新月のサソリ

空想・幻想・詩・たまにリアル。
孤独に沈みたい。光に癒やされたい。
ふと浮かぶ思い。そんな色々。

シーツ

2024-12-27 11:05:00 | Short Short


竿に干した洗い立てのシーツが、朝の清々しい光を運ぶ風に大きくなびいた。
がらんと広い庭に、シーツだけが白く眩い。
広い庭___。

本当はただの坪庭。いつもはその狭さにも嬉々として、雑草や植え物の手入れに戸惑うくらい雑然としていて、それでも生命の奥行きがその箱庭を生かしていた。
それが今はただただ広く感じるだけで、もはや生命の気配など風と共にシーツを撫で、手の届かぬ場所へ行ってしまう。
在る、と思っていたものは、迷い込んだひと時の戯れだったのか。自分の見えているこの世界は、『本当』なのだろうか。

あの日と同じだ。

広い廊下に夕暮れの光が差し込み、ひとり荷物を運ぶ後ろ姿に、殊更ガランとひと気のない空間が強調されて、つるつると滑るくらいに手入れのされた廊下に反射した光がとてもまぶしくてきれいなのに、独り行くその後ろ姿の健気な強さに胸を打たれ、どうしようもなく淋しい気持ちが込み上げた。

はた、とまたシーツがなびく。
込み上げるものはあの日と変わらない。『本当』のこともわからない。
シーツの冷たさが庭を渉る。それだけが今の本当。

今夜、この洗い立てのシーツで眠る。それが明日への力。
ささやかでいい。これから私はあの背中が刻んだものを、またはじめから創り直す。
過ぎてゆく風に思いを乗せ、透き通る陽に手をかざすと、塀の向こうで南天の実がちらりと赤く揺れた気がした。




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夜を混ぜる

2024-12-22 00:10:00 | Short Short

こんな夜はエキノプシスを散りばめよう。
浮かんだ月にはドレッシングを降りかける。
雲の合間をクジラが泳ぐ。
ぼくがつくる秘密の夜の、秘密のレシピ。

月がよじってミルクを一滴、クジラの尻尾が滴を跳ねる。空に散らした花にバニラが染みる。
煌めきは甘く、夜に降る、白く降る。
クジラの腹が月を横切る。ドレッシングが色を変え、夜を黒く垂れていく。

小さな世界で小さな明かりで夜の道行く小さな影たち。街の明かりが夜を消す。クジラを消す。ぼくも消す。夜空を見上げた誰ひとり、ぼくの夜だと気づかない。

さあ、そろそろ夜をかき混ぜようか。
ぼくは大きなスプーンで夜をすくう。
人もクジラも同じ海へ、山も街もマーブルの中へ。匙からこぼれる全ての夜が、渦巻く彼方に呑み込まれる。恐れも怒りも散り散りに、痛みも涙も砕けて消えろ。
ぼくは力いっぱい世界を混ぜる。

靴下をくわえた猫が夜を覗いてにゃあと笑った。ひらひらと落ちてゆく靴下には猫のひげ一本。これが今夜の隠し味。
そろそろと北風が世界を整え東風を待つ。

とても冷たい冬の夜、ぼくはこっそり夜を混ぜる。
目を凝らして見ていてごらん。きっと猫が笑うから。




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揺れる

2024-12-16 03:50:00 | Short Short

激しい雨の音で目が覚めた。
午前5時。布団に入ってまだ三時間ほどだ。出来れば眠っておきたかったが、目が冴えてしまったので起き上がる。
キッチンで水を飲み、部屋を横切って窓のブラインドを人差し指と親指で少し広げ、外を見る。
まだ暗い。
中型トラックほどの作業車らしき車が道路の向こう側に停まり、仕込みの作業音をかなりの音量で響かせている。何か月か前から度々来るようになったこの作業車に、まだ暗いうちから起こされることがしばしばあった。

この音だったか、と視線をちょっと上げると電線に雫がぶら下がっているのが見える。耳を澄ませば、雨の音が微かにある。

今日の日の出は6時56分。朝になれない今は夜の端っこってところか。
12月も中旬、夜明けを待つ街と夜を惜しむ空。今の自分の象徴っぽくて、なんだか笑える。

電車は始発を皮切りに、前の高架線路を遠慮なく何台も通り抜ける。人の世は地球の軌道などお構いなく、人工時計が刻む時刻に従って朝を決める。
列車の種類か速度の違いか。過ぎる車両はそれぞれの音量と音質で、せめてもの個性を主張しているかに聞こえた。そんなことをしたところで、いつかみんな、朽ちてゆくだけなのに。
瞼の裏に残るあの日の古木。

ひと気のない山の中腹に分け入り、思いがけず開けた視界の先に見えた立ち枯れの古木。あの道なき山の斜面を俺がどんな思いで彷徨っていたのかなんて誰も知らない。あれからもう二年が過ぎた。あの古木を見たとき、心がしんと立ち止まった。

雨粒の音がさっきよりも立体的に屋根や道路を打つ。風がやんだのだろう。
雨雲に覆われたままの日の出は暗く、夜の名残りがはかなく漂う。
ベランダの室外機が唸る。
俺はあの木のように、最後のその瞬間まで立っていられるだろうか。
もう一度ベッドにもぐりこみ、目を閉じる。
あの場所で朽ちた彼が最後に見たものは何だったのだろう。枯れた老木に種が舞い落ちいつか芽を吹き、また森の一部に戻れただろうか。

作業車の音がやみ、車は飛沫音をまとい遠ざかって行った。
粒だった雨音だけが残される。

昨日と今日の重なりに、冬の雨を聴く。




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そのとき

2024-12-13 00:50:00 | 

白樺の並木を抜けた丘に、白い野菊が群れて咲く。
僕らはここを忘れない。
月の囁きに振り向く野菊の白を。
星の粉を浴びて開くコスモスの淡い紫を。
夜を恐れぬ楓の赤を。

崖の上高く狼が吠えた。
月に象る影がまるで昔のアニメーション。
いいぞ、僕らは月に向かって吠えるんだ。
それは僕らの合図。僕らの決意。
今から行く。ここから始める。
旅立つ準備はできている。

空が地平線まで夜を囲む。そのあわいには甚三紅。
君の後ろに見た閃光が僕の足元を照らし崖を昇った。
姿を消した狼の遠吠えは原野の果てに木霊する。

遅れるな。慌てるな。
僕らは一緒にこのラインを越えてゆくんだ。




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砂を掴む

2024-12-05 21:45:00 | Short Short

薄れてゆく、薄れてゆく____。

時が経つほどに、それは積み重なり育まれるはずのモノなのに、どうしようもなく、指の間をとめどなくすり抜ける砂は容赦なくこぼれ落ち、ぼく自身になにも残さない。

日入りの時刻ちょうどに、鳥たちが一斉に合図を交わし枝々から飛び立つ。一瞬で小さな塊になって暮れ行く空に消えた。刻々と闇にまぎれてゆく空。

動けずにそのままぼんやりとしていた。ぼんやりと、さっき見た夢の断片を夕闇の空に垣間見ていた。ずっとそのまま、じっとぼんやりしていたら、ふと、懐かしい匂いに振り返る。誰かに呼ばれたような、そうだったらいいのにと、視線の先を探す。
それとも懼れる影の近づく気配か。ぼくの矢印は光を失くし呑み込まれる。

ぼくの秘密は彼らのもの。ぼくはもうその手の中で踊るだけ。道化のように踊るだけ。そうして、踊っていることすらぼくの中には残らない。
重たい風が光をさらい、ただただ薄れゆく。そう、薄れてゆくだけ。

だけど、だから、ぼくは何度でも砂を掴むんだ。
きみが、迷わないように。



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