仁吉は何処をどう駆け回ったのか覚えてはいなかった。少し気持ちが落ち着いたので周りを見ると、今まで来たことが無い雑木林の中に居た。
「いや。もう帰る気もないし」仁吉はつぶやきながら歩いた。「それにしてもなんだ、あの大人たちは! へっぴり腰の臆病者じゃないか! 情けない。あれでいつもオレたちに偉そうにしてやがったんだ!」
雑木林を抜けて草っ原へ出た。ささっと心地良い風が吹いて、敷き詰められたような草を撫でて過ぎて行く。仁吉は草っ原に寝転んだ。心地良い風が仁吉の全身を撫でて行く。
「これからどうしようか……」
仁吉は空を流れ動く雲を見ながらつぶやいた。
兵太やおみよがついて来なくて良かった。一緒だったら、おみよはわんわん泣いて、絶対家に帰るって言っていただろう。兵太だって、あれでずいぶん母ちゃんっ子だから、すぐに帰りたくなっただろう。
オレは絶対に帰らない。もうあそこの大人たちに愛想が尽きたんだ。向こうだってオレを手に負えない悪ガキと見ているんだろう。なら、お互い様だ! あっちがどうなろうと、オレがどうなろうと、もう、知った事じゃない!
仁吉は考えているうちに、朝からの疲れが出て、眠ってしまった。
どれくらい寝たのだろうか。目を覚ますと、相変わらずの青い空と白い雲が見えた。
「おお、やっと目が覚めたかの」
仁吉の横で野太い声がした。驚いた仁吉は飛び起きた。すぐ横に熊のような大男が座っていた。
厳ついからだ、浅黒い顔は茫々たる髭面、日に焼けて色が変わり所々穴の開いた網代笠を被り、しわくちゃで薄汚れた墨染めの衣をまとった坊様だった。笠の中から仁吉を見ているその面構えは外見に似合わず優しそうだ。
そして、傍らには、鐶が幾つか無くなっている古ぼけた錫杖が転がっていた。
「……お坊様……」
「そうだ」寝ぼけたような声の仁吉に坊様は笑顔を向けた。「それ以外に何に見えるかの? ま、この図体じゃ。熊くらいには見えたかの」
坊様はそう言うと呵々と笑った。仁吉は笑わない。
「どうしてオレの横にいるんだ?」
「ふむ……」坊様はじっと仁吉の顔を覗き込む。坊様の眼差しが仁吉の心の中を探るように動く。「お前さん、何か見ただろう?」
「何かって……?」
「とってもイヤでおぞましいものさ」
「……」
仁吉はじっと坊様の顔を見返した。どうして知っているんだ? 誰かに聞いたのか? そうか! 大人たちに頼まれて、オレを探しに来たんだ!
「別に、坊様に関わりはないよ!」
「これこれ、そう意地を張るな。わしはお前がどこの何兵衛なのかは知らん。たまたま通りかかったら、寝ている姿が見えてな。そして、お前の上に白い猫が浮かんでいるのが見えたのだよ」
「白い猫……だって?」仁吉は思わず大きな声を出す。冷たい汗が背中を伝う。「……お坊様、その猫、どんな風だった?」
「そうだな…… 腰を下ろして、前脚をぴんと伸ばし、とても行儀のよい姿だったぞ」
「……あの寺で見た猫だ! しろ、だ……」
仁吉は震えだした。その様子を見た坊様は、仁吉の背をそのごつい手でさすり始めた。さすりながら聞いた事のない念仏を小声で唱えた。温かいものが坊様の手を通して仁吉の背中から全身へと広がった。仁吉の震えが止まった。仁吉は長い息を吐いた。
「……さ、話してごらん」
坊様の優しい言葉に、仁吉は小さくうなずいた。
つづく
「いや。もう帰る気もないし」仁吉はつぶやきながら歩いた。「それにしてもなんだ、あの大人たちは! へっぴり腰の臆病者じゃないか! 情けない。あれでいつもオレたちに偉そうにしてやがったんだ!」
雑木林を抜けて草っ原へ出た。ささっと心地良い風が吹いて、敷き詰められたような草を撫でて過ぎて行く。仁吉は草っ原に寝転んだ。心地良い風が仁吉の全身を撫でて行く。
「これからどうしようか……」
仁吉は空を流れ動く雲を見ながらつぶやいた。
兵太やおみよがついて来なくて良かった。一緒だったら、おみよはわんわん泣いて、絶対家に帰るって言っていただろう。兵太だって、あれでずいぶん母ちゃんっ子だから、すぐに帰りたくなっただろう。
オレは絶対に帰らない。もうあそこの大人たちに愛想が尽きたんだ。向こうだってオレを手に負えない悪ガキと見ているんだろう。なら、お互い様だ! あっちがどうなろうと、オレがどうなろうと、もう、知った事じゃない!
仁吉は考えているうちに、朝からの疲れが出て、眠ってしまった。
どれくらい寝たのだろうか。目を覚ますと、相変わらずの青い空と白い雲が見えた。
「おお、やっと目が覚めたかの」
仁吉の横で野太い声がした。驚いた仁吉は飛び起きた。すぐ横に熊のような大男が座っていた。
厳ついからだ、浅黒い顔は茫々たる髭面、日に焼けて色が変わり所々穴の開いた網代笠を被り、しわくちゃで薄汚れた墨染めの衣をまとった坊様だった。笠の中から仁吉を見ているその面構えは外見に似合わず優しそうだ。
そして、傍らには、鐶が幾つか無くなっている古ぼけた錫杖が転がっていた。
「……お坊様……」
「そうだ」寝ぼけたような声の仁吉に坊様は笑顔を向けた。「それ以外に何に見えるかの? ま、この図体じゃ。熊くらいには見えたかの」
坊様はそう言うと呵々と笑った。仁吉は笑わない。
「どうしてオレの横にいるんだ?」
「ふむ……」坊様はじっと仁吉の顔を覗き込む。坊様の眼差しが仁吉の心の中を探るように動く。「お前さん、何か見ただろう?」
「何かって……?」
「とってもイヤでおぞましいものさ」
「……」
仁吉はじっと坊様の顔を見返した。どうして知っているんだ? 誰かに聞いたのか? そうか! 大人たちに頼まれて、オレを探しに来たんだ!
「別に、坊様に関わりはないよ!」
「これこれ、そう意地を張るな。わしはお前がどこの何兵衛なのかは知らん。たまたま通りかかったら、寝ている姿が見えてな。そして、お前の上に白い猫が浮かんでいるのが見えたのだよ」
「白い猫……だって?」仁吉は思わず大きな声を出す。冷たい汗が背中を伝う。「……お坊様、その猫、どんな風だった?」
「そうだな…… 腰を下ろして、前脚をぴんと伸ばし、とても行儀のよい姿だったぞ」
「……あの寺で見た猫だ! しろ、だ……」
仁吉は震えだした。その様子を見た坊様は、仁吉の背をそのごつい手でさすり始めた。さすりながら聞いた事のない念仏を小声で唱えた。温かいものが坊様の手を通して仁吉の背中から全身へと広がった。仁吉の震えが止まった。仁吉は長い息を吐いた。
「……さ、話してごらん」
坊様の優しい言葉に、仁吉は小さくうなずいた。
つづく
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