朝、布団の中で目を覚ました時、頭をよぎったのは
「俺はなんのために起きるんだろう」だった。
なんのために、誰のために。
自分のため? どうしてそれが自分のためなんだ?
夢見が悪かったのかもしれない。気怠い体を持ち上げ、ベッドの縁に座る。立ち上がる気がしない。起き上がる気力を何とか奮い起こしたばかりで、どうして立ち上がれるもんか。
しばらくじっと座って、窓からの明るい日差しに芽吹く水差しの植物たちを見ていた。
こんな日もある。でも、「誰にでも」じゃない。
みずみずしい若葉を見ていたらいくらか気分が和んできた。もう一息。
そうだ、この前録画したボン・ジョヴィをもう一度観ようか。カッコよくて、なに言ってんだか分らんのに目が離せなくて、バラードなんて何故かあの頃のトム・ウェイツと重なって、ああ、きっとあいつもコレ録画したんだろうなあ、なんて思ったりして。
あいつ、生きてんのかな。
ちゃんとどっかで立ち上がって歯磨きして、メシ食ってんのかな。
今でも「きっとこの番組観てんだろうな」なんて思う相手は、俺にとってあいつしかいない。もう10年以上音沙汰もないのに、ふとした瞬間にあいつの顔がよぎる。
会わなくなった理由も忘れた。たぶん、つまらん喧嘩でもしたんだろう。
あいつ、本当は激情型の激アツ男のくせに、いつも客観的に自分を見ては本音を抑えて気を遣う、変なヤツだった。
俺たちはあの時期、いつも一緒だったな。若くて金がなくて、勢いだけはあって。なんにでもなれる気がして、しんどいことでも笑い飛ばす気合があった。
今の俺を見たらがっかりするかもしれないな。そう思ったら余計連絡する勇気もなかった。もう、あんまり時間、ないんだけどな。
仕方ない。ボン・ジョヴィは諦めて、今日は歩こう。あいつに連絡する言い訳を探しに。遠くまでは行けないけど何度でも、台風が来る頃までには何とかなるだろう。そう言えばあいつ、台風のたびにオケラがどうしたとか訳の分からん事言ってたよな。よし、決めた。台風が来る前に。そしたら俺にも「起き上がる」理由が出来る。言い訳は短くていいんだ。ちょっと笑って一気に昔にかえる。そして俺はこう言う。
覚えておいてほしい。
後になってお前のところに、俺の噂が流れ着くかもしれない。最期はひとりで悲惨だった、とかさ。でもそんな噂を耳にしても、かわいそうだなんて思わないでほしいんだ。
俺は他のヤツらみたいにうまくできなくて、下手くそだから足がもつれて転んで、その勢いでまた立ち上がったりもしたけど、足元はフラフラでまたすっ転んで、精神論じゃなくて結局肉体的にも期限が付いちまって、今度は崖の下に転がり落ちて、それで最後かもしれない。
でもさ、そのとき突っ伏した地面の先に小さな花が咲いていたならきっと、きれいだなって俺は思うだろう。
もし深い深い穴に落ちてしまっても、見上げた空が丸く切り取られて、白く光っていれば、やっぱり、ああ、きれいだなって、俺は思うんだ。
そんな自分だってことを知ってる。うまくは出来なかったけど、俺の魂は汚れてなんてない。キズもついていない。ぴっかぴかに輝くモノが自分の中に在る。俺はそれを知ってる。
だからどうか覚えておいてほしい。
俺が、俺たちが、一緒に笑った日のことを。
なんだ、わざわざ言い訳なんてしなくても、はじめからこう言えばいいんだ。
だけど俺は歩くよ。明日もその次の日も歩いて、やっぱり、短い言い訳を考えることにする。
第一声、お前に笑ってほしいからな。
出かけよう。いい天気だ。
〈関連話・風の夜に〉
「俺はなんのために起きるんだろう」だった。
なんのために、誰のために。
自分のため? どうしてそれが自分のためなんだ?
夢見が悪かったのかもしれない。気怠い体を持ち上げ、ベッドの縁に座る。立ち上がる気がしない。起き上がる気力を何とか奮い起こしたばかりで、どうして立ち上がれるもんか。
しばらくじっと座って、窓からの明るい日差しに芽吹く水差しの植物たちを見ていた。
こんな日もある。でも、「誰にでも」じゃない。
みずみずしい若葉を見ていたらいくらか気分が和んできた。もう一息。
そうだ、この前録画したボン・ジョヴィをもう一度観ようか。カッコよくて、なに言ってんだか分らんのに目が離せなくて、バラードなんて何故かあの頃のトム・ウェイツと重なって、ああ、きっとあいつもコレ録画したんだろうなあ、なんて思ったりして。
あいつ、生きてんのかな。
ちゃんとどっかで立ち上がって歯磨きして、メシ食ってんのかな。
今でも「きっとこの番組観てんだろうな」なんて思う相手は、俺にとってあいつしかいない。もう10年以上音沙汰もないのに、ふとした瞬間にあいつの顔がよぎる。
会わなくなった理由も忘れた。たぶん、つまらん喧嘩でもしたんだろう。
あいつ、本当は激情型の激アツ男のくせに、いつも客観的に自分を見ては本音を抑えて気を遣う、変なヤツだった。
俺たちはあの時期、いつも一緒だったな。若くて金がなくて、勢いだけはあって。なんにでもなれる気がして、しんどいことでも笑い飛ばす気合があった。
今の俺を見たらがっかりするかもしれないな。そう思ったら余計連絡する勇気もなかった。もう、あんまり時間、ないんだけどな。
仕方ない。ボン・ジョヴィは諦めて、今日は歩こう。あいつに連絡する言い訳を探しに。遠くまでは行けないけど何度でも、台風が来る頃までには何とかなるだろう。そう言えばあいつ、台風のたびにオケラがどうしたとか訳の分からん事言ってたよな。よし、決めた。台風が来る前に。そしたら俺にも「起き上がる」理由が出来る。言い訳は短くていいんだ。ちょっと笑って一気に昔にかえる。そして俺はこう言う。
覚えておいてほしい。
後になってお前のところに、俺の噂が流れ着くかもしれない。最期はひとりで悲惨だった、とかさ。でもそんな噂を耳にしても、かわいそうだなんて思わないでほしいんだ。
俺は他のヤツらみたいにうまくできなくて、下手くそだから足がもつれて転んで、その勢いでまた立ち上がったりもしたけど、足元はフラフラでまたすっ転んで、精神論じゃなくて結局肉体的にも期限が付いちまって、今度は崖の下に転がり落ちて、それで最後かもしれない。
でもさ、そのとき突っ伏した地面の先に小さな花が咲いていたならきっと、きれいだなって俺は思うだろう。
もし深い深い穴に落ちてしまっても、見上げた空が丸く切り取られて、白く光っていれば、やっぱり、ああ、きれいだなって、俺は思うんだ。
そんな自分だってことを知ってる。うまくは出来なかったけど、俺の魂は汚れてなんてない。キズもついていない。ぴっかぴかに輝くモノが自分の中に在る。俺はそれを知ってる。
だからどうか覚えておいてほしい。
俺が、俺たちが、一緒に笑った日のことを。
なんだ、わざわざ言い訳なんてしなくても、はじめからこう言えばいいんだ。
だけど俺は歩くよ。明日もその次の日も歩いて、やっぱり、短い言い訳を考えることにする。
第一声、お前に笑ってほしいからな。
出かけよう。いい天気だ。
〈関連話・風の夜に〉