褐色細胞腫とパラガングリオーマ
N Engl J Med 2019; 381: 552-565
動画: 12 歳男児の胸腔内パラガングリオーマ
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMra1806651#
褐色細胞腫は臨床医を魅了し、時には混乱させる。カテコールアミンの過剰分泌に起因する症状は、30 以上の疾患との鑑別を要する。早期診断が重要であるが、適切な生化学的検査や画像検査を選択することは容易ではない。治療は外科的切除であるが、手術の最適な準備とタイミングについては分かっていない部分 があり、さらに、適切な手術手技の選択については議論の余地がある。さらに、これらの腫瘍の遺伝的基盤の理解と、関与する遺伝子変異に応じた特定の症例の管理方法に関する最近の進歩が、複雑さに拍車をかけている。ここでは、このまれな新生物の診断と管理における最近の進歩に焦点を当てる。
1. 歴史、用語、組織学的特徴
ドイツのフライブルクの病理学者 Max Schottelius(1849-1919)は、褐色細胞腫の病理組織学的特徴を初めて記述した人物である。この報告は英訳され、1984 年に "Classics in Oncology "シリーズに掲載された。2007 年、われわれは、この患者が多発性内分泌腫瘍 2 型(multiple endocrine neoplasia type 2: MEN-2)であると報告された最初の患者であることを報告した。彼女の兄弟の子孫は、rearranged during transfection(RET)突然変異を有することが判明した。褐色細胞腫 (pheochromocytoma) という用語は、ドイツの病理学者Ludwig Pick が使用した 1912 年にさかのぼる。
2017 年の世界保健機関(World Health Organization: WHO)の分類では、褐色細胞腫は副腎腫瘍であり、パラガングリオーマは副腎外腫瘍である。この 2 つの腫瘍型は組織学的所見では鑑別できないため(図 1)、解剖学的位置で区別する。
図 1. 褐色細胞腫とパラガングリオーマの解剖学的位置
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMra1806651?logout=true#f1
免疫組織化学的検査では、クロモグラニンで染色された主細胞と S100 で染色された副生細胞が認められる。
2. 臨床症状および診断
褐色細胞腫およびパラガングリオーマの発生率は、10 万人年あたり約 0.6 例である。古典的三徴とされる頭痛、動悸、および大量の発汗の他、さまざまな症状を呈し得る。しかし、断層撮影の普及により、副腎腫瘤を偶発的に発見することが多くなってきている。さらに、褐色細胞腫およびパラガングリオーマの無症候性症例が、家族および生殖細胞変異検査に基づいて発見されることが多くなってきている。
診断に至るまでのアプローチは施設によって異なるかもしれないが、コンセンサスアプローチを表 1 に示す。
表 1. 臨床的シナリオ別の褐色細胞腫診断のアプローチ
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褐色細胞腫またはパラガングリオーマの診断には、カテコールアミンの過剰分泌の証明と解剖学的に腫瘍を同定することの両方が必要である。血漿メタネフリン分画(メタネフリンおよびノルメタネフリン)の増加は、15 件の研究で平均感度 97%、特異度 93%であった。一方、カテコールアミン分画(エピネフリン、ノルエピネフリン、ドーパミン)の感度は低いが、明らかに高い値(正常範囲の上限の 2 倍以上)は診断的である。しかし、血漿中および尿中のメタネフリン分画およびカテコールアミン濃度の軽度の上昇は、褐色細胞腫でない人によくみられる。薬物(例えば、三環系抗うつ薬、抗精神病薬、セロトニン再取り込み阻害薬またはノルエピネフリン再取り込み阻害薬、およびレボドパ)は内因性カテコールアミンの上昇を引き起こす可能性があり、臨床的状況(例えば、急性疾患)は偽陽性の検査結果につながる可能性がある。カテコールアミン分泌腫瘍を効果的にスクリーニングするには、ホルモン評価を実施する少なくとも 2 週間前に、三環系抗うつ薬およびその他の精神作用薬を漸減中止すべきである。
褐色細胞腫またはパラガングリオーマ診断のための画像検査では、表 1 に示す 3 つのシナリオを考慮する必要がある。第一に、典型的な症状を認め、メタネフリンまたはカテコールアミン濃度が明らかに上昇している場合、第二に、副腎または後腹膜腫瘍の偶発的に発見した場合、第三に、遺伝子検査で感受性遺伝子の生殖細胞系列変異を認めた場合である。シナリオ 1 では、造影 CT または T2 強調 MRI により腫瘍の局在を確認する。副腎外カテコールアミン分泌性腫瘍のほぼすべてが骨盤や胸郭ではなく後腹膜に存在するため、まず後腹膜全体の画像検査を行うことがスタンダードである。シナリオ 2 では、造影剤を用いない CT が重要である。CT 値が10 ハウンスフィールド単位 (Hounsfield Units: H. U.) 以下である場合、腫瘤は脂質に富むと判断され、褐色細胞腫やパラガングリオーマの診断が除外される。この場合、生化学的検査は不要である。生化学的検査で異常がみられた場合は、造影 CT または MRI による断面撮影が適応となる。シナリオ 3 については、無症候性生殖細胞突然変異保因者とその近親者のケアに関する以下の議論を参照のこと。
褐色細胞腫またはパラガングリオーマが診断された時点で、さらに全身の画像診断を行う必要があるかどうかは疑わしい。機能的画像検査(例えば、123I 標識メタヨードベンジルグアニジン [metaiodobenzylguanidine: MIBG] によるシンチグラフィ、または 68Ga 標識 1,4,7,10-テトラアザシクロドデカン-1,4,7,10-テトラアザシクロドデカン-オクトレオテート [1,4,7,10-tetraazacyclododecane-1,4,7,10-tetraaceticacid-octoreotate: DOTATATE] または 18F 標識 l-ジヒドロキシフェニルアラニン [I-dihydroxyphenylalanine: l-DOPA])を用いた PET-CT は、褐色細胞腫およびパラガングリオーマの局在診断に非常に有効である(図 1)。 さらに、68Ga-DOTATATE-PET-CT の結果は生化学的測定値と相関する。機能的画像検査の主な適応は、転移巣の検索または多発性クロマフィン腫瘍の同定である。
対照的に、頭頸部パラガングリオーマは通常、頸動脈小体腫瘍 (carotid-body tumor) および迷走神経傍神経節腫として発見される。あるいは、頚鼓膜パラガングリオーマ (jugulotympanic paraganglioma) による伝導性難聴および拍動性耳鳴を伴う、無痛で緩徐に増大する腫瘤として発見される。下部脳神経の障害は、進行した頭頸部パラガングリオーマの患者にしばしばみられる。このような患者では、カテコールアミン過剰分泌が認められることはまれである。
3. 治療
褐色細胞腫およびパラガングリオーマの治療の要は外科的切除である。これらの腫瘍のほとんどは、生化学的および CT または MRI の所見に基づいて切除される。主な問題は、手術のタイミングと術式に関するものである。
α- および β-アドレナリン作動性遮断の併用は、血圧をコントロールして術中の高血圧クリーゼを予防することを目的とする褐色細胞腫患者に対する標準治療である。アドレナリン作動性遮断は、通常、非選択的または選択的 α-アドレナリン作動性受容体拮抗薬により達成される、 フェノキシベンザミン(phenoxybenzamine) による非選択的 α-アドレナリン遮断(1 回 10 mg を 1 日 2 回経口投与から開始し、それぞれの年齢の正常低値の血圧を目標に 1 回 30 mg まで 1 日 3 回に増量)、またはドキサゾシン (doxazosin) による選択的 α1-アドレナリン遮断(1 回 1 mg を 1 日 1 回経口投与から開始し、目標血圧値を達成するために必要に応じて 1 回 10 mg 1 日 2 回まて増量)で、通常は手術の少なくとも 7 日前に開始する。アドレナリン受容体拮抗薬を投与する場合は、高ナトリウム食(例えば、1 日 5000 mg)と十分な水分摂取(例えば、1 日 2.5 リットル)も行うべきである。
β-アドレナリン拮抗薬(例.徐放性メトプロロール(extended release metoprolol) を 1 日 1 回 25 mg から経口投与し、平均心拍数 80 回/分を目標に必要に応じて 1 日 2 回 100 mg まで増量する)は α-アドレナリン受容体拮抗薬で血圧を正常化させた後で、頻脈をコントロールするために投与すべきである。なぜなら、β-アドレナリン受容体拮抗薬単独では、拮抗されない α-アドレナリン受容体刺激の結果、重篤な高血圧または心肺機能低下が起こる可能性があるからである。しかし、術後の持続性低血圧は、術前のアドレナリン受容体遮断の合併症となりうる。
2017 年、アドレナリン遮断を行わない管理という概念が模索された。α-アドレナリン受容体拮抗薬による術前治療を受けた患者 110 人と受けなかった患者 166 人を対象とした前向き研究では、術中の最大収縮期血圧、高血圧エピソード、重大な合併症に関して関連する差は認められなかった。α アドレナリン遮断を行わずとも、長期にわたる血圧上昇のエピソードに関連した副作用のない患者では、手術前の数日間に循環動態の破綻が起こる可能性は低いと思われ、麻酔中のニトロプルシド (nitroprusside) による血圧コントロールが正当化される可能性がある。このことは、遅滞なく手術を行えるようになる可能性を拓く。しかし、内分泌学会が 2014 年に発表した褐色細胞腫ガイドラインや多くの専門家は、すべての患者に対して術前のアドレナリン遮断を推奨し続けている。
1996 年まで、褐色細胞腫に対する術式は開腹手術であり、腫瘍とともに副腎全体を摘出するものであった。米国、欧州、アジアの多くの施設からの逸話的証拠 (anecdotal evidence) によると、この手術は現在でも頻繁に行われている。その後数十年にわたり、経腹腔的または後腹膜的アクセスによる内視鏡技術が開腹手術に取って代わり、手術時間の短縮、術中および術後の合併症の減少、入院期間の短縮のため、標準的な治療法となった。直径 5 cm 以上の褐色細胞腫は内視鏡的に安全に摘出できることが示されているが、その安全な摘出についてはまだ議論の余地があり、腫瘍の特性および外科的専門性に応じて個別に検討すべきである。両側副腎褐色細胞腫については、術後にグルココルチコイドおよびミネラルコルチコイドの補充が必要となるのを避けるため、臓器温存手術の概念が 1999 年に導入された。
頭頸部パラガングリオーマ (head-and-neck paraganglioma) の患者にとって、最良の治療選択肢を見つけることはしばしば困難であり、個別化された学際的アプローチが不可欠である。治療の選択肢には、手術、定位放射線手術、外部放射線療法、経過観察 (wait-and-scan) などがある。あらゆる治療を行う前に、正確な位置と腫瘍進展の有無、病期分類を決定することが不可欠である。頸動脈小体腫瘍はシャンブリン分類 (Shamblin classification) を使用して分類されることが最も多いが、頸鼓膜パラガングリオーマにはフィッシュ分類 (Fisch classification) が使用され、どちらも外科的管理の指針となる。進行した頸部パラガングリオーマ(シャンブリン分類 III)および頸部パラガングリオーマ(フィッシュ分類 C および D)では、術後に下部脳神経の障害がしばしばみられる。これらの進行した腫瘍の患者では、非外科的治療選択肢の方が治療に関連した合併症が少ない可能性がある。
4. 感受性遺伝子
RET がん原遺伝子は褐色細胞腫の危険因子として 1993 年に同定された。これらの研究と並行して、臨床管理戦略の指針となる遺伝子特異的臨床データが研究されてきた。ここでは、現在同定されている 10 の臨床的に関連性のある症候群(表 2)について、最も広く研究されている臨床表現型(例えば、腫瘍の部位、腫瘍の数、および腫瘍発現時の患者の年齢)を明らかにする。
表 2. 褐色細胞腫関連症候群の特徴
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褐色細胞腫に関連性のある症候群としては、RET がん原遺伝子の生殖細胞系列変異によって引き起こされる MEN-2、VHL がん抑制遺伝子の変異によって引き起こされる von Hippel-Lindau 病、NF1 がん抑制遺伝子の変異によって引き起こされる神経線維腫症 1 型、コハク酸脱水素酵素遺伝子 SDHD(症候群 1)、SDHAF2(症候群 2)、SDHC(症候群 3)、SDHB(症候群 4)およびSDHA(症候群 5)の変異によって引き起こされるパラガングリオーマ症候群 1-5、膜貫通蛋白質 127(transmembrane protein 127: TMEM127)および MYC 関連因子 X(MYC-associated factor X: MAX)をコードする遺伝子の変異によって引き起こされる遺伝性褐色細胞腫症候群がある。 その他の感受性遺伝子には、EGLN1(PHD2)、EGLN2(PHD1)、KIF1B、IDH1、HIF2A、MDH2、FH、SLC25A11、DNMT3A などがあり、遺伝子型-臨床転帰の厳密な評価はまだ行われていない。一般公開されている褐色細胞腫またはパラガングリオーマ感受性遺伝子に関連する、様々な遺伝子変異データベース(例えば、LOVD ベースの SDHx 変異データベース [www.LOVD.nl])は、臨床医および研究者にとって有用であろう。
5. 褐色細胞腫関連症候群
褐色細胞腫関連症候群(表 2)の臨床的特徴は、神経線維腫症 1 型、von Hippel-Lindau 病、および MEN-2 に始まり、100 年以上前から知られている。様々な生殖細胞系列変異を含む感受性遺伝子が同定されたことにより、これらの症候群やその他の症候群が定義され、区別されるようになった。これらの症候群の最大 50%で、片側または両側の褐色細胞腫が発生する。褐色細胞腫の患者で病原性 RET 突然変異が同定された場合、事実上すべての突然変異保因者が甲状腺髄様がんを発症すること、また、MEN-2B ではなく MEN-2A の患者の 20%が副甲状腺機能亢進症を発症することは覚えておく必要がある。
MEN-2B(RET p.M918T 変異を主徴とする)の患者が最初に褐色細胞腫を呈することはまれであろう。なぜなら、MEN-2B を構成する甲状腺髄様がん、神経節細胞腫 (ganglioneuroma) (ふつう舌、口唇、眼瞼を冒す)、骨格奇形(例.後側弯 [kyphoscoliosis]、マルファン様体型 [marphanoid habitus])、関節弛緩症 (joint laxity)、腸管神経節神経腫症状 (intestinal ganglioneuromatosis) は比較的早期に、場合によっては乳児期に現れるからである。
対照的に、von Hippel-Lindau 病、特に 2 型では、褐色細胞腫とパラガングリオーマがよくみられ、患者の最初の症状 (乳児期に認めることもある) のひとつであることがあり、コドン 98, 161, 167 の変異と関連していることが多い。ミスセンス VHL 変異は von Hippel-Lindau 病 2 型を予測する。VHL の trancating 変異はしばしば腎細胞がんと関連し、まれに褐色細胞腫(von Hippel-Lindau 病 1 型)と関連する。von Hippel-Lindau 病の他の特徴としては、網膜および中枢神経系(central nervous system: CNS)の血管芽腫 (hemangioblastoma) および膵神経内分泌腫瘍 (pancreatic neuroendocrine tumor) がある。
神経線維腫症 1 型は、神経線維腫 (neurofibroma) 、カフェオレ斑 (cafe au leit spot)、腋窩の雀卵斑様色素斑 (axillary freckling)、虹彩過誤腫(iris hamartoma, Lisch 結節)、骨異常 (bony abnormality)、中枢神経系グリオーマ (CNS glioma)、巨頭症 (macrocephaly)、および認知障害(cognitive deficit) を特徴とするが、褐色細胞腫およびパラガングリオーマは罹患者の 1-3%にしかみられない。少数派の SDHx 遺伝子変異保有者では、消化管間質腫瘍(gastrointestinal stromal tumor: GIST)、腎細胞がん、または下垂体腺腫を認める。常染色体優性遺伝の Carney-Stratakis 症候群は、褐色細胞腫、パラガングリオーマ、またはその両方と GIST との関連を特徴とし、いわゆる 3PAs 症候群(褐色細胞腫、パラガングリオーマ、および下垂体腺腫)は SDHx 遺伝子変異と関連している。
遺伝的素因の概念は、患者とその家族を混乱させるかもしれない。褐色細胞腫を誘発する生殖細胞系列変異の遺伝は常染色体優性遺伝である。これは、保因者の子孫が親の変異を受け継ぐ可能性が 50%であることを意味する。しかし、SDHD と SDHAF2 は母性インプリンティング(遺伝子が母方の対立遺伝子から発現されない)である。このことは、母親から突然変異を受け継いでも腫瘍が発生することはまれであることを意味する。
6. 遺伝性褐色細胞腫およびパラガングリオーマの臨床的特徴
遺伝性褐色細胞腫およびパラガングリオーマの古典的な特徴としては、家族歴の他に、発症時年齢が早いこと、副腎外および多発性の原発腫瘍、さらに関連する非パラガングリオーマがある(表 2および図 2)。
図 2. 褐色細胞腫·パラガングリオーマにおける遺伝子変異の頻度
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMra1806651?logout=true#f2
診断時年齢は、家族性褐色細胞腫およびパラガングリオーマの方が散発性症例よりも約 15 歳若く、von Hippel-Lindau 病が最も早い年齢で診断される。Zuckerkandl 器官、胸郭、または膀胱などの特異な部位に発生したパラガングリオーマは、患者が腫瘍に関連する症候群を有する可能性を示唆すべきである。
Zuckerkandl 器官
https://drsanu.com/articles/tubercle-zuckerkandl/
褐色細胞腫およびパラガングリオーマの解剖学的位置は症候群間で大きく異なる(表 2)。副腎褐色細胞腫は、RET の生殖細胞系列変異を有する患者にほぼ限定して発生する。対照的に、VHL、NF1、MAX および TMEM127 に変異を有する患者では、褐色細胞腫が一般的であるが、後腹膜パラガングリオーマも観察される。SDHx 遺伝子変異を有する患者は頭頸部パラガングリオーマを頻繁に認めるが、褐色細胞腫および後腹膜パラガングリオーマは主に SDHD、SDHB、および SDHA 遺伝子変異の保因者にみられる。まれな胸部パラガングリオーマは、ほとんどが SDHB、SDHD、または VHL の変異と関連している。RET、VHL、SDHD、または MAX の生殖細胞系列変異を有する患者では、複数の原発腫瘍がしばしば発生する。
7. 転移性褐色細胞腫
悪性褐色細胞腫の診断には問題がある。病理学者は、増殖パターン、細胞分裂、細胞および核の異型性などの組織学的特徴を褐色細胞腫およびパラガングリオーマにおける悪性の生物学的特徴と相関させており、これらの所見はスコアリングシステム (例えば、Pheochromocytoma of Adrenal Gland Scaled Score [PASS]、Grading System for Adrenal Pheochromocytoma and Paraganglioma [GAPP] など)。しかし、いずれのスコアリングシステムも依然として個々の腫瘍の臨床的挙動を予測することは困難であり、有用性は支持されておらず、広く使用されていない。
現在のところ、悪性褐色細胞腫またはパラガングリオーマの根拠となる転移していることだけであり、内分泌腫瘍の更新された WHO 分類では、「悪性褐色細胞腫 (malignant pheochromocytoma)」という用語が「転移性褐色細胞腫 (metastatic pheochromocytoma)」に置き換えられている。転移は、通常クロマフィン組織が見つからない場所(例えば、リンパ節、肺、肝臓、骨)に存在し、しばしば転移は組織学的に確認されず、代わりに核画像診断で記録される。褐色細胞腫が原発腫瘍の場合、典型的な転移部位は骨およびリンパ節であるのに対し、パラガングリオーマが原発腫瘍の場合は肝転移が多い。注意点として、手術中に腫瘍を破裂させてしまった後に再発性腫瘍や転移性腫瘍が生じることがあり、これにより治癒不能な腫瘍の播種につながる可能性がある。
転移性褐色細胞腫に対する治療選択肢としては、外科的切除、放射性標識担体(例えば、131I-MIBG または 90Y-DOTATATE および 177Lu-DOTATATE)の使用、熱アブレーション、化学療法、および外部照射がある。転移性褐色細胞腫またはパラガングリオーマの患者のほとんどが散発性腫瘍である。転移性疾患を発症する遺伝性褐色細胞腫患者では、SDHB 変異による腫瘍が症例の最大 43%を占め、次いで VHL、SDHD、NF1 変異が続く。全生存期間および疾患特異的生存期間は、それぞれ 25 年および 34 年と驚くほど良好である。
8. 患者のニーズ
患者の視点からの主な関心事は、早期診断、生殖細胞突然変異が治療に及ぼす影響、最良の手術選択肢、遺伝的特徴に基づいた術後ケア、および親族の適切なケアとサーヴェイランスである。
散発性褐色細胞腫やパラガングリオーマを早期診断できるかどうかは、カテコールアミン分泌腫瘍の徴候および症状を認識できる臨床医の洞察力にかかっている。全ての褐色細胞腫やパラガングリオーマの患者は遺伝子解析を受けるべきであり、診断が確定した時点で遺伝カウンセリングを受けた上でいつ遺伝子検査を実施するべきかを検討することが重要である。特定の遺伝子変異が行うべき画像検査とその後の医学的管理を決める指針となる(表 1)。例えば、RET が変異している場合は甲状腺髄様がんに対して、VHL が変異している場合は眼および CNS の血管芽細胞腫、耳、腎臓、膵臓の腫瘍に対して、SDHx、MAX、または TMEM127 が変異している場合はその他のクロマフィン腫瘍またはまれな腎臓がん、下垂体腺腫、または GIST に対して画像検査が実施される。重要な問題は、褐色細胞腫を切除する前に変異のスクリーニングを実施すべきかどうかである。両側の副腎腫瘍は、特に RET の生殖系列の細胞に突然変異を有する患者では、10 年以上の間隔をおいて発生することがある。したがって遺伝子検査の結果に基づいて、副腎皮質を十分に温存するための手術計画を立てるべきである。
手術成績が良好であると判断される基準としては、1. 腫瘍が完全に切除されている、2. 永続的な合併症がない、3. 術後の疼痛が限定的である、4. 手術痕は美容的に良好である、5. 入院期間が短いことなどがある。これらの目標を達成するためには、専門外科医による低侵襲手術が鍵となる。
生殖細胞系列変異を有する患者には、組織化された長期術後ケアプログラムが不可欠であり、内分泌専門医の手に委ねられるべきである。このようなプログラムの目標(表 1)には、褐色細胞腫およびパラガングリオーマのサーベイランスおよび早期発見、MEN-2 患者における甲状腺髄様がんおよび原発性副甲状腺機能亢進症などの関連する非クロマフィン腫瘍のサーヴェイランスおよび管理が含まれる。他にも、von Hippel-Lindau 病患者における網膜、小脳および脊髄の血管芽腫、腎細胞がんおよび膵神経内分泌腫瘍、神経線維腫症 1 型患者における末梢神経鞘腫瘍および乳がん、SDHx および MAX 変異患者における GIST、腎細胞がんおよび下垂体腫瘍がサーヴェイランスの対象となる。
9. 無症候性生殖細胞変異保因者の検査
変異遺伝子保因者の第一親等 (first-degree relative) の親族全員に、遺伝カウンセリングを行った上でカスケードスクリーニング (cascade test) の機会を提供すべきである。
カスケードスクリーニング
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30239769/
親族を検査することにより、通常無症状の変異保因者を 50%の確率で同定することができる。これらの無症候性変異保因者に対しては、臨床的サーベイランスと変異遺伝子に特異的な管理を行うべきである(表 1)。変異遺伝子に特異的な、年齢依存性浸透率 (age-related penetrance) を把握することは、褐色細胞腫、パラガングリオーマ、および非クロマフィン腫瘍を切除可能な早期段階で同定するための管理の指針となる。
年齢依存性浸透率
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsft/3/2/3_76/_pdf/-char/ja
患者と臨床医の双方が、疾患の浸透度の概念を理解することが重要である。ある遺伝子のすべての変異保因者を含む浸透率の数値を提示している研究もあれば、1. MEN-2A や MEN-2B のような症候群の臨床型、2. 無症候性保因者、あるいは 3. 特定の遺伝子変異についてのみのデータサブセットを提示している研究もある。褐色細胞腫やパラガングリオーマのすべての感受性遺伝子に共通する特徴は、年齢依存性および不完全浸透 (incomplete penetrance) である。
不完全浸透
https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/24-%E3%81%9D%E3%81%AE%E4%BB%96%E3%81%AE%E3%83%88%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF/%E9%81%BA%E4%BC%9D%E5%8C%BB%E5%AD%A6%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%88%AC%E5%8E%9F%E5%89%87/%E9%81%BA%E4%BC%9D%E5%AD%90%E7%99%BA%E7%8F%BE%E3%81%AB%E5%BD%B1%E9%9F%BF%E3%82%92%E5%8F%8A%E3%81%BC%E3%81%99%E5%9B%A0%E5%AD%90
例えば、RET 変異保有者における褐色細胞腫または傍神経節腫の平均浸透率は 44 歳までに 50%であるのに対し、von Hippel-Lindau 病 2 型への感受性を高める変異保有者では、平均浸透率は 52歳で 50%である。SDHA 突然変異の発症率は 40 歳までに 39%であるのに対し、70 歳ではわずか 10%であり、発症者の親族である変異保因者の生涯発症率は1.7%である。SDHA 変異の浸透率とは異なり、SDHB 変異の浸透率は発端者 (proband) と近親者で同様であり、60 歳まで 22%であり、これも生涯浸透率を反映している。一方、SDHC 変異の 60 歳までの浸透率は 8%、SDHD 変異では 43%である。MAX、TMEM127、SDHAF2、および新しい遺伝子については、現在推定中である。
手術後、無症状の患者は、少なくとも 3 年間は毎年、生化学的検査と手術部位の断層撮影を受けるべきである。その後のサーヴェイランス撮影の間隔についてはまだ議論の余地があるが、ほとんどの専門施設では 2-3 年ごとに撮影を行っている(表 1)。無症候性パラガングリオーマ患者の術後サーヴェイランスについては、ガイドラインがある。
10. 褐色細胞腫/パラガングリオーマ患者の妊娠
妊娠中の褐色細胞腫は、医学における大きな課題の 1 つとみなされている。最も重要なことは、産科医、内分泌科医、および外科医の学際的協力である。
妊娠中の患者には、妊娠していない患者と同様の症状があり、妊娠前に高血圧があった可能性もある。腫瘍は妊娠のどの時期にも症状を呈する可能性がある。診断は臨床的に疑い、生化学的に確認すべきである。画像診断には、造影剤を用いない超音波検査および MRI が推奨される。核医学による画像診断は禁忌である。
子宮胎盤循環を十分に保つ必要があるため、薬物治療 (主に α アドレナリン受容体拮抗薬) は困難である。内視鏡的腫瘍摘出術が選択される選択肢であり、母子ともに良好な成績でくり返し行われている。手術を行う場合の望ましい時期は妊娠中期である。別のアプローチとしては、妊娠中に医学的管理を行い、分娩後数週間で褐色細胞腫を切除する方法がある。しかし理想的には、褐色細胞腫/パラガングリオーマは妊娠を計画するかなり前に発見されるべきである。この意味で、分子遺伝学は理想的な手段である。図 3 は、生殖細胞系列の VHL 突然変異が同定された後に無症候性のパラガングリオーマの切除を受け、5 年後に何事もなく妊娠した 18 歳の女性の症例である。
図 3. 遺伝子検査で同定された無症候の傍副腎パラガングリオーマを切除された18 歳女性
11. 結論
褐色細胞腫が初めて報告されてから 130 年以上が経過した。診断と治療の進歩は劇的である。臨床症状は、高血圧発作、動悸、および頭痛の古典的症状から、断層撮影検査による副腎腫瘤の偶発的発見、および生殖細胞系列変異検査に基づく無症候性褐色細胞腫の検出へと発展してきた。症例検出のための生化学的検査は、より高感度かつ特異的になっている。CT および MRI による画像診断、123I-MIBG シンチグラフィーまたは 68Ga-DOTATATE-PET-CT による機能的画像検査の進歩により、腫瘍の局在診断が容易になった。低侵襲手術手技の開発により、手術成績は向上している。生殖系列細胞の遺伝子変異が褐色細胞腫またはパラガングリオーマの原因となる 19 の遺伝子の同定に基づいて、個別化治療と腫瘍サーベイランスが著しく進歩した。
これらの内分泌腫瘍はまれであり、多くの臨床医が遭遇することはない。とはいえ、臨床医が警戒を怠らず、これらの腫瘍を疑い、診断し、切除することは重要である。なぜなら、関連する症状や高血圧は外科的切除により治癒可能だからである。腫瘍を診断して切除しなければ、致死的な発作や心障害の危険性がある。これらの腫瘍は悪性の可能性があり、早期切除が転移を予防する方法である。
現在までのエビデンスから、発症年齢や家族歴に関係なく、褐色細胞腫またはパラガングリオーマを呈する患者の 40%以上が生殖細胞系列の遺伝子変異を有することが示されている。理想的には、全ての褐色細胞腫/パラガングリオーマ患者は、遺伝カウンセリングを行った上で遺伝子パネル検査を受け、変異遺伝子特異的な管理が開始できるようにすべきである。患者が変異を有することが判明した場合、すべての一親等の近親者に遺伝子検査を受ける機会を提供すべきである。早期発見と治療を目的とする遺伝子情報に基づいたサーヴェイランスは、遺伝子情報に基づいた精密医療の勝利であるが、現在の腫瘍サーヴェイランスに伴う累積放射線量と造影剤のリスクを回避するためには、的を絞った予防療法を提供することが望ましい。
元論文
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMra1806651