新月のサソリ

空想・幻想・詩・たまにリアル。
孤独に沈みたい。光に癒やされたい。
ふと浮かぶ思い。そんな色々。

剣(つるぎ)

2024-10-28 12:12:00 | Short Short

高く振りあげた剣を、そのまま静かに前に突き出す。微かな葉擦れの音が夜を際立たせ、闇をより深く引き寄せる。
鈍く光る剣はこの世のものではない妖しさを帯び、闇に力を与えている。

剣先を見つめる視線の先には黒い雲が流れ、山の向こう側の街灯りに浮かんで見えるその稜線が遠い。

この世はきれいなものばかりではない。

それらを葬ることが私の与えられた任のはずだった。
だがこの剣は、そういう人の世が定めた善悪美醜こそ忌み嫌う。人間が分けた《穢れたもの》という箱に投げ入れたものたちを祓おうとすれば、こちらがたちまち闇に呑まれてしまう。

私が剣を操るのではない。
剣が私を試している。
「お前は穢れのない存在なのか。祓う方の側なのか」と。

空で役目を終えた人口衛星が、オレンジの尾を引いた。
「お前にとって、あれは、美しいものなのか」
剣先に流れていくオレンジの光が消えても、私の中に解はない。
私はこの星に立ち、なにをしようとしているのか。これまで何を見てきたのか。

途切れた雲の先に広がるものを、鈍く光る剣の意味を、草木の声さえ、私は知らない。



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時の外側

2024-10-25 13:31:00 | Short Short

僕たちのポケットには白い小鳥がいつもいて、僕らの世界が止まるとき、ポケットから飛び立っていく。空の向こうのずっと向こうへ、ラインを越えてもっと向こうのその先に居る、僕たちのところへ戻ってくるんだ。
瑠璃の花を一輪咥えて。

    ⁑

ありていに言ってしまえば、『僕ら』はときどき動けなくなる。
それは例えるなら、今まですいすい泳げていたのに、突然手足が上手く水をかけなくなって、あれよあれよと沈んでいくようなものだ。

どんどん暗い場所へ、冷たい場所へと、誰にも気づかれず、誰も知らない水中の奥底深くに、君も静かに落ちてゆく。
ざっくりと横たわった君の体に万斛の砂が水に舞い、君の上に降り積もる。君の全部を隠してしまう。
どこにも行けない。誰も来ない。
君はひとり砂の中、時の外側に眠るんだ。灰色の原石を胸の奥に宿したまま。

ある凪の夜、世界はついに動かない。

だけどポケットから飛び立った小鳥がいつか戻って、そっと君の胸に瑠璃の花を寄せるだろう。君の中の原石が徐々に青く染まり始め、ついにはきっと輝きだす。
小鳥は君のポケットにするりと潜り込み、そして世界は明るく目覚めるんだ。


ときどき僕たちは時の外側で眠り、でもまたいつか戻ってくる。
ただそれだけのこと。
そう、ただそれだけのことなんだよ。



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セピアの中にあるもの

2024-10-13 02:06:20 | weblog

2014年08月10日

晴れた日にはいつかの晴れた日のことを、雨の日にはどこかで降っていた雨のことを思い出す。台風の日には遠き日の荒れた大気を記憶の底から呼び起こす。

ところが今日の台風は、なぜだか若き日の冬のある場面が脳裏に浮かんだ。
まだ二十代の終わり頃、都会で働いていた当時の職場の上司にあたる女性と、後輩になる男の子と三人で、乾いた風を受けて横断歩道を渡る場面。

それは特にどうということもなく、何があったというものでもなく、ただ淡々と過ぎた時間のひとコマに過ぎない。今までその場面を思い出したことが果たしてあったのだろうか、というくらい、自分の人生においては流れゆく背景でしかない場面。

けれどその何もない背景のひとコマを脳裏に見た時、何故だかとても大切なものがそこにはあったのではないだろうかという気がした。
それが何なのかは分からない。
その場面そのものなのか、その時期なのか、それともその人たちとの関係なのか。

過ぎてしまった遠い過去の、とりとめのないそういう場面は、確かにその時そこに存在したにも関わらず、まるで雪がとけるように儚く、ただ己の中だけでの想像に近い産物と化する。

だとすれば、今この瞬間とて未来の私にとっては、もはや現実なのか夢なのかの区別も危うくなるほどの、はかない時間を紡いでいるだけなのでは?
そして、いつか年老いた私はまた思うのだろうか。
あの時あの瞬間、確かに大切な何かがあった気がするのだと。

色褪せる前に、そういうものたちを取り出しそっとリボンをかけて、大切にしまっておけたらいいのにな。

(別サイト投稿分)


2024年10月13日

10年前にわからなかった「何か」とは、「若さ」なのではないかしら、と10年後の私は思っている。
分からなかったのは、まだあなたが若さの中に居たから。

10年前のあなたは、その日のことを風の匂いまで思い出し、それでも過ぎて行ってしまう日々をはかなく、無意味なのではと思ったけれど、未来の私は、この記事を書き置いてくれたあなたの行為が、その思いが、とても嬉しい。

ちゃんとリボンをかけて大切にしまっていたじゃないの。



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プルシャンブルー

2024-10-11 07:45:00 | Short Short

市販のキャンバスに下地を塗りこめていく。
大きさは、そう、出来れば大きめがいい。でも決して大きすぎてはいけない。20号~30号くらいが良いだろう。

絵具の仁義はいろいろあるが、あまり気にせず。まずはジンクホワイトを薄くたっぷり何度も重ねる。それからシルバーホワイト。そしてイエローオーカーを濃くならないよう薄すぎないよう。その上からもう一度ジンクホワイトを。キャンバス上でイエローオーカーと馴染ませるように塗り込んで行く。薄い生成りの生地が出来あがる。

しっかりと乾いたことを確かめたなら、さあ、プルシャンブルーを。
初めは刷毛で、それからナイフで何度も何度もキャンバスに置く。ところどころまだらでいい。
黒に近い深い深いブルーから、明るく軽快なブルーまで、プルシャンブルーはそれだけでキャンバスに表情をつけていく。

青が乾かないうち、白や紫や淡いピンクにそれから黄色なんかをキャンバスの上に散りばめ濁らないよう青と馴染ませる。

あるラインを超えたとき、画上に風が吹き空間が開きそれぞれの色たちが輝き出す。キャンバスの奥から求められる色や形を、ただ夢中になってその世界の中に与えていく。もしくは与えた色を削ぎ落とし青の向こうの彩を迎える。

すべての色彩が踊る中、傍らでそっと私の手を取るのはプルシャンブルー。
私は青の中に身を任せ、そのリードに心地良く酔いしれる。時には軽快に、時には重厚に、時には静かに触れ合うように、その情熱の青と踊る。

そして突然、パタッと世界は完結する。

世界があちらとこちらに分けられる。
色彩たちは輝きながら、しかし私の手からは離れてしまった。もうこちらから与えるべきものは何もなく削ぎ落す場所も何処にもない。
青が世界をたゆたゆと湿らせ秩序を与えている。あちらから、静かに私を見つめている。

そうしたら注意深く、遠くから近くからずっと眺める。ずっと眺めていたいと思えたなら、それは完成だ。心が少しでも陰ったならその世界とは決別し、時間を置いてからまたプルシャンブルーと戯れる。

麗しのプルシャンブルー。私は躊躇うことなくあなたの前に跪く。

   

※写真・1994年制作  油彩  15号
※文・2011/09/10 別サイト投稿分を修正




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西日

2024-10-06 13:10:00 | Short Short

「今日の天気は忙しいわねえ」
まるでなにもなかったかのように姉が言う。

午前中静かに曇りを通していたのが、午後になると痛いほどの日射し、かと思えばいきなりの雷鳴。時を置かず、激しく雨が降り出し、大雨警報発令。小一時間も経たぬうち雨は小降りになり、今は晴れやかな夕刻を街に届けている。にもかかわらずまた雷が遠くでゴロゴロと鳴りだした。

「天の神様も一発ドカンとぶちまけてすっきりしたいことがあったのかもね」
姉は窓に近づきブラインドを上げ、眩しい西日を六畳の畳に迎え入れた。まだ青く濡れた桜の葉先が窓に垂れていた。
「まぁだゴロゴロ言って発散しきれてないみたいだけど」
姉は空に向かって嘘のように晴れやかな顔を向けると、窓辺を離れ、キッチンでお気に入りのチョコを冷蔵庫から取り出し、愛おしそうに摘み上げ、口元へと運ぶ。

さっきまで一発ドカンと暴れていたのはどこの誰だ、と私は呆れずにいられない。
失恋の痛みをチョコで癒せるくらいなら、八つ当たりの一発は勘弁して欲しいのだけれど。


病床のベッドから板天井を見つめながら、いつかの姉を思い出していた。
このところ視界がどんどん狭くなっていく。
怖くはなかった。
むしろこの不自由な檻から解放される日がくることに、日増しに安堵の気持ちが強くなっていた。

もう少しで私もそちらに行くようだから、そのときは、あの日チョコを見つめた眼差しで私を迎えに来てよね、姉さん。
それでね、きっと庭では桜の葉が赤く色づいている頃だろうから、それをまたふたり並んで見るのはどう? 姉さんが八つ当たりのお詫びにチョコをわけてくれたあの頃に戻ったみたいで、なんだかいいと思わない?

緩く穏やかな西日が、褪せた畳にやさしく命を吹き込むように、あたたかく射す。
はずし忘れた風鈴が、風に吹かれてリーンと鳴った。



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長物とショート

2024-10-02 22:12:00 | weblog

長い物語を書いていると、どこかで必ず次の文章が途切れる。
ほかの人は知らないが、私はものを書く時、ひとつのフレーズを元に頭の中で景色が動いて行くのを書きとめる。全部を頭で考えているのではなく、見えているものを言葉に変換している作業の方が多い。だから、頭の中の動画が止まれば、それでいったん文章は切れることになる。

比べて短い文章は、頭を使い倒す。ここにアップしているものの殆どが、ノートにきっかけの言葉をいくつか書き、そこからイメージを膨らませるのだが、長物のように動画を見ているのではなく、自分で絵を描く、という方が近い。全部がそうというわけではないが、頭の中で意識的に絵を描く。そしてそれを文章に起こす。これはなかなか疲れる。とても楽しいのだけれど。

ある程度自動的に浮かぶものを写し取るのと、強制的に描いたものを個別にいくつも変換するのとでは、脳の疲労度が全然違う、ということに気づいた。ショートをババッと沢山書いて長物に戻ったので、それが如実にわかった。

ただ長物は、次の画が動き出すフレーズを探し続けなければいけない。書き続けるのではなく、動き出すのをその世界で待つ時間が必要になる。
そういう意味ではショートの方が効率はいい。でもだからと言ってショートの作業に戻ってしまうと、長物の世界に薄く重なりつつあったものたちが霧散してしまう。

そういうわけで、私はいま、この場所ではあまり求められていないであろうweblogを書いている。つまり、勝手に自分のスタンスで始めた場所に、勝手に言い訳をしにきたのである。

霧散しない程度に、書き溜めたものをアップできればと思う次第です。



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