お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

探偵小説 「桜沢家の人々」 10

2008年02月16日 | 探偵小説(好評連載中)
「正部川君って、本っ当に面白いわね! ・・・ああ、お腹が痛い!」
 冴子が笑いながらお腹を押さえていた。大沢は取り出したハンカチで流れて来る涙をしきりに拭っていた。大男たちは無遠慮に正部川を指差したまま笑い続けていた。
「僕はあなた達への娯楽提供者ではないぞ!」
 しかし、笑いは治まらない。逆に大きくなった様だ。
「ええい、何だ、こんな服!」
 正部川は上着を脱ごうとしたが、腕が出ていない事に気が付き、両腕を高く差し上げた。半分ほど余っていた腕の部分が、塊となって肩口までずり落ちてきた。肩が三倍ほど膨れ上がって見えた。それがまた笑いを大きくした。
「もういいわ。分かったわ。・・・大沢さん、脱がせてやって下さい」
「分かりました。さあ、先ほどの部屋へどうぞ」
 正部川は余ったズボンに足を取られて何度か転びそうになり、ぶつぶつ文句を言いながら、出て来たドアの向こうへ消えた。大沢がドアを閉めた。
「冴子様・・・」
 ドアを閉めると大沢は真顔になって冴子の方を見た。
「こう申しては何でございますが・・・」
「なあに?」
 冴子が笑顔のままで見返す。まだ正部川の余韻が残っているようだった。
「あの若者・・・名前を何とおっしゃいましたっけ」
「正部川君よ」
「そうそう、正部川様とおっしゃいました。・・・なんと申しますか、博人様に似てらっしゃるような・・・」
 冴子の笑顔がすうっと消え、紅潮していた顔が青褪めた。次第に大きく見開かれて行く両の瞳から、大粒の涙が――今度は悲しみの涙があふれ、頬を伝った。
 大沢は冴子の変わり様に動揺し、おろおろし始めた。大男たちもあわて出し、冴子と大沢とを交互に見続けた。
「大沢!」ついに大男の一人が怒鳴った。「お前、何て事を言うんだ! 見ろ、お嬢様が・・・」
「お、お許しください! 悪気はございませんでした! ついうっかり、口が滑りまして・・・ 申し訳ございません!」
 大沢はその場で土下座を始めた。大沢を怒鳴りつけた大男は、どうしたものかと冴子の方を見た。冴子は放心したように土下座を繰り返している大沢を見ていた。
 と、その時、
「まったく、あんな格好をさせられるなんて・・・ 脱ぐのに手間取ってしまったよ! 本当に来なければよかっ・・・」
 ドアを開け、Tシャツとジーンズに戻った正部川が文句を言いながら出て来た。しかし、土下座している大沢、ぼうっとした表情で涙を流している冴子、困惑した顔の大男たちを何度も見回しているうちに、文句が止まってしまった。
「冴子、一体どうしたんだ?」
 冴子は放心したままの顔を正部川の方へ向けた。しばらく正部川の顔を見ていたが、急に激しく泣きじゃくり始めた。

    続く


にほんブログ村 小説ブログへ



にほんブログ村 小説ブログ ミステリー・推理小説へ





コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« シュタークスミス博士の大発... | トップ | 探偵小説 「桜沢家の人々」 11 »

コメントを投稿

探偵小説(好評連載中)」カテゴリの最新記事