内分泌代謝内科 備忘録

高齢者の嚥下障害

高齢者の嚥下障害
J Am Geriatr Soc 2019; 67: 2643-2649

嚥下障害または嚥下困難は、高齢になるにつれて非常に一般的になり、体重減少、肺炎、脱水、平均余命の短縮、QOL の低下、介護者の負担増など、重大な負の転帰と関連している。

本論文では、正常な状況および健康な加齢における嚥下の複雑なプロセスについて述べた後、嚥下障害の原因となる病因について概説する。嚥下障害を評価し治療するためのアプローチについて述べ、利用可能な関連データを提供する。

高齢者の嚥下障害の治療におけるベストプラクティスを導くためには、質の高い研究が切実に求められる。

1. 正常な嚥下プロセス
嚥下プロセスは非常に複雑で、6 本の脳神経、複数の筋群、皮質および皮質下の脳信号が関与し、数秒以内に正確に調整されなければならない。嚥下は 3 つの段階からなり、互いに重なり合うこともあるとされている(図 1)。

図 1. 正常な嚥下プロセス
·口腔準備期 (Oral Preparatory Phase)
·口腔送り込み期 (Oral Transport Phase)
·咽頭期 (Pharyngeal Phase)
·食道期 (Esophageal Phase)

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7102894/figure/F1/

参考: 摂食嚥下の 5 期モデル (慶應大学リハビリテーション科)
https://kompas.hosp.keio.ac.jp/contents/sp/000270.html

嚥下は、食塊 (bolus) を飲み込む準備をする口腔準備期から始まる。食塊は咀嚼され、湿らせるために唾液 (saliva) と混ぜ合わされる。唾液アミラーゼにより消化も始まる。

口腔送り込み期では、食物かつ/または液体が食塊にまとめられ、硬口蓋 (hard palata) に接触する舌の圧力により、咽頭に向かって順次送り込まれる。口腔送り込み期は随意的な骨格筋 (voluntary skeletal muscle) の制御下にあるため、覚醒状態にある (alert) 必要がある。

咽頭期では、舌が食塊を咽頭 (pharynx) へ送り込み、咽頭嚥下反応を構成する一連の事象を誘発する。これらには、口蓋帆咽頭閉鎖 (velopharyngeal closure, 口蓋帆 [velum] +咽頭 [pharyngeal] = 口蓋帆咽頭 [velopharyngeal] )、舌根部 (base of tongue) の咽頭後壁 (posterior pharyngeal wall) への後退、舌骨 (hyoid bone) および喉頭 (larynx) の運動、3 段階の気道閉鎖(声帯 [true vocal fold] 閉鎖、前庭襞 [vestibular fold, false vocal fold] の近接、喉頭蓋 [epiglottis] 基部の披裂軟骨 [arytenoid cartilage] の接触)、咽頭筋の収縮、上部食道括約筋の開放が含まれる。咽頭期は部分的には随意的、部分的には不随意的にコントロールされる。

喉頭蓋、披裂軟骨、前庭襞、声門の模型
https://www.google.com/imgres?imgurl=https%3A%2F%2Fi.ytimg.com%2Fvi%2FrdT6csxIkdw%2Fmaxresdefault.jpg&tbnid=oNXa7ZqKbXWMxM&vet=1&imgrefurl=https%3A%2F%2Fwww.youtube.com%2Fwatch%3Fv%3DrdT6csxIkdw&docid=BiCnuO3pDONBkM&w=1280&h=720&source=sh%2Fx%2Fim%2Fm5%2F2&kgs=59e1833fff95c78f&shem=abme%2Ctrie

最後に、食道期は、不随意的な制御のもと食塊を食道内に移動させる蠕動収縮の波からなる。

2. 嚥下障害
嚥下障害は、口腔期、咽頭期、食道期害など、嚥下障害が起こる段階によって説明することができる。しかし、多くの場合、患者は嚥下の複数の段階で起こる機能障害を有している。

嚥下障害は、嚥下の一連の運動の企図、協調性、タイミング、または嚥下時の解剖学的構造の変位の障害によって起こる。

このようなさまざまな嚥下障害は、喉頭内侵入 (penetration) または誤嚥 (aspiration) という形で気道への侵襲を引き起こす可能性がある。喉頭内侵入は、食塊が喉頭前庭 (laryngeal vestibule) に入ったが、声帯より下に移動せず、気管には入っていない状態である。一方、誤嚥は、食塊が喉頭前庭に入り、さらに気管および肺にまで侵入した状態である。喉頭の感覚に異常のない健常者は、気道侵入に反応して咳払いをするが、嚥下障害のある患者の多くは感覚に障害があり、誤嚥に対して反応しない。これを不顕性誤嚥 (silent aspiration) と呼ぶ。

嚥下評価では、根本的な原因となる生体力学的障害を探り、治療計画の立案に役立てる。表 1 は、嚥下障害の部位、原因疾患、および臨床像の例を示している。

表 1. 嚥下障害の部位、原因疾患、および臨床像

3. 高齢者の嚥下障害の原因
嚥下障害はそれ自体病気ではなく、むしろさまざまな病的状態から生じる。高齢者における嚥下障害の高い有病率とその深刻な影響から、嚥下障害を老年症候群 (geriatricとsyndrome) とみなすことが提案されている。

口腔咽頭 (oropharyngeal) 嚥下障害を引き起こす最も一般的な疾患は、脳卒中、頭頸部がん、進行性神経疾患(認知症、筋萎縮性側索硬化症、パーキンソン病など)である。食道嚥下障害の病因は食道炎、アカラシア、食道狭窄、Zenker 憩室など多岐にわたる。

Zenker 憩室
https://www.showa-u-kt-ddc.com/patient/zpoem/

病歴は適切な検査を行うための病因を考える上で非常に有用である。食道嚥下障害が固形物のみから始まり、時間の経過とともに液体も含むようになる場合は、腫瘍や狭窄などの機械的な問題をより示唆するが、最初から固形物、液体ともに嚥下障害がある場合は、アカラシアなどの運動器の問題を示唆する。医学的介入(例:気管内挿管、腫瘍切除)やある種の薬剤(例:抗コリン薬)も嚥下障害を引き起こすことがある(表 2 参照)。

表 2. 嚥下障害の原因となり得る薬剤の例
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7102894/table/T2/

健康的な加齢でさえ、摂食に変化をもたらすが、嚥下そのものに関係するものはごく一部である。加齢により嗅覚や味覚が変化し、食欲、食事の選択、経口摂取量に影響を及ぼす。

サルコペニア(sarcopenia, 加齢に伴う筋肉の量と質の低下)は、嚥下に使われる筋肉が骨格筋であることから、嚥下機能に影響を及ぼすことが示されている。これらの影響により、舌の力は加齢とともに低下することが示されており、口腔相における口腔内の圧力が低下し、食塊の排出が悪くなる可能性がある。咀嚼筋の変化は、咀嚼速度の低下や非効率的な咀嚼をもたらし、窒息のリスクを高める。また、加齢により唾液量が減少し、これが薬剤の影響と相まって口腔乾燥症の発症につながる。さらに、高齢者が服用する多くの薬剤は、食欲減退、協調運動障害、食道炎を引き起こし、この問題を一層悪化させる。

このように、高齢者が摂食に関連した悩みを抱えている場合、嚥下障害が重要な原因となっているのか、それとも他の要因が優勢なのかを区別することが重要である。嚥下障害が原因となっている場合は、言語聴覚士(speak language pathologist: SLP)と連携して、注意深い病歴聴取、検査、嚥下機能評価を組み合わせて、嚥下障害の原因を特定する。

4. 嚥下の評価
臨床医学において嚥下障害は頻繁に遭遇するにもかかわらず、評価や治療法の推奨の根拠となるエビデンスは驚くほど少ない。

嚥下機能の評価において、口腔咽頭嚥下障害が疑われる場合、SLP は重要なチームメンバーである。食道嚥下障害は通常、内視鏡検査またはバリウム嚥下造影によって評価され、多くの場合、根本的な病因を特定し治療するために消化器内科医と連携する。

口腔咽頭嚥下障害と食道嚥下障害の両方が疑われる場合は、バリウム嚥下造影とビデオ透視下嚥下造影検査を併用することもある。

いつ SLP に相談するかについての明確なガイドラインは存在しない。ほとんどの臨床医は、嚥下障害の徴候や症状があるとき、または患者が嚥下障害と非常に関連性の高い臨床症状を新たに発症したときに、相談を検討する。最近では、神経変性疾患(パーキンソン病、認知症など)の高齢患者に対するケアのパラダイムシフトにより、SLP が多職種チームの一員として老年科や認知症外来に組み込まれ、診断から終末期まで関わることができるようになった。

嚥下障害の徴候や症状としては、飲み込もうとして咳き込む、食物の鼻腔への逆流、飲み込んだ後の湿った声質、分泌物の管理不良、弱い咳、食物が詰まる感じや逆流が必要な感じなどがある。

脳卒中や化学放射線療法を受けた頭頸部患者など、嚥下障害のリスクを高める既知の神経障害や口腔消化器障害がある患者では、懸念が高まる可能性がある。

さらに、患者が臨床的かつ/または器械的な嚥下評価や、嚥下機能評価に基づいて行われる嚥下体操などに参加できることが重要である。したがって、嚥下体操などに満足に参加できない錯乱状態の患者に嚥下評価を実施しても無駄かもしれない。

最後に、SLP による嚥下評価は、臨床的なシナリオが不明確な場合に、さらなる情報を収集するために行うことができる。嚥下評価には主に 2 つのタイプがある:1. しばしばベッドサイドで行われる臨床評価と、2. ビデオ透視下嚥下検査(videofluoroscopic swallowing scopic: VFSS)およびファイバーオプティック内視鏡嚥下評価(fiberoptic endoscopic evaluation of swallowing: FEES)を含む機器による評価である。

高齢者は若年者よりも不顕性誤嚥の割合が高い。不顕性が疑われる患者においては、ベッドサイドでの臨床評価の信頼性が低くなる。これらの検査が予後的にも治療的にも最も有用な患者を特定するために、さらなる研究が必要である。

口腔咽頭嚥下障害について患者を評価する場合、SLP は病歴の精査、患者かつ/または介護者/家族との面接、脳神経の検査、さまざまな質感や大きさの液体や食物の投与などの臨床評価を行う。

臨床評価の目的は、嚥下障害の徴候があるかどうかを判断することであり、器械的評価による評価を追加するべきかどうかを判断することである。また、SLP は、患者の症状、認知状態、食事中の疲労、姿勢、ポジショニング、環境条件、およびさらなる評価に必要な情報も得る。これらの評価と臨床的に意味のある転帰を関連付けるエビデンスは不十分であり、ベッドサイドでの評価のみに基づいて治療介入を決めて良いのかについてはエビデンスによって支持されていない。

VFSS は最も一般的な機器による評価である。VFSS では、さまざまな量と粘度のバリウムを投与し、口腔咽頭部を X 線透視する。SLP は、嚥下の安全性と効率性だけでなく、嚥下障害の具体的な状況を判断することができる。また、SLP はこの検査を使って、特定の介入戦略(例えば、ポジショニング、食事の工夫、嚥下訓練 [swallowing maneuver])が嚥下機能の改善に効果的かどうかを判断し、治療計画の指針とする。

FEES では、鼻から咽頭上部に軟性内視鏡を挿入する。これにより、咽頭および喉頭の解剖学的構造だけでなく、患者が通常の食事や水分を摂取している間の嚥下プロセスを視覚化することができる。

高齢者施設入所者を 1 年間追跡調査した後ろ向き研究では、VFSS での誤嚥は再入院を予測したが、肺炎や肺炎死は予測しなかった。別のコホート研究では、16 ヵ月間追跡した脳卒中患者において、VFSS での誤嚥は肺炎と死亡の両方を予測したが、脱水は予測しなかった。ある研究では、脳卒中後の嚥下障害スクリーニングプログラムを遵守している病院は、嚥下障害スクリーニングプロトコルを利用していない病院よりも肺炎の発生率が低い傾向があった。臨床的評価や機器による評価(VFSS や FEES など)の結果が嚥下障害患者の重要な転帰に関連することが示されている一方で、このような有益性を示すことができなかったものもある。これらの評価手法の利点と欠点を理解することに焦点を当てた、より多くの研究が必要である。

5. 高齢者の嚥下障害の管理
嚥下障害に対する介入には、嚥下機能を改善し、誤嚥、肺炎、窒息の発生を減少させることを目的とした代償的方法とリハビリテーション的方法がある。

5-1. 代償的方法
代償的な方法は、嚥下障害の症状や有害な後遺症を最小化または除去するために考案されたものだが、嚥下の根本的な生理機能を変えるものではない。このようなアプローチには、口腔ケア、摂食時のポジショニング、嚥下訓練、食事の仕方および食事形態の工夫が含まれる。

嚥下機能に直接影響を与えるものではないが、人工呼吸を行っていない患者において誤嚥による肺炎発症リスクを軽減するために口腔ケアを行うことを支持するエビデンスは限られている。あるメタ分析では、口腔ケアは肺炎および致死的肺炎のリスクを減少させたが、すべての研究でバイアスのリスクが高かった。

あごを引く(あごを胸につける)、頭を回す(頭を右または左の肩の上に回す)などポジショニングの調整を行うと、嚥下時の咽頭圧を変化させることで誤嚥を減らすことが示されている。さらに、意識して嚥下するなどの嚥下訓練も嚥下生理に対して良い影響を与える可能性がある。

嚥下障害のある患者に対して、液体や固形物の固さを変えることも一般的に行われている。しかし、この方法が臨床的アウトカムに及ぼす利益とリスクを明らかにするためには研究が不足している。VFSS による観察から、嚥下障害のある患者に対して安全かつ効率的に与えることができる液体および固形物の形態についてのグラデーションをつけることができる。最近開発された国際嚥下障害食標準化イニシアチブ(International Dysphagia Diet Standardization Initiative: IDDSI)は、液体および固形物の形態に関する標準的な国際用語と定義を確立することに成功している(表 3 参照)。

表 3. 国際嚥下障害食標準化イニシアチブにおける食品形態のフレームワーク
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7102894/table/T3/

とろみのある液体(例えば、蜂蜜のようなとろみのある粘稠度)は、VFSS での気道侵襲の発生を減少させるなど、嚥下のいくつかの尺度を改善する可能性が示唆されているが、QOL の低下を伴う脱水の増加も報告されている。さらに、とろみのある水分の推奨に対するアドヒアランスは、全体的に低いことが研究で示されている。頭頸部がん患者およびパーキンソン病患者の誤嚥の発生率に対する食物と水分の粘稠度の変更の影響を評価した研究は、質が低く結論が出ていない。

最近のコクランレビューでは、食物の形態変更に関する質の高い研究はなく、認知症またはパーキンソン病患者に対する顎を引いた姿勢でのはちみつや桃くらいの粘稠度の液体と通常の液体の使用を評価した 2 つの研究(同じ臨床試験の一部)しか見つかっていない。その結果、桃やはちみつくらいの粘稠度の濃厚流動食は、通常の流動食に比べてビデオ透視下での誤嚥を減少させることがわかった。

はちみつくらいの粘稠度の濃厚流動食は、通常の流動食を用いてあごを引いた姿勢で経口摂取させた場合と比較して肺炎の発生率が高かったが、この研究では肺炎をアウトカムとするには十分な検出力がなかった。

以上のように、水分や食物の粘稠度を変えるなどの代償的方法が臨床的アウトカムに及ぼすリスクとベネフィットを理解するためのエビデンスは限られており、不十分である。このようなエビデンスベースの限界は、家族との話し合いや治療推奨の強さを検討する際に認識されるべきである。これらの代償的方法が嚥下機能、QOL、および臨床的アウトカムに与える影響を解明するためのさらなる研究が必要であり、エビデンスに基づいたプロトコルの作成が切実に求められている。医師は SLP と協力し、研究資金のアドボカシーが必要な最も差し迫った分野を理解すべきである。

5-2. 経管栄養
さまざまな病因による嚥下障害のある患者には、経口摂取を完全になくすか、経口摂取の変更と併用して、誤嚥のリスクを減らす目的で、しばしば栄養チューブが留置される。

汚染された口腔分泌物が宿主の防御に打ち負かすのに十分な量で誤嚥された場合、死亡率が高い複数の細菌が関与する (polymicrobial) 誤嚥性肺炎が発生させ得る。

胃内容物の誤嚥は通常、肺に化学的刺激を与え、発熱、頻呼吸、ラ音などを引き起こすが、通常は抗生物質を必要とせず、24 時間以内に治癒する。この後者の症候群は、メンデルソン症候群 (Mendelson's syndrome) または誤嚥性肺炎として知られている。

メンデルソン症候群
https://www.jrs.or.jp/citizen/disease/a/a-12.html#:~:text=%E8%AA%A4%E5%9A%A5%E6%80%A7%E8%82%BA%E7%82%8E%E3%81%AF,%E7%97%87%E5%80%99%E7%BE%A4%E3%81%A8%E5%91%BC%E3%81%B0%E3%82%8C%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82

栄養チューブを留置しても、嚥下能力は改善しない。したがって、誤嚥性肺炎の最も多い原因である、汚染された口腔分泌物の誤嚥は、栄養チューブの留置によって減少することはない。

さらに、動物実験では、胃瘻チューブ (gastrostomy tube) を留置すると下部食道括約筋の圧力が低下するため、胃内容物の逆流が増加することが証明されている。したがって、栄養チューブを留置した後に、胃内容物の誤嚥や、口腔分泌物の誤嚥による誤嚥性肺炎の発生が減少することを示す十分なエビデンスがないことは驚くにはあたらない。実際、経管栄養は最もリスクの高いもののひとつである。現在進行中の研究では、経管栄養の使用によって口腔内細菌叢が変化するかどうか、またこの変化が肺炎のリスクに寄与するかどうかが研究されている。

さらに、経管栄養にはそれなりのリスクが伴う。ほとんどの患者において、経管栄養チューブの挿入は非常に簡単であるが、長期的な転帰には懸念がある。胃瘻チューブは蜂窩織炎、筋膜炎、菌血症と関連している。経鼻胃管 (nasogastric tube) は興奮性の増大と関連しており、認知症患者ではしばしば拘束具の使用が必要となる。また、副鼻腔感染や鼻炎のリスクも高い。

どちらの経管栄養も、感染性および非感染性の下痢を発症する重大な危険因子であり、褥瘡 (pressure ulcer) の可能性がある寝たきり (bedridden) 認知症患者では特に問題となる。実際、重度の認知障害を有する介護施設入居者を対象としたあるコホート研究では、経管栄養チューブの留置は、チューブのない患者と比較して、ステージ 2 以上の褥瘡を発症するリスクが 2 倍になり、既存の褥瘡の治癒が遅くなることと関連していた。

著しい嚥下障害と認知症を有する患者では、栄養チューブの有無にかかわらず、生存期間は同じように短く、約 6 ヵ月であることがわかっている。いくつかの研究では、認知症で嚥下障害のある患者の生存期間は、食事介助ではなく経管栄養の方が短いことが示唆されているが、このエビデンスは決定的なものではない。経管栄養が認知症・嚥下障害患者の生存期間を延長させるというエビデンスはない。

急性脳卒中による嚥下障害を有する患者において、FOOD 試験では、入院時に栄養チューブを留置した場合、 1 週間待機した場合と比較して、機能回復や入院期間の改善はみられなかった。実際、栄養チューブ留置を待つ群に無作為に割り付けられた患者の 50%は、その間に嚥下機能が回復したため、経管栄養を受けることはなかった。早期に経管栄養を開始した患者では、消化管出血の割合が高く、試験終了時の経管栄養利用率も高かった。

さらに、経管栄養は蜂窩織炎や感染性下痢のリスク上昇の一因となる可能性がある一方で、経管栄養の使用によってあらゆる種類の感染症が減少するという考えを支持する証拠はない。同様に、経管栄養が身体機能や QOL にどのような影響を与えるかを評価する証拠は乏しい。

2014年、米国老年医学会の倫理および臨床プラクティスに関する委員会では、経管栄養と認知症に関するエビデンスの包括的レビューを発表し、ポジションステートメントを発表した。米国老年医学会の見解では、認知症や嚥下障害のある患者にとって、栄養チューブは臨床的に意味のある利益をもたらさず、むしろアウトカムを悪化させる可能性があることを示唆する情報が豊富であることから、認知症患者への栄養チューブの留置は真剣に再考されるべき行為であるとした。さらに、望ましいアプローチとして手間はかかるものの慎重な手指栄養を推奨している。

急性期脳卒中患者の場合、胃瘻チューブの留置を 1 週間遅らせても安全であることを示唆するデータがある。進行性運動ニューロン疾患、食道癌、その他嚥下障害を伴う多くの疾患の患者に対しては、治療方針を決定するためのエビデンスはほとんどない。

5-3. 嚥下リハビリテーション
リハビリテーションは、嚥下に関わる筋力や機能の障害に基づいて、嚥下を改善するように計画される。これには、筋力や、嚥下の一連の動作の計画を改善するためのトレーニングが含まれる。

前述したように、舌および咽頭筋の力は、高齢者および嚥下障害のある患者では低下していることが報告されている。努力性嚥下や Mendelsohn 法などの嚥下訓練は、患者が自発的に喉頭を上端位置に 2-3 秒間保持してから嚥下を完了するように指示するもので、嚥下訓練に取り入れることにより、複数の患者集団において嚥下関連のアウトカムに有益であることが示されている。

メンデルソン手技
https://rehabilidata.com/mendelsohn-maneuver/

バイオフィードバックを提供する装置を用いた、段階的で集中的な舌の運動機能強化訓練もまた、舌機能に良い変化をもたらし、高齢者や脳卒中後の患者の嚥下機能にいくらか影響を与える。

呼気筋力トレーニングは、嚥下の他の要素に良い影響を与える。McNeill Dysphagia Therapy Program (MDTP) は段階的な強化プログラムであり、より困難な摂食作業に進んでいけるように階層化されている。このアプローチは、いくつかの患者群で嚥下障害の重症度を改善することが示されている。

最近のコクランレビューでは、嚥下リハビリテーションを行わない場合と比較して、嚥下リハビリテーションが嚥下障害および呼吸器感染症の患者数を減少させ、嚥下能力を改善する可能性があるという質が低い~非常に低いエビデンスが見出だされた。嚥下リハビリテーションにより在院日数が短縮したことを示唆する中等度の質のエビデンスはあるが、これらの介入は症例致死率や死亡・障害の複合アウトカムを減少させなかった。様々な病因を持つ高齢者の嚥下障害に対するリハビリテーションによる良い影響を支持する、より質の高いエビデンスが切実に求められている。

6. 嚥下障害管理における連携の重要性
最適なケアを達成するためには、嚥下障害のある患者の治療方針についての話し合いに、専門職間チームと家族·介護者が参加することが必要である。

ある研究では、病院で栄養チューブを考慮する際の話し合いに老年医学専門医が関与することで、栄養チューブの留置が 50%減少したことが実証されている。嚥下障害のある高齢患者、特に神経機能の回復を促進するために積極的な介入が必要な患者(例:脳卒中)や疾患の進行に伴い嚥下機能をできるだけ長く維持する必要がある患者(例:認知症)に対して、徹底的な評価とフォローアップを行うためには、SLP の早期関与が不可欠である。リハビリテーションを実行に移す上で介護者の教育は非常に重要である。

ある研究では、認知症患者のアドバンス・ケア・プランニングを促進するためのビデオガイドツールを使用することで、安楽なケアが優先される患者における経管栄養の使用が減少した。

摂食にまつわる文化的価値や感情価 (emotional valence) は、嚥下障害のある高齢者の評価や治療計画を検討する際に、エビデンスや表面妥当性 (face validity) とはあまり関係がないかもしれない。

表面妥当性
https://clover.fcg.world/2016/06/02/5126/

このような価値観はすべて注意深く検討されるべきであり、この種の困難な決定に重くのしかかる。可能な限り、宗教家、家族、友人、長期的なかかりつけ医など、信頼できる助言者を議論に参加させることは有用であろう。極めて重要なことは、医療チームがケアに対して協力的で謙虚な姿勢で臨み、共通の目標を認識し、知識の限界に対して謙虚であることである。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7102894/
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