戻って来た当初は綾子は、大きく歳の離れた妹の小夜子をまるで自分の娘のように扱った。小夜子も「ママお姉ちゃん」と綾子を呼び、すっかりなついていた。一抹の心配をしていた周囲に人々も、本当に仲の良い二人を見て安堵の息をついた。
「でも、妊娠していたんだろう?」
「戻って来た頃はまだおなかが大きくなっていなかったから、誰も気が付かなかったようね」
「綾子さん当人は、分かっていたんだろう?」
「どうかしらね」
「どうかしらって・・・ 身に覚えがあって、その、なんだ、いわゆる月々のものがなくなれば、ひょっとしてと疑うものじゃないのか、女の人は?」
「また、そんな下品な言い方をする! どうして男の人って、そう言う言い方をするのかしらね!」
冴子は正部川を睨みつけた。正部川は困ったような顔をして、頭をぼりぼりと掻いた。
「・・・まぁ、綾子さんは分かっていたんでしょうね」冴子は溜息をついた。「だから戻って来たんじゃないかしら、小夜子さんの面倒を見るのは口実ね・・・」
「色々と大変だねぇ・・・」
正部川も溜息をついた。
次第に迫り出すお腹や、どう見てもつわりだと言う症状を繰り返す綾子は、妊娠を隠すことが出来なくなった。周一は相手が誰なのか詰問した。
「誰だか分からない、って綾子さん答えたの。何人も男がいたから、って・・・」
「そりゃあ・・・」正部川は冴子をじっと見つめて、言った。「嘘だね」
「何故よ?」
「冴子の話じゃ、結構出入りの激しい人だったんだろう、綾子さん。でも妊娠は今までなかった。今回が初めてだ。きっと、どうしても相手の男の人の子供が欲しくなったんだよ。本気になったんだよ」
「それなら、相手の人の名前くらい言えるじゃないの」
「言えば、周一さんが裏から手を回して相手をどうにかしてしまうと思ったんじゃないかな」
「そんな、怖ろしい・・・」
「だって、綾子さんも色々と面倒を起こしちゃ、それで助けられたり、揉み消してもらったりしたんだろう? それがどれだけのものか、一番分かっているのは、綾子さん自身だよ」
「・・・」
周一は即、堕胎を言いつけた。しかし、綾子は拒否をした。激しい口論が起こった。
事情が分かっていない小夜子が、父と姉との口論に「ママお姉ちゃんを苛めないで!」と泣きながら割って入った。
「結局、小夜子さんを味方につけた綾子さんの勝ちだったわ」
綾子は一室を与えられ、回りの世話をしてくれる家政婦を雇い、戻って来た時の約束など無かったかのように、次第にわがままな気質を示し始めた。それでも、小夜子に対してだけは「良き姉」であり続けた。
「きっと、小夜子さんを切り札にしておきたかったんだね」
「そんな怖ろしい事、よく考え付くわね!」
「僕のような下々の者の常識だよ」皮肉っぽく言った後、正部川は顔を曇らせた。「ただ・・・」
「ただ、何よ?」
「綾子さんに子供が産まれるまでの間だろうね。それも、男の子が産まれたらどうなることやら・・・」
「まあ!」冴子が驚いた様に口元に手を当てた。「実は、綾子さんが産んだのは、男の子だったのよ!」
続く

「でも、妊娠していたんだろう?」
「戻って来た頃はまだおなかが大きくなっていなかったから、誰も気が付かなかったようね」
「綾子さん当人は、分かっていたんだろう?」
「どうかしらね」
「どうかしらって・・・ 身に覚えがあって、その、なんだ、いわゆる月々のものがなくなれば、ひょっとしてと疑うものじゃないのか、女の人は?」
「また、そんな下品な言い方をする! どうして男の人って、そう言う言い方をするのかしらね!」
冴子は正部川を睨みつけた。正部川は困ったような顔をして、頭をぼりぼりと掻いた。
「・・・まぁ、綾子さんは分かっていたんでしょうね」冴子は溜息をついた。「だから戻って来たんじゃないかしら、小夜子さんの面倒を見るのは口実ね・・・」
「色々と大変だねぇ・・・」
正部川も溜息をついた。
次第に迫り出すお腹や、どう見てもつわりだと言う症状を繰り返す綾子は、妊娠を隠すことが出来なくなった。周一は相手が誰なのか詰問した。
「誰だか分からない、って綾子さん答えたの。何人も男がいたから、って・・・」
「そりゃあ・・・」正部川は冴子をじっと見つめて、言った。「嘘だね」
「何故よ?」
「冴子の話じゃ、結構出入りの激しい人だったんだろう、綾子さん。でも妊娠は今までなかった。今回が初めてだ。きっと、どうしても相手の男の人の子供が欲しくなったんだよ。本気になったんだよ」
「それなら、相手の人の名前くらい言えるじゃないの」
「言えば、周一さんが裏から手を回して相手をどうにかしてしまうと思ったんじゃないかな」
「そんな、怖ろしい・・・」
「だって、綾子さんも色々と面倒を起こしちゃ、それで助けられたり、揉み消してもらったりしたんだろう? それがどれだけのものか、一番分かっているのは、綾子さん自身だよ」
「・・・」
周一は即、堕胎を言いつけた。しかし、綾子は拒否をした。激しい口論が起こった。
事情が分かっていない小夜子が、父と姉との口論に「ママお姉ちゃんを苛めないで!」と泣きながら割って入った。
「結局、小夜子さんを味方につけた綾子さんの勝ちだったわ」
綾子は一室を与えられ、回りの世話をしてくれる家政婦を雇い、戻って来た時の約束など無かったかのように、次第にわがままな気質を示し始めた。それでも、小夜子に対してだけは「良き姉」であり続けた。
「きっと、小夜子さんを切り札にしておきたかったんだね」
「そんな怖ろしい事、よく考え付くわね!」
「僕のような下々の者の常識だよ」皮肉っぽく言った後、正部川は顔を曇らせた。「ただ・・・」
「ただ、何よ?」
「綾子さんに子供が産まれるまでの間だろうね。それも、男の子が産まれたらどうなることやら・・・」
「まあ!」冴子が驚いた様に口元に手を当てた。「実は、綾子さんが産んだのは、男の子だったのよ!」
続く


※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます