内分泌代謝内科 備忘録

軽度または中等度の非増殖網膜症は急速な血糖コントロールで増悪しない。

軽度または中等度の非増殖網膜症は急速な血糖コントロールで増悪しない
Diabetes Care 2023; 46: 1633-1639.
https://doi.org/10.2337/dc22-2521


研究の概要
https://ada.silverchair-cdn.com/ada/content_public/journal/care/46/9/10.2337_dc22-2521/6/dc222521f0ga.png?Expires=1697725667&Signature=u1Jm8Pdo97gZZZOQuC2-j6jnApX8ORlGdawMY~~JyI8VRxP1WIZe65AwvpAAKaNnKRnZedtboDsa4YrTheuFY1jG~3Z9B7Wu4AXFvYva6E0Ig5bkmq-4c4Wb0iQdai1jCOfd52-mKAW8uqpvxQ~4eZDAjiJpuvYdFoZD~Wphpx7TL-oVLsD54seslZbN9HnG79-HR36ewCu69qQEXCe6uWX0CjPfUq4-0hkcHEVEF~0JHYMCsugQqaoYRTJVcFFZw4mwSUEkaCzN3ZeecG7nUgWbQMvUteq~jX6c~OajlQ5J2iepnDZo0qCo0B9rl1EZWspaIJZ3kDiuQUCsdNYErQ__&Key-Pair-Id=APKAIE5G5CRDK6RD3PGA


目的
糖尿病治療において、血糖値を急激に低下させると糖尿病網膜症 (diabetic retinopathy: DR) の早期悪化(early worsening of diabetic retinopathy: EWDR)が起こると言われている。

本研究では、プライマリ・ケアで受診する DR の大多数を占める、軽度または中等度の非増殖性 DR(nonproliferative diabetic retinopathy: NPDR)を有する 2 型糖尿病患者において、急速に血糖コントロールした場合に EWDR が問題になるかどうかを評価することを目的とした。


背景
DR は糖尿病の合併症の中で最も頻度の高いものの一つであり、依然として現役世代における予防可能な失明の第一原因となっている。現在、この合併症の世界的有病率は依然として高く、糖尿病患者の 10 人に2 人が罹患しており、特に中東、北アフリカ、西太平洋の国々では 2045 年まで高止まりすると予想されている。

血糖コントロール不良と高血圧は、DR の発症と進行を抑えるための主な修正可能な危険因子である。しかし、高血糖の急速な改善も DR の進行の危険因子となりうる。

Diabetes Control And Complications Trial (DCCT) において、強化療法群に割り付けられた 1 型糖尿病患者 711 例中 13.1%で 6 ヵ月後および 12 ヵ月後に DR の早期悪化(EWDR)が観察され、従来療法群に割り付けられた 728 例中 7.6%と比べて有意に多かった(オッズ比: 2.06, P<0.001)。

同様の現象は、2 型糖尿病の被験者が経口薬または食事療法のみからインスリン療法に変更された際に血糖値が急速に改善した後にも報告されている。

EWDR を説明する主な変数は、HbA1c の減少の大きさと DR の存在である。前者については、HbA1c が 3 ヵ月以内に 1.5%以上、または 6 ヵ月以内に 2%以上低下した場合に特に強く関連すると考えられている。すなわち、HbA1c の減少率が高いほど EWDR のリスクは高くなる。

興味深いことに、EWDR は一般的に効果の高い糖尿病治療薬による治療後に起こるが、肥満手術後にも報告されている。このことは、 EWDR の原因は特定の糖尿病治療薬よりもむしろ血糖値の低下自体であることを示唆する。とはいえ、グルカゴン様ペプチド-1 受容体作動薬(glucagon like peptide-1 receptor agonist: GLP-1RA)(特に、セマグルチド)と EWDR の潜在的な関連性については、まだ議論の最中である。

DR の存在も EWDR の本質的な危険因子である。しかし、DR の程度が EWDR に及ぼす影響についてはまだ解明されていない。これは、ほとんどの研究が、DR の病期分類に関するデータを持たない被験者を対象としているためである。

これに基づき、本研究はプライマリ・ケアで受診する患者の大部分を占める軽度または中等度の NPDR を有する 2 型糖尿病患者においても EWDR が問題となるかどうかをネステッド症例対照研究で評価することを目的とした。


方法
NPDR を有する 2 型糖尿病患者を対象として後ろ向きネステッド症例対照研究を行った。SIDIAP(Sistema d'informació pel Desenvolupament de la Recerca a Atenció Primària)データベースを用いて、EWDR 患者
1,150 人とマッチさせた対照者(EWDR を来さなかった網膜症患者) 1,150 人を抽出した。主な分析変数は、過去 12 ヵ月間の HbA1c の減少の大きさとした。HbA1c の減少は急速( 12 ヵ月未満で 1.5%以上減少)または非常に急速( 6ヵ月未満で 2%以上)に分類した。


結果
HbA1c の絶対的減少率については、症例と対照群との間に統計的な差は認められなかった(0.13 ± 1.21 vs. 0.21 ± 1.18, P = 0.12)。

最終的な HbA1c は、症例と対照群でそれぞれ 7.94 ± 1.58 vs 7.87 ± 1.50 であり、差がなかった(P = NS)。

HbA1c の改善を評価するまでの経過期間も、症例と対照群で同様であった(中央値: 6.4[四分位範囲: 5.0-8.3]ヵ月 vs. 6.4[四分位範囲: 4.8-8.3]ヵ月;P = NS)。さらに、HbA1c の月ごとの減少率も症例と対照群で同様であった(0.04 ± 0.30 vs. 0.05 ± 0.31, P=0.41)。

注目すべきは、EWDR の定義に用いられた基準(HbA1c の急速な減少または非常に急速な減少)に従った患者の割合は、症例と対照被験者で同程度であったことである (図)。

図: 軽度から中等度の NPDR から視力低下の危険がある網膜症 (vision-threatening DR: VTDR) への進展と HbA1c の急速な低下との関係
https://diabetesjournals.org/view-large/figure/4662042/dc222521f1.tif
※ PDR: proliferative diabetic retinopathy (増殖網膜症) , CSDME: clinically significant diabetic macular edema (臨床的に明らかな糖尿病性黄斑浮腫)

HbA1c 低下と網膜症悪化との有意な関連は、未調整の解析でも、主な交絡変数である糖尿病罹病期間、ベースラインの HbA1c、高血圧の有無、糖尿病治療薬を含めた調整後の統計モデルでも認められなかった。

さらに、ベースライン HbA1c による層別化を行ったところ、HbA1c 値が高い患者ほど網膜症が悪化することもなかった。


結論
本研究の結果から、HbA1c の低下は軽度または中等度の NPDR の進行とは関連しないことが示唆される。2 型糖尿病患者の大部分は DR を認めないか、あるいはその初期段階であるため、このことは重要である。したがって、このような患者では、血糖コントロールの最適化を遅らせるべきではない。

DR の長期的な発症と進行に対する血糖コントロールの有益な影響については疑う余地がないが、高血糖が急速に改善した結果として EWDR が報告されている。DR 患者の管理におけるこの潜在的な合併症は、眼科医や糖尿病専門医には一般的によく知られているが、専門外の医師や医療従事者にはあまり認識されていなかった。

しかし、SUSTAIN-6 試験の発表後、EWDR が強調され、再検討されている。この試験では、セマグルチドによる治療を受けた患者において、心血管系の転帰(CVOT)において有意に有益な結果が示されたが、プラセボと比較して、重篤な「DR 合併症」(すなわち、硝子体出血、失明、または硝子体注射や光凝固による治療を必要とする状態)の発生率が有意に増加したことも確認された(3% vs 1.8%)。

SUSTAIN-6 試験でこれらの視力を脅かす合併症を認めた主な原因は、1. 血糖値が急速に低下したことと、2. 進行した DR 患者を組み入れたことである。セマグルチドも使用されたが、進行期の DR(すなわち、PDR または急性治療を必要とする黄斑症)の患者が除外された PIONEER 6 試験では、EWDR は検出されなかったことに留意すべきである。本研究の結果もこの概念を支持するものである。

以上をまとめると、血糖値の急激な低下がもたらす潜在的な有害作用には DR の程度が重要であり、したがって、DR の転帰を評価することを目的としたランダム化比較試験では、試験開始時および追跡調査時に DR を適切に評価する必要がある。

SUSTAIN-6 試験の結果、いくつかのコホート研究、メタ分析、および研究者によるレビューが行われた。これらの研究により、GLP-1RA は DR の発症および進行のリスクを増加させないことが示された。さらに、この問題に関する食品医薬品局有害事象報告システムの2つの独立した報告書でも、この結論が支持されている。

さらに最近では、CVOT を対象としたランダム化比較試験のみを含む、GLP-1RA の DR に対する影響を検討する特定のメタ解析およびメタ回帰研究が実施されている。これらの研究では、GLP1-RA(すなわち、リラグルチド、セマグルチド、デュラグルチド)と EWDR との関連性が示されているが、やはり、これらの薬剤の最終的な網膜への悪影響よりも、HbA1c の急速な低下が主なメカニズムであるようである。網膜症のアウトカムを評価するためにデザインされた CVOT はなかった。

概して、糖尿病治療薬の種類よりも、むしろ HbA1c の減少の強さと速度が EWDR の重要な因子であるようである。この点に関して、EWDR は肥満手術後にも報告されており、EWDR のリスクはどの薬剤にも内在するものではなく、HbA1c を低下させる薬剤の能力に内在するという概念を補強している。とはいえ、現在進行中の FOCUS 試験では、DR に対するセマグルチドのプラセボと比較した長期的効果を検討する予定である。

https://diabetesjournals.org/care/article/46/9/1633/153370/Rapid-Reduction-of-HbA1c-and-Early-Worsening-of
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