
そうと決まれば、気分の切り替えが早いのが、粋でいなせな魚屋家業である。ちょうど国道にもどったあたりに、「黒潮温泉-龍馬の湯」とあるではないか。
なにやら真新しい設備で大きなホテルに隣接している。ちょっとスーパー銭湯とは訳が違う様子ではある。
こういう場合は、必ず私が偵察に行かされる。なにせ小汚いかっこうをしているので、小さくなりながら玄関をくぐる、ううああ、大人一名様八百円と来た。
すぐさま取って返し、緊急家族会議を開催した。が、今回は一発で可決、先ほどの臨時収入をこれにあてることにした。
ホームレスと間違われるとやばいので、お遍路の杖を手に、「ワシ等は空海組の舎弟じゃ」とわめき散らしながら、いざ高級リゾートホテルに殴り込みをかけた。
中に入ってみれば、何も気負うこともない、スーパー銭湯とそう大差はない。子供らは鬼嫁と入ると言うので、独り気楽に男湯ののれんをくぐる。広々とした浴室には各種浴槽にサウナまである。
まず体を洗う、汗にまみれたタオルを備え付けのシャンプーで泡だらけにして、旅の垢とタオルの汚れを同時に落とす。
大浴槽に肩までたっぷりと浸かり、泡風呂で筋肉をほぐし、時節柄、暑苦しいのはあまり得意ではないのだが、なんせ八百円だ。サウナも少し入ろう。幸い誰もいないので、奥のほうで横になる。
とても気分良く、ウトウトなりかけた頃、ガバッとサウナルームの狭いドアが開き、そのドアのサイズを、はるかに上回る巨大な男どもが、大声でガヤガヤともぐり込んできた。
私はすぐさま起き上がり端っこの方に小さくなった。私の旅はお遍路さんであって、ガリバー旅行記ではない。
いったいなにが起こったのかと、大声で怒鳴りあう巨人達の様子をうかがってみると、どうやら隣のホテルに合宿に来ている大学の相撲部らしい。酒も入っているらしく、かなり盛り上がっている。
さてここで問題である。私がサウナに入ってから約8分が経過している。ただでさえ暑いのは苦手である、さらに汗臭い、酒臭い、脂肪臭い、喧しいで窒息しそうである。
「あの~、すいませんんん ちょっと前を失礼・・・」と何度も小声で繰り返しているのだが、どうも耳には入らないらしい。しかし、このフレーズを大声で叫ぶ勇気は持ち合わせていない。
周りが一般人ならスキンヘッドを、チラつかせビビル素人衆を、横目に菅原文太に成りきるのだが、ここに並み居る小錦モドキは、この中に他人がいようなど思ってもないようだ。
かれこれ10分経ったのではあるまいか、目まいがしてきた、少しでも体力のある内にと意を決した。立ちふさがる脂肪の壁を汗でニュルニュルと掻き分けて何とか室外に這い出した。
風呂に入って、こんなに疲れたのは産湯を浸かって以来だ。もう、風呂は十分である。
急いで服を着てロビーにでてみれば、またもやバカ嫁とうすら餓鬼どもは、美味そうに渦巻状冷やし牛乳加工品のバニラとチョコ半々タイプを、分け合ってならまだしも、三人で3個もペロペロしているではないか。またかよ! 私はあまりの情けなさに、気を失いかけた。
温泉を出ればちょうど晩飯時であった。1kmも走らないうちにマクドナルドの看板が子供達においでおいでをしている。
お父さんとしては吉野家の方がいいのだが、もっと言えば、どこぞで土佐料理を堪能したいが、鬼嫁は常に子供優先だ。
それにしても、ファーストフードに限らず、レストラン、スーパー、コンビニ、ファッション、どこの町を通過してもこれらの全国チェーンが派手な看板を掲げ、いずれの街も同じ表情をしているとは、それはそれで便利なことだけど、私にはどこかやるせない。
もう一つ言わしてもらえば、パチンコ店のど派手なネオン。これを異常と思わなくなった人々の感覚。これで良いのだろうか?
などとインテリめいてみたところで、我が家は結局マクドナルド。しかも100円シリーズの単品で安上がりの夕食だ。その上、店内はエアコンのおかげで快適な上、店員は常に笑顔である。トイレも清潔で何時間いても嫌な顔一つしない。
よく考えてみれば、我が家の生活はディスカウントチェーン店なしでは成り立たない。普段の買物はほとんど「ダイソー」と「しまむら」である。
本音と建て前、秤にかけりゃ、本音が重たい。このあたりが貧乏人のつらいところだ。今ひとつ、文化人や環境論者に成り切れない。
十分にマクドナルドで涼んだところで、ぼちぼち、今夜のねぐら探しだ。しばらくウロウロ走ってみるが、適当な場所がない。
都市部なので道の駅もないし、パーキングエリアも狭い、そうこうして、広い道に沿って走るるうちに、飛行場に出てしまった。
高知龍馬空港とあるではないか、エアーポートの上空は、滑走路のライティングの乱反射で、黄色いモヤがたち込めている感じに見える。子供らはおなかが満たされ、車に揺られ、すでに寝入っている。
バタンコ88号を道端に止めて、辺りをうかがっても、寝場所らしきは見当たらない。空港の黄色いモヤモヤをぼんやりながめていると、なにやら視界がフニャけた。
やばい何か出てくるぞ・・・ と思ったその時、空港の黄色い薄明かりの中から、夜空に向かい霧が立ち昇り、龍の姿となり、天空をぐるりとひと回りして、今度は馬に形をかえ、こちらに駆け下りてきた。
眼の前には、歴史教科書の写真どおりの坂本龍馬が、肩で息をしながら浮かんでいる。なにやら興奮している様子なので恐る、おそる話かけてみる。
「あの~、もしかしたら、坂本龍馬さんでしょうか?」
「龍馬じゃき」
「ひえ~、成仏なされてないんですか?」
「海援隊が気がかりじゃ、海援隊はいかがいたした?」
「はぁ、海援隊といえば、今では武田鉄矢という中学校の教師が、合唱団に編成しなおして、年中鼻風邪をひいたような声で、自分の母親が説教をする唄を歌っておりますが・・・」
「な、なんと、もう船には乗っておらんのか・・・」
「ええ、今では、船どころか、時流にも乗ってませんが・・」
「ここは、いかなる時代じゃ、ちと、教えてくれんか?」
うろ覚えの近代史を龍馬の質問に答えながら、なんとか納得してもらい、話題の北朝鮮問題やら環境破壊、それに子供達のいじめ自殺事件に変質者の増加など、週刊誌で得た程度のことを伝えた。すると
「いかん、狭い、狭く成り過ぎておる、この世界、地球上は、」
「え、何ですか。」
「狭いとな、窮屈じゃ、息苦しい、人間はそうなると、イライラしておかしくなり、いがみ合うようになるもんじゃ。」
「はぁ。」
「わしの生きとった頃の日本に、ようにちゅうが、こもってはいかんぜよ、井戸のなかで喧嘩しちゃいけん、広がりじゃ、荒野じゃ、勇気を持ってもっと広い世界に、活路を見いだすんじゃ、希望なきものは自滅するしかないきにのぅ。」
「そんなこちゅうを言われても、わしはしがない魚屋ぜよ、しかもお遍路の最中で、世界情勢のゆくえ、どころではないぜよ、野宿するところを探しちゅうところなんじゃき、どこかこの辺りに、車を止めて野宿する場所はありませんかきくけこ?」
「野宿など、どうでもいいではないか。どうかこの龍馬の憂国の想いを皆に伝えてくれ、頼んだぞ。」
と言い残し、馬にへんげし、龍にもどり、夜目にも黄色い空港の上空に、舞い消えた。人類の行き先は示しても、お遍路に野宿の場所は教えない、いかにも不親切な坂本龍馬ではあった。
もうこのあたり、深夜で車も来ないのでエンジンを切り、運転席で仮眠体制に入る。やがて、エアコンの残り冷気が薄くなり、室温が上昇してくると、子供らが起き出して、「お父さん、暑い」とけだるくうったえてくる。
しばらく走行して室内を冷やし仮眠、また暑くなるので、その繰り返しで夜が明けた。朝が焼け始めた頃、少し外気もさめて、コンビニの駐車場で爆睡した。
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