「やっぱりな……」
そうつぶやいて深く息をついたのはケーイチだった。ナナの屋敷の地下研究所で「キャプテン・ビューティー」の表紙のノートを閉じた。この前、ふと浮かんだ数式を書き込んだノートだった。目の前の横長な天板に銀色の金属を用いた実験台には、様々な小型の装置が転がっていて、天板にその姿を鈍く映らせている。これら装置を作る際に協力したチトセは、考え込んでいるケーイチの横に立って、うっすらと伸び始めた無精髭の顔を見上げている。
「ケーイチ兄者、何が、やっぱりなんだ?」チトセは口を尖らせる。「やっぱりだけじゃ、さっぱりだ」
「ああ、そうか、そうだよなぁ……」ケーイチはチトセを見下ろす。「実はな、チトセと一緒に作った装置で色々と調べたら、思った通り、オレの考えが間違っていなかったって事が分かったんだよ」
「どんな事?」
「う~ん……」ケーイチはまた考え込む。「……早い話、正しい歴史の流れだ。分かったか?」
「全然、分かんない」チトセはぷっと頬を膨らませる。「分かるように言えよ。オレはまだ子供だぞ」
「何だよ、こんな時は子供なのかよ」ケーイチは笑う。「いつもは子供扱いするなって文句ばっかり言っているくせに」
「それとこれとは別だ!」チトセはムキになる。「……なんだか、凄い事みたいだからさ…… 今まで作ったのとは全然違っていたし、動かした時の様子も違っていたし……」
「ほう、良く見ているな……」ケーイチは感心している。「さすが、オレの助手だ」
「じゃあ、やっぱり凄い事なのか?」
「まあ、そう言えるかなぁ? ……いや、元々そうだったんだよ。……いや、待て、でもこれじゃ、まだ足りないかな?」
ケーイチはぶつぶつ言いながら腕組みをして目を閉じ、深く考え込み始めた。こうなったら、結論が出るまで放っておくしかない。チトセはつまらなさそうな顔をして、そばにある椅子に飛び乗るようにして座った。少し高い椅子なので、足が床に付かない。チトセは両足をぶらぶらさせながら、うなっているケーイチを見ていた。
「……こうなっちゃったら、兄者はダメだな……」チトセは言うと椅子からぴょんと降りた。「つまんないから、コーイチの所に行こう」
うなり続けるケーイチにうんざりした顔を見せて、それでも出来るだけ音を立てないようにして、出入口の方へ歩き出した。
と、チトセの前に光が生じた。何度も目にしているタイムマシンの光だった。……でも、いつもはリビングに光ができるのに、どうしたんだ? チトセはそう思い、首をかしげる。
「誰だ? オバさんか?」チトセが声をかける。いつもなら、光が生じると、すぐに中から誰か彼かが出て来る。しかし、それが無い。「……おい、何勿体つけてんだよ? さっさと出て来いよ」
しかし、誰も出て来ない。チトセはイヤな予感がして後ろへ下がった。
「……兄者…… ケーイチ兄者……」チトセは声をかけたが返事が無い。振りかえると、ケーイチはまだ考え込んでうなり続けている。「おい! 兄者!」
チトセの語気の強さに我に返ったケーイチは、ぽかんとした顔をチトセに向けた。チトセの向こうに光が生じているのも見た。
「どうした? 誰か来たのか?」ケーイチは光を見て言う。「わざわざここに来るなんて、急ぎの用件かな?」
返事が無い。チトセはケーイチの腕をつかむ。ケーイチは一歩前に出て、光を見つめる。
「中に居るのはどこの誰だね? オレは今忙しい。用があるんなら、早く済ませてくれないか?」
しばらくは沈黙が続いた。ケーイチの腕をつかむチトセの力が強くなる。
「……敢えて、ケーイチ博士と呼ばせてもらおう……」光の中から声がした。明らかに機械を通した声だった。チトセはイヤな顔をする。「……それとも、ケーイチ氏とでも呼ぼうか?」
「どっちでも構わんよ」ケーイチは面倒くさそうに言う。「何なら、オッさんでも良い。……ところで、あんたな何者なんだ? 姿も見せず、声も変えているなんて、正直、不快感しかないな」
「そうだ、そうだ!」チトセが囃し立てる。「オレも兄者も、お前なんか知らないぞ!」
「ふむ…… 威勢の良い子だな」声は含み笑いをする。「……わたしは、タイムパトロールの支持者だよ……」
「えっ!」チトセは驚く。ナナやアツコの話を聞いているから、支持者の事は知っていた。「お前は、アツコやナナや逸子のオバさんたちの仇じゃないか!」
「仇か…… ふふふ、はははは!」声は愉快そうに笑う。しかし、機械を通しているので、妙に不気味で不快だった。「ははは、嫌われたものだな」
「お前が現われるのは、オレたちの所じゃないだろう!」チトセは光をにらみ付ける。「オバさんたちの所だろう!」
「そちらにはタケルを送ったよ。わたしの代理としてな」声は言う。「……まあ、今頃は皆倒れているだろうがな」
「なんだってぇ!」チトセが怒鳴る。ケーイチから手を放し一歩前に出る。「みんなをどうしたんだよう? 倒れてるって、何をしたんだよう?」
「ははは、そんなに心配なのかな? 何時もオバさんと言っていたのに?」声はからかうように言う。「心配するな。睡眠ガスで眠ってもらっているだけだ。邪魔しに来られては困るのでね」
「どうしてそんな事をしたんだよう!」
「ケーイチ博士と、ゆっくりと話がしたかったからだよ、チトセちゃん」
名前を呼ばれて、チトセは思いきりイヤな顔をした。
「話だって?」ケーイチが言う。腕組みをして考え込む。「……別に話す事なんて無いけどなぁ……」
「わたしにはあるのさ」
声は言う。妙に明るい声だった。
つづく
そうつぶやいて深く息をついたのはケーイチだった。ナナの屋敷の地下研究所で「キャプテン・ビューティー」の表紙のノートを閉じた。この前、ふと浮かんだ数式を書き込んだノートだった。目の前の横長な天板に銀色の金属を用いた実験台には、様々な小型の装置が転がっていて、天板にその姿を鈍く映らせている。これら装置を作る際に協力したチトセは、考え込んでいるケーイチの横に立って、うっすらと伸び始めた無精髭の顔を見上げている。
「ケーイチ兄者、何が、やっぱりなんだ?」チトセは口を尖らせる。「やっぱりだけじゃ、さっぱりだ」
「ああ、そうか、そうだよなぁ……」ケーイチはチトセを見下ろす。「実はな、チトセと一緒に作った装置で色々と調べたら、思った通り、オレの考えが間違っていなかったって事が分かったんだよ」
「どんな事?」
「う~ん……」ケーイチはまた考え込む。「……早い話、正しい歴史の流れだ。分かったか?」
「全然、分かんない」チトセはぷっと頬を膨らませる。「分かるように言えよ。オレはまだ子供だぞ」
「何だよ、こんな時は子供なのかよ」ケーイチは笑う。「いつもは子供扱いするなって文句ばっかり言っているくせに」
「それとこれとは別だ!」チトセはムキになる。「……なんだか、凄い事みたいだからさ…… 今まで作ったのとは全然違っていたし、動かした時の様子も違っていたし……」
「ほう、良く見ているな……」ケーイチは感心している。「さすが、オレの助手だ」
「じゃあ、やっぱり凄い事なのか?」
「まあ、そう言えるかなぁ? ……いや、元々そうだったんだよ。……いや、待て、でもこれじゃ、まだ足りないかな?」
ケーイチはぶつぶつ言いながら腕組みをして目を閉じ、深く考え込み始めた。こうなったら、結論が出るまで放っておくしかない。チトセはつまらなさそうな顔をして、そばにある椅子に飛び乗るようにして座った。少し高い椅子なので、足が床に付かない。チトセは両足をぶらぶらさせながら、うなっているケーイチを見ていた。
「……こうなっちゃったら、兄者はダメだな……」チトセは言うと椅子からぴょんと降りた。「つまんないから、コーイチの所に行こう」
うなり続けるケーイチにうんざりした顔を見せて、それでも出来るだけ音を立てないようにして、出入口の方へ歩き出した。
と、チトセの前に光が生じた。何度も目にしているタイムマシンの光だった。……でも、いつもはリビングに光ができるのに、どうしたんだ? チトセはそう思い、首をかしげる。
「誰だ? オバさんか?」チトセが声をかける。いつもなら、光が生じると、すぐに中から誰か彼かが出て来る。しかし、それが無い。「……おい、何勿体つけてんだよ? さっさと出て来いよ」
しかし、誰も出て来ない。チトセはイヤな予感がして後ろへ下がった。
「……兄者…… ケーイチ兄者……」チトセは声をかけたが返事が無い。振りかえると、ケーイチはまだ考え込んでうなり続けている。「おい! 兄者!」
チトセの語気の強さに我に返ったケーイチは、ぽかんとした顔をチトセに向けた。チトセの向こうに光が生じているのも見た。
「どうした? 誰か来たのか?」ケーイチは光を見て言う。「わざわざここに来るなんて、急ぎの用件かな?」
返事が無い。チトセはケーイチの腕をつかむ。ケーイチは一歩前に出て、光を見つめる。
「中に居るのはどこの誰だね? オレは今忙しい。用があるんなら、早く済ませてくれないか?」
しばらくは沈黙が続いた。ケーイチの腕をつかむチトセの力が強くなる。
「……敢えて、ケーイチ博士と呼ばせてもらおう……」光の中から声がした。明らかに機械を通した声だった。チトセはイヤな顔をする。「……それとも、ケーイチ氏とでも呼ぼうか?」
「どっちでも構わんよ」ケーイチは面倒くさそうに言う。「何なら、オッさんでも良い。……ところで、あんたな何者なんだ? 姿も見せず、声も変えているなんて、正直、不快感しかないな」
「そうだ、そうだ!」チトセが囃し立てる。「オレも兄者も、お前なんか知らないぞ!」
「ふむ…… 威勢の良い子だな」声は含み笑いをする。「……わたしは、タイムパトロールの支持者だよ……」
「えっ!」チトセは驚く。ナナやアツコの話を聞いているから、支持者の事は知っていた。「お前は、アツコやナナや逸子のオバさんたちの仇じゃないか!」
「仇か…… ふふふ、はははは!」声は愉快そうに笑う。しかし、機械を通しているので、妙に不気味で不快だった。「ははは、嫌われたものだな」
「お前が現われるのは、オレたちの所じゃないだろう!」チトセは光をにらみ付ける。「オバさんたちの所だろう!」
「そちらにはタケルを送ったよ。わたしの代理としてな」声は言う。「……まあ、今頃は皆倒れているだろうがな」
「なんだってぇ!」チトセが怒鳴る。ケーイチから手を放し一歩前に出る。「みんなをどうしたんだよう? 倒れてるって、何をしたんだよう?」
「ははは、そんなに心配なのかな? 何時もオバさんと言っていたのに?」声はからかうように言う。「心配するな。睡眠ガスで眠ってもらっているだけだ。邪魔しに来られては困るのでね」
「どうしてそんな事をしたんだよう!」
「ケーイチ博士と、ゆっくりと話がしたかったからだよ、チトセちゃん」
名前を呼ばれて、チトセは思いきりイヤな顔をした。
「話だって?」ケーイチが言う。腕組みをして考え込む。「……別に話す事なんて無いけどなぁ……」
「わたしにはあるのさ」
声は言う。妙に明るい声だった。
つづく
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