突然、エリが寝室に飛び込んできた。憮然とした顔をしている。
「お楽しみのところ、邪魔しちゃって悪いわね!」言い終わると、ベッドにどっかりと腰を下ろした。葉子を見る。「お姉さん、お願いがあるの!」
・・・何なの? とても頼んでいるような態度に見えないんだけど。葉子は呆れた表情をエリに向けた。
「何かしら?」
「お姉さん、何か着るものを貸して!」エリは右手を差し出した。「ユウジの馬鹿に、これ以上サービスするなんて、わたしのプライドが許さないわ!」
「エリ・・・」妖介が犬歯を覗かせる。「ユウジにはダメだが、オレには良いのか?」
「もうっ!」エリは差し出していた右手を引っ込めると、胸元の穴を両手で隠した。「お姉さん、とにかく、服を貸して! 何でも良いわ!」
「・・・分かったわ」葉子はクロークを開けた。「着れそうなのがあったら着ていいわ。わたしは妖介・・・さんからの頼まれ事をしてくるから・・・」
葉子はちらと妖介を見た。妖介は無表情だった。
エリは歓声を上げながら、クロークの前に立って物色し始めた。・・・こんな程度の服で喜ぶなんて、この娘、女の子らしい事って経験が少ないんだわ。葉子はエリに同情した。
エリは思い出したように振り返る。その顔にはさっきと打って変わって、楽しそうな笑みが浮かんでいる。
「妖介ぇ・・・」妖介をねっとりした視線で見つめる。「お姉さんだけじゃなく、わたしの裸も見る気なのぉ?」
「そうだな・・・」妖介はさらに犬歯を剥き出す。「子供の裸には興味はないな」
そう言い残すと、寝室を出て行った。エリの怒った声が聞こえる。
その後を追うように、葉子が続いた。
「あんな事、言わなくても良いじゃない・・・」葉子は言った。「エリちゃん、あなたを慕っているのよ」
「・・・知っている」妖介は無表情で答える。「だが、そんな感情は、妖魔の付け込む隙となる。エリは生来がああ言った性格だから、それほど問題は無い。遊びの感覚で愉しんでいるだけだ。しかし・・・」
「わたしね・・・」葉子は妖介を見つめる。「わたしが心配の種なのね」
「そうだな・・・」
「わたしが真剣になればなるほど、あなたの足手纏いになるのね・・・」
「そうだな・・・」
「でも、あなただって・・・」
「オレは自分を制御できる。お前に惑って判断を誤る事はない」
「大した自信ね・・・」
「そうでなければ、オレはとうの昔に死んでいる」
「・・・」葉子は改めて妖介の顔を見た。妖魔を始末する事を定めとした、厳しい男の表情を、その中に見た気がした。溜め息が漏れる。「・・・わたしには付いて行けそうに無い世界だわ」
「葉子・・・」妖介は葉子の両肩に手を置いた。暖かい温もりが、肩から全身へ伝わる。「全ては定めだ。受け入れるんだな。それに、妖魔と敵対する者となった以上、一人にはしておけない」
「妖魔がいなかったら? 妖魔がいなかったら、わたしとあなたはどうなっていたの?」
「馬鹿女」手が離れた。「下らないドラマみたいな事を考えるのは、いい加減に止めろ」
「・・・そうね、分かったわ」
葉子は靴を履いた。
「葉子」呼びかけられて葉子は振り向く。「近々、この町を出る。付いて来い」
つづく
著者自註
次回こそ、最終回(の予定)です。
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「お楽しみのところ、邪魔しちゃって悪いわね!」言い終わると、ベッドにどっかりと腰を下ろした。葉子を見る。「お姉さん、お願いがあるの!」
・・・何なの? とても頼んでいるような態度に見えないんだけど。葉子は呆れた表情をエリに向けた。
「何かしら?」
「お姉さん、何か着るものを貸して!」エリは右手を差し出した。「ユウジの馬鹿に、これ以上サービスするなんて、わたしのプライドが許さないわ!」
「エリ・・・」妖介が犬歯を覗かせる。「ユウジにはダメだが、オレには良いのか?」
「もうっ!」エリは差し出していた右手を引っ込めると、胸元の穴を両手で隠した。「お姉さん、とにかく、服を貸して! 何でも良いわ!」
「・・・分かったわ」葉子はクロークを開けた。「着れそうなのがあったら着ていいわ。わたしは妖介・・・さんからの頼まれ事をしてくるから・・・」
葉子はちらと妖介を見た。妖介は無表情だった。
エリは歓声を上げながら、クロークの前に立って物色し始めた。・・・こんな程度の服で喜ぶなんて、この娘、女の子らしい事って経験が少ないんだわ。葉子はエリに同情した。
エリは思い出したように振り返る。その顔にはさっきと打って変わって、楽しそうな笑みが浮かんでいる。
「妖介ぇ・・・」妖介をねっとりした視線で見つめる。「お姉さんだけじゃなく、わたしの裸も見る気なのぉ?」
「そうだな・・・」妖介はさらに犬歯を剥き出す。「子供の裸には興味はないな」
そう言い残すと、寝室を出て行った。エリの怒った声が聞こえる。
その後を追うように、葉子が続いた。
「あんな事、言わなくても良いじゃない・・・」葉子は言った。「エリちゃん、あなたを慕っているのよ」
「・・・知っている」妖介は無表情で答える。「だが、そんな感情は、妖魔の付け込む隙となる。エリは生来がああ言った性格だから、それほど問題は無い。遊びの感覚で愉しんでいるだけだ。しかし・・・」
「わたしね・・・」葉子は妖介を見つめる。「わたしが心配の種なのね」
「そうだな・・・」
「わたしが真剣になればなるほど、あなたの足手纏いになるのね・・・」
「そうだな・・・」
「でも、あなただって・・・」
「オレは自分を制御できる。お前に惑って判断を誤る事はない」
「大した自信ね・・・」
「そうでなければ、オレはとうの昔に死んでいる」
「・・・」葉子は改めて妖介の顔を見た。妖魔を始末する事を定めとした、厳しい男の表情を、その中に見た気がした。溜め息が漏れる。「・・・わたしには付いて行けそうに無い世界だわ」
「葉子・・・」妖介は葉子の両肩に手を置いた。暖かい温もりが、肩から全身へ伝わる。「全ては定めだ。受け入れるんだな。それに、妖魔と敵対する者となった以上、一人にはしておけない」
「妖魔がいなかったら? 妖魔がいなかったら、わたしとあなたはどうなっていたの?」
「馬鹿女」手が離れた。「下らないドラマみたいな事を考えるのは、いい加減に止めろ」
「・・・そうね、分かったわ」
葉子は靴を履いた。
「葉子」呼びかけられて葉子は振り向く。「近々、この町を出る。付いて来い」
つづく
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