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お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

荒木田みつ殺法帳 5

2022年03月04日 | 霊感少女 さとみ 外伝 2
 涼やかな淡い藍色の絣を着て、正座した腿の上に盆を乗せたみおは、湯呑を口へと運ぶ三衛門とみつを、嬉しそうな顔で見ている。
 みつがおため婆さんに話をすると、たちどころにこの絣の着物を用意してきた。後はこちらでと言うおため婆さんにみおを預けて、みつは父三衛門の部屋へと戻って来た。しばらくして斯様に着替えたみおが茶を淹れた湯呑を持って来たのだった。
「これはみおさんが淹れてくれたお茶かい?」三衛門が訊く。みおはうなずく。「そうかい。いつもと味が違っているんでね。いや、美味いよ。いつもと同じ茶葉とは思えんな」
「父上、お茶に感心しておらず、早々にお支度をなされませ」みつは言うと湯呑を口へと運ぶ。その仕草にみおが熱っぽい眼差しを注ぐ。「みお殿も斯様に着替えておりまするぞ」
「分かっておるわ! 茶くらいゆっくりと呑ませろ」
「その詰まらぬゆとりが難を招く事になりましょうぞ……」
 みつは言うと脇に置いた刀を鞘ごとつかみ、素足のまま庭へと飛び出した。雨は上がっているが、まだぬかるみが残っている。いつの間にか鞘を左腰に落とし、抜き放った刀を正眼に構え、切っ先を庭木の集まった所に向けていた。
「出て来い!」みつが声を強める。「先程の藩の手の者であろう!」
 がさがさと木々を揺らす音がしたかと思うと、それとは別の所から何かがみつ目がけて飛んできた。みつはいち早く察して、刀でそれを打ち払った。金属音がしてそれは地面に落ちた。みつが見ると、両端が尖った四寸ほどの長さの細い鉄製の棒だった。
「これは……」みつがつぶやき、素早く顔を庭木に向ける。最早、人の気配はなかった。「逃げたか……」
「曲者か?」三衛門が茶を啜って言う。「早速乗り込んできおったか。これはみつ、お前が名乗ったりしたからじゃ」
「今さら何をおっしゃるのです」みつは三衛門を見返す。「父上がさっさと支度をして篠田様の所へ参らぬからでございましょう。ささ、今すぐにお支度とお立ちを」
「それは構わんが、曲者が撃ち込んで来たものは何じゃ?」
「どこぞの忍びの使う道具のようで……」
「無暗に触れるでないぞ。毒なを塗ってあるやもしれん」
「承知しております」みつは言うと身を屈めて鉄の棒を見る。「斯様な物、見かけた事がありませんな。忍びか、忍び崩れかと思われまする」
「どちらにせよ、その藩の雇った殺し屋だろうの」
「間違いありますまい。子飼いであれば、このような異様な物は使わず、刀で斬り込んで来るでしょうから」
「そうだな。となると、こりゃ大変だな」
「……あの……」みおが青い顔をして割って入る。突然の凶事の割に二人の会話があまりにも悠然としているからだ。「その様にのんびりしていてよろしいのですか? 殺し屋とか、何やら物騒でございますが……」
「なあに、こやつが何かやらかせば、何時もこうなんじゃ」三衛門は言うと、また茶を啜る。「この前は、この屋敷に火の手を掛けられかけたわい」
「無事に事無きを得たではないですか」みつが抗議する。「それよりも早くなさいませ。次の手が掛かるやもしれません」
「分かった、分かった……」
 みつに急かされ、三衛門は脇に置いてあった小太刀を手に立ち上がる。
「父上、お召し替えは致さないですか?」
「何じゃ、急げと言うたのはお前だろうが」
「そうですが……」みつはあまりにもくたくたな三衛門の着物姿に呆れる。「それではあまりに礼を失するようですが……」
「なあに、篠田様は気になさるまいさ」三衛門はみおを見る。「では、みおさん、参ろうかの。後はみつに任せておけば良かろう」
「ですが、相手はわたくしを狙っているのでは……?」みおが慌てる。「それに、篠田様のお屋敷までの間に襲われましたら、三衛門様にご迷惑が……」
「大丈夫です」みつが笑む。その美しさにみおが頬を染める。「父上はこう見えて、わたしなど足元にも及ばぬほどの剣の腕です。むしろ、わたしと居る方が危ないでしょう」
「こう見えてとは何だ」三衛門が不服を言う。それから、にやりとみおに笑いかける。「……まあ、安心しなさい。篠田様のお屋敷はさほど遠くはない。何とか守ってやれるだろうさ」


つづく


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