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コーイチ物語 2 「秘密の消しゴム」 119

2018年11月13日 | コーイチ物語 2(全161話完結)
「ふん! 奴らを待ってはおれん!」
 駆け出したサムライたちを見ながらブサシは、釣り鐘の一方の前に立った。大柄なブサシだが、釣り鐘の前では並の人間に見えた。しかし、その不敵な面構えに変わりはない。
「ま、奴らが刀を持って来て、お前に渡したとしても、だ」ブサシは花子を睨む。花子も負けじと睨み返す。「オレの腕前を観たら戦意喪失間違いなしだ。『ごめんなさい』と、泣いてオレに詫びを入れることになるだろう」
 ブサシは、がはがはと笑った。花子はものすごくイヤそうな顔をした。
「そんなイヤそうな顔をするな」ブサシは含み笑いをしながら花子に言う。「オレの技を観たら、オレに惚れてしまうかもしれねえぜ」
「馬鹿言ってんじゃないわ!」花子は吐き捨てるように言う。「そんな事はこの世界が終わったってあり得ないわ!」
「まあ、何とでも言ってるがいいぜ……」
 ブサシは釣り鐘に向き直った。顔から笑みが消えた。サムライもカンフーも息をひそめてブサシを見つめている。
 ブサシは右手を刀の柄にかけ、左手で鞘を支えた。ジャキンと金属音が響いて鯉口が切られた。細められた両眼は釣り鐘の中をも見通すかのような鋭さをたたえている。
 音もなく刀は鞘から抜けた。驚くほどに大きく重々しい刃は、この曇り空の下にも係わらず、きらりと全体を光らせた。刃自身が光を発しているのかもしれない。
 ……なんだか、禍々しい感じだ、コーイチの喉がごくりと鳴る。
 ブサシは刀を持った右腕を水平に伸ばしている。その腕は全く震えない。しばらくその姿勢を保った後、すすすっと頭上へと移動させた。左手を添え、大上段に構え、そのままの姿勢を保った。
「ふーっ……」
 ブサシは深く息を吐く。そのまま目を閉じる。ひゅうと風が一つ鳴り、ブサシの月代と無精ひげをざわめかして通り過ぎた。
「しゃーっ!」
 奇妙な気合いと共にブサシが跳躍し、釣り鐘のてっぺんを斬り付けた……ように見えた。しかし、そこには刀を鞘に納め、懐手で腕組みをし、にやりと笑った顔を花子に向けているブサシが立っているだけだった。
 ……えっ? 確か飛び上がって釣り鐘を斬り付けたはずだけど…… コーイチは目をぱちくりさせたり、まぶたをごしごしと擦ったりした。
「どうだ? 見たか?」ブサシが勝ち誇ったように花子に言う。「お前も剣の達人と言うのなら、オレの動きが見えたはずだ。どうだ? 謝るなら今だぞ」
 花子は厳しい表情で無言のまま、ブサシを睨みつけている。
「どうした? 畏れ入って、何も言えなくなったか?」ブサシは乱れた鬢を手で掻き上げた。「それとも、オレに惚れてしまって、声も出せないか?」
「……ねえ、芳川さん……」コーイチは花子と同じく厳しい表情をしている洋子の横に立ち、小声で話しかけた。「どうなってんだい?」
「……」洋子は厳しい表情のまま、コーイチに向き直る。「どうなったって…… 見えなかったんですか?」
「すみません……」コーイチは謝ってしまう。「僕には飛び上がって釣り鐘を斬り付けたように見えたんだけど、気がついたら刀は鞘に納まっていた……」
「そうですか……」洋子はため息をついた。「ブサシさんは、跳躍した際に、釣り鐘のてっぺんを六回も撃ち付け、それから刀を納めました」
「え? でも撃ち付けたんなら、音がすると思うけど、音はしなかったよ……」
 コーイチがそう言うと、不意にガツンガツンと金属同士のぶつかるような大きくて鈍い音が六回聞こえた。
 音が止むと、釣り鐘のてっぺんから下に向かって亀裂が六方向に走り、亀裂が走り終わるとしばらくそのままの状態で立っていた。ブサシがその釣り鐘をちょんと人差し指でつついた。釣り鐘はガラガラと崩れた。周りはどよめいた。
「ぐわっはっは!」ブサシは腰に手を当て、ふんぞり返りながら花子に言った。「見たか! 『剛天流奥義・無音裂断の剣』だ!」
「あれってさ……」コーイチは洋子に話しかける。心なしか声が震えている。「言ってみれば、超音速斬りって事だよね? ……そんな無茶苦茶な話ってあるもんか!」
「あら?」洋子を驚いた顔でコーイチを見る。「コーイチさん、忘れたんですか? ここは何でもありの世界だって言うことを」
「え?」コーイチは我に返った。「そうか…… そうだったね」
「花子さんを見てください」
 洋子に言われて、コーイチは花子を見た。花子は、何を思いついたのか、にたりと悪賢そうな笑みを浮かべている。
「もともと、この世界の主のような方ですからね、花子さんは……」洋子の声はわくわく感に満ちていた。「きっと、すごい大技を繰り出しますよ!」
 その時、駆けて行ったサムライたちが、ブサシと同じ刀を鞘ごと運んできた。大人数で行ったため、刀を三振持って来た。


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