私的な、Collaboration/ジンジャエールを下さい!
夫から、台本を渡された・・・と、この台本は始まる。
舞台中央に女優が一人。
台本を広げ内容を確認している。
タイトルからト書きまで、声に出して読上げていく。
夫はカフェのイスに腰掛け、こっちを見ている。
ここはBankART Studio NYK。 アート関連の講座が毎日のように開かれている。 美術・演劇・写真・建築・音楽・ダンス・批評。 ここにはアートが溢れている、らしい。 でもアートってなんだろう? それが知りたくて、私達はここに通っている。
2006年秋、月曜日の夜。 能楽師シテ方 梅若猶彦氏のゼミを受講した。 「現代アートと古典」アバンギャルド風ミックスジュース! それって一体なんなのさ、でしょ? だけど開けてびっくり、とても刺激的な講座だった。
宿題が出た。 台本を書いてくる事。 テーマは、いらない。 ただし時間・空間が歪んだ世界を描く事。 1週間後、役が割り振られた。 10分ほどの打ち合わせ。 この後すぐ、皆の前で演じなければならない。 覚えられるだろうか。 次の3行を台本なしで言ってみる。
「そんなの、無理! ちらっと目を通しただけなのよ」
言えたかな?
台本を確認する。
大丈夫、これはまだ本番ではない。
・・・女は前を向く。
立っているが、台本上は移動ベッドに寝かされている設定。
手術室に運ばれている。
麻酔のため、身体はフニフニと軽いようで重い。
・・・なんて面倒臭い台本だろう!
(余白に、書き込みを見付ける)
背景を観客に伝える必要はない/大げさな動きも必要ない/身体に意識を集中し、感覚の流れを確かめて欲しい/困った時には、困れば良い(これ夫の口癖)/台本を持つ手は演技が難しいだろう/片手だけで構わない/ただ、目線に注意して/君の表情を見ていたい(いい気なものね)///
「しかたない! 最後まで、やり通してみるか」
ベッドは進んでいる。
もう一度、子供達の顔を見たい。
だがマブタが重い。
んっ 手は動く。
両手の親指と人差し指を左右のマブタにあてる。
皆を呼ぶが、声が出ない。
でも家族は集まる。
よしよし、良い子達だ。
娘、息子、夫もいる。
ジ~~、この瞬間を目に焼き付ける。
カシャ!
手のひらが目を覆う。
身体がベッドから浮き上がった。
暗闇を数歩前へ進み、指を上に返す。
明るい。
親指だけをマブタに残し、他の指は揺れるマツゲ。
本番前の楽屋、女優が大きな鏡を覗いている。
「あら、やっぱり綺麗だわ」
彼女は先日の夜の出来事を思い出した。
「ねェ、あたしって美人薄命よね?」
「ブ~、違うね」
「何でさ」
「だって、おまえは生きている」
そして鼻先を、ちょんとつつかれたのだ。
「キャハッ くすぐったい!」
肩をすぼめると親指がマブタから離れる。
2つの手は、それぞれ握りしめられている。
人の心臓は握りコブシほどの大きさ。
その心臓に、握りコブシぐらいの腫瘍が出来ていた。
そっと指をほどく。
手のひらの上には何もない。
軽快なタンゴの曲が聞こえてくる。
指先を揺らし遊んでみよう。
左右の手のひらは小鳥達。
近づいたり離れたり、ピアノを弾くように空の五線譜を舞う。
やがて2本の親指は重なり、一羽の大きな鳥が生まれる。
ポツポツ ザ~ にわか雨!
鳥は翼を広げ傘になる。
爪先立ち、下界を覗き込む。
と、そこは三浦半島。
夫の運転する車が海岸線を走っていた。
今日は日曜日、私達は墓参りに向っている。
「今晩の食事どうする?」
「ああ、何でも良い」
「チェッ 大切な事が、まだ分かっていない」
鳥は踵を下ろし、女は翼をたたむ。
男は運転も、妻との会話も、うわの空。
一所懸命に台本の構成を考えていた。
明日の夕方までに、これを書き上げなければならない。
彼は墓に誰が眠っているのかすら、忘れていた。
車は山側に曲がり、公園墓地の駐車場に止まる。
ところが車には誰も乗っていなかった。
雨は上がり、虹が掛かっている。
渡り鳥の群れが海を渡っていく。
・・・台本は、ここで終わっていた。
「男は昨日、事故で死んだ」
女優は、ゆっくり舞台を降りる。
だが彼女は、すぐに再登場して言う。
「そうとも知らず、おれは今夜もバンカートにやって来た」
舞台後方に置かれたイスに座り、客席を向く。
「そして、こうして、君の演技を見ているのです」
すんでしまった事を気にするな!
人も演技も一瞬ごとに死んでいく、流れている。
しっかり死ねば次の瞬間、新しい自分がちゃんと生まれる。
イヨ~~ッ ポン!
ここは横浜、海のそば。 三階建ての倉庫を改装したアート施設である。 台本を手に車から降りる。 外階段で2階に上がり、ガラスの扉を開ける。 広い空間・・・ 男はカフェに立ち寄った。
大きな白壁に肖像画が掛けられている。
絵の中には女が一人。
じっと、こちらを見詰めている。
「ふ~ん・・・で、アートってなんなのさ」
「え~とね、ん~とね、」
「すいません。ジンジャエール、ふたつ下さい!」
********************
「ハマート!2」 に 載せてもらった。 これでも アート評 のつもり。
2007年秋、決定稿提出。 「ハマート!2」は 2008年1月25日に発行された。
ただし 文章自体は、2006年秋の梅若猶彦ゼミで課題提出した台本を元にしている。
このまま上演できるはず。
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詳細不明 たぶん 2008-05-23頃 up
夫から、台本を渡された・・・と、この台本は始まる。
舞台中央に女優が一人。
台本を広げ内容を確認している。
タイトルからト書きまで、声に出して読上げていく。
夫はカフェのイスに腰掛け、こっちを見ている。
ここはBankART Studio NYK。 アート関連の講座が毎日のように開かれている。 美術・演劇・写真・建築・音楽・ダンス・批評。 ここにはアートが溢れている、らしい。 でもアートってなんだろう? それが知りたくて、私達はここに通っている。
2006年秋、月曜日の夜。 能楽師シテ方 梅若猶彦氏のゼミを受講した。 「現代アートと古典」アバンギャルド風ミックスジュース! それって一体なんなのさ、でしょ? だけど開けてびっくり、とても刺激的な講座だった。
宿題が出た。 台本を書いてくる事。 テーマは、いらない。 ただし時間・空間が歪んだ世界を描く事。 1週間後、役が割り振られた。 10分ほどの打ち合わせ。 この後すぐ、皆の前で演じなければならない。 覚えられるだろうか。 次の3行を台本なしで言ってみる。
言えたかな?
台本を確認する。
大丈夫、これはまだ本番ではない。
・・・女は前を向く。
立っているが、台本上は移動ベッドに寝かされている設定。
手術室に運ばれている。
麻酔のため、身体はフニフニと軽いようで重い。
・・・なんて面倒臭い台本だろう!
(余白に、書き込みを見付ける)
背景を観客に伝える必要はない/大げさな動きも必要ない/身体に意識を集中し、感覚の流れを確かめて欲しい/困った時には、困れば良い(これ夫の口癖)/台本を持つ手は演技が難しいだろう/片手だけで構わない/ただ、目線に注意して/君の表情を見ていたい(いい気なものね)///
ベッドは進んでいる。
もう一度、子供達の顔を見たい。
だがマブタが重い。
んっ 手は動く。
両手の親指と人差し指を左右のマブタにあてる。
皆を呼ぶが、声が出ない。
でも家族は集まる。
よしよし、良い子達だ。
娘、息子、夫もいる。
ジ~~、この瞬間を目に焼き付ける。
カシャ!
手のひらが目を覆う。
身体がベッドから浮き上がった。
暗闇を数歩前へ進み、指を上に返す。
明るい。
親指だけをマブタに残し、他の指は揺れるマツゲ。
「あら、やっぱり綺麗だわ」
彼女は先日の夜の出来事を思い出した。
「ねェ、あたしって美人薄命よね?」
「ブ~、違うね」
「何でさ」
「だって、おまえは生きている」
そして鼻先を、ちょんとつつかれたのだ。
「キャハッ くすぐったい!」
肩をすぼめると親指がマブタから離れる。
2つの手は、それぞれ握りしめられている。
人の心臓は握りコブシほどの大きさ。
その心臓に、握りコブシぐらいの腫瘍が出来ていた。
そっと指をほどく。
手のひらの上には何もない。
軽快なタンゴの曲が聞こえてくる。
指先を揺らし遊んでみよう。
左右の手のひらは小鳥達。
近づいたり離れたり、ピアノを弾くように空の五線譜を舞う。
やがて2本の親指は重なり、一羽の大きな鳥が生まれる。
ポツポツ ザ~ にわか雨!
鳥は翼を広げ傘になる。
爪先立ち、下界を覗き込む。
と、そこは三浦半島。
夫の運転する車が海岸線を走っていた。
今日は日曜日、私達は墓参りに向っている。
「ああ、何でも良い」
「チェッ 大切な事が、まだ分かっていない」
鳥は踵を下ろし、女は翼をたたむ。
男は運転も、妻との会話も、うわの空。
一所懸命に台本の構成を考えていた。
明日の夕方までに、これを書き上げなければならない。
彼は墓に誰が眠っているのかすら、忘れていた。
車は山側に曲がり、公園墓地の駐車場に止まる。
ところが車には誰も乗っていなかった。
雨は上がり、虹が掛かっている。
渡り鳥の群れが海を渡っていく。
・・・台本は、ここで終わっていた。
女優は、ゆっくり舞台を降りる。
だが彼女は、すぐに再登場して言う。
「そうとも知らず、おれは今夜もバンカートにやって来た」
舞台後方に置かれたイスに座り、客席を向く。
「そして、こうして、君の演技を見ているのです」
すんでしまった事を気にするな!
人も演技も一瞬ごとに死んでいく、流れている。
しっかり死ねば次の瞬間、新しい自分がちゃんと生まれる。
ここは横浜、海のそば。 三階建ての倉庫を改装したアート施設である。 台本を手に車から降りる。 外階段で2階に上がり、ガラスの扉を開ける。 広い空間・・・ 男はカフェに立ち寄った。
絵の中には女が一人。
じっと、こちらを見詰めている。
「ふ~ん・・・で、アートってなんなのさ」
「え~とね、ん~とね、」
「すいません。ジンジャエール、ふたつ下さい!」
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「ハマート!2」 に 載せてもらった。 これでも アート評 のつもり。
2007年秋、決定稿提出。 「ハマート!2」は 2008年1月25日に発行された。
ただし 文章自体は、2006年秋の梅若猶彦ゼミで課題提出した台本を元にしている。
このまま上演できるはず。
詳細不明 たぶん 2008-05-23頃 up