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日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

妖魔始末人 朧 妖介 85

2010年06月22日 | 朧 妖介(全87話完結)
 エリは外へ出た。玄関のドアを静かに閉める。
 外はまだ夜闇が支配していた。
「ずいぶん時間が経ったと思ってたけど・・・」エリは通路の鉄柵に頬杖を付き、暗い通りを眺めていた。「妖魔と係わると、ホント、時間の感覚がオカシクなっちゃうのよね!」
 鼻をひくつかせる。妖魔の臭いはしなかった。
「妖魔ども、相当な打撃を受けたのね」閉まっているドアへと振り返る。「葉子お姉さん、もの凄い力を発揮したんだわ・・・」
 エリは唇を尖らせた。不満そうに頬を膨らませる。
「だからって、妖介を独占して良いって事にはならないわ・・・」大きな溜め息を一つ吐くと、口元に笑みを浮かべた。「でもいいか。わたしはまだ若いんだし、妖介よりもずっと良くって、若い彼氏を探してやるんだから! ・・・あ~あ、そんな人、始末人で出てきてくれないかなあ・・・ !」
 エリは不意に表情を固くし、階段を睨みつけた。何かが這い登って来る気配がした。バッグから『斬鬼丸』を取り出す。うっすらと刀身が伸びる。
「・・・」刀身が消えた。うんざりした表情を浮かべる。「な~んだ、ユウジか・・・」
 あちこち傷だらけのユウジが、ふらふらしながら階段を上ってきたのだ。
「・・・お嬢、ご無事だったんで・・・」エリの顔を見たユウジは通路に座り込み、泣き始めた。「よかった、よかった・・・」
「お前は良くなさそうね」
「へえ・・・」ユウジは痣だらけの顔をエリに向ける。エリは一歩下がった。「お嬢が葉子さんの部屋に入った後、おまわりが二人やって来やして、とっ捉まっちまった次第で・・・」
「ふ~ん」声に同情は無い。「でも、良く戻って来れたわね」
「それが、変な話で・・・」ユウジはエリの顔から視線を外しながら続けた。「突然、おまわりが消えちまったんで・・・」
「はあ?」
「どっかの空き倉庫に連れていかれやして、そこで、ご覧の通り、さんざん痛めつけられたんでやすが、大きなコンクリートの塊を投げつけられそうになった時、もうダメだ、死ねなって思った時、もうお嬢の顔が、パンツが見られないのかと思った時・・・」
「下らない事は言わないの!」
「・・・へえ」ユウジは喉を鳴らした。いまだ信じられないと言った表情をしている。「いきなり目の前から消えちまったんでやす! コンクリートの塊がそのまま床に落ちて割れちまったんでやす! その後、何とか縛られていたのを外して、ひょっとしてと思ってここへ来た訳で・・・」
「そう? 大変だったわね」エリは感情のこもらない声で言った。「・・・妖魔がユウジを狙ったのね。お姉さんが大元を始末した影響で、慌てて逃げ出したってところね。こんなユウジでも、仲間って思われたわけか・・・」
「何をおっしゃっているんで?」ユウジが怪訝そうな顔をする。しかし、視線はエリの顔に向かっていない。「とにかく、お嬢が無事でよかったでやす・・・」
「・・・」エリはユウジの視線が気になった。「お前、どこを見ているの?」
「へえ・・・」ユウジはまた喉を鳴らした。「お嬢は、その、ブ、ブラジャーをなさっていないんで? 乳房と乳首が、丸見えで・・・」
「ええええっ!」
 エリは大声を上げると、自分の胸元を見た。大きな穴が開いていた。妖魔に串刺しにされた時に付けられたものだった。
 そこから、小振りながらかたちの良い胸が見えている。
「馬鹿が!」
 何かに何かが当たる音がし、何かが転げ落ちる音が続いた。

「葉子・・・」妖介は犬歯を剥き出した。「もう、馬鹿女は卒業だな」
「そう?」葉子は短く答え、妖介をじっと見つめている。「嬉しいわ・・・」
「だが・・・」妖介は葉子の裸身に無遠慮な視線を投げる。「淫乱はまだダメだな・・・」
 葉子は全裸でいる事を思い出した。慌てて右手で胸元を、左手で叢を覆い隠した。そして、そのまま妖介に背を向けた。
「卒業は取り消しだな」妖介は嘲る様に言った。「馬鹿女、尻が丸出しだ」 
「そんなひどい言い方しなくても良いじゃないのよう!」座り込んだ。涙が溢れた。「わたし、精一杯だったのよう。・・・もう少し優しくしてくれても良いじゃない!」
 ・・・どうしてこの人はこんな言い方をするんだろう! わたしは何も分からないままだったのよう! あなたもエリちゃんも動かなくなって、どうして良いのか全く分からなくて・・・
 葉子の右肩に温かいものが触れた。はっとして振り返ると、肩に妖介の手が置かれていた。振り払おうとした。しかし、肩が強く握られた。
 怒りが消えて行った。妖介の心が分かったような気がした。
 そのまま立ち上がった。 
「振り返るな」妖介が葉子の動きを制した。「・・・お前は仲間だ。しかも心強い仲間だ。お前に出会えた事をオレは嬉しく思っている」
「・・・仲間としてだけ?」葉子は小声で言った。妖介の手から、それ以上のものが伝わってきているように感じたからだ。「それだけなの?」
 妖介は黙ったまま、葉子を背後から抱きしめた。妖介の肌の熱さが背中全体を包む。・・・これが答えなの? 葉子は抱きしめている妖介の二の腕に、自分の手をそっと重ねた。
「葉子・・・」妖介はゆっくりとからだを離す。「服を着ろ。それからオレとの約束を果たしてもらう」
 妖魔との死闘中に「元の世界に戻ったら、助けてやった礼でもしてもらおう」と妖介が言っていたのを葉子は思い出した。
「分かったわ」
 葉子はタンスから下着とジーンズとTシャツを取り出し、身に着けた。その間、妖介はベッドの端に腰掛けていた。・・・脱ぐのを見られたことはあるけど、着るところを見られるなんて、初めてだわ。
「おい、淫乱馬鹿女」妖介が犬歯を覗かせる。「お前は、気が緩むと、すぐ変な方へと思いが動くヤツだな」
「ふん!」下着をつけ終わり、ジーンズを穿きながら、葉子は鼻を鳴らした。「わたしだって、好きでもない人には、こんな気持ちにならないわよう!」
 言ってから葉子ははっとして動きを止めた。・・・わたし、何て事を言ったの! 驚いた表情のまま、妖介を見つめる。・・・でも、これは本当の気持ちなのよう! 葉子は真顔になる。
「・・・」妖介は表情を変えなかった。葉子にはまだ相手の心は読めない。ただ、迷惑そうには見えなかった。「・・・さっさと着て、約束を果たせ」
「分かったわ・・・」溜め息をついて、Tシャツを拾い上げ、着終える。「で、何をすれば良いの?」
「見て分からないか?」妖介は犬歯を剥き出す。「服だよ。お前にボロボロにされたからな。新しいのを買って来い」

     つづく


     著者自註 
 
 次回、最終回(の予定)です。


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