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日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 14

2020年02月07日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
 コーイチはにやにやしながら電車を降りた。あまりのに焼け具合に、周りの人たちはコーイチを避けながら足を速めている。
 会社からの最寄りの地下鉄駅の構内だった。一緒だった逸子は途中で自宅に向かう路線に乗り換えた。そして、その別れ際の一言が、コーイチをにやけさせ続けていた。
「コーイチさん、お仕事がんばってね。それと、早く一緒の電車で一緒に帰りたいわね」
 ……あの時の逸子さんの照れた顔ったら! 思わず僕も照れてしまったじゃないか! 早く一緒に帰れるようになりたいなぁ…… 「ただいま、逸子。今日も綺麗だね」「あら、お帰りなさい。コーイチさんも素敵よ」……な~んて会話ができるようになりたいなぁ! コーイチの妄想とにやけが止まらない。そのせいで、兄のケーイチの事も、昨日の未来人襲来のことも、すっかりどこかへ行ってしまったコーイチだった。
 コーイチはにやにやしながら歩いている。足取りも軽い。殺風景な駅構内も今日は光り輝いているようだった。
「コーイチ君……」
 不意に背後から声がかかった。楽しい気分を一気に吹き飛ばすような冷たい雰囲気が背中から浸み込んで来る。コーイチが振り返ると、目だけ笑っていない笑みを浮かべた同僚で先輩の清水薫子が、全身を黒のマントで覆って立っていた。手には古びたボストンバッグのようなものを持っている。
「……清水さん、おはようございます……」
 一気に浮かれ気分の無くなったコーイチが、力無くあいさつをする。清水はすっとコーイチの前まで、足を動かす事無く、滑るようにして移動してきた。
「コーイチ君、こんな時間じゃ遅刻になっちゃうじゃない」相変わらず他人の不幸には楽しそうな清水だった。「それとも、遅刻しなきゃならないほど夜更かししたのかしら? さては大魔王ベルントフェルテンにお祈りでもしていたのね」
「いいえ、そうじゃないんですよ」清水の言動にそこそこ免疫のついたコーイチは平然と答える。「目覚まし時計が鳴らなくって…… そうか、兄さんが止めたんだ。兄さん、アラーム音が嫌いだから……」
「いいのよ、そんな言い訳をしなくったって……」
 清水は言うと、マントの前をばばっと音を立てて左右に開いた。中も黒い服だった。そこに浮かぶように清水の白い右手が見え、その手には試験管のような透明な細いガラス製に筒があり、紫色をした泡だった液体が入っていた。それをすっとコーイチに差し出した。コーイチは思わず手を伸ばす。
「これを飲むと良いわ。飲めば元気百倍よ」清水は言って笑顔になる。だが、やはり目は笑っていない。「ただし、百倍の元気は寿命から前借りするから、寿命はあっという間に尽きちゃうけどね。うふふふふ……」
「うわっ!」コーイチは叫んで手を引っ込めた。「もう! 清水さん、ぼくに黒魔術するのはやめて下さいよ」
「いいじゃない、わたしとコーイチ君の中なんだから……」
「訳の分からない事、言わないで下さい!」
「……ひどいわね、コーイチ君……」
 清水は言うと、手にしていた筒を口元まで運び、中身を一気にあおった。筒の中は空っぽになった。
「う、うわあああ!」
 コーイチは慌てふためいた。『凶悪なサラリーマン、同僚の女性を服毒死させる』『心無い一言が原因か? 目の前での服毒死』『まさに鬼畜! 悪の権化、コーイチ』と言った、新聞や週刊誌のタイトルが、コーイチの頭の中で手を取り合いながらぐるぐると回っている。
「清水さん清水さん清水さん清水さん清水さん清水さん清水さん清水さん!」
 あわてているコーイチをじっと見つめる清水だったが、一向に変化がない。
「清水さん……?」コーイチは少し冷静になった。「清水さん…… まさか……」
「そうよ。これは単なるブドウの炭酸ジュースよ」
「え?」
「コーイチ君はからかいがいがあるから、楽しいわあ」
「ひどいなあ…… 一体、いつまでぼくをからかうつもりなんですか?」
「そうねぇ……」清水は言って、にやりとする。「永遠、って感じかしらねぇ……」
「……」コーイチはやれやれと言った表情をする。……しかし、黒魔術に長け、噂じゃ、本物の魔女になったって言うから、あながち嘘じゃないかもしれないぞ。ぼくはずっと清水さんのからかわれ続けるのだろうか? 思わずコーイチの喉がごくりと鳴った。「……ところで、清水さんもどうしたんですか? ボクに遅刻だって言いながら駅にいるんだから、清水さんも遅刻じゃないですか?」
「わたし、毎朝占いをするのよ、魔の力を借りてね。そうしたら、今日はコーイチ君が遅刻するって出たのよ。それを確かめようと思って駅で待っていたのよ」
「そうなんですか……」コーイチはため息をついた。「そのお気遣いに感謝します。怒られるんなら、独りより二人の方が心強いですからね」
「いいや、三人だよ」
 コーイチの背後から声がした。コーイチは驚いて飛び上がった。振り返ると逸子の父(つまりは将来のコーイチの義父の予定)である印旛沼陽一が立っていた。


つづく


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