お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

荒木田みつ殺法帳 4

2022年03月03日 | 霊感少女 さとみ 外伝 2
 篠田頼母は三衛門とは囲碁仲間だった。今は隠居した身だが、かつては幕閣に居た者で、未だにその力は及んでいる。
「だがの、みつ」三衛門が諭すように言う。「篠田様とはそのようなしがらみを抜きにした間柄じゃ。そのような話をいたせば、たちどころに嫌われ、二度とお邪魔は出来なくなるであろうな」
「しかし、此度はそんな事を言ってはおられません」みつは厳しい表情をする。「白昼堂々と町の娘を拉致する藩があるのです。さっさと見つかって潰れればよろしいのです。それに同じ女として許せません」
「相変わらず、口さがないのう、お前は……」三衛門は呆れる。「それはともかく、みおさんをどうしたものかのう。長屋に帰すわけにもいくまいて」
「それならば……」みおがおずおずと言う。「こちらに置いては頂けませんでしょうか? お家の事は何でも致します故……」
「そうは言われても、すでにおため婆さんがおるしのう……」三衛門は己が額を叩く。「それに、この馬鹿娘のせいで、こちらの素性も知られておる。そやつらが何時踏み込んで来るやもしれん」
「ならば、篠田様の所へ一緒に行くと良いのですよ」みつが言う。「篠田様ではそう簡単に手は出せますまい。それに、篠田様は武士とは言え、すでに隠居の身。それならば、みお殿の亡き母上もお許しなさろう」
 みつは言うとみおを見る。みつの真っ直ぐな視線を、みおは恥かしそうに避ける。
「……あの」
 みおは顔を横に向けたままで言う。
「何か?」
「わたくし、そのおため様のお手伝いをしてみとうございます……」
「そんな事はせずとも良い」みつが言う。「これから父上と篠田様の所へ行かれるが良かろう」
「でも、その前に、せめて、茶など……」
「みつ、ここまで言っておるのだ、無碍にするでない」三衛門が言う。「……では、そうしてもらおうか。炊事場には、みつ、 お前が案内しなさい」
「承知いたしました」みつは一礼して立ち上がる。父に向かってあれこれと言うが、素直に聞き従う事に不満はなかった。「では、一緒に参りませ」
「はい……」みおが答えると立ち上がる。立ち上がりながら小さな声で付け加える。「……素敵なみつ様」
 幸い、その言葉は、みおの動く衣擦れの音に消され、みつにも三衛門にも聞こえなかったようだ。
 二人は並んで歩く。と、みつが足を止めた。みおも従う。
「気になるのはその形だ……」みつはみおを見る。みおは恥ずかしそうに顔を伏せる。しかし、みつはそんなみおの様子に頓着が無い。「背中まで泥だらけだ。茶を淹れるのはそれでも構わんが、篠田様の所へその形で伺うは如何なものか……」
「ならば、尚の事、こちらへ置いてくださいませ……」
「いや、それは、父上がおっしゃっていたように、みお殿の身に危害が及ぶ恐れが強かろう。ここは父上に骨折って頂き、是非とも篠田様の庇護を受けられよ」
「ならば……」みおは伏せた頬を染めてつぶやくように言う。「みつ様のお着物をお借りできませんでしょうか……」
「わたしのか?」みつは驚いたように言うと、笑い出す。「ははは、わたしは生憎娘たちが着る様な物は持っていないのだ。……そうだ、おため婆さんに訊いてみよう。婆さんなら、娘の着る物をすぐにでも調達してくれよう」
 みつは言うと大股で歩き出した。その後を小走りでみおが追う。
「みつ様のお召し物でも構いませんのに……」
 みおはみつに聞こえないようにつぶやく。


つづく


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