お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

荒木田みつ殺法帳 3

2022年03月02日 | 霊感少女 さとみ 外伝 2
「わたくし、みおと申します……」
 娘、みおは語り出した。
 京橋の大店に奉公していた下働きの女中に若旦那が手を付けて産まれたのが、このみおだった。身籠ったと知れると、怖気づいた若旦那によって、わずかな金を握らされて追い出された。
「何と言う身勝手な男だ!」みつが腹を立てる。「今からその店に行って天誅を加えてやろう!」
「いいえ、それには及びません」みおが笑む。「若旦那に代替わりして、あっと言う間に店を畳む事になりましたので…… 元々が商才の無い人だったようです。今頃どこでどうしているのやら」
「自業自得だな」みつはうなずく。そして、三衛門に向き直る。「父上、お分かりでございましょう。悪を為す者は悪を刈り取るのです。このみおを襲った者たちも、その咎を刈り取るのです」
「それを言うなら、お前の峰討ちも刈り取らねばなるまいて……」
「いえ、あれは正しき事。刈り取る事など微塵もございません」
 みおは産まれてからは、ずっと母と長屋暮らしだった。母は大店から捨てられた悔しさと意地があったのだろう。みおにはしっかりとした躾け、家事全般を教え込んだ。生来の美しさもあって、みおは評判の娘へと成長した。そして、方々の屋敷から奉公の誘いがあった。母はその全てを断った。母の狙いはどこぞの大店にみおを嫁がせることだった。それは母の復讐でもあったのだろう。
「ですが、その時には例のお店は潰れておりました」みおは言う。「それを知った母は、もう腑抜けでございました。しばらくすると床に伏せるようになり、昨年に身罷りました……」
「お気の毒な……」三衛門が言い、涙ぐむ。「母を亡くすは辛かろうのう…… このみつも母を亡くして早や五年じゃ。みつは剣があった故、悲しみを散らすことが出来たがの、お前さんはどうなのじゃ?」
「わたくしは……」みおは顔を伏せる。「わたくしは、何もございません…… ただ、母の躾があるくらいでございます……」
「うむ……」三衛門は腕組みをする。それから、思いついたように膝を叩く。「そうじゃ、わしが奉公の先を探してやろう。それほどの器量じゃ、すぐに決まろうと言うもの」
「お心遣いは嬉しゅうございますが……」みおが頭を下げる。「わたくし、武家にご奉公は致したくございません。母が生前に申しておりまして……」
「だが、お店に嫁いで見返すとの母殿の復讐は、みおさんが引き継ぐことはあるまいて」
「父上」みつが割って入る。「先般、襲って来たのは正に武家でしたぞ。みお殿が恐れるも当然でございましょう」
「……はい、武家が、ますます嫌いになりました……」みおが身震いをする。「母と居た長屋に居りましたところを突然やって来て、無理矢理籠に乗せて連れ去りました。籠を降ろされたのがどこかの下屋敷の庭先のようでした。隙を見て逃げ出したのです…… そこでみつ様にお助け頂いて……」
「では、みおさんも連れ去った相手がどこの誰だか分からないと言うのかい?」三衛門が訊く。みおはうなずく。「目隠しでもされたのかい?」
「いえ、目隠しはされませんでしたが、騒ぐと殺すと脅されまして、籠の中で震えあがっておりまして……」
「父上」みつが再び割って入る。「兎に角、その藩の輩が何者なのかが分からなければ打つ手はありません。これは父上が親しくしてらっしゃる篠田様にご相談をなさるが宜しいかと……」


つづく


コメントを投稿