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盗まれた女神像 ⑮

2019年07月13日 | 盗まれた女神像(全22話完結)
 呼び鈴を押す。
 大きな両開きの玄関扉の前で、マグが身嗜みを整える。最高級生地のナロワロで仕立てたオーダーメイドの背広で装い、扉の開くのを待つ。……この扉、中々良い材質じゃねぇか。アーランス星のタークック材じゃねぇのか? だとしたらメイムの奴、相当な資産家だぜ。マグはそのような事を思い、逸る心を抑えていた。
 扉の鍵が開く音がし、勿体をつけたように、ゆっくりと音も無く、両扉が室内へと開いて行く。
「おおおおお! メイム! こりゃあ……」
 マグが叫んだ。玄関ホールにメイムが立っていた。そのぶよぶよの巨体は、胸と腰回りを包む白い二枚の下着しか着けていなかった。
「何よ? 文句がある?」
「……いや、そうじゃねぇ。何時ものように服を着ていると思ってたからよぉ……」
「ふん! どうせ全部脱いじまうんだ、手間を省きたかっただけさ!」メイムは言うと、マグをじろじろと見る。「あんたも、直ぐに脱いじまうだろうに、何をめかし込んでるんだい? わたしへの当て付けかい?」
「そうじゃねぇよ。オレはこれでもボスなんだぜ。普段からきちんとしておかなきゃな」
「まあ、どうでも良いわ。それで? 一人で来たんでしょうね?」
「一人じゃ心配だとぬかしやがった部下が居たけどな」マグは言いながら玄関ホールに入る。室内の装飾品や家具や絵画はどれも一級品だ、マグはため息をつく。「……あまりにしつこく言うんで、撃ち殺して一人で来たよ」
「そうかい」メイムは表情を変えない。弛んだ顔では表情を変える事が困難なのかも知れない。「それで? 女神像は?」
「持って来たぜ」マグはスーツの内ポケットから、六インチ程の大きさの女神が岩に腰掛けている様の、金色の像を取り出した。「これだ」
 メイムは、マグの手から毟り取るようにして金色の女神像を奪い、マグを睨む。
「これ、本物なんだろうね?」
「当たり前だぜ。疑われるのは悲しいぜ」
「悪かったよ。その分、うんとサービスしてやるよ」
 不意にメイムはマグを抱き締めた。下着姿にも関わらず汗ばんでいる胸元にマグの顔が張り付き、鼻と口を塞ぐ。べっとりとした汗と脂肪が、マグの顔を隙間なく埋める。
「あんた……」メイムはマグを離した。顔だけでなく、仕立ての良い背広の前面と腕を回した背中までもメイムの汗に塗れている。「あら。スーツ、色が変わっちまった」
「けけけ」マグは短く笑う。満足そうに汗染みを見る。「気にするねぇ。……それにしても、でけぇ家、いや屋敷だな。メイム、おめぇ大金持ちだったのかい?」
「そんな事、どうだって良いだろ? それとも、そんな事を気にするような、小さい男だったのかい?」
「馬鹿言うんじゃねぇよ。オレがその気になりゃあ、こんな屋敷の十倍の広さの物を建てて、おめぇに呉れてやらぁな」
「ふん、大きなお世話だよ」メイムの表情は変わらないが、声の感じが嬉しそうだとマグは思った。メイムは太いぶよぶよの腕を上げた。「二階のあの部屋で待っていておくれ」
 広い玄関ホールの右壁に設えられた、末広がりで緩やかなカーブを描いている階段を昇り切って、連なる廊下を少し行った所にある扉をメイムは指差した。タークック材で作られた古風な手摺りが、階段から二階の廊下まで通っている。
「酒もシャワーもベッドもあるから、待っていておくれ。像を仕舞ったら行くよ」
「ああ、分かった。すぐに来いよ」
「すぐには行かないよ。焦らすだけ焦らして、乗っかってやるさ」
「けっけっけ」
 四つ目の目尻を下げ、マグは階段を昇る。
 メイムは舌打ちをして、ため息をつく。


 つづく



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