「……逸子さん……」
「何? 逸子さんだと?」
コーイチの声に驚いてタケルは振り返った。赤いオーラを噴き上げている逸子が立っている。
「……何故だ? どうやってここに来たんだ……?」
テルキは頭を抱えた。コーイチの思わぬトラブルでこの時代へ来てしまったが、タケルやナナたちタイムパトロールは追っては来れない設定にしてあったはずだ。それなのに……
「……あの、逸子さん……」
テルキは言いながら逸子の方へ歩を進める。逸子はじろりとテルキをにらむ。テルキの足が止まる。テルキを憎く思っているわけではなく、殺気立っている自分に近づいて来る者への無意識の威嚇のようだ。それだけ、コーイチと綺羅姫の様子に憤っているのだ。
逸子の心を満たしているものは、コーイチの上に乗っかっている華美な着物をまとった、悔しいけれど美人と認めざるを得ない女性だった。……どうしてコーイチさんの上に乗っかっているのよ? どうしてコーイチさんは抵抗しないのよ? 逸子はじっと綺羅姫をにらみ続けている。
「……逸子さん……」
コーイチはつぶやく。
「ええい、コーイチ!」綺羅姫はコーイチの上になったままで顔をコーイチの顔に向ける。顔が近い。「お前は、もう逸子には会えぬのではなかったのか? わたくしがその心を癒そうと言ったばかりではないか!」
「でも、逸子さんが……」コーイチは顔を逸子に向ける。「逸子さん……」
「ほう……」
綺羅姫は言うと、逸子の方へ顔を向ける。その際に、コーイチの頬に自分の頬が重なった。いや、重ねたと言う方が正しい。何故なら、姫はこれ見よがしに自分の頬をコーイチの頬に押し付けているからだ。
「きゃあああああっ!」姫の様子を見た逸子が再び悲鳴を上げた。「コーイチさん! 離れてよう! その女から!」
「女…… じゃと?」綺羅姫はコーイチに頬をくっつけたままで逸子をにらむ。「無礼者めが!」
「何を偉そうに言ってんのよ! コーイチさんが迷惑がっているじゃない! さっさと離れなさいよ!」
「ふん! 無礼な上に不躾なヤツじゃ。お前は人にものを頼むことも出来んのか?」姫はうんざりした表情で言う。「そんなヤツにコーイチは渡せんな」
姫はにやりと笑うとコーイチの頬に更に自分の頬を強く押しつけた。
「おのれぇぇぇ!」
逸子は右手を真っ直ぐにコーイチたちの居る建物へと向けた。右手に全身から噴き上がっているオーラが集中し始めた。その動きに呼応するように、周囲の空気が逸子に向かって流れる。逸子の髪が風にあおられて巻き上がる。逸子は右手に集まったオーラを撃ち放つ気でいるのだ。
「逸子さん! ダメだ!」コーイチが言う。「オーラを撃っちゃいけない!」
「ふん! 何よ!」逸子は涙を流す。「女の人の乗っかられたままでそんな事言われたって、聞く耳なんか持てないわよう!」
「ははは!」姫は笑うと、自分の頬を更に頬をくっつけ、両腕でコーイチのからだをぎゅっと抱き締めた。「お前はコーイチが騒ぐほどの女では無いようだな!」
「ぬわんですっとぅえぇぇぇぇ!」
逸子の怒りが爆発した。右手の赤いオーラがより赤く燃え上がる。
「はあぁぁぁぁっ!」
逸子は裂帛の気合いと共にオーラを撃ち出した。オーラは一直線に走り、綺羅姫の頭上をかすめ、離れを貫いた。離れが大きく揺れた。障子戸が吹き飛び、向こう側の景色が丸見えになった。
「何をするのじゃ! 危ないではないか!」綺羅姫は立ち上がった。逸子をにらみ付ける。「この曲者が! 皆の者! 曲者じゃぞ! 出会えい!」
姫の一喝で、遠巻きに見ていた侍たちは逸子を取り囲んだ。
「何よ? やる気なの?」
逸子は侍たちを見回す。強烈なオーラを撃ち放ったばかりにもかかわらず、再びオーラを噴き上がらせた。その気迫と、先程撃ち放ったオーラの威力を目の当たりにした事とで、侍たちは及び腰になって、誰も刀を抜こうともしない。それどころか、そろそろと逸子から離れ、再び遠巻きの状態となってしまった。
「ええい! 役立たずどもめが!」姫は地団太を踏む。「お前ら皆、隠居じゃ!」
「姫……」コーイチも立ち上り、綺羅姫の内掛けの袂をつかむ。「そんなに怒らずに、仲良く話し合いを……」
「ダメじゃ!」姫はコーイチを見る。さすがに笑顔にはなっていない。「こればかりはコーイチの頼みであっても聞けぬ! あの女、わたくしの命を狙うたのじゃぞ? 大罪人じゃ!」
「何言ってのよ!」逸子は姫に向かって声を荒げる。「そっちこそ、コーイチさんを奪おうとしている大罪人じゃない!」
「黙れ! お前のような乱暴狼藉者に、コーイチは絶対に渡せぬ!」
「泥棒猫が良く言うわよ!」
「な、何と……」姫は逸子をにらみ付けながら、ふわりと地面下り立った。「一国の姫を、泥棒猫じゃと申すのか! おのれぃ! この手で成敗してやろうぞ!」
と、そこへ腰元の松と竹が、どこからともなく現われた。松は薙刀を持ち、竹は白いたすき布を待っていた。竹は素早く姫の内掛けを脱がせると、持っていたたすき布で、姫にたすき掛けをした。白くてほっそりとしていて、それでいて力強い二の腕が露わになっている。たすき掛けが済んだのを見届けると、松が薙刀を姫に差し出した。姫は薙刀の柄を右手でつかむと、頭上まで両手で持ち上げ、勢い良くくるくると回した。反り返っている穂(刀の部分)の風を斬る音が凄まじい。やがて、切っ先を逸子に向けてぴたりと不動の構えを取った。
「覚悟せい!」姫は鋭い口調で言う。「もう謝っても済まぬからな!」
「……」逸子は無言で構えを取った。姫に並々ならぬ強さを感じた。焦りの汗がつっと額から滴る。「……出来る……」
「あの…… その……」
コーイチは言いながら地面に下りた。逸子と姫の間に入ろうとするが、コーイチの行く手を、松と竹が横並びになって塞いだ。二人は両手を左右に大きく開き、首を左右に振って見せた。二人の目には妖しい光が宿っていたが、コーイチは気が付かない。
「コーイチさん、もうここまでになっては、誰にも止めらませぬ」
そう言う松の言葉に、竹が大きくうなずく。
「女同士の、命をかけた勝負、黙って見ていらっしゃいませ」
竹の言葉に、コーイチはがっくりと項垂れる。
つづく
「何? 逸子さんだと?」
コーイチの声に驚いてタケルは振り返った。赤いオーラを噴き上げている逸子が立っている。
「……何故だ? どうやってここに来たんだ……?」
テルキは頭を抱えた。コーイチの思わぬトラブルでこの時代へ来てしまったが、タケルやナナたちタイムパトロールは追っては来れない設定にしてあったはずだ。それなのに……
「……あの、逸子さん……」
テルキは言いながら逸子の方へ歩を進める。逸子はじろりとテルキをにらむ。テルキの足が止まる。テルキを憎く思っているわけではなく、殺気立っている自分に近づいて来る者への無意識の威嚇のようだ。それだけ、コーイチと綺羅姫の様子に憤っているのだ。
逸子の心を満たしているものは、コーイチの上に乗っかっている華美な着物をまとった、悔しいけれど美人と認めざるを得ない女性だった。……どうしてコーイチさんの上に乗っかっているのよ? どうしてコーイチさんは抵抗しないのよ? 逸子はじっと綺羅姫をにらみ続けている。
「……逸子さん……」
コーイチはつぶやく。
「ええい、コーイチ!」綺羅姫はコーイチの上になったままで顔をコーイチの顔に向ける。顔が近い。「お前は、もう逸子には会えぬのではなかったのか? わたくしがその心を癒そうと言ったばかりではないか!」
「でも、逸子さんが……」コーイチは顔を逸子に向ける。「逸子さん……」
「ほう……」
綺羅姫は言うと、逸子の方へ顔を向ける。その際に、コーイチの頬に自分の頬が重なった。いや、重ねたと言う方が正しい。何故なら、姫はこれ見よがしに自分の頬をコーイチの頬に押し付けているからだ。
「きゃあああああっ!」姫の様子を見た逸子が再び悲鳴を上げた。「コーイチさん! 離れてよう! その女から!」
「女…… じゃと?」綺羅姫はコーイチに頬をくっつけたままで逸子をにらむ。「無礼者めが!」
「何を偉そうに言ってんのよ! コーイチさんが迷惑がっているじゃない! さっさと離れなさいよ!」
「ふん! 無礼な上に不躾なヤツじゃ。お前は人にものを頼むことも出来んのか?」姫はうんざりした表情で言う。「そんなヤツにコーイチは渡せんな」
姫はにやりと笑うとコーイチの頬に更に自分の頬を強く押しつけた。
「おのれぇぇぇ!」
逸子は右手を真っ直ぐにコーイチたちの居る建物へと向けた。右手に全身から噴き上がっているオーラが集中し始めた。その動きに呼応するように、周囲の空気が逸子に向かって流れる。逸子の髪が風にあおられて巻き上がる。逸子は右手に集まったオーラを撃ち放つ気でいるのだ。
「逸子さん! ダメだ!」コーイチが言う。「オーラを撃っちゃいけない!」
「ふん! 何よ!」逸子は涙を流す。「女の人の乗っかられたままでそんな事言われたって、聞く耳なんか持てないわよう!」
「ははは!」姫は笑うと、自分の頬を更に頬をくっつけ、両腕でコーイチのからだをぎゅっと抱き締めた。「お前はコーイチが騒ぐほどの女では無いようだな!」
「ぬわんですっとぅえぇぇぇぇ!」
逸子の怒りが爆発した。右手の赤いオーラがより赤く燃え上がる。
「はあぁぁぁぁっ!」
逸子は裂帛の気合いと共にオーラを撃ち出した。オーラは一直線に走り、綺羅姫の頭上をかすめ、離れを貫いた。離れが大きく揺れた。障子戸が吹き飛び、向こう側の景色が丸見えになった。
「何をするのじゃ! 危ないではないか!」綺羅姫は立ち上がった。逸子をにらみ付ける。「この曲者が! 皆の者! 曲者じゃぞ! 出会えい!」
姫の一喝で、遠巻きに見ていた侍たちは逸子を取り囲んだ。
「何よ? やる気なの?」
逸子は侍たちを見回す。強烈なオーラを撃ち放ったばかりにもかかわらず、再びオーラを噴き上がらせた。その気迫と、先程撃ち放ったオーラの威力を目の当たりにした事とで、侍たちは及び腰になって、誰も刀を抜こうともしない。それどころか、そろそろと逸子から離れ、再び遠巻きの状態となってしまった。
「ええい! 役立たずどもめが!」姫は地団太を踏む。「お前ら皆、隠居じゃ!」
「姫……」コーイチも立ち上り、綺羅姫の内掛けの袂をつかむ。「そんなに怒らずに、仲良く話し合いを……」
「ダメじゃ!」姫はコーイチを見る。さすがに笑顔にはなっていない。「こればかりはコーイチの頼みであっても聞けぬ! あの女、わたくしの命を狙うたのじゃぞ? 大罪人じゃ!」
「何言ってのよ!」逸子は姫に向かって声を荒げる。「そっちこそ、コーイチさんを奪おうとしている大罪人じゃない!」
「黙れ! お前のような乱暴狼藉者に、コーイチは絶対に渡せぬ!」
「泥棒猫が良く言うわよ!」
「な、何と……」姫は逸子をにらみ付けながら、ふわりと地面下り立った。「一国の姫を、泥棒猫じゃと申すのか! おのれぃ! この手で成敗してやろうぞ!」
と、そこへ腰元の松と竹が、どこからともなく現われた。松は薙刀を持ち、竹は白いたすき布を待っていた。竹は素早く姫の内掛けを脱がせると、持っていたたすき布で、姫にたすき掛けをした。白くてほっそりとしていて、それでいて力強い二の腕が露わになっている。たすき掛けが済んだのを見届けると、松が薙刀を姫に差し出した。姫は薙刀の柄を右手でつかむと、頭上まで両手で持ち上げ、勢い良くくるくると回した。反り返っている穂(刀の部分)の風を斬る音が凄まじい。やがて、切っ先を逸子に向けてぴたりと不動の構えを取った。
「覚悟せい!」姫は鋭い口調で言う。「もう謝っても済まぬからな!」
「……」逸子は無言で構えを取った。姫に並々ならぬ強さを感じた。焦りの汗がつっと額から滴る。「……出来る……」
「あの…… その……」
コーイチは言いながら地面に下りた。逸子と姫の間に入ろうとするが、コーイチの行く手を、松と竹が横並びになって塞いだ。二人は両手を左右に大きく開き、首を左右に振って見せた。二人の目には妖しい光が宿っていたが、コーイチは気が付かない。
「コーイチさん、もうここまでになっては、誰にも止めらませぬ」
そう言う松の言葉に、竹が大きくうなずく。
「女同士の、命をかけた勝負、黙って見ていらっしゃいませ」
竹の言葉に、コーイチはがっくりと項垂れる。
つづく
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