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盗まれた女神像 ⑧

2019年07月06日 | 盗まれた女神像(全22話完結)
 ヤリラ教の女教主、ダスタ人のアルミーシュは、週に一度執り行われる教主主催の礼拝を終えたところだった。
 ヤリラ教本殿に付属する大礼拝堂に集まっていた老若の女性信者たちは、満足そうにあるいは感涙に咽びながら帰途に着く。最後の一人が大礼拝堂を出るまで説教壇から見送る仕来りとなっているので、アルミーシュはそこで慈愛に満ちた笑顔で立ち続ける。
 最後の一人が出て、出入口の全ての扉が閉じられたのを確認すると、アルミーシュは、ほっとため息をついて、説教壇に設えられている椅子に腰を下ろした。
「お疲れ様でございました、アルミーシュ猊下」側近のミルアンカが、冷やしたベルザの実のジュースを淹れた縦長のグラスを盆に載せて、控えの間から現われた。「これで喉をお湿し下さいませ」
「ありがとう、ミルアンカ」美形の多いダスタ人の中でも群を抜いているアルミーシュは、笑顔でグラスを受け取る。「今日も何とか終える事が出来ました」
「何をおっしゃいます。素晴らしいお話でございましたよ」
「ミルアンカ……」アルミーシュは、ふっくらとした形の良い唇をグラスに付け、ジュースを一口啜った。「お前とは年が近いので、ついつい本音を口にしてしまいます……」
「また、そのような御冗談を……」
「冗談ではありません!」アルミーシュは強い口調で言うと立ち上がった。誰も居なくなった礼拝堂を見回す。「私のような若輩が教主など務めて良いのでしょうか? 私など足元にも及ばない程、優れた方々が居らっしゃいますのに……」
「ですが、そう言う者達が皆、アルミーシュ様を教主とされたのです」その類稀な美貌が、全宇宙の女性へのアピールとなるヤリラ教の広告塔としての教主だと言う真実を胸中に収め、ミルアンカは微笑みながら答えた。「それに猊下ご自身が弱気では、ヤリラの女神も信者も悲しみましょう」
「そう…… そうですね、ミルアンカ」
「そうですとも。メルーバ教の御神体の女神像が盗まれたと言う今、我々ヤリラ教が彷徨える民を救わねばなりません」
「でも、私達では男性を救えません」
「男を救う教えは山程あります!」ミルアンカは吐き捨てるように苦々しげに言う。「男など気にする必要は全くありません!」
「そうでしたね、ミルアンカ……」アルミーシュはミルアンカを抱き締めた。「つい弱音を吐いてしまいました…… こんな私を罰して下さい……」
「……分かりました」ミルアンカもアルミーシュの背に手を回し、耳元で囁く。「……後程、猊下の寝所に参ります」
「猊下では無く、アルミーシュと呼び捨てて下さい……」
 そこへ、出入口の扉の一つが開き、まだ幼い修道女が、どたどたと駈け込んで来た。


 つづく


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