-プロローグ-
その、変わり果てた姿を一目見ただけで、誰もが戦闘の激しさを知ったであろう。
深夜、窓をたたく小さな音に、私は目を覚ました。
『こんな時間に、いったい誰が。。。』
不審に思いつつ、ゆっくりとベッドを降りてカーテンの隙間から外をうかがった。
暗闇に、うっすらとシルエットが浮かび上がる。
「あっ、貴女は。。。!!!」
それ以上の言葉は、私の口から出てくることは無かった。驚きは、時に、人を黙らせてしまうほどの力を持つのだ。
あわてて飛び出した私は、最後の力を振り絞ってここまで戻ったのであろう彼女の、あまりにも無残な姿に、涙を禁じることが出来なかった。故郷に戻った安心感に、気を失ってしまったのだろう。ぴくりとも動かない体には、たくさんの傷が残り、引き裂かれた防具の残りは、無残な様子で風に揺れていた。
『なぜ、こんなことになってしまったのだろう。。。』
なすすべも無く、その姿を見つめることしか出来ない自分を責めていた私は、我に帰り、彼女の体を抱き上げた。
まずは、暖かい寝床と看病が必要だ。ぼんやりしている時間は無い。
-第一章-
そう、彼女は、戦士として最前線に赴くような立場ではなかった。
生まれた家柄にふさわしい生き方をするとすれば、それは、学問の塔にあり、聡明な頭脳から生み出される数々の作品は、時に華やかに着飾って集う人々の、限りない賞賛を受ける日々となるはずだった。彼女の祖先には、そうした才能あふれる賢人たちがたくさん存在し、彼女はその尊い血筋の正当な後継者だったのだから。
だが、すべての運命は変わってしまったのだ。
そう、あの日、あの悪魔のような存在と出会ってしまったことによって。。。
彼女の祖先は、隣国に関係が深い。わが国に伝わった文化や宗教、技術などは、ほとんどが隣国から伝わったものである。その武官よりも文官を重んじる隣国の知識層をわが国に招いた時に、たくさんの書物や宝物と共に渡ってきた一族なのだ。
知識や文化を守り育てる家柄の娘にふさわしく、彼女は教養も高く華やかで、美しかった。
だが、その美しさが仇になってしまったのだ。
-第二章-
悪魔のような存在が現れたのは、約一ヶ月前のことである。
我が家に伝わる古い言い伝えで、そのような存在がこの国にもいたという物語はある。だが、物語は物語で、現実になる日が来るとは、誰も思っていなかったのである。
世の習いにしたがって、その悪魔も、一見優しげで美しい姿をしている。本当に恐ろしい魔物と言うのは、恐ろしさを悟られないような姿かたちをしているようだ。
そよ風になびく、やわらかいうなじの後れ毛。栗色の長いショールのような髪を優雅に降り立てて歩く姿。ピンク色の唇。。。アイスブルーの瞳は、初夏の空のようなきらめきをまとい、その唇からこぼれるささやき声は、鈴を転がしたような心地よいリズムに満ちあふれていた。
なんと優雅で、美しいのだろう。
悪魔のような存在を見たすべての人は、そう思うことだろう。悪魔の圧倒的な魅力の前に、我々はあまりにも無力であった。
好奇心いっぱいのブルーの瞳はいつもキラキラと輝き、甘い歌声と共に残酷な笑みを浮かべた悪魔は、生贄となる獲物を探していたのだが、誰もかれもが、その美しい姿にだまされて、真実を見極めることは、その当時は出来なかったのである。
美しい悪魔は、自らの美しい姿を基準に、犠牲者にも美しさや優雅さを求めていた。
彼女が誘拐されたのは、悪魔が来てから数日後のことであった。
-第三章-
それからの彼女の過酷な運命については、私は、まだ、語ることが出来ない。すべてを知るのは彼女だけであり、そして、まだ、その当時を振り返れるほどには、彼女は回復していないからだ。
戦いで負った傷は深く、華やかで美しかった彼女の姿は、まるで喪に服した尼のようにしおれてしまった。
命が助かったことは喜ばしいが、深く傷ついた心が回復するには、まだ長い時間が必要となるであろう。
私に出来ることは温かい目で見守ることと、今までと同じように『彼女にしか出来ないことがあるのだ』ということを、何度も何度も言い聞かせて自信を取り戻せるように手助けをすること。もどかしく長い回り道ではあるが、そう信じて彼女を励ますしかないのだ。
先日、悪魔のような存在が、再び彼女に接触した。
私がほんの一瞬、目を離した隙のことである。
今の彼女は変わり果てた姿ではあるが、やはりどこかに以前の美しさの気配は残っている。悪魔のような存在は、その匂いをかぎ当てたのであろう。
目立たず、ひっそりと過ごしている彼女を見つけ、何度か手を出したようだ。
だが、興味が引かれなかったようだ。
気まぐれな悪魔は、美しくなくなった彼女には執着しなかった。
なんと残酷な仕打ちなのだろう。自らが破壊したものの存在を、あっさりと切り捨ててしまえるなんて。
-エピローグ-
美しかった姿と引き換えに、彼女には小さな平和が訪れていた。犠牲はあまりにも大きかったが、今はのんびりと書物や書類に囲まれて暮らしている。本来の彼女の居場所である。
悪魔のような存在は、日々、勢力範囲を広げながらわが国を蹂躙している。もはや、なすすべは無い。
あまりにも圧倒的な存在の前で、ちっぽけな私たちはあまりにも無力なのだから。
すでに、彼女以外にもたくさんの被害が出ている。戻って来れなかったものも、多い。
だが、そんな世界でも、生きていくしかないのだ。
目立たぬよう、美しすぎぬよう、細心の注意を払いながらひっそりと暮らしていく。
悪魔のような存在は、残酷で抜け目無く容赦ないけれども、飽きっぽく気分屋であることから、彼女のように徹底的に被害にあうものは少なかった。時々、無差別に選ばれる生贄には気の毒だが、どうすることも出来ない。何故なら私の務めは、この存在を語り継いでいくことなのだから。
目をそらさず耳を閉ざさず、これからも我が国の被害状況やそこからの復興を、美しい物語として未来の人々に伝えていく。それが、『語り部』の家に生まれ、悪魔のような存在と共に生きることを余儀なくされた、私の宿命なのだから。。。
-完-
っていうか、私、いつから『語り部』???
以下、ネタばれ写真です。。。もう、お気づきだと思いますが。。。。。
彼女、あの、彼女です。
私を驚かせた姿。
傷ついた姿。
悪魔のような存在の巣で、戦う姿。
在りし日の、美しい姿。
美しい悪魔の姿。
眠りについた瞬間、恐ろしい本来の姿を垣間見せる悪魔のような存在。
余生を送る、彼女の現在の姿。
ふぅ、、、久々に、大作。
お付き合いいただきまして、ありがとうございます。
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その、変わり果てた姿を一目見ただけで、誰もが戦闘の激しさを知ったであろう。
深夜、窓をたたく小さな音に、私は目を覚ました。
『こんな時間に、いったい誰が。。。』
不審に思いつつ、ゆっくりとベッドを降りてカーテンの隙間から外をうかがった。
暗闇に、うっすらとシルエットが浮かび上がる。
「あっ、貴女は。。。!!!」
それ以上の言葉は、私の口から出てくることは無かった。驚きは、時に、人を黙らせてしまうほどの力を持つのだ。
あわてて飛び出した私は、最後の力を振り絞ってここまで戻ったのであろう彼女の、あまりにも無残な姿に、涙を禁じることが出来なかった。故郷に戻った安心感に、気を失ってしまったのだろう。ぴくりとも動かない体には、たくさんの傷が残り、引き裂かれた防具の残りは、無残な様子で風に揺れていた。
『なぜ、こんなことになってしまったのだろう。。。』
なすすべも無く、その姿を見つめることしか出来ない自分を責めていた私は、我に帰り、彼女の体を抱き上げた。
まずは、暖かい寝床と看病が必要だ。ぼんやりしている時間は無い。
-第一章-
そう、彼女は、戦士として最前線に赴くような立場ではなかった。
生まれた家柄にふさわしい生き方をするとすれば、それは、学問の塔にあり、聡明な頭脳から生み出される数々の作品は、時に華やかに着飾って集う人々の、限りない賞賛を受ける日々となるはずだった。彼女の祖先には、そうした才能あふれる賢人たちがたくさん存在し、彼女はその尊い血筋の正当な後継者だったのだから。
だが、すべての運命は変わってしまったのだ。
そう、あの日、あの悪魔のような存在と出会ってしまったことによって。。。
彼女の祖先は、隣国に関係が深い。わが国に伝わった文化や宗教、技術などは、ほとんどが隣国から伝わったものである。その武官よりも文官を重んじる隣国の知識層をわが国に招いた時に、たくさんの書物や宝物と共に渡ってきた一族なのだ。
知識や文化を守り育てる家柄の娘にふさわしく、彼女は教養も高く華やかで、美しかった。
だが、その美しさが仇になってしまったのだ。
-第二章-
悪魔のような存在が現れたのは、約一ヶ月前のことである。
我が家に伝わる古い言い伝えで、そのような存在がこの国にもいたという物語はある。だが、物語は物語で、現実になる日が来るとは、誰も思っていなかったのである。
世の習いにしたがって、その悪魔も、一見優しげで美しい姿をしている。本当に恐ろしい魔物と言うのは、恐ろしさを悟られないような姿かたちをしているようだ。
そよ風になびく、やわらかいうなじの後れ毛。栗色の長いショールのような髪を優雅に降り立てて歩く姿。ピンク色の唇。。。アイスブルーの瞳は、初夏の空のようなきらめきをまとい、その唇からこぼれるささやき声は、鈴を転がしたような心地よいリズムに満ちあふれていた。
なんと優雅で、美しいのだろう。
悪魔のような存在を見たすべての人は、そう思うことだろう。悪魔の圧倒的な魅力の前に、我々はあまりにも無力であった。
好奇心いっぱいのブルーの瞳はいつもキラキラと輝き、甘い歌声と共に残酷な笑みを浮かべた悪魔は、生贄となる獲物を探していたのだが、誰もかれもが、その美しい姿にだまされて、真実を見極めることは、その当時は出来なかったのである。
美しい悪魔は、自らの美しい姿を基準に、犠牲者にも美しさや優雅さを求めていた。
彼女が誘拐されたのは、悪魔が来てから数日後のことであった。
-第三章-
それからの彼女の過酷な運命については、私は、まだ、語ることが出来ない。すべてを知るのは彼女だけであり、そして、まだ、その当時を振り返れるほどには、彼女は回復していないからだ。
戦いで負った傷は深く、華やかで美しかった彼女の姿は、まるで喪に服した尼のようにしおれてしまった。
命が助かったことは喜ばしいが、深く傷ついた心が回復するには、まだ長い時間が必要となるであろう。
私に出来ることは温かい目で見守ることと、今までと同じように『彼女にしか出来ないことがあるのだ』ということを、何度も何度も言い聞かせて自信を取り戻せるように手助けをすること。もどかしく長い回り道ではあるが、そう信じて彼女を励ますしかないのだ。
先日、悪魔のような存在が、再び彼女に接触した。
私がほんの一瞬、目を離した隙のことである。
今の彼女は変わり果てた姿ではあるが、やはりどこかに以前の美しさの気配は残っている。悪魔のような存在は、その匂いをかぎ当てたのであろう。
目立たず、ひっそりと過ごしている彼女を見つけ、何度か手を出したようだ。
だが、興味が引かれなかったようだ。
気まぐれな悪魔は、美しくなくなった彼女には執着しなかった。
なんと残酷な仕打ちなのだろう。自らが破壊したものの存在を、あっさりと切り捨ててしまえるなんて。
-エピローグ-
美しかった姿と引き換えに、彼女には小さな平和が訪れていた。犠牲はあまりにも大きかったが、今はのんびりと書物や書類に囲まれて暮らしている。本来の彼女の居場所である。
悪魔のような存在は、日々、勢力範囲を広げながらわが国を蹂躙している。もはや、なすすべは無い。
あまりにも圧倒的な存在の前で、ちっぽけな私たちはあまりにも無力なのだから。
すでに、彼女以外にもたくさんの被害が出ている。戻って来れなかったものも、多い。
だが、そんな世界でも、生きていくしかないのだ。
目立たぬよう、美しすぎぬよう、細心の注意を払いながらひっそりと暮らしていく。
悪魔のような存在は、残酷で抜け目無く容赦ないけれども、飽きっぽく気分屋であることから、彼女のように徹底的に被害にあうものは少なかった。時々、無差別に選ばれる生贄には気の毒だが、どうすることも出来ない。何故なら私の務めは、この存在を語り継いでいくことなのだから。
目をそらさず耳を閉ざさず、これからも我が国の被害状況やそこからの復興を、美しい物語として未来の人々に伝えていく。それが、『語り部』の家に生まれ、悪魔のような存在と共に生きることを余儀なくされた、私の宿命なのだから。。。
-完-
っていうか、私、いつから『語り部』???
以下、ネタばれ写真です。。。もう、お気づきだと思いますが。。。。。
彼女、あの、彼女です。
私を驚かせた姿。
傷ついた姿。
悪魔のような存在の巣で、戦う姿。
在りし日の、美しい姿。
美しい悪魔の姿。
眠りについた瞬間、恐ろしい本来の姿を垣間見せる悪魔のような存在。
余生を送る、彼女の現在の姿。
ふぅ、、、久々に、大作。
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