内分泌代謝内科 備忘録

偽性クッシング症候群

偽性クッシング症候群についての総説
Endocr Connect 2020; 9: R1-R13
 
クッシング症候群 (Cushing's syndrome: CS) と偽性クッシング症候群 (pseudo-Cushing's syndrome: PCS) との鑑別は内分泌内科医にも難しい。病歴が両者の鑑別に役立つことがある (アルコール症の場合など) が、臨床所見と検査所見は重なっており、確定診断は難しい。
 
PCS の原因となる病態のほとんどは比較的頻度が高い (代謝疾患や多嚢胞性卵巣症候 (polycystic ovary syndrome: PCOS) など) が、CS は一般集団では稀である。
 
PCS にともなうホルモン異常を治すためには原因となっている基礎疾患を適切に治療することが極めて重要である。丁寧な経過観察とホルモンの評価が、診断と治療の方針決定に役立つだろう。
 
1. 導入
 
視床下部-下垂体-副腎軸 (hypothalamic-pituitary-adrenal axis: HPA axis) は大手術、重篤な疾患、激しい身体活動、長期間の絶食などさまざまな状況で活性化し、個体の生存能力を強化する。
 
肥満や多嚢胞性卵巣症候群 (polycystic ovary syndrome: PCOS) 、コントロール不良の糖尿病 (diabetes mellitus: DM) 、アルコール多飲、精神疾患などよくある病態が HPA axis を活性化することがあり、一過性または持続性の高コルチゾール血症にともなう症状を認める場合は PCS と呼ばれる。
 
CS と PCS との鑑別は今なお、内分泌内科医にも難しい。知見が一貫しておらず、正確な診断についての共通理解は得られていない。コルチゾールの測定値は CS と PCS とで重なりあっており、いくつかの薬剤は負荷試験の結果に影響する。
 
2. 症例提示
 
26歳女性が CS を疑われて内分泌代謝内科に紹介された。患者は罹患歴の長い 1型糖尿病とうつおよび不安によって特徴づけられる精神疾患があり、フルオキセチン (SSRI) 内服で加療されていた。
 
患者は 14歳の初潮時から稀発月経だった。20歳時に稀発月経、高アンドロゲン血症、多嚢胞性卵巣から PCOS と診断され、エストロゲンプロゲステロン補充療法を受けていた。
 
腸閉塞が疑われて入院した際に、クッシング徴候 (中心性肥満、多毛、満月様顔貌) を認めた。四肢近位筋の萎縮と赤色線条は認めなかった。また過体重 (BMI 28 kg/m2, 腹囲 92 cm) で、高血圧 (血圧 140/90 mmHg) だった。
 
朝 8時のコルチゾールは 29 μg/dL (基準値: 5-25 μg/dL) と高値で、尿中遊離コルチゾールも 280 μg/日 (基準値: 36-137 μg/日) と高値だった。一方、朝 8時の ACTH は基準範囲内 (26 pg/mL, 基準値: 10-50 pg/mL) だった。糖尿病のコントロールは不良だった (HbA1c 8%)。
 
1 mg デキサメタゾン投与でコルチゾール産生が抑制されない (10 μg/dL, 基準値: <1.8 μg/dL) ことから CS であることが確かめられた。またコルチゾールの日内変動は消失していた (深夜のコルチゾール 12 μg/dL, 基準値 <7.5 μg/dL) 。
 
3. CS を最も強く疑わせる臨床所見は何か?
 
易出血性、顔面紅潮 (facial plethora)、近位筋萎縮、赤色線条は CS の鑑別に有用な臨床所見であると報告されている。これらの所見は提示した症例には認めなかった。しかし、いずれの所見も感度が低いことは知られている。
 
患者は満月様顔貌、過体重、中心性肥満、多毛を認めた。これらの所見は CS ではよく見る所見であるが、鑑別にはあまり役立たない。一方、これらの所見は PCOS でもよく認める所見である。PCOS は生殖可能な年齢の女性に多い一方で、CS は稀である。
 
4. CS が疑われる場合にまず行うべき検査は何か?
 
内分泌学会のガイドラインでは 1 mg デキサメタゾン抑制試験 (1 mg dexamethasone suppression test: 1 mg DST) 、深夜の唾液コルチゾール (late night salivary cortisol: LNSC, 2回測定)、尿中遊離コルチゾール (urinary free cortisol: UFC) でスクリーニングすることを勧めている。さらに、より長期間の低用量デキサメタゾン抑制試験 (2 mg, 48時間) と深夜の血清コルチゾール濃度を追加しても良いとしている。
 
CS ではコルチゾールの日内変動が消失しており、一日中コルチゾールが高値になる一方、PCS ではコルチゾールの日内変動は保たれ、コルチゾールご高値の場合も深夜には低下することから、LNSC は以前より行われるようになっている。これついてはさらなる検証が必要だが、LNSC は 1 mg DST や UFC よりも CS と PCS の鑑別に有用そうである。深夜の血清コルチゾールは入院が必要であるのに対し、唾液の採取は外来患者でも容易である。しかし、LNSC は臨床現場で広く行われてはおらず、CS の診断についての明確なカットオフ値は定められていない。
 
UFC では 24 時間のコルチゾール分泌量を評価できる。UFC はコルチコステロイド結合蛋白 (cortiacosteroid-binding globulin: CBG) に結合していないコルチゾールの濃度を測定している。クレアチニンクリアランスが 60 mL/min 未満の場合、UFC は実際よりも低い値になることがある。全量を適切に蓄尿すること (これには患者教育が必要かもしれない)、尿クレアチニンを同時に測定することが重要である。
 
5. CS のスクリーニング検査を行う前に考えるべきことは何か?
 
コルチゾールを測定する際には、分析バイアス(analytical bias) のことを考えることは重要である。
 
コルチゾールの測定方法はふたつある。ひとつは RIA や ELISA、自動化学発光分析 (automated chemiluminescence: ECLIA) などの免疫アッセイで、もうひとつは液体クロマトグラフィー質量分析法 (liquid chromatography-tandem mass spectrometry: LC-MS/MS) である。
 
抗体を用いた免疫アッセイでは交差反応 (特にコルチゾールと構造が似ているコルチゾン (cortisone)) や合成ステロイドによって影響を受ける。
 
LC-MS/MS ではこのような問題は起こらず、さまざまな糖質コルチコイドおよびその代謝産物を識別することができ、おそらくコルチゾールとコルチゾンの濃度を調べる方法としては最も正確である。
 
よく用いられる薬剤の中にはデキサメタゾンの代謝を変え、デキサメタゾン抑制試験に影響を与えるものがある。
 
いくつかの薬剤は CYP3A4 に影響を与えることで、デキサメタゾンの代謝を促進 (フェノバルビタール、フェニトイン、カルバマゼピン、ピオグリタゾン、プリミドン、リファンピシン、リファペンチン、エトスクシミド) あるいは減弱 (アプレピタント、イトラコナゾール、リトナビル、フルオキセチン、ジルチアゼム、シメチジン) させる。
 
デキサメタゾンの濃度を測定することで、クリアランスの異常を特定する助けになり得る。最近、閉経後の健常な女性を対象に LC-MS/MS でデキサメタゾンの濃度を測定した。これによると、デキサメタゾンのカットオフ値を >3.3 nmol/L とすると、血清コルチゾール <50 nmol/L と関連した。しかし、デキサメタゾンの濃度測定は一般臨床ではルーチンには行わなれない。
 
経口エストロゲン製剤は CBG の濃度を上昇させ、総コルチゾール濃度を上昇させる。その結果、検査結果に影響を与え得る。CS が疑われる患者では、検査をする 6週間以上前に経口エストロゲン製剤を中止するべきである。
 
提示した症例では、フルオロキセチンを服用してあた。同薬剤は CYP3A4 の活性を阻害することによりデキサメタゾンの代謝を減弱させる。また、エストロゲン製剤も服用していたが、これはあらゆる検査の結果に影響を与え得る。 
 
6. 併存疾患がどのように PCS の診断に影響を与えるか?
 
6-1. 精神神経疾患
HPA axis の亢進は大うつ病性障害 (major depression disorder: MDD) でしばしば認める。MDD 患者のおよそ 20-30%で高コルチゾール血症を認める。男性のうつ病患者の方がコルチゾールの過剰分泌の頻度が高いようであり、うつ病患者における HPA axis の亢進には性差があるのではないかと考えられている。
 
起床後のコルチゾールの急上昇は MDD の高リスク群に特徴的であることが知られており、MDD 患者の 2人に 1人は夜のコルチゾール濃度が高く、コルチゾールの日内変動が障害されていることが示唆される。
 
HPA axis の亢進を引き起こす障害部位は視床下部より上位にありそうで、うつ病患者では副腎皮質ホルモン刺激ホルモン (corticotropin-releasing hormone: CRH) が高値であり、非定型うつ病の場合は CRH 濃度は低値であると報告されている。
 
MDD 患者の一部では、糖質コルチコイドの HPA axis に対するフィードバック作用が減弱しており、抗うつ薬が奏功すると糖質コルチコイドに対する感受性は回復する。
 
うつ病患者の ACTH およびコルチゾールの拍動性の分泌については増加、不変、減少といずれの報告もあり、よく分かっていない。
 
うつ病患者では、細胞内のコルチゾールの不活化酵素 (5-α-レダクターゼや 11β-HSD2) の活性が低下していることが示されており、これにより組織内のコルチゾールの生理活性が上昇しているかもしれない。
 
ある種の抗うつ薬は 5-α-レダクターゼの活性を改善させる一方、11β-HSD2 の活性には影響は与えない。このことが抗うつ薬が糖質コルチコイドの代謝の異常を部分的にしか改善させない理由かもしれない。
 
MDD 患者におけるコルチゾール代謝異常が MDD 患者でメタボリック症候群および 2型糖尿病の発症と心血管死のリスクが高い原因のひとつだと言われている。
 
6-2. PCOS
無排卵 (anovullation) 、希発月経 (oligomenorrhea) 、多毛 (hirsutism)、ざ瘡 (acne)、インスリン抵抗性、糖尿病、過体重/肥満および高血圧は PCOS および CS ではさまざまな程度で認める。
 
しかし、両者の有病率には違いがある。PCOS はかなり頻度の高い疾患であり、生殖可能な女性の 6.6%で認めるのに対し、CS は罹患率 0.7-2.6人/100万人·年の稀な疾患である。この二つの疾患は若い女性では合併する可能性もある。
 
CS の診断が確定した生殖可能年齢の女性を対象にした後ろ向き観察研究では、2例に 1例で PCOS だと診断されていた。PCOS の治療では高コルチゾール血症は改善しないし、PCOS でよく使われる経口エストロゲン製剤は CS の血栓リスクを悪化させ得る。
 
一方、CS と診断された閉経前の女性を対象にした前向き研究では、全ての患者で高アンドロゲン血症を認め、70%で月経異常、46%で多嚢胞性卵巣を認めた。この報告では、PCOS の臨床所見は CS の女性では一般に認められることが確かめられた。特にほどほどに (moderately) コルチゾール濃度が高い CS では PCOS の所見を認める。血中コルチゾール濃度が非常に高い場合は、視床下部の性腺刺激ホルモン (gonadotropin) 分泌刺激が抑制され、卵巣の大きさが保たれるようである。
 
Pall らは軽症の CS では PCOS と比較して総テストステロン (total testosterone: TT) が低値になるのではないかと仮説を立てた。彼らは TT のカットオフ値を 1.39 nmol/L とすると、感度 95%、特異度 70%で両者を鑑別できると報告している。この研究では、よく校正された検査が行われているが、多くのコマーシャルの検査は女性のテストステロンを測定する場合は精度も確度も不十分である。さらに、この研究では、軽症の下垂体性 CS と診断された患者だけを対象としているので、得られた基準を他のタイプの CS に適応することはできない。これらのデータを確かめるためには、より大規模な研究が必要である。
 
PCOS 患者で高コルチゾール血症のスクリーニングを行うことは妥当だろう。1 mg DST は特異度が高く、CS 診断に有用である。1 mg DST では、低いカットオフ値を用いても感度は保たれる。このことはスクリーニングの目的で行う場合は重要である。深夜の血漿コルチゾール測定も感度が高い検査である。一方、PCOS 患者の UFC 軽度高値は解釈に注意が必要である。PCOS 患者は正常体重でも肥満でもおよそ半数で UFC は正常上限を越える。
 
6-3. 糖尿病、肥満、メタボリック症候群
糖尿病患者における CS の有病率についてはデータは限られるが、CS に特徴的な所見を複数認める場合は CS を疑うべきである。
 
Terzolo らは糖尿病クリニックに通院している患者で通常診療を受けているもののうち、0.7%で CS が疑われると報告している。この頻度は治療を行っていても血糖および血圧のコントロールが不良な患者では 5.1%と高くなる。これより前の研究では、Catargi らは血糖コントロール不良で紹介された肥満 2型糖尿病の 2%が CS だと確定診断された。いずれの研究も最初のスクリーニングとしては 1 mg DST を行っている。
 
これらの結果からは 2型糖尿病患者に対して広く CS のスクリーニングを行うことは支持されないが、血糖コントロール不良または抵抗性高血圧症の糖尿病患者について CS のスクリーニングを行うこと (a case-finding approach) は妥当である。
 
肥満は世界的に流行しており、肥満の有病率は世界中で上昇し続けている。
 
肥満とコルチゾールの関係はくわしく調べられており、肥満はいつもではないが、しばしば HPA axis の反応性亢進と関連することが明らかにされている。研究によればコルチゾール分泌はしばしば亢進するが、おそらく末梢でのコルチゾール代謝が変化するために血中のコルチゾール濃度は正常または低値となる。これらの変化は組織特異的であり、肝臓ではコルチゾール不活性化が亢進 (コルチゾールから四水酸化物への代謝を触媒する 5α-レダクターゼ 1型の活性亢進による) し、脂肪組織ではコルチゾールの再合成が亢進する。肝臓におけるコルチゾール不活性化の亢進は HPA axis の活性化に対する代償機構かもしれない。
 
腹部肥満の女性では CRH-AVP 刺激に対する ACTH, コルチゾールの反応が亢進する。また、UFC も基準値より高値となることが知られている。しかし、これらの所見は不安神経症 (anxiety) およびうつ病 (depression) を除外すると認めなくなることから、肥満と HPA axis の亢進との関係には交絡因子が存在する可能性がある。
 
肥満患者における身体的および精神社会的な急性ストレスに対するコルチゾール反応亢進は一貫して認められる所見であり、交絡因子のひとつかもしれない。
 
デキサメタゾン投与に対するコルチゾール分泌抑制における下垂体のフィードバック制御については (肥満と健常者の間に) ほとんど差はなさそうである。腹部肥満がある場合、0.5 mg DST に対する反応は悪そうに見える。しかし、Pasquali らは肥満患者におけるデキサメタゾン投与に対する下垂体の感受性は両性ともに低用量の場合でも保たれていることを示した。
 
Abraham らは CS の徴候を 2つ以上認める過体重および肥満患者における 3つのパラメータ (HPA axis 機能、肥満·メタボリック症候群、精神的ストレス) 間の相関を分析した。HPA axis 機能は深夜の唾液コルチゾール、UFC, 1 mg DST で評価した。
その結果、男性においては腹囲と深夜の唾液コルチゾール濃度との間に弱い相関を認めたのを除いて、腹囲とコルチゾールについてのパラメータの間に関連は認めなかった。これより、肥満およびメタボリック症候群と全身のコルチゾール代謝との間に強い関連はなさそうである。
 
研究によって多くの結果が一致しないのは、コルチゾールの測定方法や研究デザインの違いによるのかもしれない。
 
様々な組織に局在する 11β-水酸化ステロイド脱水素酵素 1型 (11β-HSD type1) の活性は注目されている。11β-HSD type1 はミクロゾームの酵素であり、不活性なコルチゾンを活性のあるコルチゾールに変換する。これにより、細胞内におけるコルチゾール受容体へのコルチゾールの結合量を調節している。データには一貫性はないものの、肥満患者において脂肪および肝組織における 11β-HSD type 1 の活性亢進によって局所的な糖質コルチコイド作用が増幅されている可能性が示唆されている。
 
大網脂肪 (omental fat) は 11β-HSD type 1 によって不活性なコルチゾンから活性のあるコルチゾールを合成し、糖質コルチコイド受容体の活性化を増幅する。これにより、脂肪前駆細胞 (pre-adipocyte) の分化が促進され、脂肪細胞が増殖し、肥満につながる。(高度肥満患者において) 大網の 11β-HSD type 1 の発現が亢進していることは高度肥満の病態生理に 11β-HSD type 1 が関与している可能性を裏付ける。しかし、動物モデルとヒトにおいて多くの重要な研究が行われてきたが、結果は一致していない。これは種や組織によって 11β-HSD type 1 の発現量および活性が異なることと関連しているのかもしれない。
 
動物モデルで 11β-HSD type 1 の阻害剤のいくつかの効果が検討されており、血糖コントロールと脂質プロフィールの改善を認めている。
 
結果の不一致はあるものの、メタボリック症候群の病態生理における 11β-HSD type 1 のはたらきについてはさらなる研究が必要である。
 
7. PCS の原因となり得る病態には他にどのようなものがあるか?
 
7-1. アルコール乱用
 
アルコール症 (alcoholism) によって起こる CS に似た症候群についての最初の報告は 1970年代終わりに現れた。
 
複数のマウスを用いた研究で、アルコールは視床下部傍室核を介して CRH 分泌を刺激し、HPA axis を活性化することが示されている。
 
アルコール性肝炎患者において、11β-HSD type 1 の発現が亢進し、コルチゾールの産生亢進あるいは肝障害によるコルチゾールのクリアランス低下が示されている。
 
重度の典型的な徴候を呈する場合、診断は難しくないが、アルコール症患者では CS とよく似た病態が起こり得る。
 
複数の症例報告で CS に矛盾しない徴候を認め、後にアルコール依存症 (alcohol addiction) の結果であることが分かった症例について身体所見を詳細に報告している。これによると、87%で満月様顔貌、 81%で筋力低下または易疲労、75%で体幹の肥満 (truncal obesity)、69%で高血圧、12%で皮膚線条 (cutaneous striae) を認めた。
 
Coiro らはアルコール性 PCS の女性患者 10名のコルチゾール濃度を測定し、朝 8:30 の空腹時コルチゾールは対照群と比較して高値であることを見出した。Frias らは急性アルコール中毒 (acute alcohol intoxication) の若年者 (adolescents) ではコルチゾール濃度が高値であり、特に女性で顕著だったと報告している。Stalder らは最近禁酒した (アルコール症) 患者の毛髪に含まれるコルチゾールは対照群やずっと前に禁酒している患者と比較して高値であることを報告している。飲酒量の多い人と飲酒量の少ない人とを比較すると、前者の方が起床時および起床後 30分の唾液中コルチゾールの濃度は高値だった。(アルコール症患者では) 1 mg デキサメタゾン抑制試験による抑制が不十分であることも複数の研究で示されている。
 
興味深いことに、症例報告ではばらつきはあるものの禁酒するとクッシング徴候や生化学的な異常は消退することが示唆されている。
 
CS 患者では病歴を詳細に聴取することが極めて重要であり、アルコール症患者では禁酒後少なくとも 1ヶ月後までは臨床所見および生化学的所見をくり返し確認するべきである。
 
7-2. 摂食障害
 
神経因性食思不振症 (anorexia nervosa: AN) はやせている (underweight) にも関わらず食事摂取量を極度に制限し、体重を正常下限以上に維持することを拒むことを特徴とする精神異常である。AN は患者の摂食行動を大きく変え、死亡率は最大で 22%にもなる。
 
患者はふつう女性であり、無月経や体温調節能の低下、高コルチゾール血症 (おそらく慢性的な飢餓に関連するストレスによる) などの内分泌異常をともなう。HPA axis の異常は体重が戻った後も持続することがあるが、おそらく HPA axis の異常は AN の病態生理に関与している。
 
AN の若い女性では高コルチゾール血症を広く認める。高コルチゾール血症を来す機序についてはコルチゾールのクリアランス低下、コルチゾールのコルチコステロイド結合グロブリンに対する親和性の変化、コルチゾール受容体の増加など多くの仮説が提唱されている。やせた女性で高コルチゾール血症を認めるにも関わらずコルチゾール過剰による臨床所見を認めないことは、糖質コルチコイド作用に対する抵抗性で説明できるかもしれない。
 
AN における高コルチゾール血症の背景にあるしくみは MDD の場合とは異なるだろう。すなわち、CRH による強力な食欲抑制作用は AN で認める重度の体重減少に寄与しているかもしれない。
 
AN では、CRH 濃度は上昇している一方、ACTH 濃度は正常である。また CRH 刺激に対する ACTH の反応は低いが、ACTH 刺激に対するコルチゾール産生は増加する。HPA axis の変化があるにも関わらず、コルチゾールの日内変動は概して保たれているようである。ただし、いくつかの研究では矛盾する結果が出ている。
 
拒食症と過食症 (bulimia) で見られるコルチゾール過剰はさまざまな悪影響を与えうる。いくつかの研究は、コルチゾール過剰が拒食症における精神·認知機能障害を促進すると指摘している。摂食障害と関連するうつの重症度と 1 mg DST に対するコルチゾールの反応との関連も言われている。何人かの研究者は特に拒食症で認める注意欠陥の発症にコルチゾールが関与している可能性を指摘している。
 
低栄養とコルチゾール過剰は骨密度低下を促進するかもしれないし、高コルチゾール血症は他の下垂体ホルモン分泌 (ゴナドトロピン、成長ホルモン、甲状腺刺激ホルモン) にも影響し、希発月経-無月経や T3, T4 が低値であるにも関わらず TSH が低値であることの原因になり得る。
 
AN においては低栄養のために高コルチゾール血症による脂肪蓄積を来さないことがあるが、AN が軽快した後に不釣り合いに体幹部に脂肪が蓄積することはあり得る。
 
8. 症例に戻ってみよう
 
症例に挙げた患者は PCS と関連する病態を複数(精神疾患、過体重、PCOS) 持っている。これらはまた、内因性高コルチゾール血症によっても二次的に起こり得る (つまり、原因でも結果でもあり得る)。
 
患者の服用している薬剤 (経口避妊薬、抗うつ薬) にも注目すべきである。これらはホルモンの評価、すなわち深夜のコルチゾール濃度や 1 mg DST に影響を与え得る。
 
これらの薬剤を中止した後に再検すると、UFC はやはり軽度高値 (170 μg/日、基準値: 36-137 μg/日)であり、2 mg DST の 2日後のコルチゾール産生は抑制されていた (1.2 μg/L (μg/dL ?), 基準値: <1.8)。ラジオイムノアッセイ法を用いて 2回深夜唾液コルチゾールを測定したところ異なる結果が得られた (2.0, 3.6 mmol/L, 基準値: 0.5-2.6)。
 
これらの結果からは軽症の CS である可能性は除外できない。
 
9. CS の診断あるいは除外のためにさらにできることはあるだろうか?
 
9-1. 深夜の血清コルチゾール (midnight serum cortisol: McerC)
 
MserC を 1回測定し、207 mmol/L (7.5 μg/dL) をカットオフとすると CS と PCS とを感度 96%、特異度 100%で区別できると報告されている。この結果については同様の研究で確かめられており、起きている (wakeful) 患者についてはカットオフを 242 mmol/L (8.8 μg/dL) 、全ての PCS 患者については <256 mmol/L (9.3 μg/dL) をカットオフとすると CS と PCS を区別できると報告されている。
 
ある研究では、深夜と早朝のコルチゾール比 0.67 も CS と PCS とを区別できそうである。ただし、この検査は入院患者でしか行えないし、軽度の CS では偽陰性になるかもしれない。
 
9-2. デキサメタゾン抑制-副腎皮質刺激ホルモン刺激ホルモン刺激試験 (dexamethasone-suppressed corticotropin releasing hormone stimulation test: Dex-CRH)
 
この検査はデキサメタゾンでコルチゾール産生を 2日間抑制した後に CRH で刺激するというものである。Dex-CRH は PCS 患者では外因性の CRH 刺激に対する ACTH の反応が低下している一方、デキサメタゾン投与によるコルチゾール産生抑制は保たれているという観察結果に基づいて 1993年に始められた。しかし、この検査は研究によって結果がまちまちである。
 
最初の報告では、CRH 刺激後 15分の 血清コルチゾールの値のカットオフを 38 nmol/L (1.4 μg/dL) とすると、CS と PCS がきれいに区別できると報告している。しかし、この結果は後の研究では確かめられず、CRH 投与後 15分のコルチゾールのカットオフ値を見直すことが提案されている。
 
同じ患者集団で ACTH 濃度を調べると、CRH 投与後 15分の ACTH 濃度のカットオフを>3.5 pmol/L (16 pg/mL) とすると最も診断性能が良くなった。他の研究では、コルチゾールおよび ACTH のカットオフとして異なる値が提案されており、感度·特異度も異なる値が報告されている。
 
上記の研究で Dex-CRH test の信頼性が異なるのは、検査のプロトコルの違い、使用している CRH の違い (ヒツジかヒトか) 、用量の違い (1 μg/kg か 100 μg か) 、ACTH 測定法の違い (とりわけ濃度が低い場合) 、患者の特性 (高コルチゾール血症の程度、副腎性か下垂体性か) によるかもしれない。
 
9-3. 低用量デキサメタゾン抑制試験 (low dose dexamethasone suppression test: LDDST)
 
2日間かけて行う低用量デキサメタゾン抑制試験は診断性能が良かった。2件の研究では、コルチゾールのカットオフ値を 50 mmol/L (1.8 μg/dL) または 55 mmol/L (2.0 μg/dL) とすると診断精度は Dex-CRH test と有意に異ならなかった。ただし、もう 1件の研究ではこの結果は確かめられなかった。
 
9-4. CRH 刺激試験
 
CRH 刺激試験は一般には ACTH 依存性 CS の鑑別のために行われる。クッシング病 (Cushing's disease: CD) と PCS との鑑別については診断精度が低いので、この目的のためには行わないように言われていた。
 
Arnaldi らは最近、新しい基準を用いて CD と PCS、対照群を鑑別できないかを調べた。彼らは二つのパラメータの組み合わせで CD を診断することを提案している。新しい基準とは、(i) 基礎血清コルチゾール >331 mmol/L (12 μg/dL)および頂値血漿 ACTH >12 pmol/L (54 pg/mL) 、または (ii) 頂値血清コルチゾール >580 mmol/L (21 μg/dL) および頂値血漿 ACTH >10 pmol/L (45 pg/mL) である。これらの基準は従来のものよりも診断精度が優れていた。
 
9-5. デスモプレシン刺激試験 (Desmopressin stimulation test: DDAVP)
 
DDAVP はほとんどの CD 患者で血漿 ACTH と血清コルチゾールの著明な上昇を引き起こすが、PCS 患者や健常者では起こらない。
 
以前は、DDAVP 注射後 30分以内の ACTH が 6 pg/mL 以上上昇が CD を PCS から区別する最も優れた診断基準であると言われていた。
 
Rollin らは ACTH 頂値 >15.8 pmol/L または ACTH 基礎値からの 8.1 pmol/L 以上の上昇はそれぞれ (陽性的中率が) 93%、92%だったと報告している。
 
DDAVP test の診断性能を向上させるために Tirabassi らは同時に測定したコルチゾールの基礎値と ACTH の基礎値からの上昇からなる新しいパラメータの組み合わせを提案している。彼らによると、これらのパラメータのうち陽性であるものが 1つ以下である場合は CD は除外できる。
 
9-6. 補助的検査の組み合わせ
 
同じ対象者に対して複数の検査を比較している研究は数えるほどしかない。Alwani らは Dex-CRH test と深夜唾液コルチゾールまたは深夜血清コルチゾールを組み合わせると、真の CD と PCS とを高い診断精度で区別できると報告している。その他の検査の結果はほとんどの患者で一致しており、これらを組み合わせても診断性能は向上しなかった。彼らは深夜唾液コルチゾール (診断閾値は各施設の基準を用いる) を第一選択とすることを提案している。
 
他の研究者らは、Dex-CRH test の診断性能が低いので LDDST と深夜血清コルチゾールで検査を始めることを勧めている。
 
Tirabassi らはヒト CRH および DDAVP による刺激試験は優れた診断性能を示したと報告している (どちらの試験も感度 96.6%、特異度 100%)。これらの検査は、CD または PCS の同じ患者集団において、その他の検査のあらゆる組み合わせ (UFC, 1 mg DST, 血清コルチゾール日内変動) よりも一致率が高かった。彼らはコルチゾールと ACTH を同時に分析する新しい解釈の基準を用いて ヒトCRH または DDAVP による刺激試験を行うことを提案している。どちらがより良いということはなく、特殊な状況でなければ両方を行う必要はない。
 
10. 再び症例に戻ってみよう
 
2 mg デキサメタゾン投与 48時間後に CRH 試験を行った。コルチゾールの基礎値は 0.9 μg/dL で 15分後の時点では 1 μg/dL だった。次に DDAVP 試験を行った。コルチゾール基礎値は 19 μg/dL で頂値は 21 μg/dL だった。一方、ACTH は 17→20 pg/mL に上昇した。これらの結果は PCS であることを示唆する。そのため、UFC の軽度高値が持続したのは検査の精度が十分でないことによると判断した。
 
その後、減量のために生活習慣の是正を勧めたところ、高コルチゾール血症による症候は少し改善した。このことからも PCS の診断は確からしいと考えられた。
 
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31846432/
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