アパートを後にして、妖介は歩道のない狭い道路を黙々と歩き出した。葉子はその後を駆ける様について行く。妖介の歩く速さが普通ではないからだ。そのくせ、行き交う人たちにぶつかる事がない。
いや、相手から見れば、黒尽くめの不機嫌な顔をした男がものすごい勢いで歩み寄って来るのだから、思わず避けると言うのが正しいのかもしれない。
「ちょっと、待ってよう!」
葉子は堪らず立ち止まり、妖介に呼びかけた。息が揚がり、肩が上下している。
妖介は不機嫌な表情のまま葉子に振り返った。
「もう少し、ゆっくり歩いてよう・・・」葉子は膝に手を付き、前屈みになっている。「わたし、朝から、何も食べていないのよう」
「それがどうしたんだ?」妖介は苛立たしげに言った。「お前が勝手に食わなかっただけだろう」
「だって・・・」
葉子は言いかけて口をつぐんだ。・・・妖魔が襲って来て、それどころじゃなかったじゃない! 葉子は心の中で叫んでいた。
葉子の前が暗くなった。顔を起こすと妖介が前に立ちはだかっていた。相変わらず不機嫌なままだ。
「だって・・・? お前、オレに何か文句があるのか?」
「そ、そうじゃないけど・・・」
葉子は顔を逸らした。・・・この人、さっきの出来事を忘れているのかしら? あんな怖ろしい事があったのに・・・
「いいか・・・」妖介が静かに話し出した。思わず葉子は顔を向けた。「ヤツらとの事は、俺にとっては当たり前の事だ。一々考えてはいられない。それに、いずれお前もそうなるだろう」
妖魔との事が、当たり前になって来る・・・! 絶えず妖魔を恐れ、絶えず妖魔と向き合っていかなければならない、そんな日々が続いて行くんだ・・・ 葉子の背にぞっと悪寒が走った。
「諦めろ、これがお前の現実だ」妖介は重々しく言った。「さっさと歩くんだ」
妖介は再び歩き出した。先に角を曲がり姿が見えなくなった。
途端に怒鳴り声がした。葉子は慌てて駆け出し角を曲がる。
妖介の前に五人の若者、どう見ても学校をサボってふらふらしている感じの高校生が、取り囲むように立っていた。葉子はその場に立ち竦んだ。
「痛てぇじゃねぇかよお、おっさんよお!」
若者の一人が叫んでいる。曲がった時にぶつかったらしい。
「どうすんだよお、おっさん!」
別の一人が叫ぶ。行き交う人は係わりを恐れ、遠巻きにしながらその場を去って行く。
妖介は不機嫌な顔のまま立っていた。
「ダンマリじゃあ、分かんねぇんだよお!」
一人が妖介の方を小突いた。妖介はその若者を睨みつけた。
「な、なんでぇ!」
虚勢を張りながらも、睨まれた若者は思わず一歩下がった。
「さっさと学校へ戻りな、ボウヤたち・・・」妖介が低い声で言い、犬歯を覗かせる笑みを浮かべた。「それとも、バカすぎて高校も行けなかったのか?」
「野郎!」
一番体格の良い若者が妖介の顔面に右の握り拳を叩き付けた。物凄い音がした。
「きゃっ!」
葉子が顔をそむけながら叫んだ。
「・・・うううぁぁぁあ!」
奇妙なうなり声に葉子は顔を戻した。
妖介は先ほどと同じように立っていた。殴りつけた若者が妖介の前に膝を付いていた。右腕が肘と手首の間で「くの字」に曲がっていた。握り拳も血だらけになっている。その若者は口から泡を流しながら道路に横倒しになった。
「ひ、ひゃあああああ!」
若者たちは口々に叫びながら左右に散った。
「行くぞ」
妖介は振り返り、葉子に言った。そして、何事もなかったかのように歩き出した。
葉子は無言で妖介の後を追った。
つづく
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いや、相手から見れば、黒尽くめの不機嫌な顔をした男がものすごい勢いで歩み寄って来るのだから、思わず避けると言うのが正しいのかもしれない。
「ちょっと、待ってよう!」
葉子は堪らず立ち止まり、妖介に呼びかけた。息が揚がり、肩が上下している。
妖介は不機嫌な表情のまま葉子に振り返った。
「もう少し、ゆっくり歩いてよう・・・」葉子は膝に手を付き、前屈みになっている。「わたし、朝から、何も食べていないのよう」
「それがどうしたんだ?」妖介は苛立たしげに言った。「お前が勝手に食わなかっただけだろう」
「だって・・・」
葉子は言いかけて口をつぐんだ。・・・妖魔が襲って来て、それどころじゃなかったじゃない! 葉子は心の中で叫んでいた。
葉子の前が暗くなった。顔を起こすと妖介が前に立ちはだかっていた。相変わらず不機嫌なままだ。
「だって・・・? お前、オレに何か文句があるのか?」
「そ、そうじゃないけど・・・」
葉子は顔を逸らした。・・・この人、さっきの出来事を忘れているのかしら? あんな怖ろしい事があったのに・・・
「いいか・・・」妖介が静かに話し出した。思わず葉子は顔を向けた。「ヤツらとの事は、俺にとっては当たり前の事だ。一々考えてはいられない。それに、いずれお前もそうなるだろう」
妖魔との事が、当たり前になって来る・・・! 絶えず妖魔を恐れ、絶えず妖魔と向き合っていかなければならない、そんな日々が続いて行くんだ・・・ 葉子の背にぞっと悪寒が走った。
「諦めろ、これがお前の現実だ」妖介は重々しく言った。「さっさと歩くんだ」
妖介は再び歩き出した。先に角を曲がり姿が見えなくなった。
途端に怒鳴り声がした。葉子は慌てて駆け出し角を曲がる。
妖介の前に五人の若者、どう見ても学校をサボってふらふらしている感じの高校生が、取り囲むように立っていた。葉子はその場に立ち竦んだ。
「痛てぇじゃねぇかよお、おっさんよお!」
若者の一人が叫んでいる。曲がった時にぶつかったらしい。
「どうすんだよお、おっさん!」
別の一人が叫ぶ。行き交う人は係わりを恐れ、遠巻きにしながらその場を去って行く。
妖介は不機嫌な顔のまま立っていた。
「ダンマリじゃあ、分かんねぇんだよお!」
一人が妖介の方を小突いた。妖介はその若者を睨みつけた。
「な、なんでぇ!」
虚勢を張りながらも、睨まれた若者は思わず一歩下がった。
「さっさと学校へ戻りな、ボウヤたち・・・」妖介が低い声で言い、犬歯を覗かせる笑みを浮かべた。「それとも、バカすぎて高校も行けなかったのか?」
「野郎!」
一番体格の良い若者が妖介の顔面に右の握り拳を叩き付けた。物凄い音がした。
「きゃっ!」
葉子が顔をそむけながら叫んだ。
「・・・うううぁぁぁあ!」
奇妙なうなり声に葉子は顔を戻した。
妖介は先ほどと同じように立っていた。殴りつけた若者が妖介の前に膝を付いていた。右腕が肘と手首の間で「くの字」に曲がっていた。握り拳も血だらけになっている。その若者は口から泡を流しながら道路に横倒しになった。
「ひ、ひゃあああああ!」
若者たちは口々に叫びながら左右に散った。
「行くぞ」
妖介は振り返り、葉子に言った。そして、何事もなかったかのように歩き出した。
葉子は無言で妖介の後を追った。
つづく
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