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怪談 化猫寺 18 FINAL

2019年10月20日 | 怪談 化猫寺(全18話完結)
 仁吉は雀のさえずりと烏の野太い鳴き声とで目が覚めた。途端、飛び上がる様にして寝床から起き出した。その物音に両親も起き出した。
「仁吉、どうした?」父が言う。「怖い夢でも見たか? 大丈夫だ。だから、まだゆっくり寝てろ」
「そうだよ、仁吉」母も言う。「それとも、お腹が空いたのかい?」
 昨夜は泣き疲れたまま眠ってしまったのだろう。仁吉が覚えていたのはわんわん泣きながら両親に支えられて家に入った所までだった。
「坊様!」
 仁吉は立ち上がると、出入口の心張棒を外して飛び出した。両親が後を追う。
「仁吉!」走り出した仁吉に父が声をかける。「どこへ行くんだ?」
「寺だよ!」仁吉は立ち止まり、振り返る。「坊様が戦ったんだ!」
「坊様……」母がつぶやく。「松次を正気付かせた、あの坊様かい?」
「そうだよ。とにかくオレは寺に行かなくちゃいけないんだ!」
 そう言うと、仁吉は走り出した。
 ……明日の朝に再び来ると良いだろう。わしがここに倒れておれば、わしの負け、おらなんだらわしの勝ちじゃ…… からからと笑った坊様の顔が浮かぶ。そして、住職の霊の凶相も。
 寺に着いた。しんとして物音もしない。仁吉は門の前でたじろいだが、気を取り直して門をくぐった。
 邪な空気は感じられなかった。崩れた本堂と荒れた敷地は変わりなかった。猫の声はしていなかった。……勝ったのか…… 仁吉はほっと息を吐く。
 坊様の立っていた所に寄ってみる。
「あっ……!」
 仁吉は息を呑んだ。坊様の立っていた辺りに、二つに折れた錫杖と、糸が千切れてあちこちに珠が転がっている数珠とがあった。
「……坊様……」
 呆然と立ち尽くす仁吉だった。
 しばらくすると、門の方から兵太、松次、おみよが駈け込んできた。
「仁吉、坊様は?」兵太がきょろきょろしながら言う。「お前の父ちゃんが皆を起こして、ここへ来るぞ」
「仁吉よう……」松次が言う。その声はまだ弱々しい。「オレを治してくれた坊様に礼が言いてぇんだ……」
「坊様はいない……」仁吉は足元の錫杖と数珠を示した。「飼われていたしろが、ここの住職の邪念を受けて化け猫になってたんだ。坊様は化け猫を倒し、その後、住職の悪霊と戦ったんだ……」
「で、どうなったの?」おみよが言う。少し震えている。「お坊様、勝ったの?」
「……ここに倒れていないから、勝ったんだと思う……」
 大人たちがぞろぞろと入って来た。昨日、仁吉に言われて心を入れ替えたようだ。長と物知りおじじが仁吉の方へやってきた。
「仁吉、話は聞いた」長が言う。「松次を治した坊様はどこだ?」
「いない」仁吉は言って、兵太たちに言った事を繰り返した。「住職の悪霊に勝って、どこかへ行ってしまわれたんだ」
「……そうか、あのご住職様がのう……」物知りおじじは嘆息した。「あんな立派なお方でものう…… 人とは分からんもんだのう……」
 仁吉は折れた錫杖と千切れた数珠と散らばった珠とを拾い上げた。からだ中に力が漲る感じがした。
「これから、時は掛かるが、皆で寺を直して行こうかと思っとる」長がおじじに言う。「寺が直れば、住職となってくれる坊様も現れよう」
「おう、それが良いのう。わしらが汚してしもうたお寺だからのう。わしらの手で綺麗にして差し上げんとのう」
 大人たちも口々に賛意を示した。
 その日から寺の修繕が始まった。本堂や敷地が手入れされて行った。仁吉たち子供も手伝った。日に日に松次はいつもの元気を取り戻した。また、近隣からも話を聞きつけて手伝いを申し出る者が増えた。
 仁吉はあの坊様がひょっこり戻って来るような気がしていたので、毎日手伝いに加わった。
「仁吉よ」長が言う。「あのお坊様はの、あちらこちらで彷徨う霊どもに功徳を施されるのがお務めなのじゃ。だから、戻っては来んだろうの」
「そんな事、分かってる」仁吉は言いながら草むしりに専念する。目が涙でいっぱいになった。「あの坊様は偉い坊様だから……」
 
 数年かかって寺は元の姿を取り戻した。住職となってくれる坊様も見つかった。
 仁吉は新たな住職に、折れた錫杖と千切れた数珠を渡し、事の顛末を話した。
「そうか、そんな事があったのか……」住職は仁吉からそれらを受け取ると大きくうなずいた。「これらはこの寺の守護宝としよう」
 そう言うと、それらを本堂の仏像の前に供えた。
「それで、そのお坊様のお名前は?」
 仁吉は住職に聞かれて、初めて坊様の名前を聞いていな事に気がついた。
「名は聞かなかったけど、会えば絶対にわかります!」
 仁吉は答えた。
 寺を出ると夕暮れが迫っていた。赤く染まって行く空を見上げながら、仁吉は、もう一度あの坊様に会えるだろうかと思っていた。


おしまい

 


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