妖魔始末人 朧 妖介 84

　葉子はエリの顔を見た。
　見開いたままの瞳が痛々しい。そっと手の平で両の瞳を覆った。
　・・・エリちゃん。痛かったでしょうね。苦しかったでしょうね。わたしがしっかりしていたら、こんな事にはならなかったのに。涙がまた溢れた。
　エリ自身が語ったエリの生い立ちを思い出した。望まれずに産まれた事、両親の愛を全く知らない事、大事に育ててくれた祖母の死、そして、父親に取り憑いた妖魔に襲われかけた事。・・・まだ、あどけなさの残るこの娘は、わたしなんか問題にならないほどの思いをしているんだわ。それに比べて、わたしは・・・　葉子は平凡だが優しい愛情を注いでくれる両親がいる。今では大人として接してくれ、色々な相談にも乗ってくれる。
　葉子はエリを強く抱きしめた。・・・エリちゃんには、そんな両親もいないんだわね。わたしはわたしの知っている世界が誰でもが持っている、当たり前のものだと思っていたんだわ。都合の悪いものは見ないようにしたり、存在していないものにしていたんだわ。
　しかし、それが一変した。妖魔の存在を知り、妖魔を始末する者となった。・・なぜわたしが？　はじめはそう思った。妖介に対しても良い感情は持てなかった。出来れば何も知らなかった時に戻りたいとも思った。エリちゃんが、何のわだかまりも不安も無く、妖介に付いて行ったのが信じられなかった。妖介への信頼だけじゃない。じゃあ何なの？　そこが分からなかった。
　・・・でも、今は分かるわ。
『定め』なのね。
　妖魔と敵対する者として選ばれたのね。理由は分からない。これからどうなって行くのかも分からない。でも、わたしも始末人。エリちゃんや、妖介と共に歩む者となったのね。
「エリちゃん・・・」葉子が声を出した。静かな声だった。「一緒に行きましょう」
　葉子は目を閉じ、エリをさらに強く抱きしめた。
　葉子の全身を白い揺らめきが包み始めた。揺らめきは次第の大きくなり、エリをも包んで行く。二人は白い光に包まれた。・・・エリちゃん、どうか戻って来て！　葉子の目から涙が溢れる。
「お姉さん・・・」エリを抱きしめる葉子の耳元で声がした。「・・・ありがとう・・・」
　白い揺らめきが消えた。葉子はエリの顔を見た。
　瞳はしっかりと葉子を捕らえている。口元にはあの生意気そうな笑みが浮かんでいる。
「あああ、エリちゃん！」
　葉子は改めてエリを抱きしめた。エリもそれに返す。
「葉子お姉さんなら、きっと直してくれると思っていたから、全然心配してなかった・・・」エリは言うと、葉子の唇に自分のを重ね、すぐに離した。「これはお礼ね。だってお姉さん、裸で抱きついているんだもん。うら若き純情な乙女でも、ふらふらっとなっちゃうわ・・・」
　葉子は慌ててベッドから降りた。・・・この娘ったら！　しかし、葉子の顔には笑みがあった。
　寝室のドアが開いた。妖介が入って来た。手にエリのバッグと『斬鬼丸』を三本持っていた。妖介は『斬鬼丸』を探していたようだ。
「エリ・・・」妖介はいつもと変わらぬ表情で、ベッドの上に座っているエリを見た。「お前のだ」
　妖介はバッグとエリの『斬鬼丸』とを抛った。エリはそれらを受け止める。不満そうに頬を膨らませた。
「ねえ！」エリが妖介に向かって言った。「感動の再会なんだから、なんか言ってよ！」
「・・・お前のだ、葉子」
　妖介はエリの言葉を無視し、葉子に『斬鬼丸』を抛った。『斬鬼丸』は、葉子が受け止めようと開いた手に、吸い付くように収まった。
「へえ～っ！」エリが呆れたような声を出す。「その『斬鬼丸』、お姉さんを相当気に入ってるんだね」
「・・・」
　葉子は『斬鬼丸』よりも、妖介は自分の名を呼んでくれた事に喜びを感じていた。・・・わたしも仲間になったんだわ。もう迷わないわ。
「あらあら、お姉さん、裸でそんなこと考えていたら、変な気分になっちゃうかもよぉ・・・」エリが笑いながら言った。「ねえ、妖介・・・　？」
　エリは言葉を切った。妖介がじっと葉子を見つめていたからだ。葉子もそれに返していた。エリは双方を交互に見た。そこに仲間以上の絆を感じ取っていた。
「あ～あ、回復した途端にこんなシーンを見せられちゃうんだもんなあ・・・」エリは両手で自分の頬を挟みこんだ。「やってらんないわ！」
　言い残すとベッドから飛び降り、寝室から出て行った。

　　　　　つづく




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