
ものの5分も走れば、第五十七番札所栄福寺。ここから、山道を15分ほど、九十九折の細道を這い上がれば、五十八番さんの仙遊寺。
この山寺からの瀬戸内海の眺望は最高である。
む、陽の差し加減が違う。広島側からでは南からの、アゲインストの陽射しで、海面はきらめきがきつい。
四国からは海にフォローの陽光が差す。当然、ここから見たほうが、この大きな内海は目に優しい風景となる。
人々の顔も柔和な感じがするは、単なる偶然の一致だろうか。
この辺りには、有名な海水浴場「唐子浜」がある。少しは子供らにも愛想をしておかねば、また、「お家に帰りたい」などと、駄々をこねられては大変だ。次のお参りがすんだら、海で遊ばすことにしてやった。
伊予の国分寺は五十九番札所である。
駐車場から降りれば、どこかで聴いたことのある、コーラのビンの飲み口に、息を吹きかけたような、低く風が擦れるような音が響いている。
おお、あれは足摺岬で、私を「三行半男」にしてくれた、尺八おじさんではないか。とりあえず、その節のお礼を述べねば・・・
「足摺では、思わぬ気転を効かして頂いて、ありがとうございました」
「ぶぉぉぉ べぇぉぉ (ピタ) ああ、あの時の魚屋さん・・・、皆さんお達者ですか」
「はい、おかげさまで、しかし随分と早く回られているようですが、歩き遍路ではなかったのですねぇ」
「おぉ、わしは旅行社に連れ回されることもあるでの、その時まかせじゃ」
と言いつつ、しげしげと私の顔をながめだした。
「あんた、水難の相がでておる、用心した方がいい」
「えぇ、今さっき、子供らに唐子浜で遊ぶと、約束したばかりなんですが・・・」
「いや、海はいかん、そうだ川、いや滝の方がいい。滝なら人命に、関わるようなことはないようじゃ、是非、そうせい」
雰囲気からして、この人の予言は当たりそうなので、是非、そうする事にしたが、滝を良く知らない子供らが簡単に納得しない。
滝の近くにはマクドナルドがあると、何とか説得して、カーナビで「滝」を検索してみる。
小さな滝は省かれているようで、一番近いところが「白猪の滝」国道から県道にさらに町道からあぜ道の果てにある。超山奥である。
水着のない鬼嫁は、滝で涼みたいらしく、行く気まんまんである。もう行くしかない。はたしてマクドナルドはあるだろうか?
滝にたどり着くのは、寺にたどり着くどころの話ではなかった。
駐車場から、いくら歩いても水音ひとつしない。しかし、案内看板があった以上、滝はあるに違いない。
涼をもとめて行楽客も行き交っている。
おんぶに抱っこコールが背後よりこだまする。マクドナルドがなくても、我慢する事を条件に、小を肩車、中を背負い、大に荷物を持たせた。
誰かの格言、「人生は重荷を背負うて、遠き道を行くが如し」をお経代わりに唱え、歩む。それこそ、滝のような汗を流しながら到着。
「華厳の滝」とまではいかないが、「白猪の滝」は、中々なもので、滝見小屋があり、遊歩道も整備されている。
中高年のハイキング愛好者団体や、女子高生らしいグループなど、ちょっとした賑わいだ。
大きな滝壺はなく、丸味を帯びた岩や小石で、川原のようになった傾斜地に、水浴びをするには、程よい量の水が落ちてきている。
小鳥がさえずり、声の方を探し、見上げれば、流れ落ちる水の飛沫が、太陽の光を乱反射して虹色に輝く。
エアコンなど比較にならない、自然の爽やかな涼風が、木々の枝を吹きぬける。
なんとも、夏の滝は良い。水難の相などなんのその、ありがとう尺八おじさん、今度、あったら何かお布施をせねばと思う。
水に濡れて、シャツに、崩れたボディラインが、透けるのを嫌がる鬼嫁を残し、水着に着替え、はしゃぐ小春と留吉の手を引く。
私に海バンなど用意されてはいない。遠目には水着に見えそうな、大きめのトランクスにはき替え、涼を満喫すべく上半身むきだしで、いざ出陣!
3人で手をつなぎ、バランスを取りながら、他の人の邪魔にならないように、たどたどしく進む。飛び散ってくる水滴も、歩き疲れ、ほてった肌に心地よい。
それにしても、傍目には異様な光景かもしれない。この美しい大自然の中、場末のおちぶれやくざの様な、中年ハゲおやじは、似つかわしくないのだろう。
ましてや、パンツ一丁に、サンダル履きである。皆さん、ご親切にも、避けてくださり、最前列に躍り出てしまう。
先に進む小春が足を滑らせたので、両手で支えてやると、今度は後ろの留吉がよろめいて、私の腰辺りに、抱きついてきたのだが、いかんせん、滝の水しぶきと、吹き出た汗で、体はぬめっている。
抱きついてきた留吉の両手はすべり、私のトランクスの、ゴム紐の部分を掴んだまま倒れこんでしまった。
これが小さめのパンツなら何も問題はなかったのだが、禁酒ダイエット前に、はいていたデカパンを、捨てるに忍びなく、愛用していた代物であったゆえの悲劇である。
トランクスは、いとも素直に私の足元まで移動した。
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・」
石に頭を打ちつけた留吉が、大声で泣き出したから堪らない。
ここにお集まりのご一同様の視線が、いっせいに私達に釘付けとなる。
私は上の頭はスキンヘッドではあるが、下のほうは少々事情が違う。そこまでは見えなかったとは思うが・・・
気の毒に思ったのか、関わりを避けるためか、大声で笑う人こそいないが、この気まずく凍りついた空気を、笑いに変える芸は持ち合わせていない。
おそらくここの人々は今日、夕食の話題には不自由しまい。もしかしたら、ラジオに面白可笑しく、投稿する奴がいるかも知れない・・
これが水難だったのか・・・
まだ、海でサメに喰われた方が、ましではなかったか。
あの尺八ジジィ、今度あったら、耳の穴から手を突っ込んで、奥歯をガタガタゆわしたらねばと思う。
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