おこぜの唐揚げ、はもの湯引き、たこの天麩羅、石鯛の薄造り、殻付きの地物うに、鯛めし。
焼酎には「森伊蔵」、日本酒には「天狗舞」が、メニューのリストにある。
私は職業柄、これらの料理がいかに高価で、ここの料理人は、かなり確かな腕の持ち主であることが、よく分かる。
一般市民が、このような店に予約なしで、すぐに席を取れる訳がない。それに、いくらお遍路さんとはいえ、こんな豪華な接待は変だ。
しかし、盆と正月がいっぺんに来たようなご馳走を、食わない貧乏人はいない。
料理はともかく、巫女さんが旨そうに「天狗舞」をグラスで飲んでいる。鬼嫁に事情を聞かされているので、私には勧めてくれない。根性なしの肝臓が恨めしい。
一通り食事が済み、子供らはメロンに噛り付いている。世良さんが3枚の写真を出し、見て欲しいと言う。
一枚目に、上品な服を着た我が家の小春が、ピアノを弾きながら笑っている。
二枚目は、3年位前のこれまた、小春が、父親とおぼしき男性に抱かれている。
三枚目は、こんな風になるのではないかみたいな小春が、セーラー服を着て両手を上げて、頭を中にしてハート作っている。
不思議におもい、彼女を見ると
「一人娘なんですよ、千尋といいます」
「びっくりしました。うちの子が写っているのかとおもいました。この写真、これ面白いポーズしてますねぇ、」
「これは主人と娘の、ラブラブサインなんです。といってもお分かりになりませんよね。私達はマンションの5階に住んでいまして、早めに出勤し駅に向かう主人を、ベランダから、うちの子がこのポーズをして見送るんですよ」
「お父さん子なんですか、羨ましいかぎりですよ、それで、今お幾つなんですか」
「生きていれば、14才になります」
話の雲行きが、怪しくなってきた。
たが、数万円はするであろう料理はすでに、平らげてしまっている。
「すいません、早くに言えばよかったのですが、あまりにも楽しそうに召し上がってらっしゃったもので・・・実は、相談とはこの子の父親・・・主人の事なんです」
巫女さんの方に向き直り、眼が合う。巫女さんは慣れた様子で首をかしげ、右の手の平を上にして、話を促した。
「この春に、学校の階段から足を滑らせて、救急車で病院にはこばれました。打ち所が悪かったのか、2日目の夜に亡くなりました」
「不注意で、おぢたようすじゃねえ、みていだの」
「え、はぃ。数人のグループに、しつこくいじめに遭っていた事が、あとになってわかったんです。
あの時は、強く押されたり、小突かれたりして、足が滑った事が、学校の調査でわかりました
でも、誰が最後に押したのか、とかの、詳しい特定は、出来ずじまいです」
声のかけようもなかった。鬼嫁がめずらしく気を利かし、子供らを連れて出た。
最後に、食事のお礼を言う、小春を見て、ふすまが閉まったと同時に、たまりかねたように、彼女の眼から、大粒の涙がふきだした。
ずーと感情を殺していたのか、今思えば、すぐにでも小春に、抱きつきたかったろうに・・・落ち着くまで、誰も口をはさめなかった。
「結婚して長い間子宝にめぐまれず、あちこちのお寺や神社にお参りして、やっと授かった初めての子でした。無事に生まれたときには、二人して涙を流して喜びました。
特に、主人は思い入れが強く、娘とは私がやきもちを焼くほど仲が良かったのです。泣かれてはあやし、熱がでたといえば、抱えるようにして医者に行き、おしめを変えるのさえ、喜んでやっておりました」
ガラにもなく、もらい泣きをしてしまった。
私もまったく同じであつた。40過ぎての子だ。よく世間では「40過ぎの恥かきっ子」などとふざけて言うが、なんと言われようが、可愛くてしかたがなかった。
ご主人の無念を思うと、涙が止まらなくなった。巫女さんは冷静に、宙に視線を遊ばせながら聞いている。
「そいで、おやづが、どがいにか、なっただの」
「はい、最初、主人には、怒りとか憎しみは、微塵もありませんでした。ただ、ただ、娘の意識の回復だけを願っておりました。
しかし、無残にも、結果は最悪でした。主人は全身の力が抜けたようになり、それ以来、言葉を失いました。
そればかりか、次第に体も動かすのを嫌うようになり、いまでは意識が有るのか無いのかさえもわからなくなり、床に伏しています。点滴でなんとか維持している状態です」
「んで、おやづはいまどこさ いるだ」
「仕事どころではないので、会社は事情を察して、休職扱いにして下さいました。高松市内に住んでいたのですが、いまは琴平の実家の方で養生しています」
「んで、どしてほしいだかの」
「出来ましたら、琴平のほうへおいで頂いて、天国にいる娘の気持ちを、主人に聞かせてやって貰えないでしょうか。厚かましいようなのですが、小春ちゃんも来て頂ければ、あの人に何か変化が出ないものかとも・・・・」
もう、涙でグショグショの私の顔を、巫女さんが確認するように見ている。
声にならないので、大きく首を縦に振った。住所を教えてもらい、三日後に電話してから行くと約束した。
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