内分泌代謝内科 備忘録

高齢者の転倒を防ぐためにできること

プライマリケアにおける転倒リスクの評価と管理についての総説

Med Clin North Am 2015; 99: 281-293

 

毎年、社会生活をしている 65歳以上の成人の 30-40%が転倒している。転倒するとおよそ 50% が受傷し、そのうち 10% は重症である。

高齢者にとって転倒は生活の質を低下させる大きな要因である。転倒の結果、要介護状態となり、社会活動ができなくなることが多い。さらに、転倒を経験すると 20-39%の人は転倒への恐怖を感じ、身体活動に対して消極的になる。

転倒は環境要因と身体機能の低下が重なって起こる。環境要因としては、薬物、履き物、歩行補助具、自宅や自宅周囲の環境、アルコール、支援者の有無が挙げられる。転倒に関わる身体機能の低下としては筋力低下、姿勢保持の不安定さ、立ち直り反射の低下、歩行時に足が上がらないこと、深部感覚の低下、明るさに対する視神経乳頭の応答の低下、白内障が挙げられる。危険因子の数が増えると、直線的に転倒のリスクは上昇する。しかし、75歳以上では危険因子がなくても 1年間に10%の頻度で転倒する。

転倒したことを医療者に報告する高齢者は半数に満たない。そのため、転倒予防のガイドラインでは医療者は 65歳以上の全ての患者に対して少なくとも 1年に1回は転倒歴を確認するべきだとしている。プライマリケア医は高齢者の転倒リスクを評価し、患者にエビデンスに基づく転倒予防策を指導することによって、転倒、転倒による外傷、さらには死亡のリスクを減らすことができる。

 

転倒リスクのスクリーニング

2012 年の Cochrane systematic review によれば、医療者による臨床的な転倒リスクの評価と同定された危険因子への介入は転倒リスクを 24%減らした。USPSTF も同様に、転倒リスクの多角的評価と管理によって転倒を効果的に減らせたと報告している。

米国老年医学会と英国老年医学会 (American Geriatrics Society/British Geriatrics Society: AGS/BGS) は共同で転倒リスクのスクリーニング、評価、管理についての診療ガイドラインを発表した。同ガイドラインでは、65歳以上の全ての成人に対して毎年転倒リスクのスクリーニングを行うことが勧められている。スクリーニングは具体的には、最近1年間に2回以上転倒したか、転倒による外傷で医療機関を受診したか、あるいは転倒はしていないが歩行時に不安定さを感じることはないかを訊くことによる。スクリーニングが陽性の場合は転倒のリスクが高いのでさらなる評価が必要である。最近1年間で転倒したが受傷していない場合は、平衡感覚と歩行について評価し、平衡感覚または歩行に異常を認める場合はさらなる評価を行う必要がある。平衡感覚にも歩行にも異常を認めない場合は、さらなる評価は行わず1年後に改めてスクリーニングを行う。

CDC は STEADI (STopping Elderly Accidents, Deaths, and Injuries, リンク参照) と呼ばれる転倒リスクのスクリーニング・評価・介入のアルゴリズムを開発した。このアルゴリズムの特徴は低リスク (転倒歴なし、平衡感覚・歩行の異常なし) の場合でも転倒の危険因子に対する教育と、筋力・平衡感覚のトレーニング、ビタミン D 補充が受けられる点に特徴がある。転倒予防のためのビタミン D 補充の推奨量はコレカルシフェロール 1000 IU/日である。

 

転倒リスクの評価

転倒リスクの評価で確認すべき事項は転倒歴、内服薬、身体所見、身体機能と環境である。

転倒歴については過去 1 年間で何回転倒したかを確認する。その際には、転倒の兆候があったか、いつ (時間帯も) どこで転倒したのか、どのような靴を履いていたのか、歩行補助具を使用していたか、普段眼鏡をかけている場合は眼鏡をかけていたのか、転倒した後は自力で立ち上がることができたか、外傷による後遺症はあるか、何らかの治療を受けたのかを確認する。転倒をくり返している場合や転倒時の状況を覚えていない場合は、失神である可能性があり、目撃情報が役立つ。転倒時の状況を詳しく聞くことは転倒の予防に重要である。

内服薬を確認することも重要である。いくつかの薬は転倒リスクを上昇させる。特に抗うつ薬、向精神薬、睡眠薬は独立した転倒リスクであることが知られている。これらの薬よりも転倒との関連は弱いが、降圧薬、 NSAIDs、利尿薬も転倒リスクを増やす。転倒リスクになる薬は減量、中止を試みる。不眠に対する睡眠環境の改善など非薬物療法も有用である。

 

薬物による転倒リスク

抗うつ薬 OR 1.68 (95%CI 1.47-1.91)

向精神薬 OR 1.59 (95%CI 1.37-1.83)

催眠鎮静薬 (sedative hypnotics, バルビツール酸など) OR 1.47 (95%CI 1.35-1.62)

ベンゾジアゼピン OR 1.57 (95%CI 1.43-1.72)

降圧薬 OR 1.24 (95%CI 1.01-1.50)

NSAIDs OR 1.21 (95%CI 1.01-1.44)

利尿薬 OR 1.07 (95%CI 1.01-1.14)

 

起立性低血圧は、起立後3分以内に収縮期血圧 20 mmHg 以上もしくは拡張期血圧 10mmHg 以上の低下によって定義される。起立性低血圧は社会生活をしている高齢者のおよそ 30%で認め、転倒のリスクになる。起立性低血圧の患者は無症状の場合もあるが、起立後数分以内の立ちくらみ ( lightheadedness )、かすみ目 ( blurred vision )、頭痛、倦怠感、脱力、失神を経験していることが多い。立ちくらみの訴えはあるが、血圧低下を認めない場合も、起立性低血圧と同様に転倒のリスクとなる。起立性低血圧は降圧薬の減量および起立性低血圧を来しうる薬剤の中止によって軽減される。また膝上の弾性ストッキングの着用と就寝時に頭の位置を高くすることは、起立時の血圧低下を減らす効果があるかもしれない。

転倒のリスク評価目的の身体診察のうち最も重要なのは平衡感覚と歩行の観察である。他に背部および下肢の筋力、起立時のバイタルサイン、視力、聴診 (心拍数・リズム・心雑音の有無)、神経所見 (認知機能、知覚、固有受容感覚、筋量・筋緊張・筋力、反射、可動範囲)、高次脳機能 (小脳、大脳皮質運動野、大脳基底核) も評価する。

歩行と平衡感覚の評価法として推奨されているのは、Timed Up-and-Go ( TUG )、30-Second Chair Stand、4-Stage Balance Test である。これらの検査については STEADI のサイト内に解説動画がある。

TUG は可動性の評価についての検査である。具体的には、肘掛けのついた椅子から立ち上がり(普段、歩行補助具を使用している場合は歩行補助具を使用)、3 m (10歩) 歩いてから方向転換し、椅子に戻って座る。この一連の動作に 12秒以上かかる場合は転倒のリスクが高い。

30-Second Chair Stand は下肢の筋力と平衡感覚を評価する検査である。具体的には膝の高さの椅子から腕を使わずに立ち上がれるかどうかを見る。これができない場合は転倒のリスクが高い。

4-Stage Balance Test は立位時の平衡感覚を評価する検査である。具体的には、被験者は 4 つの姿勢で立位を保つことを指示される。順を追って難易度が高くなる。最初は足を揃えて立ち、次に片足を足半分だけ前にずらして立ち (semi tandem stand) 、さらに継ぎ足で立ち (tandem stand) 、最後に片足で立つ。継ぎ足で 10 秒以上立てない場合は転倒のリスクがあり、片足で 5 秒以上立てない場合は転倒による外傷のリスクが高い。

認知機能も転倒のリスク評価においては重要な項目である。Mini-Cog などの簡易検査でスクリーニングする。中等度から重度の認知機能低下があると転倒のリスクは高くなる。

生活機能によって転倒リスクや転倒する場所、転倒時の外傷のリスクは異なる。生活機能は通常は日常生活動作 ( activities of daily living: ADL )、手段的日常生活動作 ( instrumental activities of daily living: IADL ) についての標準化した質問によって評価する。生活機能が高い人は自宅の外の階段などで転倒することが多く、かがんだり、物をとろうとしたりしている時にバランスを崩して転倒することが多い。そして、これらの人が転倒した場合は受傷する場合が多い。一方、生活機能が低い人は自宅内で日常動作をしている時に転倒することが多い。

血液検査では、血算、甲状腺刺激ホルモン ( thyroid stimulating hormone: TSH )、ビタミン B12、25-OH ビタミン D を調べ、必要に応じて他の項目を追加する。

骨密度が未評価なら、二重エネルギー X 線吸収測定法 (dual-energy x-ray absorptiometry: DEXA ) を行うべきである。

環境の評価については、米国ではプライマリケア医が occupational therapist (OT) に依頼する。OT は自宅の階段や床に障害物がないか、床は滑りやすくないか、履き物は足にあったものを使用しているか、歩行補助具はあったものを使用しているか、照明は十分か、家の周囲には舗装されていない道や段差、坂はないかを評価する。OT による環境の評価と調整は転倒予防に有効であることが示されている。

 

転倒リスクの管理

医療者は高齢者自身が転倒の原因をどのようにとらえているかを知り、再び転倒しないために何ができるかを一緒に考えられるように本人の意思を引き出す努力をするべきである。

バランス運動は転倒と転倒にともなう外傷のリスクを最も効果的に低減させる介入である。ストレッチや歩行については転倒リスクを低減は認められていない。

転倒予防のために運動をするなら、1. バランス運動 を重点的に、2. 少しきついくらいの負荷をかけて、3. 最低でも 50時間は続ける (週 2 時間を 25 週間) ことがポイントである。

プライマリケア医は転倒予防のために運動が有効であることを高齢者に伝え、理学療法士 (physical therapist: PT) や地域の転倒予防プログラムを紹介する。1. 運動による転倒予防効果が現れるには数ヵ月以上かかること、2. 転倒予防効果を維持するために運動を続ける必要があることはしっかり伝える必要がある。転倒予防のエビデンスがあるバランス運動としては、オタゴエクササイズ(リンク参照)や太極拳 (tai chi) がある。

転倒リスク因子の数が増えるほど転倒リスクは高くなるので、複数の転倒リスク因子を修正することで転倒リスクを低下させられる。特に重要な 3 つの転倒リスク因子 (平衡感覚、内服薬、自宅の環境) については全ての高リスクな高齢者で確認するべきである。さらに、白内障による視力低下が疑われる場合は白内障の手術を勧めると良い。白内障の手術が転倒を減らすことが示されているからである。

転倒にともなう外傷を減らすために、カルシウムとビタミン D の補充を勧め、骨粗鬆症がある場合は治療する。下肢の筋力増強を勧めるとともに、高齢者に転倒した際に自力で起き上がれない場合 (いわゆる long lie ) の切り抜け方を教える。転倒リスクが特に高い高齢者には携帯電話やアラートを携帯させ、起き上がれないときには助けを呼ぶように伝える。

PT は平衡感覚と筋力、歩行の障害を評価する。PT が平衡感覚と歩行の評価のために行う代表的な検査としては以下のものがある。

Dynamic gait index: 歩きながら頭の向きを変えたり、歩く早さを変えたり、方向転換したり、またいだり、登ったりすることができるか

TUG cognitive: 注意がそらされている時の歩行の安定性

Berg balance scale: 座っているとき、立っているとき、移動しているとき、手を伸ばしているとき、方向転換しているときのバランス

Functional Reach: 静止時の安定性

Four Square Step Test: 動作時のバランス

 

PT は歩行および平衡感覚の評価に基づき、それぞれに合った運動のプログラムを提案する。運動プログラムは制止時や動作時の安定性の向上だけでなく、実際の生活で役立つように他に注意を向けながら動いたり、動きながらものをつかんだり、方向転換したり、体重移動したりすることができるように立案される。評価の結果、歩行補助具が必要と判断される場合には PT はそれぞれにあった歩行補助具を選び、正しい使い方を教える。

OT は高齢者の家を訪問し、住環境と身体機能 (視覚、認知機能)、その他安全に生活する上で支障になるものがないかを評価する。OT は転倒した状況を詳しく聞き取り、高齢者自身が転倒の原因は何で、自宅内で何が危険で、どのように対処するべきかと考えているかを把握する。さらに家庭内でどのように生活しているのか、また社会活動に参加しているのかを確認する。これらの評価に基づいて、OT は高齢者と一緒に転倒予防のための新しい生活様式を考える。たとえば、歩くときに前方の障害物に注意することを提案する。

転倒予防の社会活動への参加も有用である。たとえば、太極拳は転倒リスクを 29%低下させることが示されている。多くの地方自治体は地域の転倒予防活動を支援している。

認知症があると歩行と平衡感覚、障害物への認識が難しくなる。社会生活を送っている認知症の高齢者のおよそ半数は毎年転倒している。認知症をともなう高齢者の転倒予防については知見が不足している。しかし、運動は転倒予防に有効かもしれない。介護者との共働は重要である。介護者が家の中の日常動作 (着衣、排泄、家事) や移動の障害を取り除くことで転倒リスクは減らせるかもしれない。

多くの転倒リスクを抱える高齢者については一度に全てのリスク因子を修正しようとすると、高齢者自身が混乱してしまうかもしれない。プライマリケア医は看護師や PT、OT とともに継続的に転倒リスクの評価と介入を行うべきである。

 

オタゴエクササイズ動画

https://youtu.be/RmZO_EPoB4k

STEADI

https://www.cdc.gov/steadi/index.html

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4707663/

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