「斎元の章・4 無断欠勤」
朝から親友の田川からの電話に起こされた「斎元」は、
歯切れの悪い目覚めに少し苛立っていた。
「・・・・あ、はい」
「おおっ!!もしもしぃ!!よしお、おはよ!
あのな、今、ちょっとTVつけてみ、ほら、この前の ” 何パオ” さん、
今、TVに出てるで!!」
「・・・??えっ?うそぉ??」
”例の男の子” の事で、昨夜から思考の迷宮にはまり込み、
そこから抜け出せないまま眠ってしまっていた重たい「斎元」にとって、
ちょっとテンション高めの田川の電話は、起きぬけの気分転換には、
切れ味の良い新鮮さだった。
「あ!!わかった!つけてみる!!」
「おお!いっぺん切るわな」
「うん、サンキュ!!」
TV大阪、19チャンネル。
それは、ついこの前の京橋駅前での ”和解マン騒動” の折、
「オフィス・和解マンの主宰」と名乗り、
登場した「滝沢 何んパオ(たきざわ・なんぱお)」が、
京阪ホテル・7階・中ホールをかりて、記者会見をしているニュースだった。
ーーーー・・・・・・「こうした前提のもとで、一昨日起こりました”三菱東京UFJ銀行・京橋支店” の強盗・放火事件への、関与はなかった、と申し上げておるのであります。 ただ、首謀者の ”サソリ” と名乗る男性につきましては、確かに私達の教団の責任者でありましたし、彼の資金繰りの一部は、私達の教団から流れていた事は、否定できません。 なぜ、そのような暴挙に出たのかは、全く理解できないのですが・・・・・」
(と現場の「何んパオ本人」の記者会見の画像からスタジオに切り替わる)
「いやあ!これは大変な事になりましたね~(司会)」 「(それを受けて、この件のレポーターが)そうなんです。このあと ”何んパオ” 氏は、記者からの「暴動を呼びかけるビラの影響を受けて、そのような行動に出たのではないか? その点では教団側にも責任があるのではないか?」との質問に対し、「暴動ビラは作ったが、配ってはいない。配ったのは「和解マン本人」である。」又、「ビラの内容と、犯人の行動とは、何ら因果はない。」と答えました。そして、現在も逃走中の犯人 ”サソリ” という男を教団から除名処分とした事と、一刻も早い逮捕を願っている、としめくくりました。 ただ、この「サソリ」という男、現在も大阪市内に潜伏しているとの事なのですが、十数名の集団と行動を共にしているらしく、もし目撃情報がありましたら、大変危険ですので、すぐに通報をお願いします!」 「これ~でも、その ”何んパオ” さん?でしたっけ?この人はその「暴動ビラ」を作ったんでしょう? 何で作ったんでしょうね?(司会)」 「その事についての記者団からの質問には、「ビラは和解マン(教祖)に対して呼びかけたものであり、その呼びかけに応えた和解マン(教祖)が、”ビラ配布を中止せよ” と言ったので、中止した。なのに、そのあと、教祖自身がそのビラを配った」と答えていました(レポーター)」 「(司会)???その教祖って、何?和解マン?どうやって配ったの??」 「それについては、「和解マンは神のような存在であり、配布の仕方は「和解プァワーである」と、そこだけはうれしそうに答えています。」 「(司会)う~ん・・よくわからない部分の多い事件ですね~。ただ、今もどこかに潜伏している犯人とその集団についてはこのTVをご覧の皆様も、くれぐれも気をつけてくださいね!!」
ーあ、終わったー
「やっぱりあのサソリの奴、何かやりそうやと思ってた・・」
そう思って、もう一回田川に電話しようとして、何気なく時計を見ると、
出勤時間まであと数分に迫っていた。
「何んパオのニュース」のおかげで、昨夜からどうしても頭から離れなかった、
”例の男の子” の事から、すっかり現実にかえった「斎元」は、
今日一日の、これからはじまる会社での現実を思った。
「あ、今日はめっちゃ忙しい日やった・・・」。
ー早くしなければならない、しかし、ミスがあってはならないー
「倉庫業」の物量の多い日の、職場としては当然ともいえる緊迫感。
誰かが怒鳴られている声。慌しく走り回る多くの作業者。
次々に出入りする大型トラック。 苛立つ走りのフォーク・リフト。
その中で、あたふたする自分。 そして、突然の「憂鬱」。
ーってか、時間、過ぎてる・・・-
昨夜から開いたままのPCは、まだ開いたままだ。
ーあ、blog更新しようと思って・・・・-
マウスを動かすと空白のままの「新規投稿」の画面。
ー「blog」も「仕事」も・・しんどい・・・・何んでや?
あ、「あの子」の事や・・。
「あの子」の事を考えると苦しい。 でも、それ以外の事は・・・
もっと、苦しい。
ーまた始まった・・・。ー
「斎元」は、この思考の堂々巡りからいつまでも出れない自分が、
苛立たしかった。
ー あかんやん!!おれ!! -
「憂鬱」に覆いかぶさる「自己嫌悪」、そして・・・「現実逃避」。
休もう・・・・。
「斎元」は、我ながら無責任だと感じた。
ー だって、もう時間過ぎてるし ー
古い木材が湿ったような匂い。
「あ、雨が降る、そういえば、今日は一日雨や」。
まるで「斎元」のマイナス思考を援護するように、
この「はしみ荘」を潰してしまう勢いの、大粒の「雨音」がし始めた。
ー 「休め」・・・って事?? -
開けようとすると、きしんで 上、下、上、下、と、
順番に引っ張り開けないと、なかなか開いてくれない窓を開けた。
アスファルトが湿った匂いが「斎元」の顔を、
部屋に押し戻す勢いでムッと迫り、朝から暗い空は
本降りの気配・満々だ。
「連絡はしとこう・・」。と携帯を手にしては見たが、
再び今日一日の職場の状況を思い、ちょうど今頃、
ーあ、斎元は?えっ?来てない?遅刻?休み?
うそやろ?この忙しい日に!!-
そんな会話が聞こえてきそうで、携帯を持つ手はゆるんでしまう。
一応、携帯のディスプレイには、会社の事務所のナンバーが出ている。
しかし、「出ている」だけ。
「発信」は・・・・押せない。
と、その時、突然に着信音!! 「だ・・誰??」。
部屋中に響きわたる様にも感じられる着信音は、田川だ。
ー あ、おれが来てない事がわかって、心配して・・・・ー
鳴ったままの着信音は、
今の「斎元」には、「斎元」を攻め立てるようにしか聞こえない。
ー どうしよう・・・ ー われながら、情けない。
着信音は鳴り止み、次いで留守録。
ー 聞きたくない ー
「あ!もしもし~!!よしお!早よおいでや~
今日、休みはヤバイぞ~!!待ってま~す!!」
田川の、ちょっとヒョウキンな留守録の声。
ー遅刻してでも・・・行こうかな・・ー
外の雨はいよいよ本降りだ。
「あ、傘・・・傘ないわ・・・・。買っとけよ・・おれ・・・」。
こうなると、何もかもが、どうでも良くなる。
ー取りあえず・・・・・ハラ減ったな。カップヌードルでも買いに行くかー
会社には、傘があっても行けないが、
コンビニへは傘が無くても走っていける自分が、
ちょっと面白い。
ローソンは「はしみ荘」の近くにもある。
コンビニについた「斎元」はカップヌードルを手にした後、
何故か、店内を一巡している自分に気づく。
探してる・・・・。「あの子」を。
しかし、此処は「あの子」のいたローソンではないのに。
ー オレは、もう、病気やな・・・ー。
「スナック菓子」のコーナーは、目の毒だ。
急に、自作の詩「記念日」が読み返したくなって、
さっさとレジをすませた。