結局、その日は出掛けられなくなった。コーイチの部屋にある冷蔵庫に残っている物で逸子は軽い昼食を作ってくれた。折り畳み式のちゃぶ台の足を延ばして部屋の真ん中に置く。ちゃぶ台には美味しそうな香りが漂う料理が幾種類か並んだ。いただきますもそこそこに食べ始める三人だった。
「いやあ、逸子さん! とっても美味しい!」ケーイチは出された料理をぺろりと平らげて、感心したように言う。「いいなあ、コーイチは、いつもこんなに美味しい物が食べられてなぁ……」
「いやですわ、お兄様!」逸子が照れくさそうに言う。「でも、コーイチさんは一度も褒めてくれないんですよ」
「そりゃ、いかんぞ、コーイチ」ケーイチが言う。「お前をそんな人間に育てた覚えはない」
「兄さん、兄さんがいつぼくを育ててくれたんだよ!」コーイチは文句を言う。「子供のころは、いつもぼくのおかずにまで手を伸ばしてたじゃないか」
「お前の食べるのが遅すぎて、ついイライラしたから手を伸ばしてたんだ」
「ぼくはじっくりと味わって食べるタイプなんだ」
「オレは胃袋で味わうタイプだ」ケーイチはどうだとばかりに胸を張る。訳の分からない自慢にコーイチは呆れてしまった。「それはともかく、逸子さんの料理を褒めないのは問題だな」
「褒めないんじゃないよ……」コーイチはちらと逸子を見る。「いつも美味しすぎて感動してしまい、言葉が出ないんだ」
「まあ!」逸子は顔を真っ赤にした。湯気でも上がるかと思われるほどだ。「コーイチさん! うれしい! いつもそう思っていてくれたのね!」
逸子は感極まってコーイチに抱きついた。ぼきぼきぎぎぎとコーイチの骨が音を立てた。慣れているコーイチは平然としていた。
「おいおい、お二人さん。見せつけるなよ」ケーイチは笑う。「……それにしても、未来人たち、現われないなぁ……」
「そうですね」逸子がコーイチにしがみついたままで言う。まだぽきぽきとコーイチの骨が鳴っている。「諦めたんでしょうか……」
「それは何とも言えないな」ケーイチが腕組みをする。「ひょっとしたら、逸子さんに備えた準備をし直して、もう一度朝のあの時間に現われているかもしれない。なんたってタイムマシンだからね。そう言うことだって可能だ」
「じゃあ、わたしに備えて現われた連中にわたしが負けたら……」
「コーイチが連れ去られているかもしれない……」
「え?」コーイチはあわてる。「でもでもでも、ぼくはここにこうしているじゃないか!」
「そうだ、コーイチはここにいる」ケーイチはうなずく。「しかし、さっき言ったようなことも起こりうる。コーイチはいなくなった世界がな」
「兄さん、ちょっとよく分からないんだけど……」
「じゃあ……」逸子が割って入る。コーイチから離れてケーイチと向き合う。「今、こうしてコーイチさんがいる世界と、コーイチさんがいない世界とが存在するって事ですか?」
「おおっ! 察しが良いな、逸子さん!」ケーイチは感心したように何度もうなずく。「そう言うことだよ。パラレル・ワールドってやつだ」
「パラレル……?」コーイチは不思議そうな顔をする。コーイチはこの手の話には全く疎かった。「何だい、それは?」
「お前のいる世界と、いない世界が、同時に存在するって事だ」
「はあ…… そうなんだ……」コーイチは答えたが、今一つ理解していない。「でもそれって、ぼくとしては嬉しくないなぁ……」
「お前が嬉しいか嬉しくないかは問題じゃない。そんな似たような世界がいくつもいくつも出来てしまっては混乱を招くだけだ」
「そうね」逸子が言う。「仮にコーイチさんが連れ去られたとして、それを知った別の連中が、それより前の時間に現われてコーイチさんを連れ去ることだって出来そうね。そうしたら、また別の世界が出来てしまうわ」
「そんなにぽんぽん世界ができるものかなあ……」
「あの物差しみたいなのがタイムマシンなら、何だか手軽にみんなが持ってそうだから、可能性は大きいわ」
「そうなのだ!」いきなりケーイチは立ち上がった。「オレはそうならないために、トキタニ氏に話を続けようとしたんだ! 修正すべき数字は2.33ではなく、2.36だと言ったんだが、それだけじゃダメだったんだ! こんなパラレル・ワールドを防ぐために誤差をプラスマイナス0.002含めなければならなかったんだ! それを言う前に電話が切れてしまった」
「じゃあ、出来上がったタイムマシンは欠陥があると言う事ですわね……」
「そうなるだろうな……」
ケーイチと逸子がコーイチを見た。
「え? 何?」
コーイチは何と答えて良いか分からず、二人の顔を見ておろおろしている。
「と言う事は……」
逸子は言う。
「……そう、パラレル・ワールドが出来まくりって事だ……」
ケーイチが言う。
「はあ…… そうなんだ……」
コーイチは言う。
つづく
「いやあ、逸子さん! とっても美味しい!」ケーイチは出された料理をぺろりと平らげて、感心したように言う。「いいなあ、コーイチは、いつもこんなに美味しい物が食べられてなぁ……」
「いやですわ、お兄様!」逸子が照れくさそうに言う。「でも、コーイチさんは一度も褒めてくれないんですよ」
「そりゃ、いかんぞ、コーイチ」ケーイチが言う。「お前をそんな人間に育てた覚えはない」
「兄さん、兄さんがいつぼくを育ててくれたんだよ!」コーイチは文句を言う。「子供のころは、いつもぼくのおかずにまで手を伸ばしてたじゃないか」
「お前の食べるのが遅すぎて、ついイライラしたから手を伸ばしてたんだ」
「ぼくはじっくりと味わって食べるタイプなんだ」
「オレは胃袋で味わうタイプだ」ケーイチはどうだとばかりに胸を張る。訳の分からない自慢にコーイチは呆れてしまった。「それはともかく、逸子さんの料理を褒めないのは問題だな」
「褒めないんじゃないよ……」コーイチはちらと逸子を見る。「いつも美味しすぎて感動してしまい、言葉が出ないんだ」
「まあ!」逸子は顔を真っ赤にした。湯気でも上がるかと思われるほどだ。「コーイチさん! うれしい! いつもそう思っていてくれたのね!」
逸子は感極まってコーイチに抱きついた。ぼきぼきぎぎぎとコーイチの骨が音を立てた。慣れているコーイチは平然としていた。
「おいおい、お二人さん。見せつけるなよ」ケーイチは笑う。「……それにしても、未来人たち、現われないなぁ……」
「そうですね」逸子がコーイチにしがみついたままで言う。まだぽきぽきとコーイチの骨が鳴っている。「諦めたんでしょうか……」
「それは何とも言えないな」ケーイチが腕組みをする。「ひょっとしたら、逸子さんに備えた準備をし直して、もう一度朝のあの時間に現われているかもしれない。なんたってタイムマシンだからね。そう言うことだって可能だ」
「じゃあ、わたしに備えて現われた連中にわたしが負けたら……」
「コーイチが連れ去られているかもしれない……」
「え?」コーイチはあわてる。「でもでもでも、ぼくはここにこうしているじゃないか!」
「そうだ、コーイチはここにいる」ケーイチはうなずく。「しかし、さっき言ったようなことも起こりうる。コーイチはいなくなった世界がな」
「兄さん、ちょっとよく分からないんだけど……」
「じゃあ……」逸子が割って入る。コーイチから離れてケーイチと向き合う。「今、こうしてコーイチさんがいる世界と、コーイチさんがいない世界とが存在するって事ですか?」
「おおっ! 察しが良いな、逸子さん!」ケーイチは感心したように何度もうなずく。「そう言うことだよ。パラレル・ワールドってやつだ」
「パラレル……?」コーイチは不思議そうな顔をする。コーイチはこの手の話には全く疎かった。「何だい、それは?」
「お前のいる世界と、いない世界が、同時に存在するって事だ」
「はあ…… そうなんだ……」コーイチは答えたが、今一つ理解していない。「でもそれって、ぼくとしては嬉しくないなぁ……」
「お前が嬉しいか嬉しくないかは問題じゃない。そんな似たような世界がいくつもいくつも出来てしまっては混乱を招くだけだ」
「そうね」逸子が言う。「仮にコーイチさんが連れ去られたとして、それを知った別の連中が、それより前の時間に現われてコーイチさんを連れ去ることだって出来そうね。そうしたら、また別の世界が出来てしまうわ」
「そんなにぽんぽん世界ができるものかなあ……」
「あの物差しみたいなのがタイムマシンなら、何だか手軽にみんなが持ってそうだから、可能性は大きいわ」
「そうなのだ!」いきなりケーイチは立ち上がった。「オレはそうならないために、トキタニ氏に話を続けようとしたんだ! 修正すべき数字は2.33ではなく、2.36だと言ったんだが、それだけじゃダメだったんだ! こんなパラレル・ワールドを防ぐために誤差をプラスマイナス0.002含めなければならなかったんだ! それを言う前に電話が切れてしまった」
「じゃあ、出来上がったタイムマシンは欠陥があると言う事ですわね……」
「そうなるだろうな……」
ケーイチと逸子がコーイチを見た。
「え? 何?」
コーイチは何と答えて良いか分からず、二人の顔を見ておろおろしている。
「と言う事は……」
逸子は言う。
「……そう、パラレル・ワールドが出来まくりって事だ……」
ケーイチが言う。
「はあ…… そうなんだ……」
コーイチは言う。
つづく
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