「ゆきりんとぽちと子供たち」
・・・・・・・・・・もじもじ。
もじもじ。
「えびす」メンバーが、すでに宴会を始めている「なないろ」の入り口の、コンテナ独特の重い鉄のドアの前で、「ゆきりん」と「ぽち」は なかなか中に入る勇気が出てこないまま、ついに完全に日が暮れてしまった。「なないろ」の周りのプレハブや、廃材置き場は、夜には不気味な雰囲気となる。 「ゆきりん」と「ぽち」は、何度も何度も勇気を出そうと試みたが、どうしても入れない。 それは、「なないろ」の外壁に描かれた「ヘビ」の ”傑作” の数々が、二人にとってはあまりに恐ろしすぎたからだ。
「・・・な、なあ、ゆきりん、か、帰ろうか・・・」
「そうね、ぽち・・帰りましょうよ、おがたもまだ そこにいてるし。
帰るんだったら、今のうちね。」
二人を乗せてきた「おがた」は、寝屋川~京橋間の滑空の疲れを癒すように、何も言わず ふるえる「ゆきりん」と「ぽち」を見つめている。
「ゆきりん」と「ぽち」は、その製造過程において不具合が起こり、修正処理が上手く行かないまま誕生した。 先に述べたように、「不具合をもって生まれた生きもの」は 「返還」される。 「返還」とは、人間で言うところの「死」の概念に近く、「返還の時」が来ると 不具合を持った身体は 解体され、山や川などの源として かたちを変えて生き続ける。 「ゆきりん」と「ぽち」は、「返還」が大嫌いだ。 ・・・・・・・・そんなこと、無ければいいのに・・・・・・ いつも二人で、そう話していた。 「いつまでも、生きていたい! だから 返還なんて、無ければいいのに・・・」 「ゆきりん」と 「ぽち」は、その透明な心で、この世界を愛しているから、いつまでたっても生きていたいのだ。
何度も「なないろ」のドアに近寄り、そしてまた、”ささっ” と離れる。 この繰り返しは、 二人にとっては恐怖に打ち勝つための戦いなのだ。 しかしこの繰り返しが続けば続く程に 恐怖感はいや増し、帰りたい思いの方が先に立ってしまう。 そんな、なかなか踏ん切りのつかない二人の背後で、カサカサと 何かが動くもの音。 薄暗くなった「なないろ」の周囲は、放置されたままの廃材が無数の恐ろしい生きもののようだ。 そのあちこちから、カサカサというもの音。 「ゆきりん」と「ぽち」は、顔を見合わせて、息をのんだ。
・・・・・・・・・・・・・・おとうさん おかあさん・・・・・・・・・
小さな声。 二人は一瞬、ギクリとした。耳を澄まさなければ聞こえない、消え入りそうな その声。 すぐに気が付いた「ゆきりん」は思わず大声を出してしまった。
「ああ!!あんた達!!!!」
「ゆきりん」の声に弾かれた様に、廃材置き場のあちこちから 嬉しそうに、そして元気よく飛び出してきたのは、小さな指先ほどの大きさの、破いて放り投げた「紙切れ」の様な、「三角のヒラヒラ」。 これは、「ゆきりん」と「ぽち」の子供たちだ。
ついて来たよ!! ついて来たよ!!
ついて来たよ!!ついて来たよ!! ついて来たよ!! ついて来たよ!!
ついて来たよ!! ついて来たよ!!
ついて来たよ!! ついて来たよ! ついて来たよ!! ついて来たよ!!
みんなで ついて来たよ!! ついてきたよ!! みんなで ついて来たよ!!
ついて来たよ!!みんなで、ついて来たんだよ!! みんなでついて来たよ!!みんなでついて来たんだ!!
おとうさん!!おかあさん!! ついて来たよ!!ついて来たよ!! ここまで、来たよ!!
みんなで 来たよ!!みんなで来たよ!! みんなで来たよ!!
おとうさん!!おかあさん!!
みんなで来たよ!!みんなできたよ! みんなで、ついて来たよ!! みんなで、いっしょに来たんだ!! 来たよ!!
おとうさん おかあさん ついて来たよ!!
みんなで いっしょに来たんだ!!みんなでいっしょに来たよ!! 来たよ! おとうさん!!
おかあさん!!みんなで来たよ!! みんなで来たよ!!
みんなでいっしょに来たんだよ!!
そう、子供たちは口々に言いながら、またたくまに「ゆきりん」と「ぽち」の周りに まとわりつき、ほんの少し離れていただけの、親子の再会を喜んでいる。子供たちは、よく目をこらさないと見えない程度の、薄い「みずいろの光」を持っている事が、暗がりだとよくわかる。
おとうさん!! おかあさん!! ぼくたちも、おとうさんとおかあさんの、大調査を手伝いに来たんだよ!!
説明が上手くできない ”おとうさん=「ぽち」” に代わって、「ゆきりん」が、「あんた達!!ついて来ちゃあ だめじゃない!!」と嬉しそうに言ってから、改めて子供たちを諭すように言う。「これからおとうさんとおかあさんは、このなんだか恐ろしい中に入って、大調査を始めるから、あんた達は、ここで待っててね!!」 親としての責任感に溢れるあまり、今まで出にくかった勇気を無理やりに押し出す仕方でふるい立てる。 そう「ゆきりん」が言ってしまったからには「ぽち」も入らざるをえない。 しかも、子供たちを前に、躊躇してはならない。 「うん!!わかった!!」 「ゆきりん」も「ぽち」も、いったん深呼吸し、 ”さあ!!突入!!” という瞬間、またしても背後から二人の心臓破りな、 しかも絶好調な大声。
「まままままま、まいど まいど!!!!まいど!ファミリー!!ようこそ!ファミリー!!ウェルカム!ファミリー!!!!」
絶好調な大声は「Hiたかお」だ。 「そら・ネコ」と鍋の具財の買出しから戻って来たのだ。 「Hiたかお」は、「そら」の肩の上での大声が オーバー・ゼスチャーすぎて落ちそうになりながら、 「たかお!!あばれたら、落ちるで!!」 と「そら」に注意されながらも、「ゆきりん」と「ぽち」の到着を歓迎している。 子供たちは「Hiたかお」の顔をみるなり、 「たかおくんだ!!たかおくんだ!! たかおくんだ!!たかおくんだ!!」 と「Hiたかお」にまとわりついた。 そらは「あはは!!おいで!おいで!!」と、飛び回る子供たちをキョロキョロ見回して、「ほら!ネコ!見てみ!!みんな来たで!!」と、満面笑顔だ。 「Hiたかお」は 「ネコ、紹介するわな!!あそこでビビって ”もじもじ” してるのが今晩の主人公のゆきりんとぽち、で、この飛び回ってるんがその子供たち!!おまえら、ついてきてしもてんな~!!まあ、ええわ!!ようけおった方がおもろいからな!!中に入ってからまた紹介するけど、ボクの大調査の応援にきてくれたんで、すんません、今日からお世話になります!!」と紹介した。 「へえ~!!なんか、たかおさんの ”お仲間” の方!!あ!!どうも!初めまして!!オレは、ネコ。よろしくお願いします!!」とかしこまって自己紹介をした。「おれはねこ!!おれはねこ!!おれはねこ!!おれはねこ!!!おれは・・・・・・・」と、歌うように子供たち。「ゆきりん」は、「ネコさん、は、はじめまして・・・・・」と言うのが一杯だった。というのも、「ゆきりん」も「ぽち」も、「Hiたかお」の顔を見るなり、 泣き出すほどの勢いの緊迫感と驚きで一杯だったので。「そら」が「ゆきりん・ぽち・Hiたかお・そして子供たち」に「ごちゃごちゃ言うてんと、早く鍋にこれ入れよ!!」と「マロ二ー」を差し上げた。
「ファンタジーな鍋やったな!!」と「1号」が言った。
この夜の「なないろ」の宴会は、不思議な盛り上がりだった。 主人公の「ゆきりん」と「ぽち」は、「Hiたかお」が語らいの要所要所で、「えびす」メンバーの一人一人に ”きっちり” と「ご挨拶」と「紹介」をしてまわり、上手く繋げたせいか、鍋が空になって「カイ」が「雑炊」を作り出すころには、すっかり打ち解けて、今度は帰りたくなくなっていた。 子供達は、終始鍋のまわりを飛び回り、メンバーの語らいの一部だけをまねて歌うように合唱してみたり、時には追加の具財の小さなものを運んでみたりと、大活躍だった。 宴会半ばでは、調子にのって飲みすぎた「ヘビ」が青い顔で「あかん、オレ、ちょっと吐いてくる」と、「なないろ」の外に出て行き、聞こえてきた「うっげぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」というド派手な嘔吐音をまねて合唱し始めた時には、メンバー全員は大爆笑となった。 この奇妙にファンタジックな空気がまるで似合わない「1号」も、鍋のまわりを右往左往する子供達に「こいつ、豆腐たべるかな??」と小さく切って与えて見たり、普段会話のテンポが早くなると「うなずきモード」になってしまう「そら」も、子供達が会話の一部を取って「かんたんな歌」にしてしまうので、”それならわかる”とばかりに、鍋を箸でカンカン叩いて一緒に歌ったりと、様々な盛り上がりをみせた。 その中で込み入った質問も飛び出した。 「ヘビ」が「不具合」という言葉が気になったのだ。
「不具合」って何?