読めるかという実験をした。適当なところで区切ってもらったのです。

  

   「ことくなもないりしのるはがしつ

   きせとのおはかりわたのみおやすまの

   おれてろぎんもなくもかたりそくるに

   ついたかけなるわすがよみしのせりや

   くつゑもたなこのとみもかつわきるも

   といめいのとよのはねにくひとりきた

   なてるみをほるどろつえてまかのひじ

   きはかりわくもちかひたごもえてはか

   れいよはえる」

 

 相良教授は新入生が入ってくるたびにこの実験をやったところ、学生たちの一呼吸間の平均読誦数が十二音だった。「日本人は一呼吸の間に十二個の音を発語するのが常態」という結論になったという。

 

 この実験を、今の若者に対して行ったらどだろうか。私もやってみた。

 作った「無意味文」は次のようなもの。

    「だむかえがいこへなうよいぶそし

   なかとうらだへぶものせいでぼけなた

   つさじじるのはがついなえおだぶこで

   かたぎもこていまはとすきくたもとい

   ぎまあにかおさえもばくすさこならさ

   んえものにぎかとつとれあるれおむは

   たのばてぜなるてくおうよぼいますれ

   ばよいあきしでらどしばよかるおたす

   まりれららけ」

 

 この無意味な文はある日の新聞記事(縦書き)を平仮名にし、横に拾って並べただけ。協力してくれたのは大阪芸術大学文芸学科と神戸学院女子短大文芸学科の学生たちである。大阪芸大は十年間、神戸学院は五年間、同じ二つの「無意味文」をA4に印刷して一人一枚渡して「極めて読みづらい。苦痛でさえある。ごめんな」といいながら、符号を入れてもらった。

 集計は、まず区切られた字(音)数を数え、その字数を束ねて、全体でその束の割合を出してみるのである。三十字やそれ以上という剛の者もいたが、やはり多いのは七字で2割から、多いで年で3割。他では十字、十二字、五字、六字、八字などが多かった。順位をつけると年によって上下するが、七字だけはいつも一番多かった。二番目以下は五字だったり、八字だったり、十字だったりするが、その割合は一〇㌫かそれ以下。足して十二になる数、七と五、そして足して十になる数、六と四、十二字そのもの、十字そのものも傾向として現れているのではないかと感じた。七音を中心にした区切りかたが目立つという点で平成の若者も戦前の旧制高校生と似通っている。

(つづく)